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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

思い出の町 

2015/05/20
Wed. 20:19

10年間暮していた東京から島根へUターンしたのは確か28歳くらいの頃だったと思う。

東京を離れる事に決めてから今のワイフ(今も昔もないけど・・)と結婚する事を決めたから、引っ越しやら結婚式やら就職やら全てが3月から4月の間に一気に押し寄せてきて、その慌ただしさは尋常でなかった。
日頃は、何事も面倒な事から出来るだけ遠いところでのらりと暮しているから、こうしてあれもこれもひと息で済ませようと思ったりすると息切れが激しくなって始末に負えない。
その28歳くらいの時もそんな感じだったが、それでもまだ今よりはずいぶん若かったから、あまり深くこだわる事もなくなりゆきに流されるまま結構気楽に乗り切ってしまったように覚えている。

その時に、住民票を移動してワイフと新婚で住みはじめた町を久しぶりに通過した。
今年の彫刻展の準備を兼ねて寄り道したのだが、せっかくなので川沿いのバイパスからその町の中学校前の信号で右折して町並みの通りに入ってみた。
今はどうなっているかわからないが、当時は街道のバス通りでもあって、乗り換えの中継場所でもあったから、田舎なりに結構にぎわいが残っていた。
社会人になって独立して最初に銀行の通帳を作ったのもその町で、いまだにその町の支店名の通帳から吉田家の光熱費や必要経費が引き落とされている。

Uターンが決まってその町へ引っ越した頃は、彫刻とか工芸とかそういう制作を続けていけるのかわからないまま、ほとんど制作を諦めていた。
それでも少し落ち着いて過去の学生時代を思い返したり、島根へ引っ越す直前までワイフがセッセと彫刻を制作しているところを見ていたし、それに何といっても、結婚式の引き出物を2人でコツコツ制作したりしていたこともあって、やっぱりこのままモノを造り続けていた方が自然な流れだなぁと思うところもあって、町の工務店さんに泣きついたり、近所のカーディーラーの修理工場の溶接機を使わせてもらったりしながら、制作だけは絶やす事をしなかった。

結局、その町で4年間暮すことになった訳だが、その間に、石材屋さんや銘木屋さんや島根鉄工会とのつなぎを付けてくれた鉄工所のご主人など、親切な皆さんにめぐりあえたことは、おおげさでもなく自分の原点がその町にあると断言できる。
今は、縁もゆかりも無くなってしまったが、それでもこうして彫刻の仲間がその町で仕事をしてくれているし、その縁でこうして時々昔懐かしい町並みを通過する事も出来る。
自分の初期の彫刻もその町のある場所にいまだに置いてもらえてるらしい。

なにかめずらしく改めて感傷に浸ったりしているありさまは、やっぱりそれなりに歳をとったせいかな・・・いや、実はそうでもなくて、ちょうどお昼時で町並みのアチコチから美味そうな焼き魚の匂いやカレーのスパイシーな香りが漂ってきて、その何ともいえない家庭の香りで私の郷愁が目覚めただけだったのかも知れない。

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2015-05