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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

雑草は年中生きている! 

2015/05/19
Tue. 23:08

朝、石見銀山を出発して万善寺へ向かった。
本当はもう少し自宅でゆっくりしようと思っていたのだが、おかみさんから電話がかかったからいそいで早く出発したのだ。
早朝だったのでワイフが話を聞いてくれて、どうやら、パーマ屋のおかみさんが突然死したらしい。
その香典を持っていけと云う事だったらしいが、おかみさんとの付き合いに未熟なワイフは、長話の主たるテーマを分析できないまま私に現状を報告してしまったものだから、結局無駄に早くに自宅を出発するはめになったわけだ。

大急ぎで寺へ着いたら、あいかわらずおかみさんのエンドレス話が始まった。
それを聞きながしながらドタバタと改良衣の片づけなどしていたら、熨斗封筒とヨレヨレの千円札を持って本堂まで這ってきた。
意味も解らないまま長話のポイントを整理すると、「お前が香典を持っていけ!」と云いたいことがわかった。
自分から葬儀に参列する気は最初から全く考えてもいなかった事だったらしい。
なんで、知りもしないおばあさんの香典をおかみさんの代わりに届けないといけないのか判断に苦しみつつ、喪主さんに悔やみを言って帳場へ熨斗封筒を預けておいた。

その後、お昼ご飯のことで小規模なバトルがあって、それが和平交渉出来ないままおかみさんを老僧の待つ病院へ連れて行った。
痩せたなりに落ち着いている老僧を見て、早速おかみさんが長話しを始めたものだから、それ幸いにおかみさんを病室に残して、自分の用事で2時間近く結界君を走らせた。
島根の東の端に近い広島県の県境あたりへ用事があったので、半日ほど老僧をおかみさんへ任せて出かけた訳だ。
今度の彫刻展のワークショップを煮詰めるための用事だったが比較的楽に会話が進んで、今後必要な資料をこれから随時作ってもらう事で大切な話し合いは終わった。

夕方になって病室へ帰ったら、それまで静かにおとなしくしていたおかみさんが老僧へ向かって急にエンドレスでシャベリはじめた。
今度の入院で思考回路が一気にショートし始めていた上に、断食で体力が消耗して一人で起き上がる事も難しくなってきた老僧を相手に、とにかく鬱陶しいくらいおかみさんがからみ続けている。

夕日はすでに沈んでいるのに夕暮れの景色はまだまだ美しく絢爛に輝いている。晩年に際しては、この夕日のような生き方をしたいものだ!・・・と古人は書き残している。
なかなか俗のしがらみにしがみついているうちは、そのような心境に平然としてすごす事も至難の業だ。

石見銀山の吉田家の玄関先には、もうかれこれ10年以上前に造った限りなく彫刻的なプランターがある。
最初から植栽のネライがあって造ったもので、根付いているのは寺の境内の端ではびこっていた雑草を根分けしたものだ。
毎年、黄ばんで薄汚れた秋の状態を見ると、いつも「今年で最後かな」と勝手に想像してしまうところもあるのだが、あの過酷な冬を乗り越えて春になると普通に新芽が伸びで古い葉が落ちて生まれ変わる。
1年が寿命の我が家の玄関先の雑草だって、根までは枯れる事もなく新しい年の水とミネラルを吸って世代交代して生まれ変わっている。
人間もいつまでもしぶとく自分の代にしがみつかないで、サッサと次の代に世代交代した方がずっと新鮮で瑞々しい世界が開けるだろうに・・・
個人のチッポケなエゴも度をすぎると厄介なお荷物にしかならないね。

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2015-05