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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

あげ法事 

2015/04/12
Sun. 21:15

久々にあげ法事があって早朝から万善寺へ向かった。
施主家の事情であげ法事を依頼されたのだが、島根の山間部というより、万善寺であげ法事をすることはまだまだ少ない方だと思う。
それでも最近は年間に7〜8件くらいのあげ法事を頼まれる。

老僧がまだ現役だった頃のあげ法事は、ほとんどが地元から都会や街場に転出されたお檀家さんが帰省するおりに寺で法事をしてもらおうという二度一を兼ねた簡易的法事の意味合いが強かった。
それが最近では、施主家の自宅に親族を招待することや、法事のあとの斎膳引き出物茶の子を割愛して身内だけで何処かの料理屋で会食するといった年回法事簡素化傾向が増えてきた。
法事経費のことを考えるとわからない訳でもないが、寺としては無理にそうしなければならない事情もないままのあげ法事を複雑な思いでお引き受けすることがほとんどだ。

嘘か真か・・・あげ法事システムの始まったいきさつは、災害や大戦で自宅を失った施主家が、何とかして法事だけはあげておかないといけないという切なる思いを菩提寺がくみとって、「それじゃぁ、寺の本堂をお使いなさい。ご本尊様の前で法事のおつとめをしてさしあげましょう!」という、坊主の厚意から始まったことだと聞いたことがある。それを、街場へ転出されたお檀家さんが聞きつけて、「街のお寺ではこんな便利な法事をしてくださっている」と勘違いの拡大解釈を田舎の山寺へ持ち込んだことが始まりだとされている。

老僧はとっくに引退して必死で生きることにしがみついて毎日を暮しているが、おかみさんはいまだに現役で寺の事業を手放さないままヨチヨチとお接待を欠かすことなく今に至っている。目が見えて身体が動く間は、大正昭和から引き継いだお参りのお客さんのおもてなしをかたくなに継続するつもりでいるのだろう。

すでに住職も替わって、檀家さんも相当数世帯主が変って、年中行事のお参りは減っているのに、こうやってあげ法事は年々増える傾向にある。
寺が主催の行事なら寺がおもてなしをするのも当然のことだが・・・先代からの昔ながらの付き合いもあるし、なんとなく信仰仏事の解釈を履き違えたまま身内の事情もまともに仕切れないで万善寺がゆらいでいる。
やはり、迷走坊主は名僧にはなれないな。

夕方になって帰着した石見銀山の町並みで結界君を降りると暖かい春めいたそよ風につつまれた。
若い鴬がしきりに鳴いていた。

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2015-04