FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

古本 

2015/05/22
Fri. 20:46

寺暮らしも長くなって、そろそろ好きな映画や海外ドラマに飢えて来はじめた。
2度目の老僧の入院は想定外だったから、事前に万全の準備をしないまま、なりゆきで寺のロフトで寝起きするようになった。
癒しのネタのネコチャンズもいないし夜の娯楽というものが乏しくて、結局寝酒を一杯ひっかけて寝るしかない。
遅れていた申請書類をひとつ終わらせて、残ったもう一つはホームページを観覧できる環境が必要なので石見銀山の自宅で用事をかたづけるしかない。

そんなわけで、今のところ時の流れに身を任せるしかないことになったから、ロフトで西陽に照らされて日焼けして紙くず同然に劣化して積年のほこりがタップリ積もった古本を引き出して読み返している。
昭和の頃の本ばかりだからかれこれ30年から40年も前の初版本だったりして、すでに1回は読んでいるはずなのにストーリーなど全く覚えていなくて、なかなか結構新鮮だったりする。
まだ10代から20代前半の頃の当時の流行を思い出す。
当時としてはずいぶん大人びた自分の好みもわかって他人事のように面白かったりする。
毎晩そうして同じようなくり返しで、もう4〜5冊は読み終わった。

高校を卒業して、島根の田舎から大都会東京へ上京して、家財道具といったら布団とスタンドとテーブル兼用の電気炬燵くらいしかなかった頃だから、それこそ娯楽といえば、映画館へ行くか、ロックやjazz喫茶でグダグダするか、四畳半で小説を読みあさるくらいの選択肢しかなかった。
その日暮らしの毎日で、銭湯の事や食事の買い出しの事や床屋のことや金融機関のことなど生活の基本パターンがおおよそ落ち着いた頃からアルバイトを探していたら、上京してすぐに知合った長崎出身の友達が紹介してくれたのがはじまりで、それから俗に云う水商売を渡り歩いた。
我が子にも言っている事だが、学生のアルバイトはやはり食べ物に関係する職種が諸々都合よく暮せると思ったのは、その当時の実体験に起因するところがある。
最初に務めたのは新宿三越の裏のビルの1階から3階までの大きなコーヒーパーラーだった。半月くらいの研修期間を終わってから、13席ある1階のフロアを任された。結構過酷な労働条件だったが、夜の10時に営業が終わると、先輩や正社員が夜食に誘ってくれて、場合によってはそれから飲み屋へ流れて、そういう時はほとんどおごってもらえた。まだ20歳前だったが、酒もタバコも人並みにつきあえるほどになっていたので、見聞の全てがとても新鮮で刺激的だった。

今読んでいる古本は、ちょうどその頃の自分の暮しぶりを見ているようで面白い。まだ20歳くらいの若造が読むには少々オヤジ臭い小説だが、水商売の面白いところがタップリと話されていて、それとなく親近感があったりしたのだろう。
田舎者のウブな私が、社会の機微に触れて人生の発見の連続だった時代のことでもあった。

IMG_5347_20150522204352638.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2015-05