工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

Blue Moon 

2015/07/31
Fri. 21:08

Blue Moon you saw me standing alone
Without a dream in my heart
Without a love of my own

Blue Moon you know just what I was there for
You heard me saying a prayer for
Someone I really could care for
 
And then there suddenly appeared before me
The only one my arms would hold
I heard somebody whisper please adore me
And when I looked to the Moon had turned to gold
 
Blue Moon now I'm no longer alone
Without a dream in my heart
Without a love of my own
 
ブルームーン
私がひとりたたずんで居るところを見たいたんでしょう?
心には希望もなくて
恋人のいない私を
 
ブルームーン
私がなぜひとりたたずんでいたか分かってたんでしょう?
私の祈りを聞いてたでしょう?
愛する人を求めた祈りを
 
そして突如目の前に現れた
ただひとり、わたしの愛すべきひと
「愛してくれ」とささやかれて
空を見上げると黄金の月があったわ
 
ブルームーン
心に希望なし、恋人なしなんていう
ひとり身のわたしとはもうおさらばよ。

(以上、ウエブから借用させていただきました・・・)



本日は、ブルー・ムーンなのだそうです。
私は、相も変わらず万善寺で単身赴任をしております。
おかみさんは、相も変わらずいつものノリで、プリプリ怒っています。
ワイフは、石見銀山の自宅でネコチャンズと戯れてノンビリくつろいでいるようであります。
とにかく、いずれにしても、ブルー・ムーンのような世界観は現在の吉田には存在しないのであります。

・・・というわけで、赤来高原は目茶苦茶暑かった。
36度は越えていたと思う。
さすがにそのくらいになると仕事にならない。
昼食を作って食べて、しばらくラップトップを開いていたが、意識がもうろうとして話しにならない。
気持ちを切り替えて、大衣のほつれを修繕することにした。
近くのホームセンターにあった可愛いソーイングセットを開いて、久々の針仕事。
おかみさんへ任せる訳にもいかないので、何とか苦労してチクチクと縫った。
まぁ、オヤジの針仕事としてはこんなもんだろう。

もっと侘びしい気持ちになるかと思ったがそうでもなかった。
かといって、特に楽しい訳でもない。
これからは、1年のほとんどをこんなふうな毎日をくり返しながら使っていくことになるのかと思うと、そちらの方がずっと侘びしい。
1年のほとんどを彫刻制作で暮していけたらどんなに楽しいことだろう。

残りの人生もそろそろ先が見えてきたし、もう少しだけでいいから何とかならないかねぇ・・・ when I looked to the Moon had turned to gold・・・

IMG_0669_20150731210547543.jpg
IMG_0663.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

さらばNokia・・ 

2015/07/30
Thu. 21:00

数日前からどうもボクの愛機君Nokiaが不具合を起こしてなっちゃんからはしかられるし、アレコレ騙しながら使っていたが、結局症状が改善しないのでドコモショップへすがることにしたのは昨日のこと。
一応、メインスイッチのオンオフでリセットして元のように使えるようになったので、喜んで万善寺へ帰って次の朝・・・また同じ症状が出ていたのでまたリセットしたら、着信らしき留守番電話が溜まっていた。幸い、それほど大事な電話でもなかったので、ひとまずそのままにして今日の用事をひと通り済ませて、久しぶりに通院してドクターの診断も済ませて、ワイフと待ち合わせして、それから再度ドコモショップへ行った。

昨日の担当さんがいて話しはどんどん先に進んで、結局、iPhone5sの16Gを〇円で購入した。もう、数年前の過去の機種だから少しくらい値引きしてもいいのに、良くも悪くもMacは強気だ。
これで吉田家はワイフを除いて全てiPhoneになった。

Nokiaからは、パソコン経由でデータを移行することになるが、私は幸いMac派なのですでに登録の住所録がそのまま使えるから、それはそれで結構楽な移動になった。
それでも、電話にいらないデータまでそっくり入って乏しい容量を圧迫するから、これから数日間は寝る前にコツコツ電話帳の整理をすることになる・・・というより、パソコンにだらしなく無駄に溜まったデータを整理してから同期をした方が良さそうだと今は思っている。

最近の便利グッズは、とにかく無駄に金がかかる。
今回も、Nokiaがこのままもう少し長く使えたら、お盆前の忙しい時に電話ごときで片道45分の距離を無駄に往復しないで済んだものを・・・などと踏ん切り悪く思ったりしてしまう。
とても便利に愛用していたNokiaをいじっていたドコモショップの担当さんの、ゴミでも見るような冷たい視線をチラリと感じた。
一瞬コノヤロウと思ったが、店内でもNokiaの不具合が復活してしまって、もうこれはダメだ!と諦めがついた。

第2次世界大戦の戦後をそのまま引きずって頑固に暮すおかみさんが、憲正さんのいなくなってから後、ますます意固地に固まって取りつく島もない。
携帯電話の機種変更で半日つぶしたことなど、彼女の日常には「どうせ仕事もしないでタダ一日中遊びほうけている」くらいのことだと理解しかされない。
それでなくてもすれ違いの毎日が続いているのに、わざわざ薮をつつき回してもめるのも面倒なことだから、ひたすら無口を貫いて夕食を済ませて今に至っている。

ドクターからは、「もう若くもない身で無理は禁物!」と、久々に高くなっていた血圧を測りながら諌められた。
血圧の上がる原因はわかっているけどね。

IMG_0510_2015073020594379c.jpg
IMG_0659_201507302059459cb.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

複雑な一日 

2015/07/29
Wed. 21:26

日本を代表する女流画家の重鎮、遠藤彰子画伯のパワフルな講評会があった。
島根を代表する女流彫刻家の吉田満寿美も、そのグループ展へ彫刻を4点も出品して、昨日はお手伝いが終わったところだ。
そして、本日はその展覧会の講評会が一般公開で開催された。
グループ展には、島根県の高校生の絵画や彫刻も展示されていて、会場は若い作家の若い感性で華やいでいた。
遠藤彰子さんの講評も、とても分かりやすくて丁寧で好感が持てた。
最後まで聞きたかったのだが、坊主の現実も避けられないし、お昼前に退席した。

講評会の最中に、ワイフが何処かへ消えてしまった。
どうしたのかと探してみると、自分の大きな彫刻の前で何処かの記者の取材を受けていた。
さすが、島根を代表する女流彫刻家だけのことはある。なかなか応対も堂々としたものだった。もっとも、どこまで記事のネタで採用されるのか、そのあたりは不透明だけどね。
島根の県庁所在地だけのことはあって、取材チームも大掛かりだった。
カメラ専門のおじさん。撮影時の照明係のアルバイト風お嬢さん。それに、やたら古いパソコンをつつきながらマニアックな取材をしていたオタッキーな年齢不詳。
グループ展の取材に3人もやってきた。
他にも、地元のケーブルテレビさんの取材があったりして、なかなか華やかなオープニングになっていた。

現代彫刻小品展とえらい違いだ。
今年は、台風のこともあったりしたのか、結局開催期間中1社も取材がなかった。
地元のケーブルテレビさんも、美術館のすぐ近所なのに、だけも来てくれなかった。
島根に埋もれた胡散臭い彫刻家らしき吉田正純ごときでは、取材の対象にも役不足なのだろう。全国から出品していただいた彫刻家諸氏に申し訳なくて、松江からの帰りは少しばかり気持ちが落ち込んだ。
そういうこともあって、昼食は久々にワイフと水入らずの外食で焼け食いしてしまった。
ラーメン定食に、デザートはアイスクリームで、打ち止めはコーヒー。
もう、他に入る余地の無いほど胃袋が膨らんだ。

万善寺へ着いたら、急に疲れが身体中に広がって意識が遠のいた。
ロフトに這い上がって、そのまま爆睡して約2時間。
おかみさんの撞く破れ鐘の音で目覚めた。
それから、シャワーでスッキリして、スパゲティーを茹でていたら、近所のおばさんがトマトとナスを差し入れしてくれて、早速それらを刻んでひき肉に併せて、和風味のミートソースもどきを作った。トマトケチャップにウスターソースに麺つゆ・・・万善寺にはその程度の調味料があるだけでもたいしたものだ。
特別旨い訳でもないが不味くて食べられないほどでもない。
なんとも曖昧な私の彫刻のようなスパゲティーをおかみさんと二人で食べた。
なんか、味気ない寺暮らしが再開した。

IMG_0647_20150729212509888.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

みんな大人 

2015/07/29
Wed. 07:46

久々に・・・というより、10年ぶりに好きな人に逢うことが出来た。
こんなことをいうと、ワイフの角がいっきに伸びて大変なことになるだろうと心配の諸氏もいらっしゃるだろうが、そういうことはまずない。
その、好きな人とは遠藤彰子画伯。

毎年六本木へ彫刻を持っていっているが、遠藤彰子氏はその展覧会の絵画部の重鎮。
私ごとき田舎者の顔を覚えていてもらって、美術館のそこここで出会うとにっこり笑いかけてもらう程度の付き合いなのだが、その、覚えてもらっているということだけでただただ嬉しい。

何といっても、彼女の絵画のパワーが凄い。
絵画の前に立つとその世界に引き込まれるほどの求心力がある。
魅力を上げればキリがないが、それは何処かの誰かの絵画評かなにかに任せるとして、とにかく私好みの面白い絵を描く人なのだ。

浜田での現代彫刻小品展の撤収と搬出を終わって、その足でワイフの彫刻を松江の美術館へ運んだ。
ちょうど今年は、彫刻展の搬出の日が、山陰二紀展の搬入展示の日で、その山陰二紀展の公開講評の講師として神奈川から遠藤彰子さんが島根まで来てくれた。
前回の島根来訪は、かれこれ10年は前のことだろうと漠然と思っていたら、彼女曰く、12年前のことだったらしい。
きっと、今回島根に来ることが決まってから、昔の資料をアレコレ探して事前調査しておいたのだろうが、迎える側としてはやはり覚えていてもらったというだけで何かしら嬉しくなってしまう。

その12年前から今に至る歳月に彫刻家としての吉田正純にも色々なことがあった。
身勝手を承知の上で、周辺の美術家へずいぶん我がままを通してきた。
久々に逢った浜田さんは、良い意味で変わりなく話しかけてくれた。
今まで欠かさず現代彫刻小品展に作品提供してくれていた古市さんは大正14年生まれで今年90歳になったが、まだまだしっかりと二本の足で歩いている。
倉吉在住の磯江さんの優しげな作風は昔と変らない。
学生運動の活動家で強烈な思想を展開していた勝田さんは、少し小さくなったかなと思ったら、強靭な根性と生きる力で大きな手術を乗り越えて生還したらしい。
佐田さん、田中さん、竹田さん、楫さん・・・などなど、懐かしい顔ぶれが、不義理の私をあたたかく迎えてくれた。
本心はどうでも良いことだ。みんな本当に本物の大人だ。
遠藤彰子さんとも、たっぷり会話が出来た。
私のデシャバリに釘を打ち付けながら、それでもニコニコとして酔っ払いオヤジにつきあってくれたワイフの大人ぶりにもずいぶん助けられた。
とても楽しい酒で、良い思い出が一つ増えた。

IMG_0639.jpg
IMG_0641.jpg

[edit]

CM: 1
TB: 0

page top

2015現代彫刻小品展in浜田が、最終日を迎えた。
心配された台風も、結局知らない間に何処かでどうかなってしまったようで、早朝に万善寺を出発した時は、なんとなく強い風が吹いている程度で霧が舞うように降る雨も刈り込んだ坊主頭の地肌が濡れるほどではない。
空はけっこう明るいからそのうち晴れるかもしれないと、なんとなくそう思いながら結界君を走らせた。

セッセとアルバイトをして吉田家の家計を助けてくれているワイフが、午後からの仕事まで会場受付をしてくれるというので、それに甘えて搬出用の梱包材を準備したり、展示前に撮りためておいた作品梱包手順の写真を印刷したりと、事務処理にたっぷり時間を使うことが出来た。
なにせ、今回は寺と浜田の往復に終始したから、やたらと時間や燃料を無駄に使った。
これは経費に計上できない自己負担で乗り切るしかないからなかなか厳しい。
こういう時に働く悪知恵でもあったら、何とかこの急場をしのぐ手だても思いつくのだろうが、正直だけが取り柄の身(??)にはそういうおいしい知恵も全く浮かばない。
せめてもの救いは、道中にあるセブンイレブンで濃い茶と甘いスイーツを買い込む程度のことだったが、なにせ、万善寺周辺にはセブンイレブンがないからとても良い気晴らしになった。
明日から当分の間、セブンイレブンとも縁が無くなる。

午後から島根で彫刻展に出品してくれているiさんが作品の搬出を兼ねて受付の手伝いに来てくれた。
1年に一回逢って会話があるかどうかの疎遠な付き合いなのだが、かえってそういう長い絶交状態のお陰で数時間の会話が濃密に感じる・・・といっても、ふと気がつくとほとんど自分でしゃべりっ放しだったりしていて、少々焦る。
日頃無口に過ごしている私の饒舌にイヤな顔も見せないでつきあってくれる彼の優しさがありがたい。
こんなおしゃべりオヤジになれるのも、1年の間にそうしょっちゅうある訳でもない。後になって、とても聞き上手な人だと思い返している。

立場上でもないが、外せない宗教の話し。
最近の田舎メディア現状への不満と夢のような対策案の話し。
なにも解りもしないのに外せない話題は、やはり現在の政治や政治家の話し。
老人と加齢と大脳と看取りの話題は、現在ダイレクトに直面している避けて通れない話し。
それに・・・可愛いアリアナちゃんと妖艶なマイリーさんの話し。
ハイレベルなアメリカドラマと、ヨーロッパドラマの相対的比較論からその完成度とあまりに幼稚な日本ドラマの批判愚痴話し。
・・・などなど、現代彫刻小品展最終日の濃厚な午後のひと時を堪能したのでありました。
本日の来場30名。会期中来場約560名。ワークショップ参加者約100名。
まぁ、台風で始まり台風で終わるというなかなかハードな会期でありました。

IMG_0609.jpg

[edit]

CM: 1
TB: 0

page top

マムシ 

2015/07/26
Sun. 23:31

現代彫刻小品展も、残すところあと1日になった。
ワークショップ後半も、本日で終了。

今年の現代彫刻小品展は憲正さんの本葬と完全に重なってしまって、彫刻家としても坊主としても、とにかく至るところでアチコチに迷惑をかけることになった。
それと、絶妙のタイミングでやってきた台風。
搬入の作業は台風の影響でどうなることかと気をもんだ。その上、搬出作業の当日を狙ったように、また台風がやってきている。
ここまで絶妙のタイミングで色々な悪い条件が重なってくることなど、自分の人生でそう滅多にあることではない。
・・・何とも得難い貴重な10日間が終わろうとしている。

それは、まだ本葬前のある日のこと・・・
本葬準備の寺務に追われて荒れ放題に手付かずの万善寺境内を、せめて少しでも見栄えよくキレイにしておこうと、草刈りしたり掃き掃除したりしていた時・・参道から本堂の前庭に登りきった門柱の脇で、1匹のマムシがきれいにとぐろを巻いて日向ぼっこをしていた。こちらが彼(または彼女)へ気づく前に、すでにマムシの方は私の気配を感じていたようで、気だるそうな仕種で少しだけ頭をこちらへ向けてきた。
その日光浴の場所は、もうずいぶん前からマムシの定位置になっていて、そのあたりを中心に半径3〜4mくらいの範囲でよく見かける。
そもそも、マムシはどのくらい生き続けるのだろう。
どう考えても人間ほど長生きすることはないだろうが、万善寺の境内で住み暮すマムシ君(またはマムシ嬢)は、私がものごころついた少年時代からだいたい毎年定期的に目撃するから、延々と世代交代して血縁を引き継ぎながらほぼ同じ場所で住み暮し続けているはずだ。おまけに今日は同じ場所でシマヘビが尻尾をのぞかせていた。蛇の道は蛇のごとく、似た者同士、彼らはなかよく近所付き合いをしながらそれなりに平和に暮しているのかもしれない。

少年時代の残酷な自分をふと思い出した。あの頃は蛇の殺生など平気で遊びの一つだった。蛇を殺すことが快感だったふうに記憶している。
今にして思えば恐ろしいことだ。
おかみさんがマムシを目撃してしまうと、その日からあきれるくらいに執念深くわざわざ毎日様子を確かめて、鎌や鍬を武器にして確実に殺すまで諦めることをしない。
さすがにおかみさんはマムシを殺すことを快感に思っている訳でもないだろうが、ひょっとしたら自分も気がつかないまま長い歳月の中で生物を殺すということに慣れきっているのかもしれない。それもまた恐ろしいことだ。

台風の影響なのだろう、夜風がしだいに激しくなってきた。
展覧会最終日は、はたして何人の来場があるのだろう?
自然を相手に心配を巡らせても仕方がない。なるようにするしかない。

IMG_0573.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

Hey now, hey now・・・ 

2015/07/25
Sat. 21:36

最近色々なことがいっきに色々ありましていいかげんにくたびれたいいかげんなオヤジはもうどうでもいいかげんな日々をおくっていいかげんな毎日を過ごしていることにそろそろ何とかしないといけないと思いつつ結局いつものノリでいいかげんな一日が始まって終わってしまっているわけなのであります。
そんな中で、久しぶりのノッチ情報にハマってしまってそれだけはどうもカスカスの脳みその記憶の琴線を刺激したらしくエンドレスでグルグル駆け巡って気がつくとそのメロディーラインがよみがえってしまっていると同時にあの可愛いアリアナちゃんのしぐさとセクシー姉御にスケールアップしたマイリー嬢の着ぐるみがチラついてニヤケてしまっている自分がいたりする今日この頃なのであります。

今の自分には、けっこうタイムリーで重たい和訳を見つけたので、秘かにささやかに転記させていただきます。
毎日飽きもせず当ブログにお立ち寄りの10名前後の皆様・・・オヤジと感動を共有していただくことは一向に差し支えありませんが、くれぐれも拡散されませんようにお願いいたします。

There is freedom within
There is freedom without
Try to catch a deluge in a paper cup
There's a battle ahead
Many battles are lost
But you'll never see the end of the road
While you're traveling with me

[Chorus]
Hey now, hey now
Don't dream it's over
Hey now, hey now
When the world comes in
They come, they come
To build a wall between us
We know they won't win

Now I'm towing my car
There's a hole in the roof
My possessions are causing me suspicion but there's no proof
In the paper today
Tales of war and of waste
But you turn right over to the T.V. page

[Chorus]
Hey now, hey now
Don't dream it's over
Hey now, hey now
When the world comes in
They come, they come
To build a wall between us
We know they won't win

Now I'm walking again
To the beat of a drum
And I'm counting the steps to the door of your heart
Only shadows ahead
Barely clearing the roof
Get to know the feeling of liberation and relief

[Chorus]
Hey now, Hey now
Don't dream it's over
Hey now, Hey now
When the world comes in
They come, they come
To build a wall between us
You know they won't win
Don't let them win
Hey now, Hey now
Hey now, Hey now
Hey now, Hey now
Don't let them win
They come, They come
Don't let them win
Hey now, Hey now (yeah)
Hey now, Hey now

心のなかで自由になれたら
何もなくても自由になれる
ちいさな紙のコップひとつで
溢れ出る洪水を
受け止めようとしてるんだから
これからだって戦いは
ずっと続いていくんだし
時には負けちゃうことだって
きっとあると思うけど
それでも終わりになったりしない
一緒に旅している限り

[Chorus]
おい待てよ
これでもう終わりだなんて
そんな風に考えるなよ
なあいいか
世の中が
あれこれうるさく言ってきて
間に壁を作ろうと
邪魔してきたって関係ないよ
やつらなんかに負けたりしない

こうやって
引っ張ってかなきゃならないくらい
車は故障しているし
屋根には穴も開いている
色々物をもってると
疑い深くなってくるけど
何も証拠はないんだよ
今日の新聞に
戦争とか廃棄物とか
そんな話が載ってても
お前はみんなすっ飛ばし
TV欄をチェックする

[Chorus]
おい待てよ
これでもう終わりだなんて
そんな風に考えるなよ
なあいいか
世の中が
あれこれうるさく言ってきて
間に壁を作ろうと
邪魔してきたって関係ないよ
やつらなんかに負けたりしない

やっとまた
歩き始めたとこなんだ
ドラムのビートに調子を合わせ
一歩二歩と数えながら
お前の心へと
続くドアを目指してる
行く手には
影しか見えてこなくって
穴の開いた屋根だって
まだ汚いままだけど
他のものに縛られず
ほっとするっていうことが
一体どういうことなのか
やっとわかりはじめたよ

[Chorus]
おい待てよ
これでもう終わりだなんて
そんな風に考えるなよ
なあいいか
世の中が
あれこれうるさく言ってきて
間に壁を作ろうと
邪魔してきたって関係ないよ
やつらなんかに負けたりしない
あいつらに
負けたりしちゃダメなんだ
なあいいか
おい待てよ
あいつらに
負けたりしちゃダメなんだ
なあいいか
世の中が
邪魔してきたって関係ないよ
あいつらに
負けたりしちゃダメなんだ
なあいいか

IMG_0581_201507252134250fa.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

週末の美術館 

2015/07/24
Fri. 23:55

蝉の鳴声に起こされて、それから二度寝すると浜田が遅刻しそうだから本堂の復元にとりかかった。狭い本堂をアチコチ動き回っていたら、汗が吹き出る。
赤来高原の早朝でこれだから、きっと浜田は暑くなるだろうと予測して着替えを用意することにした。

急いで朝食をとって、荷物を積み込んで、結界君を走らせた。
中国山地の広島県との県境あたりの高原から、ひたすら北上して日本海へ出る。途中、江の川に沿った道に合流したあたりから、空気が湿気を含んで結界君の車内がサウナ状態になってきた。普通は、窓を全開にして自然の風を受けながらノンビリと走っているのだが、それも限界で暑くてしょうがないので、久々にエアコンのスイッチをONにした。

コンビニで昼食を買い込んで美術館の駐車場へ到着したら、開館時間へギリギリセーフ。
久しぶりに見る彫刻達は、特に変った様子もなくて安心した。
受付の準備をして朝の涼しいうちにカメラオヤジと綿密な打ち合わせをして記録の写真を撮ってしまうことにした。
昨年までのPowerShotは、どうも室内の撮影に弱いところがあって気になっていたので、今回は機種を変えてみることにした。
撮りためたデータは、その都度手持ちのラップトップへ移動して様子を見ながら役割を分担して撮影を続ける。重量があったり組立が複雑で移動できない彫刻は、光の具合を見ながらその場で撮影することにしたので、若干時間を稼ぐことが出来たが、それにしても暑い。ガラス張りの会場はブラインドを降ろしても夏の太陽にジリジリ焼かれて温室ハウス状態。用意していたドリンクが午前中で無くなってしまった。

島根県絵画界の重鎮佐田さんが夏らしい軽装でフラリと現れた。
やはり絵画の作家らしく彩色の木彫に目が留まって、しきりに感心していた。
もうずいぶん前から彩色木彫が流行している・・・というより、彫刻への彩色はこの私でさえ20代の頃から続けている。絵画の色彩設計とはまた違った意味で、素材の肌合いを活かしながら古色を演出するなどしていると、彫刻家の色彩感覚もなかなか鋭くてあなどれないことも多い。さすが、絵画の重鎮だけのことはある。キッチリ表現素材の収穫をしている。こちらとしても、自分の絵画作品へ何かしら発想の刺激を感じてもらえるだけでもありがたいことだ。

週末の金曜日だというのに・・・というか、金曜日だからというのか、とにかく来場の客足がバタリと止んだ。閉館の5時前には人影も絶えて静まり返った館内に、閉館のアナウンスだけが虚しく響いていた。
大汗をかきながらでも一日で作品撮影を終わらせることが出来て、順次パソコンへ移動したデータも同時進行で確認することも出来たから、まぁヨシとしよう!
会期もあとわずかだし、早い時点で撮影の失敗を確認しておかないと取り直しが出来なくなってしまう。
彫刻展の責任者としては、色々とけっこう煩雑な仕事が絶えない訳であります。

IMG_0035.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

Don't Dream It's Over 

2015/07/23
Thu. 21:51

憲正さんの本葬と大練忌法要が終わって一段落すると天の仏様か神様か知らないがそれを見計らっていたようにドッサリと雨になった。
自治会のテントも結局未だに万善寺の濡れ縁欄干へ干したままになっている。

一夜明けて、まずは本堂の整備復元。
とにかく、いらないものや無駄なものが多いわりに、大事なものや必要なものがあまりにも少ない。老夫婦が守り続けた昭和の遺物が無駄に多い。
万善寺の本堂には、日本の戦後史がそのまま時代の流れに取り残されて淀んでいる。

まずは、燃えるゴミを結界君のお尻に詰めるだけ詰め込んだ。
これを大田市のクリーンセンターまで持っていこうと思う。
それから、ネズミが噛らない陶器を仕分けして蔵へ運んだ。
仏具も老朽化が進んだものがガムテープやセロテープで補修されて使い続けられている。
これらは、おかみさんの目が届くうちは境内で撥遣法要も出来ないから、何処かへまとめて片づけるしかない。
これから1年かけて少しずつ仏具を更新して、一周忌の法要には今より少しは見た目のいい荘厳が出来るようにしたい。
なんでもかんでも、新しかったりキラキラしていればいいというものでもないが、やはり、最低限お釈迦様への信仰心が伝わるほどの荘厳にはしたいと思うし、そうすべきだと思っている。

用事の途中で石見銀山の自宅へ寄った。
おかしな話だが、最近は自宅のリビングが休憩場所で、四畳半の書斎が寺務や事務を片づけるだけの部屋になってしまった。
そうそう、その書斎が今度の本葬で帰国したノッチの一夜限りの寝室で使ってもらったようだ。
彼女もこの1年で見違えるほど大人になって帰ってきた。
オヤジの加齢臭がしみ込んだヨレヨレの煎餅布団がきちんとたたまれていた。
いつも、オヤジの書斎に入り浸ってそのまま占領してしまうキーポンには出来ないことだ。

飲み友達のカメラマンのオヤジに本葬の記録を頼んだので、寺務の整理も兼ねてその礼を持っていった。本人は留守だった。
「やっぱり、衣が似合ってカッコよかったね!・・って話してたんですよ♡」
奥さんが、奥歯の浮くような上手を云ってくれた。

ノッチは、その後出雲で別れて羽田経由でシンガポールへ旅立つ。
明日の朝には、現地へ着いてそのまま仕事に入る。
万善寺のロフトで、久々に音楽の話題に花が咲いた。
Diana krallの「Don't Dream It's Over」は色っぽいが、ノッチが教えてくれたMileyとArianaちゃんはかわいくてエロっぽかった。

IMG_6223.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

憲正さんの本葬はやっぱり雨が降りました 

2015/07/22
Wed. 20:33

龍雲山万善寺二十二世禅嶽憲正大和尚本葬が無事??・・かどうか知らないけど、とにかく一応終わった。
これから後処理がしばらく続くが、ひとまず大きな山を一つ越えた感じだ。

総勢30人の方丈さん方が狭い万善寺の本堂へ集まると、やはり一般の参列者はその慣れない光景にけっこう緊張されたことだろう。
早朝から集まった関係の皆さんも、それぞれに自分の仕事を粛々とこなし、午後3時を過ぎたあたりで解散となった。
ワイフがとても良い働きをしてくれて本当に助かった。
ノッチも自分から身体が動いて良い手伝いをしてくれた。
じゅん君は・・・よくわからない。

曇りではあったが午前中は雨もそれなりに我慢してくれた。
本葬が終わった頃からそろそろ我慢も限界で、ポツリポツリと落ちはじめ、それがそのまま本降りになって今に至っている。
どちらかといえば雨男の私も、こういう日はさすがに腰にくる。
ひどくなるとそれが足まで広がってきてロフトまでの階段がきつい。
龍雲山の山号はなかなか威力が強くて、万善寺での仏事にはだいたい雨が降る。
結局、本葬まで雨が降った訳だから、憲正さんもきっと彼岸の国で笑っていることだろう。

おかみさんは、こういう特別の日であっても毎日の決まった暮しをかたくなに守ろうとして朝から必死だった。
ここまで心が頑なに固まってしまうと、もう私ごときではどうすることも出来ないで笑いに変えるしかない。
せめて今日一日だけでもニコニコと気持ちよく過ぎたいと思っていたのだが、その笑いがおかみさんを侮辱しているように見えたらしいじゅん君の反感を買った。
日頃は気ままに暮すじゅん君が、自分の人生のほんの一瞬程度の家族の付き合いで全てを客観的に理解出来る訳もなく、それこそ一瞬の見た目の現実に感情の正誤で対応されてもどうすることも出来ない。
今日のような非日常の一日を乗り切るために、ほぼ1ヶ月以上にわたってコツコツと積み重ねた寺務の数々は、結局寺で暮すおかみさんにも解ることもないままだったようだ。
そのような異次元とも思える万善寺空間を絶妙の対応で乗り切ったワイフの力量はさすがというしかない。

とにかく、関係の皆さんもそれぞれがそれぞれにしっかりと自分の務めをはたしていただいたことだけは確かなことだ。
いろいろ失敗や手落ちはあっただろうが、そのようなことはそっくり飲み込んで、今はとにかくだれにもジャマされないで、自分の世界でゆっくりと一晩過ごしたい。
明日からは、現代彫刻小品展の後半戦へ照準をあわせるつもりだ。
朝からまた別の意味で忙しくなりそうだ。

IMG_0002_20150722203104701.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

憲正さん雨降り大夜 

2015/07/21
Tue. 22:19

久々にノッチに逢った!・・・といっても、万善寺でだけどね。
少し前に大夜のお経が終わって、お手伝いの方丈さん方と万善寺総代役員の三人とJA葬祭の担当が晩飯を食べて解散した。

朝から、万善寺境内地の残っていた営繕を片づけはじめて、終わったのが午後3時。
さすがにこれだけ外仕事をすると、最近の事務ばかりに偏った暮しで鈍った身体のアチコチが悲鳴をあげている。
それでも、少し前は現代彫刻小品展の搬入作業でグッタリ疲れたすぐ後だったから、身体の方も疲れに慣れているようで、シャワーをあびでサッパリしたらかなり体力が戻った。
そのかわり、止めどなく汗が流れっ放しで、着替えた改良衣もグッショリ。
明日は本葬だから洗濯しても乾くヒマがないし、今はエアコンの近くに干して汗を飛ばしている。
こういう時の、オヤジの体臭でむせかえる私のフェロモンは、さて、半径どのくらいまで漂って拡散するのだろうと、なんとなくニヤツキながら無駄な妄想にふけってしまった。
明日の本葬で参列の檀家の未亡人でもいたら、万善寺の本堂がただならぬ虹色や極彩色に染まってしまう可能性も無いわけでは無い!??
そんな本葬会場で、さて、私の挨拶はどうやって乗りきろう?・・・

憲正東堂さんとは、定期的な病院の通院でかなり長い間濃厚で親密な関係が続いた。
万善寺で車の助手席へ落ち着いてから、まず確認に声かけするところから通院の1日が始まる。
「よく我慢できてるねぇ〜・・、ちょうしはどぉお?」
「調子はええよ!!おばあさんはいつもあれだけぇ〜・・・ありがと!ありがと!」
そんな会話があって、あとは、日常の事務的な会話で1日が終わる。
それでも、今にして思えば、十分に気持ちが通じていたような気がする。
憲正さんの素晴らしさは、語り尽くせないほどあるが、一つあげるとすると、何といっても「ありがと!ありがと!」に尽きる。

私に対しての感謝の気持ちがこのフレーズに集約されたのだろう歳月であった。
日常の暮しの中で普通にさり気なくためらいなく口走れたことがなかなか素晴らしい。
憲正さんがいなくなった最近は、とくにそのフレーズが再々甦る。
弟子の私としては、襟を正して真摯な心を込めて彼から受け継ぐべき信条はこのささやかな1フレーズであるしかないと、最近はそういう思いが強くなっている。

人に任せることなく、自分で納得するまでコツコツと全てを組み立てる。
人の手間には全て「ありがと!ありがと!」で応える。
「人の口はなんボォ〜でも塞げるがのぉ〜、人の心までは掴めんケェ〜ノォ〜」
何時だったか、会話の流れでそういう返事が返ってきた。
たぶん、憲正さんは、そこまでして周囲のみんなと強調することが面倒だったのかもしれない。そのわりには面倒見がよくて、デシャバリでもあったけどね。

IMG_6217.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

浜田世界こども美術館の現代彫刻小品展も、早いモノで3日目。
残り少なくなった目録を石見銀山の自宅で印刷して、慌ただしく出発した。
どう考えても会場の開場までに間に合いそうもなかったから、久々に有料山陰道を使った。
さすが有料だけあってというか、たまたま連休最終日の朝だからかというか、とにかく、結界君の前も後ろも、対向車線も、ほとんど走る車もない貸し切り状態の山陰道を美術館へ向けて突っ走った。

おかげさまで、開場前の絶妙な時間に到着して、受付のテーブルを調えたり、照明をつけたり、キャプションや彫刻を見回ったりなどしていたら、周藤さんが2時間かけてやってきてくれた。それからしばらくして河島くんも到着した。山陰道の状態を見てしまったから、今日の来場は期待できないかもしれないと思いつつ、朝のひと時をノンビリ過ごした。
それからしばらくしてワークショップ講師の小林さんが到着。
受付とワークショップの二手に分かれてそれぞれの業務開始。

憲正さんの本葬が迫っているから、私は午後から帰らせてもらうことにした。
石見銀山の自宅に着くと、クロが暑さでだれきっている。ネコの熱中症が心配だから扇風機とエアコンをつけてやって、大急ぎで頭にバリカンを当てた。
荷物を用意して自宅を出る時にエアコンを切ったら、クロが怨めしそうな視線を投げるものだから、扇風機だけはつけておくことにしてやった。
万善寺までの道中は、やたらと睡魔が襲った。今にして思えば、よく無事に寺へ着いたと思う。それほど厳しい眠気に襲われたのは久々のことだった。

ワイフの車があるのに、声をかけても返事がない。
ひとまず荷物を降ろして、本堂と庫裏を1巡した。
寺務所にしている3畳へ「知庫」の張り紙がしてあったので、自分の私物を急いで片づけて一段落していると、何処かでワイフが激しくセキをしている。やはり、そう遠くには行っていない様子だ。おかみさんは、例の如く気難しい顔で相撲中継を見ているが、シャンと頭に入っているか疑わしい。私は留守にするし、ワイフは言う事を聞かないし、檀家さんは忙しく働く風もなく、方丈さんは楽しそうに葬儀準備に口を出している。そのようなこと全てが自分の気に入らない訳だ。だからといって、今さらアレコレ自ら仕切られる訳もないのに、何もしないで気楽にしていることを罪悪と思っているから始末が悪い。色々おかみさんの一人愚痴を総合して判断すると、どうやら結局我慢が出来なくて雑巾掛けなどでヨチヨチと手を出してしまったようだ。どうりで、本堂の濡れ階段へ薄汚い雑巾がたたんで干されていた訳だ。

延々とおかみさんの愚痴を聞きながらそうめんを茹でて二人で食べた。
夕食の間中しゃべりっ放しのおかみさんだったが、それでも私の留守にしていた5日間ぶんにはまだ足らないようで、あまりにもとめどがない。
結局、痺れを切らせてロフトに逃げ込んだ。
気を取り直して、今日の展覧会の様子を河島君から聞いたら、昼からは、朝の静かさが嘘のように忙しかったらしい。結局、来場は100人を越えたようだし、ワークショップも、準備していた材料を使い果たして早々と店じまいしたようだ。
「今日はきっとヒマですよ。車も走っていなかったし・・」
私の偉そうな予想は見事にハズレた。

IMG_6189.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

現代彫刻小品展in浜田ワークショップ 

2015/07/19
Sun. 23:51

朝のうちは空気も澄んで爽やかな1日が始まる感じだった。
それが、少しずつ日が高くなるにつれて地面の湿気が蒸発しはじめ、いっきに蒸し暑さが広がった。
一晩を結界君で過ごしたから、どうも節々が痛む。その上にこの蒸し暑さだから疲労のたまった身体がだるい。
日陰にしていた桜の木では、断続的に思い出したように蝉が合唱をはじめ、何かの拍子にそれがピタリと止む。

美術館の開館までにはもう少し時間があるから、コンビニで買い込んだ早めの朝食をすませて二度寝をすることにした。
シートを倒して目を閉じると首筋のあたりから汗がにじみ出てどうにも気持ちが悪い。
そういえば、遅くまで一緒に飲んでいた周藤さんは別れる前に朝方は温泉に入って汗を流すようなことを云っていた。その時は、「そういう手もあったか」くらいにしか思っていなかったが、自分の現状を見ると彼と一緒に行動しておけばよかったと、少し後悔した。
蝉の鳴声がしだいに激しくなって耳鳴りのうるささが消えてきた。

いつのまにかウツラウツラと二度寝に入ったようで、次に目が覚めてみると、目の前のフロントガラスに何やら青い小さな紙が張り付いている。
駐車違反の張り紙かとも思ったが、そもそも、最初から美術館の駐車場だから違反も何もあるわけがない。
そのままにも出来ないから、とにかく窓から手を伸ばしてそれをはがした。
小さな青いポストイットには、見慣れた豪快なデカイ文字で、起こすのも忍びないからこのまま挨拶無しで帰路につく旨のメモが書かれてあった。そのヌシは居上さん。
実に彼らしい、情のこもった気配りだった。
それにしても、全く気がつかなかった。たった数分間の眠りだったろうに、とにかく全く気がつかなかった。
やはり、相当に疲れているのだろう。いつものクロックスが履きにくい。足首が気持ち悪いほど浮腫んでいた。一晩のうちに、身体中の無駄な水分が下半身へ集まってしまったようだ。どうも歩きにくくて、ヨチヨチと美術館へ向かっていたら、温泉帰りの周藤さんの車が駐車場へ入ってきた。なんとなく、こざっぱりとしている。後悔が甦って、また後悔した。

現代彫刻小品展の会場では、受付をお願いしている河島くんのお母さんがすでに到着していてテーブルを整理している最中だった。遅延をわびてまずは椅子に落ち着くと、ケースいっぱいの朝どれミニトマトをもらった。会場へ来る前に、畑へよって、収穫を済ませたトマトを、そのままドッサリ持ってきてくれたらしい。ずいぶん重かったろうに・・・有難いことだ。

午後からスタートのワークショップ2日目も、盛況のうちに始まって終わった。
本日の参加〆て26人・・・子供たちはずいぶん楽しんでいた。

IMG_6177.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

現代彫刻小品展in浜田1日目 

2015/07/18
Sat. 23:58

島根の浜田は、台風の影響もほとんど無く、現代彫刻小品展の初日も無事に始まって終わった。
入場者は85人。
初日でまだ慣れないこともあって受付の見落としもけっこうあったから、たぶん、100人は越えていると思う。
人数が多いからそれでいいという訳でもないが、広報活動があまり出来なかったわりには、多くの来場を得た初日だったと思う。

ワークショップは、徳島から居上さん。岡山から小林さんが来てくれた。
予定の時間を前倒ししてスタートしたワークショップは大盛況で、気がつけば予定の終了時間をオーバーしてもお客さんの絶え間がなくて、結局、展覧会の終了間際まで小さなこどもが彫刻の材料と格闘していた。

出品者の彫刻家は、島根県内を中心に遠くは宮崎県からも駆けつけてくれた。
私の方は、本当なら万善寺の本葬に向けて檀家さんの奉仕作業につきあわないといけないのだが、さすがに展覧会初日を抜ける訳にもいかないから寺の方はワイフにすがることになってしまった。

夕方になってワイフに電話をしたら、参道から本堂にかけての境内を中心にスッキリとキレイになったということだった。
数日前の彫刻展が始まる前日の1日をかけて、徹底的に草刈り機を振り回しておいたから、まぁ、坊主頭の刈り残しにカミソリをあてる程度の最後の仕上げをするくらいで済んだはずだ。
いままで、万善寺の営繕を含め、お檀家さんが寺にかかわることがほとんどなかったから、老僧の遷化以来、この1カ月はみなさんそれぞれ落ち着かない毎日を過ごされたことだろう。
もっとも、直近のスケジュールもなかなか決まらないまま、会期が始まることになってしまった私の公私混同な1カ月は人生始まって以来の厳しい日々であったから、それにくらべれば、半日の奉仕作業で終わった万善寺のことなど大騒ぎをするほどのことでもないとも思ってしまう。
本葬の前日に檀家の役員さんと久しぶりで顔を合わせることになるが、さて、どのような反応になるか・・・きっと、気の利かないアレコレを叱られることだろう。

そうそう、あわただしい毎日の中で、吉田家の子供たちはオヤジの荒んだ心を適度に和ませてくれている。
水泳の試験で苦戦していたキーポンは、50メートルの合格ラインを見事クリアーして一発合格したそうだ。それも、クロールじゃなくて背泳ぎで泳ぎきったらしい。なかなかの強者だ。私など、いまだにスーパーハンマーで、太ももより上まで水に浸かると、恐怖でおちんちんが見事に縮み上がってしまう。温泉の大浴場も苦手なほどの金槌ぶりだから、ついに、吉田家でいまだに泳げないのは私一人だけになってしまった。

IMG_6152.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

現代彫刻小品展in浜田スタート! 

2015/07/17
Fri. 23:48

さすがに台風が心配でなかなか眠れなかった・・・というより、現代彫刻小品展の会場受付や作品キャプションなど、会期の初日までに用意しなければいけない書類などを作っていたら、結局朝になっていた。
今年は、とにかく全てのことが遅れてしまった。

仮眠して目覚めたら、もう石見銀山を出発する時間になっていたから、急いで用意して出かけた。
浜田までの道中は、絶え間なく霧雨が降り続く程度で、特に風が強い訳でもなかっった。
チラホラと入ってくる情報では、紀伊半島や関西の各地で台風被害が続出しているようだ。
私は、だいたいが雨男で、何かと大事な時になると、よく雨が降る。
自分ではそういう自覚があるから、特に苦にするでも無く雨と付き合いながらことを進める。
今回も、そんな感じで1日が始まった。

会場の浜田世界こども美術館に、展示台や彫刻と一緒に到着したら、すでに島根の作家が数人会場へ駆けつけてくれていた。
みんなが協力して手際よく作業が進む。
ときどき大事なことを伝えておくだけで、大きな混乱もないまま、お昼を過ぎたあたりでおおよそ会場の雰囲気が固まってきた。
ワイフと話していた当初の予想よりはるかにことが早く進んで、結局、午後2時過ぎにはだいたいの展示が片づいた。

ワークショップの講師をお願いした徳島の居上さんは、台風の進行と競争するように本土へ渡って浜田入り。
岡山の小林さんは、前日に大森小学校でのワークショップを終わった後、近所の温泉旅館で1泊してそこから浜田入り。

私は、睡眠不足の肉体疲労がドッとおしよせて、実は、もうフラフラ状態。
色々用事を済ませて、遅れて到着したワイフの顔が見えて、少し気持ちがしっかりしてきて、何とか最後まで集中を維持することが出来た。

松江から駆けつけてくれた中田さんに周藤さん。
出雲の松本さんは私の車のすぐ前を走っていて、ほぼ同時に会場到着。
大田のノリちゃん、江津の石金さんや田中さん、益田の寺尾さん、少し遅れて松田さん。
トラックを運転してくれた棟梁などなど、たくさんの協力で会場が出来上がった。
昨年末から書類を調えて、4月に入った頃から準備を始め、5月に入って作家へ書類発送したあと、こうして60点以上の彫刻が浜田へ集まった。

毎年続けて、もう6年目になった。何かしら彫刻の新鮮な発見があって飽きることがない。
さて、今年も現代彫刻小品展in浜田がスタートです!

IMG_6035.jpg

[edit]

CM: 1
TB: 0

page top

嵐の前の静かな1日 

2015/07/16
Thu. 23:51

本日、7月16日は憲正さんの初月忌になる。
この1カ月は早く過ぎたのかゆっくりだったのか・・・どうも判断が難しい。
毎日の出来事が、自分にとってはじめて尽くしであった。
それほど長くもない人生で、今まで経験することのなかった数々の出来事が止めどなく連続して過ぎていった。もちろん、90年生きるおかみさんにとっても、ことごとくはじめての体験になるわけだから、「あの時はあぁ〜した」とか、「こういう時はどぉ〜だった」とか、そんな思い出話などある訳もなく、全ては未経験の連続であったはずで、そうとうに不安な毎日が続いていたことだろう。

俗に世間でいうところの、「お寂しい毎日だったでしょう・・」とか、「まことにこの度はご愁傷さまで・・」などという感覚は、まったくもって無かった。
それほど、自分にとっての憲正さんとの付き合いは思い残すこともないほど、悔いのないサッパリとした付き合いのまま自然に時が過ぎ今生の別れに至ったと思っている。
ところが、おかみさんにとってはどうもそうでもないらしく、何かと思い残すことがあるような気配を感じて、毎日の色々な行動に何となくその埋め合わせに思えるほどの寒々しさが見え隠れして、そういう姿を近くで見続けなければいけないことに腹立たしいイライラが溜まる一方になってしまった。

そして、1カ月が過ぎ、没後はじめての月命日がやってきたわけだ。期せずしてその命日に、本葬に向けてお手伝いをいただく方丈さん方が万善寺へ集まって荘厳などの準備作業を行っていただいた。私は、まだ憲正さんが存命のころから決まっていたワークショップのスケジュールを粛々とこなした。世間では、今年最大の台風が西日本を横切るという避けることの出来ない自然の猛威に遭遇し、数々の予定されていた行事を変更することになった。ワークショップ会場の石見銀山にある大森小学校では、台風の被害をさけて終業式当日の休校がすでに決まっていた。その慌ただしい土壇場ギリギリのところで、先生方の心痛を余所に19人の児童達がワイワイにぎやかに楽しい1日を過ごした訳だ。

最近の教育機関では、用心の上にも用心を重ね、慎重のうえに慎重を重ねて協議決定する風潮にあるが、このたびの大森小学校校長の英断は揺るぎないものであった。私の進退を心配しての気持ちも多少あったとは思うが、それでも子供たちに対する教育的配慮を最優先してワークショップ実施を決断されたことであることは疑う余地もない。後になって「あの時は、やはりあぁ〜しておけばよかった」などと、反省することはいくらでも出来る。しかし、それを、如何に前向きに反省するかが日々の実践経験に裏付けされた判断力の強さだとも思う。私のような、ゆるくぬるいなまくらでない、立派な決断であったと感謝している。
憲正さんの本葬準備も自分の生涯で1度きりの重要な機会であるが、吉田正純は地球に一人しかいないし、二箇所で同時に生きることは出来ない。ことの成り行きの重要度を優先して、大森小学校ワークショップを選択したこの判断は、さて、吉とでたか凶とでたか・・・それぞれ立場の違う世間で正しい答えは出せるものでもない。
なかなか、忘れ難い嵐の前の一日であった。

IMG_5859.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ワクワク! 

2015/07/15
Wed. 20:20

いよいよ明日から現代彫刻小品展がスタートする!・・・といっても、まずはプレイベント出前ワークショップからですけど・・

そんなわけで、憲正さんの本葬前の数日間、万善寺を留守にします。
まぁ、私らしいといえば言い訳できないほどのダラシナイ坊主なわけです。
お手伝いの方丈さん方もきっとあきれていらっしゃることでしょう。
もちろん檀家さんもでしょうけどね。

ひとまずは、見た目だけでも「正純和尚は、それなりに一生懸命働いているじゃないか!」くらいには感じてもらえるように、現代彫刻小品展の準備事務の垣間を縫ってセッセと草刈り機を振り回した。
全てキレイにしすぎてしまうと、仕事の痕が残らないから、それなりにだらしなく「やったごと」程度のところで収めておいた。
結局は檀家さんのお仕事だって、布施の気持ちで営繕されることも無いでしょうから、お互い様でちょうどいい感じだろうなと勝手にそう思っている。
それにしても、初月忌当日から現代彫刻小品展の仕事に入るなんてことは、なかなか憲正さんもやらかしてくれますよ。
きっと、彼岸の国で私のドタバタを見ながら面白がっていることでしょう。

ここにきて、おかみさんがしだいに過激になりはじめた。
いつも毎年のことなのだが、何か寺の一大行事があると、その前からしだいに過激になるのが恒例だ。
この度はなかなか一言で語り尽くせないほど独断と毒舌に磨きがかかってきた。
私のチキンで内弁慶なところは、たぶん、おかみさんの性格を強く受け継いでいるのだろう。何かにつけて、自分より立場の弱いものを相手にして毒舌を飛ばしながら90年生きてきた人だ。
そういうことが毎日絶え間なく続くと、さすがにのん気な私も気が滅入る。
このところ、食欲が無くて胃が痛む。
昨夜など、夜中に胃液が食道へ逆流して激痛に悶絶した。
エイリアンの唾液を思い出す。
食道が溶けて穴があいたんじゃないかと思うくらい痛かった。

先ほど、寺の三畳の寺務所を片づけ終わった。
狭いなりに、この数週間重宝して使わせてもらった。
これからしばらくは、久しぶりの石見銀山吉田家四畳半の書斎暮らしがはじまる。
ネコチャンズにも逢えるし、なんとなくワクワクする。
やっぱり、こんなことじゃぁ、まともにかしこまって和尚さん務めをするなんて出来そうにないね。
こういう、気持ちを切り替えたりする時のワクワク感が何ともし難い。
我が身の見事な俗物は、まったくもって否定できない。

カーブミラー

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

あまぁ〜い1日 

2015/07/14
Tue. 21:15

17回忌の法事を終わって万善寺へ到着して、改良衣を干したり、白衣を洗濯したりしつつ彫刻展事務の続きを準備していたら電話が鳴った。

法事の間に着信がいっぱい入っていて、そのうちの一つが印刷屋さんからだった。
折り返しの電話をしたら、もう万善寺の近所まで到着していて、今、道の駅の駐車場だという。すぐ行くからと電話を切っていつものだらしない服に着替えて結界君へ飛び乗って走ること5分。
私の野外彫刻を置かせてもらっている手づくりアイスのお店で営業のお兄さんと会った。

本葬儀の次第がなかなか立派に出来上がっていた。上質紙の厚みも必要以上に十分厚い。
どちらかというと、寺の家業より彫刻や美術イベントの企画の方が忙しいほどの日々だから、やはり印刷屋さんとの密な付き合いは外せないし重要になる。ここでお互いの信頼関係が成立していないと、最後の大事なところでミスが出たり感覚のズレが生じたりして取り返しのつかないことになる。
このたびの印刷も、目茶苦茶いいかげんな時間切れ原稿を入稿して、あとは坊主の神頼みならぬ印刷屋さん頼みで微妙な修正をお任せして事無きを得た。

どうも日頃からとことん信用するところまで深い付き合いが出来ないまま、お互いに様子をみて牽制しあいながらお付き合いのお檀家さんから電話が入った。内容は、私から見ると特にどうでも良いようなことなのだが、当事者にとってはやはり大事なことなのだろう。住職と檀家とは一蓮托生でこのたびの本葬を乗り切らないといけないはずなのに、どうもお互いがよそよそしい。結局は、私の不義理と住職の働きの鈍さが元だから仕方のないことなのだが、やはりどことなく孤立感があって気が重い。

雨の止み間を狙って境内の草刈り営繕に励んだ。
だいたい見た目の体裁を整えて、表向きは奇麗気になったところで草刈り機のエンジンを止めて全体の様子を眺めていたら電話が鳴った。
「台風直撃で搬入大丈夫でしょうか?」東京で制作している出品のお姉さんからだった。
なにかしら、そういうことで心配するあたりが可愛らしい。
こういう時は、なるようにしかならないから特にわざわざ心配ばかりしていても問題の解決に至ることはない。チョット冷たい返事だったかもしれなかったけど、何となく事務的な会話に尽きてしまった。
そのすぐ後に、またまた電話が鳴った。神奈川の美しい熟女彫刻家からだった。
「あのね♡丸い台は玉子の彫刻を乗せてね♡底の方が少し平らになってるからすぐに解ると思うわ♡」なかなか丁寧な指示をいただきました!アリガトね♡!
なにか、とても嬉しいな!
万善寺暮らしになってから、女性の色気とは全く縁遠くなっていたから、色っぽい声を聞かせていただけるだけで腰の痛みが何処かへ飛んでいってしまう。
何時までもたっても、俗の色欲の呪縛に絡まったままのオヤジ坊主の1日が艶っぽく暮れたのでありました。

IMG_5805.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

本葬間近 

2015/07/13
Mon. 21:08

目覚めたのは午前1時33分。
たしか、眠くなって寝はじめたのは11時過ぎだったと思うから、2時間チョットしか寝ていないのに目が覚めた事になる。
きっと身体が疲れていなくて、エネルギーの消費が出来ていないのだろう・・と、勝手にそう思っているが、医学的にはトンチンカンな解釈かもしれない。

眠れないまま、フランスとイギリスの合作ドラマを3回分通して見た。
結構、面白くなってきた。
元ネタは、デンマークとスウェーデンを結ぶ国境の橋が事件の発端になるヨーロッパドラマなのだが、それが面白いから、世界のアチコチでリメイクされている。
ネタとしては、面白いと思う。
何でも有りだね。最近、アメリカとメキシコの国境でリメイクが始まった。
今話題の、中国とタイの国境でリメイクされたら、ドキドキドラマが出来るだろうな。
ギリシャとイタリア国境も面白いかもしれないけど、それって隣同士だったっけ?
日本は、リメイクできないね。陸続きの国境が無いからね。

まぁ、そんなことはどうでも良くて、とにかく、台風の影響で一晩中風が凄かった。
夜が明けても、強い風が引かなくて昼過ぎには雨も加わった。
三畳の寺務所でチャーリー・ミンガスを垂れ流ししながら現代彫刻小品展の事務を続けている間中も風雨が凄くて、湿気が容赦なく三畳へ入り込んでくる。
エアコンがないから扇風機で空気を拡散して騙しながらパソコンを使い続け、それでも3時過ぎにはひとまず切りの良いところまで事務が進んだ。
このところ、椅子に座って机に向かい続けてばっかりだから、小雨になったところでつなぎの作業着に着替えて草刈り機のエンジンを回した。
それから3時間ほど、万善寺の前面を草刈りした。
境内の端っこにマムシがいた。
今年はじめて見たマムシは、小振りながらまるまると太っていて良い体形をしていた。
残念ながら発見が遅くて取り逃がしてしまったが、これを生捕りしてマムシ酒にしたら10年は長生きできるかもしれない!という、俗っぽい欲が脳裏をかすめたが、そこは喪中の坊主でもあるし、グッと殺生を我慢した。
それに、今の自分が10年も長生きしたら他人や家族に迷惑をかけるしかないから、ここはサッサと御陀仏になった方が八方幸せでいられるとも思う。
そんなことはどうでも良いけど、予測ではもっと良い汗をかくはずだったのに、本日の世間があまりに涼しくて、草刈りくらいでは汗も流れるまでには至らなかった。
だから、老廃物をため込んだまま、気持ちだけは久々の肉体労働の爽快感で、無駄に麦とホップが消費された。

憲正さんの本葬が近づいてきた。
おかみさんは、毎日俗っぽい仕種で憲正さんの遺骨や遺影と会話している。
このところ、めっきり老いぼれてきた。

式次第 (1)

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

荒れる日曜日 

2015/07/12
Sun. 20:43

曹洞宗住職クラス僧侶の葬儀に欠かせないのが、本葬の葬儀次第案内状。
昭和の昔は、手書きのがり版ズリでわら半紙へ印刷した遺影もないシンプルなものだった。
老僧の密葬以来、万善寺のアチコチへ散らばった老僧保管の資料を整理したら、そういう書き物を幾つか発見できた。
現在は、A3サイズの上質紙裏表両面印刷を中折りした立派な本葬案内状が主流で、表紙にはちゃんと立派な遺影と遺偈も添えられている。
個人的には、遺影というものがあまり好きではないので、無理して掲載しなくてもいいと思っていたが、法類僧侶の皆さんのあいだでは、遺影写真は当然はずす事の出来ないデータのひとつとして決まったデザイン様式にすでに組み込まれていた。そういう、宗門の常識から大きく逸脱することも出来ないから、それなりに苦労して次第原稿を作成して週末にやっと印刷データを仕上げた。いつも展覧会などでお世話になっている印刷屋さんへ入稿して校正をしたり打ち合わせをしたりして、一週間が終わった。

今週後半から現代彫刻小品展がスタートする。来週には本葬の当日を迎える。
自分の身体がいくつあってもこれらの用事ひとつを一人で遺漏無くこなすのは無理な事だから、アチコチ頼みやすい方面へ泣きついて無理を聞いてもらっている。
こういう事態は、自分の人生にそう何度も巡ってくる事でもないだろうから、ひたすら眼前の事実に向き合って、出来る事を精いっぱい出来るなりに済ませていくしかない。

メールやFAXや電話がさみだれで舞い込んで、そのひとつずつをひとつずつ片づけていたら、彫刻展の会場でお世話になる浜田世界こども美術館からチラシが無くなったという知らせが舞い込んだ。初回の手渡しの時に、もう少し多めに渡しておけばあと一週間は何とかなっただろうと思ったが、済んだ事は取り戻せない。
台風の影響だろうか、それとも梅雨のせいなのか、雨が降り続く日本海沿岸の国道を浜田へ走って、今度は十分過ぎるほどのチラシを美術館へ託してきた。
眠気と戦いながら寺へ向かう銀山街道へ入った時は雨が降り続いていたのに、南下するにつれて空がどんどん明るくなって、道も乾いてきた。
そのうち、風が強く舞って街道沿いの雑木が激しく揺れて折れた小枝やちぎれた木の葉が路上で渦巻いている。
おかみさんに聞いたら、寺の辺りは1日一滴も雨が降らなかったそうだ。
疲れがドッとやってきて、しばらく三畳へ篭っていたが疲労が勝って、ロフトへ這い上がってバタリと寝た。
夕食前まで3時間近く寝たかもしれない。簡単におかずらしきものを作って夕食をすませてカメラデータをチェックしていたら、クロくんが現れた。

一週間ぶりに週末を石見銀山の自宅で過ごしたはずなのに、心の癒しになるほどもないままあわただしく過ぎた。
マイペースで、ブレないクロの暮しぶりをみると、何処かしら隠者の風格を感じた。
今の私は、心身ともに体調不良が改善できないままドタバタと落ち着かない。こういう時ほど、ドシリと落ち着いて時の流れに身を任せるしかない!・・そう、クロに教わった。

IMG_5760.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

襲われた! 

2015/07/11
Sat. 23:56

「襲われた!」・・・なる書き込みがノッチからあって、結構あせった。

あれでも、一応女の子だし、おとうさんの可愛いムスメの一人でもあるから、それなりに心配した。

最近は万善寺の寺暮らしが普通になっている。
朝食で炭水化物をたっぷりとって午前中3時間寺務をして、昼食の仕度に入って、ナンチャッテ料理をすばやく作って、おかみさんのささやく一人小言を耳元で聞きながら不味い食事をとるのが恒例と化している。
消化不良気味の胃袋をキャベジンで騙し、昼寝もしないまま三畳へこもって寺務の続きをしつつ、思い出したように彫刻展の事務を挟んだりメールチェックなどして午後を過ごす。
その流れで、気晴らしに開いたLINEで先ほどのノッチの書き込みを発見した訳だ。
いったい何に・・もしくは誰に・・襲われたのか落ち着かないまま乱れる感情をしばらく仕事で紛らわせていたら、ノッチがまた書込んでいたところを発見した。

その経過が以下の通り・・・
〜〜〜〜〜〜〜

#野生#猿#襲われた#恐怖#髪の毛鷲掴み#もう猿無理#必死の#ピース

〜〜〜〜〜〜〜
万善寺周辺では、このところ連日過酷な野生との戦いが続いている。
・・・といっても、90歳のおかみさんがね!

じゃがいも、きゅうり、なす、ぴーまん・・・などなど、畑の野菜が根こそぎイノシシにやられている。
それに、月の輪熊が里山を徘徊していて、連日発見場所の報告と注意喚起の一斉放送がくり返されている。結界君で赤来高原や銀山街道を走っていると、ウサギやカメ・・・(これって、真実で本当で嘘じゃないよ!!)を見かける。

ノッチのように、都会の真ん中の大きな公園で野生の猿に襲われた話しを聞くと、島根の山奥で暮す我々には、もっと過酷な現実と向き合って暮す日々があるわけだから、他人事ではない。
見た目には、日常の通り過ぎるいつもの平凡な風景のひとつくらいにしか感じられないだろうが、そういう土地や環境から逃げられないまま、上手に野生との境界を維持して暮す事もなかなか緊張感のある毎日になっている。
ノッチには、猿に襲われながらも、まだピースで乗り切る余裕がある。
赤来高原は、バッタリとクマに遭遇したり、いつイノシシが出てくるかもしれない獣匂プンプンの畑で野良仕事をしたり・・・とにかく、近所の高齢者は命がけで田畑に出ている現実がある。

IMG_0499_20150712011635e8c.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

マイ食器 

2015/07/10
Fri. 20:50

今年からスタートした寺暮らしも、はや半年・・・念願のマイ食器が少しだけ揃った。

その1・・・ご飯茶わん
それでなくても、食事の90%近くが黄ばんだご飯を食べなければいけないこのみじめさを少しでも紛らわせてくれるご飯茶わんは、やはり適当にゆる〜く焼き上げた陶器でなければいけません!
あまりデザイン上の贅沢は言えないが、とにかくひとまずはほっこりと焼き上げた日用雑器的スタイルが欲しかった。
スーパーの雑貨コーナーで山積みされた丈夫なだけの磁器モノ大量生産の味気なさは、不味いご飯を余計に引き立ててしまう。

その2・・・コーヒーカップ!・・というよりマグカップ
だいたいが仕事をしながらチビチビすするコーヒーに、オシャレなカップは必要ない。
たっぷり入って、ひと息入れてチビッとすする1杯のコーヒーでボクの仕事がはかどるのだ!見た目のデザインというより、指に持った取っ手のシックリ具合と、たっぷりコーヒーの入ったカップの重量バランスが大事!
貫入が多いと、コーヒーの浸透が激しいから、どちらかというと藁灰系の貫入無しが好みだな。

その3・・・大振りの上がり湯のみ
これは、やっぱり焼き締めにかぎる。
何故かって??・・・もちろん、麦とホップを美味しく飲むために決まってるでしょ!
器が違うだけで味が変るんですよ・・・不思議にね!
この、焼き締めのコップはマメに水を通して洗わないとそれぞれのドリンクの味が移って混じってとんでもなく不味くなってしまう。
だから、こまめなメンテナンスには気を使う事が大事なのだ!

だいたいに、ほぼ毎日使うものに気を使う事がなくなると、文化の衰退だし、感性の枯渇だね。
日常の暮しが味気なくなって、それに慣れてしまったりすると、もう生きる気力もなくなっている証拠だよ。
年金のもらいが少なくて駄々をこねているヤツラや、分相応の暮しが出来なくて公金に手を出してしまうヤツラや、酒の旨さが解らない感覚の鈍さを薬のマヒで誤魔化してしまうレンチュウや、まぁ、とにかく、生きる事にうるおいがないヤツラはダメ!

憲正大和尚さんの遺偈(ゆいげ)には泣いたね!
只種花木 只喫湯茶 忘無可忘 自然漸漸
タダハナキヲウエ タダユチャヲノム ワスレルベキナキヲワスレ ゼンゼントシゼン
三品たった数千円でこの世界に浸れるなんて、目茶苦茶贅沢だと思うんだけど・・・

IMG_5798.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

期間限定寺暮らし 

2015/07/09
Thu. 21:21

期間限定ゴールドベルグが今夜で無くなった。
私には少しモノ足らないが、ビール系というか、麦芽系というか、そういう味にはいまひとつ乗り切れないワイフのような人には、癖がなくてなかなか飲みやすい方だと思う。

最近、やたらと「期間限定!」を目にする。
結構その吹き出し文字につられてウキウキと手を出してしまうあたり、他人を疑わない純粋な少年の心のまま歳をとったんだなぁと自分を褒めてあげたくなる。
結局は、期間限定のわりには特に労せず1年中手に入ってしまうあたりが誇大広告で騙された!と気がつく訳だが、それはそれで特にストレスなく好きなドリンクをチョイスできている訳だから、お互い様で相殺出来ている事になる。

そこで、その期間限定品のもう一つに、「ミネラルたっぷり塩キャラメル」なるものがあって、現在これにハマっている。
そもそものきっかけは、まだ入院中だった老僧の付添い暇つぶしの1品で見つけたのが始まりだが、これがなかなかいける。ひょっとしたら老僧も食べてくれるかなとも思ったが、それはなかった。
その、塩キャラメルを舐めながら、現代彫刻小品展のDM発送作業に励んだ。
ひとまずの第1弾はお昼前に封筒ののり付けを終わったので、そのまま郵便局へ走った。当初予算の事もあるから発送先の厳選もあるし、それなりに神経を使って時間を労する。

午前中の事務仕事の途中に、本葬がらみの用事で大工の棟梁がやってきて打ち合わせで1時間近くかかった。
本堂の下足用スノコと、庫裏の玄関メンテナンスと縁側の式台新設等を相談して、あとは生命保険や建物共済などの生臭い話しで盛り上がって終わった。
いずれにしてもこの度の本葬に際しては、どう考えても建前ばかりが先行する虚しさが漂ってしまうあたりに、俗へ染まりきった自分の神経が敏感に反応してやるせない。
モノゴコロついた時から、宗教の世界に浸りきって、大きくなって、方丈さんになって、住職を務めるエリート和尚さんとは、やはり相当の隔たりを感じてしまう。
そのような僧侶諸氏は、ある意味純粋真面目に僧籍を守り育てている訳だから、それはそれで敬服するばかりだ。
私のような俗に染まりきったナンチャッテ坊主など、完全に理解の域を超えている。

外交で少し遅れたお昼には、炊飯ジャーで黄ばんだご飯を使ってチキンの無いチキンライス??を作った。おかみさんは旨いといっていたが、さてどうなのか・・あやしい。
夕食はなりゆきで豚のバラ肉を使った生姜焼き。これも、おかみさんは旨いといっていたが、いいかげんパサパサの肉を使っているから、たいして旨いとも思わなかった。それより、スーパーで買っておいた完熟トマトが甘くて美味しかった。本当は、もう少し青臭いトマト独特の癖がある方が好きなのだが、贅沢も云っていられない。

久々に梅雨の晴れ間の蒸し暑い一日だった。

IMG_5796.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

寺務と事務 

2015/07/08
Wed. 21:24

やっと本日の彫刻展準備事務一段落!!!!!

さて、ここで悩む!
塩味ポップコーンの封を切るべきか・・・
そうすると、麦とホップが欲しくなる・・
塩キャラメルを舐めようか・・・
そうすると、濃い茶が欲しくなる・・

このまま、MacMusicを垂れ流すか・・
いや、ここはハードにAC/DCでもう一踏ん張りするか!

うぅぅぅぅぅ〜〜〜〜ん、悩む!

白檀もどきの蚊取り線香の煙が鼻をくすぐる。

とにかく、封筒ののり付けは明日にしよう!・・・と、それだけはもう決まっている。

三畳の寺務所は、狭さの都合で頭上の蛍光灯が避けられないから、どうしてもラップトップのキーボードへ蚊取り線香で瀕死の虫達が降ってくる。
ワインのコップにも落ちてくるし、三つ折りしているチラシの上にも落ちてくる。
部屋を閉切ると息苦しいし、なかなか劣悪な環境で現代彫刻小品展の準備をしている。
こればかりは場所を選べないし、万善寺の一角で彫刻展の仕事が出来るだけでもありがたいと思わないと太鼓のバチが豊川さんから飛んできそうだ。

まぁ、なんだかんだ言いながら憲正さんの本葬に向けてコマゴマした交渉をくり返しつつ準備寺務を進めると同時進行で少しずつ彫刻展の事務をこなしている。
現在、出品作家41名、彫刻総点数54点まで集まった。
まあまあの状況だと思う。
浜田世界こども美術館の展示会場の規模でいうと、このくらいの作品数がちょうどいい感じで楽に展示できそうだ。
同じ会場でワークショップもすることになるから、受付には結構神経を使う。
毎年のように何か予測できない事が起こるし、それを恐れてビビっていては何も出来ない。
最後は自分が責任をとるつもりで腹をくくらないと、なかなかこれだけの彫刻を10日間も預かる事は出来ない。

憲正さんの本葬も、誰が責任者になるか未だに曖昧なままだ。
総勢20名を越す方丈さんが万善寺の狭い本堂に集まる。
浜田世界こども美術館の展示会場で50点を超す彫刻を展示する事とオヤジの心の負担はどちらが重たいのだろう?
結局、結果はついてくるから、終わってみないとわからないね。

IMG_5794.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

我が愛しのMJB 

2015/07/07
Tue. 21:10

今日はさむいねぇ〜〜〜!・・・って、万善寺だけ??
Tシャツ1枚だけでウロウロしている自分がいけないのかもしれないけど・・・まぁ、結構寒いね!

思い出すと、昔は寒かったよ!
7月の今頃に炬燵出した事も覚えてる。
この前法事に行ったお檀家さん家は、ストーブ出してた!
島根県の山間部でこれだからね・・・なかなかあなどれないでしょ!

ところで、最近まともなコーヒーが飲めなくてどうも調子が悪い。
吉田オヤジの身体は何処かしらコーヒーに依存しはじめているようだ。
酒やタバコに依存するよりまともかもしれないけど、コーヒーも怪しいものだ。
おかみさんなど、お米依存症で老僧がいなくなって2人暮らしになってもいまだに毎朝2合から3合のご飯を炊いている。私は、せいぜい1日の3度の食事でご飯茶わん1杯程度なのに、だれがそんなに米だけたくさん食べるの??
10年以上前の電気炊飯ジャーのご飯は、そのうち黄ばんできてとんでもない味に変化している。焼き飯にしてもおじやにしてもオムレツにしても最悪のご飯になってしまう。おかみさんは、「もったいない!」というタダ一つの理由で朝昼晩そうしたご飯を食べ続けている。
さすがに、私は無理だ!
長い人生、せめて三度の食事だけでも1日のイヤな事が吹き飛んでしまうほどの美味しい御飯を堪能したい。

寺暮らしが続く今は、ワイフに甘える事も出来ないから、ひたすら料理ともいえないご飯のおかずを日夜つくり続けている。私のいいかげんなおかずでも、まだおかみさんの作るおかずよりはマシだ。
そういう訳で、今夜はナンチャッテマーボードォーフを作った。
なにせ、豆腐一丁が26円は安い。いつもの69円よりは少し量が少ないけど、まぁそれなりの量でもあるし、マーボー豆腐くらいには十分!
だいたい、1品を1回作ると2食分はまかなえる。明日の私の朝食はどんぶりにしてガッツリいこうかなと思っている。昼はヨーグルトくらいにして夜は豚の切り落としをメインに生姜焼きでもつくろうかな・・・

こんな感じで、万善寺の毎日を送っていると、知らない間に日ごとにその日暮らしの原始的でシンプルな暮しに慣れつつある。
仕事の都合で昼飯を抜いたり、コンビニの弁当で済ませたり、贅沢に天霧のお昼定食を奮発したり・・・そんなことをしていたあの頃がそろそろ懐かしくなりはじめている。

ナンダカンダ云っても、今の1番の不満はコーヒーかな!
Amazonで検索して万善寺備品でコーヒーメーカーでも奮発しようかなぁ・・・

IMG_5792.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

不可偏枯 

2015/07/06
Mon. 21:56

石見銀山のリビングから寺の三畳寺務所へ持ってきたケンウッドがオヤジの耳のお供になってくれて、重たい仕事も軽くスイングしながら片づけられるようになった。

本葬関連の書類が一段落して郵送も済ませて、夕食が終わってから現代彫刻小品展の事務に切り替えた。どことなくウキウキして、iPadにため込んだPodcastからノリノリのロックンロールをチョイスして仕事のお供にしている。バターピーをつまみ、ワインの残りを空けてから濃い茶に切り替えてチビチビやりながらキーボードを叩いていたら、指の油がラップトップのアチコチにベタベタとくっついてムラに鈍く光っている。

一区切りついたからそろそろひと休みしてブログでもしたためようと手のひらをすり合わせた。さて、今日は何を書こうかな?・・・と、しばし物思いにふけっていたら、卒然FOSTEXのスピーカーアンプの電源が落ちた。まぁ、5000円足らずのオモチャみたいなものだからその程度の不具合はしょうがない。急に世間が無音になって、自分の耳鳴りとカエルの鳴声がうるさくなった。蚊が飛んでる音も聞こえているので、線香を付けた。

今年の現代彫刻小品展は、憲正さんの遷化が重なってほとんど手付かずのまま今になった。
申込用紙はその間に少しずつ溜まって、現在30名を越える作家が全国から彫刻を出品してくれる。何もしないで今まできたからとても有難い!
彫刻家諸氏に失礼して無駄にできないから、これから一週間はいっきに遅れた準備作業を煮詰めなければいけない。まずは、スケジュールを整理して全体の流れをとろけた脳みそにインプットする必要があるのだが・・・最近は、結界君を運転していたり、夜寝る前だったり、トイレでウンコしている時だったり、坊主頭にバリカンをあてている時だったり、夕食のお手軽料理を作っている時だったり、狭い境内の庭を掃いている時だったり・・・とにかく、現代彫刻小品展のこととは別の色々なことをしている時にかぎって、大事ではずせない項目チェックが頭をよぎる。結局は、その時をすぎるとコロッと忘れてしまって、次に思い出そうと思っても、その「思い出さなければいけない」ということからすでに忘れてしまっているという、何とも厄介な状況が慢性にくり返される。これが、歳のせいなのか現在の余裕のない多忙のせいなのかよくわからないが、とにかく、ダラダラと無駄に時間が過ぎている事だけは確かだ。

昨年の暮れに作った三カ月カレンダーが知らない間に6月までのままだった。
青空をバックにハートカズラがかわいくのぞいている7月からの3カ月ぶんに切り替えた。
「趣味要冲淡而不可偏枯」(しゅみはちゅうたんなるをようしてしかもへんこなるべからず)・・洪自誠さんの名言だ。私の場合、彫刻は趣味とも思っていないが、世間はだいたい趣味だと思って吉田の彫刻を見ている方が多いだろう。もう少し若い頃は、小難しい理屈などこねまわして趣味の領域を否定したりしていたが、最近はそんなことどうでもよくなってきた。趣味だと思っているヤツはそう思っておけばいい。
自分を見失うほど彫刻にのめり込んでいる訳でもなく、淡々と制作に励みいい汗を流し彫刻と向き合っている程度の事だが、それで十分に幸せだ。趣味のひとつもなくて無駄に生き長らえるだけの方がずっと不幸だと思う。

IMG_5791.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

シロの不思議 

2015/07/05
Sun. 21:39

このところ、日夜連続で本葬に向けての事務処理デスクワークをしている。
こんなに長時間机に向かっている事など、受験生だった頃でもマレだったと思う。
そういう毎日に、今日は早朝から史跡清掃で久々に草刈り機を振り回したりしたものだから、さすがに結構疲れた。

汗を流してそのまま万善寺へ急いだ。
移動中の銀山街道は目茶苦茶眠くて、何度か意識が飛んだ。
昼前に寺へ到着してそのままロフトへ上がったら、もう一瞬でバタンキュー!
目が覚めたら午後3時のティータイムになっていた。
食欲もないからヨーグルトでティータイムを済ませ、急いで3畳の寺務所へ篭った。
月曜日には色々発送する書類を整理して封筒へ積めたりしていたら、アッという間に夕方になっていた。3時過ぎまで寝てしまったツケがなかなか取り戻せない。

そうこうしている間に、保賀の自治会長がやってきた。今度の本葬に向けての打ち合わせをすることになっていたからだ。今年の自治会長は、輪番制の巡り合わせで中学までの同級生だから、色々云いやすくて好都合でもある。
保賀地内で寺の葬儀を取り仕切るなど100年近くなかったコトだからだれも経験がない。全てが無知のままコトが進んでいく。これで、自治会のご意見番さんあたりに自治会長が回ってきたりしていたら今頃どうなっていただろう。本当に同級生はありがたい。
話しが脇道へそれる事もなく、番茶一杯で小1時間の打ち合わせを済ませた頃は、周囲が少しずつ暗くなりはじめていた。

そうそう・・・
朝飯前の草刈り清掃が終わって、遅めの朝食を食べようとしていたらワイフのお母さんから電話が入った。本葬のことで色々心配してくれている。
朝食の仕度が電話でストップしている間に、珍しくシロちゃんが膝の上へ乗ってきた。白い毛がふわりと宙を舞う。
ゴロゴロ愛想を振りまいて私の肩先へホウズリ等して甘えてくるものだから益々かわいくなってしばらく抱きしめてやった。
とにかく、抜け毛が激しくて痒いところをゴシゴシやっていると、朝の光にシロの毛が際限なく乱舞している。
ワイフの電話もしばらく続きそうなのでブラッシングをしてやる事にした。
シロは恍惚の表情でのけぞっている。
抜け落ちた毛の量が凄い。
何とも不思議に曖昧な野良猫独特の雑種猫的毛が集まった。
これで糸に紡いでマフラーにでもしたら、肌身離さず愛用し続けるだろうなあ・・・
電話が終わったワイフにそんなことを話していたら、人の話を聞く耳もなくシロの毛は一瞬でゴミ箱へ投げ込まれてしまった。実に夢の無いヤツだ!
それにしても、あれだけ多彩な模様のシロでも、抜け毛はなぜか真っ白!・・・不思議ですなぁ・・・

IMG_5787.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

禅僧さん色々 

2015/07/04
Sat. 23:57

早朝から石見銀山の史跡清掃があるから、今夜は吉田家の四畳半でくつろいでいる。

吉田家のある駒の足自治会は、毎年龍昌寺跡とその周辺を受け持っている。
龍昌寺は、万善寺と同じ曹洞宗の古刹であった。江戸の頃、天領石見銀山を統治していた諸代官の菩提寺になっていたり、年中の節目に加持祈祷をして銀鉱山の安全や生産増を祈願したりする大切な役割を担う寺院のひとつだった。
近年になって裏山が大きく崩れる災害にあって、本堂僧堂や庫裏など、寺院のほとんどが消失してしまった。
今は、基礎の石組みと井戸の跡が長い階段を上った先にある平地に残っている。裏山には墓地が広がっていて、墓参りもなく絶縁した野ざらしの墓石が密集している。諸大名や鉱山の組頭衆が安全祈念に寄進した五輪塔も原型を保って今に残っている。その筋の研究者によると、歴史的価値は結構高いようで、重要な遺跡群の一つになっているらしい。

現在の龍昌寺は、石見銀山の町から10分ほど東に車で走った隣の町へ移転している。
同宗でもあるからそこのご住職も知らない訳ではないが、万善寺のような末寺と違ってずいぶん格上のお寺で近寄り難い。
同じような島根の田舎の山寺で、ここまでの格差が出来てしまうのも歴代住職の寺院経営手腕がおおきく関係しているんだという事が、この度の憲正大和尚本葬準備をしていてよくわかった。檀家衆の信心の強さと財力の大きさで大きな差がついてしまうという現実を実感している。

僧侶の葬儀となるとどんな小さなお寺でも、最低20人の方丈さんが集まらないと配役が勤まらない。結局は、タダでお願いできる訳でもないから、それぞれの役向きに応じてそれ相応の御礼を用意する必要がある。まったく俗っぽい数字がどんどん膨れ上がって収拾がつかない。結局は借金をしてでも何とかこの急場を乗り切るしかないから厳しい話しだ。さすがに、在位60年の憲正大和尚を粗末に扱う事も出来ない。こうしてみると、私のこれまでの人生は、憲正さんの葬儀や歴代の大和尚さんのお守りをし、やがて近い将来避けられないおかみさんの葬儀をするためにあったのだということがわかってきた。私ごときのナンチャッテ坊主が死んでもこの度の憲正さんほどの経費をかける事は出来ないから、全ての事が終わったらさっさと帰俗してスッキリと自分を断捨離するのが一番だ!・・・と、今は本気でそう考えている。

ワイフは久々にゆっくりした1日を送ったようで、愛情タップリ!(かどうかはわからないが)の手の込んだ美味しい夕食で食卓がにぎわった。最近定番の鯛のアラ煮の上品さがやっぱり絶品だった。私の好物の焼き茄子もあった。これから夏に向けて茄子が旨くなる。今が旬の鯖も旨い。それに何より隠元の胡麻和えが今夜のヒットだった。
隠元というと、それを日本へ輸入した禅僧さんの名前がその起源になる。豆そのものの原産は南米らしくて、それが中国経由で西から日本へ渡来した。スケールの大きな話しだ。
隠元は繊維質が多くて便通が良くなるような話しを聞いたような気がするが間違いかも知れない。結局は美味しかったらそれで十分だから、そんなことどうでもイイや!

IMG_5779.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

半夏祭り! 

2015/07/03
Fri. 20:42

今年もやってきました半夏祭り!
打ち上げ花火1000発!
じゅんいちダビッドソンライブ!
バーベキュービアガーデン!
それに、飯南神楽!

半夏というと、坊主的には夏安居と直結してしまう訳ですが・・・
そこは、在家坊主という事で田舎の過疎地の山寺を留守にすることも出来ないというささやかな理由で、安居から遠ざかっている訳であります・・・

もっとも、今年の半夏祭りは憲正大和尚の遷化という、一大事があって、それどころではないほど本葬に向けての準備で毎日が忙殺されている。今日も、主喪を引き受けていただいた法類のご住職にお伺いを受けて万善寺へ帰ってきたのが夕方になった。
最近の毎日がこんな感じでアッという間に過ぎてしまう。
先日の温泉のおかげで、少しばかり体調が回復した。それでも、深夜に目覚めるとそのままアレコレ考えはじめて眠れなくなる。彫刻展のこともあるし、全てが後手に回ってしょうがない。眠れないまま、小説を読みはじめても、全く頭に残らないで同じページをいったりきたりする。7月からスタートしたAppleMusicは、あまりに情報量が多くて、目がウルウルして文字がにじむ。映画を見ようにも寺のインターネット回線がおもちゃで話しにならない。結局、朝までイライラしながら起きていると、そのうち、例のカラスが軒先の定位置へやってきて周囲の偵察をはじめる。

そんな毎日の続く最近は、家族との会話が唯一の気晴らしになっている。

〜〜〜〜〜〜〜〜
ねぇ、みんな、うちの父さんがおかしくなった。。。
〜〜〜〜〜〜〜〜
ついに、ノッチから一撃を喰らった!
吉田家のノッチからそう言われてしまうと、さすがにしばらく立ち直れない。自分では、まだまだ正常だと思ってるんだけど・・・、オヤジの常識はなかなか通用しにくくなっているようだ。
だいたいに、坊主であるという事からすでに、世間とズレた暮しぶりだったりするから、そう思われてしまっても仕方ないと思うけどね。

おかみさんが、何かというと「お前何やってるんだ?」と問いかけてくる。「どうせ訳のわからん彫刻でもつくってるんだろう。そんなことで寺の用事しないでいられてもゆるしません!」みたいなことをいってくる。
ハッキリ言いますけど、自分の仕事はいつも一番後回しにしてますよ!
それでどれだけ彫刻の制作を棒に振ったか・・・いまさらそんなこと云わさないでよ!
よし!絶対半夏祭りいくぞぉ〜〜!ワイフも誘ったし・・・たまにはパーッとね!

IMG_5756.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

厳修いたします 

2015/07/02
Thu. 22:07

パソコンに入っている本葬の印刷原稿データが20を越えるほどになった。
展覧会の印刷物データでもせいぜい1ケタで終わるのに・・・
はっきりいって、ものすごくめんどくさい!
住職を60年も続けた老僧の葬儀だから仕方のない事かも知れないが、それにしても様式にこだわる僧侶達の本気ぶりはハンパ無い・・・と失礼な事を思っている今日この頃です。

片足というより、胸のあたりまで俗に染まって生きて暮している半端坊主の私など、とても理解出来そうにないほどの坊主のこだわりようは凄いと思う。
専業僧侶のみなさんは、それほど葬儀仏事に日々心血を注いで集中して暮していらっしゃるんだなぁと、まったく他人事ながら感心する事しきり。

こんなことを見境なく吐露している自分の行為は、メジャーな世界だと一瞬で炎上騒ぎになるのだろうが、さいわい私の管理するブログ程度の世間は、せいぜい駅の改札口の隣にあるキヨスク本屋の店先に並んでいる週刊誌の立ち読み程度か、首都圏JRや私鉄車内の吊り広告かデジタル広告の流し読みで納まっている程度の事だから、あまり気にする事もなく正直に自分をさらしている。

仏教用語ひとつひとつにも業界の決まりごとが詰め込まれていて重い。
自分で印刷原稿を作っていて、そのほとんどがしっかりと脳みそで理解出来ないまま字面の雰囲気をそのまま飲み込んでいる程度の事になっている。
毎日のように校正添削をいていただきながら原稿が少しずつ出来上がって形になりつつある。
だいたいほぼ似たような流れでコトが進んでいるのだから、寺院教区ごとに集約した様式データでも用意して、それ専用に事務を総括する寺務所があってもいい気がする。
その寺務所に方丈さんが2~3人常駐していれば、必要最小限のデータだけですべて一式を印刷原稿に仕立てる事が出来る。
なにか、そういういい方法もあるような気がするんだけどなぁ・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
謹啓
當寺東堂 二十二世禅嶽憲正大和尚
曩 日  四大不調 尽全天寿  
   六月十六日  示寂
   七月二十二日 午前十時 於當寺
營辨葬儀
   尚 出喪午前九時三十分 厳修 いたします
謹請 秉炬仏事師
    伏 乞 容 納
・・・・云々・・・
まぁ、各関係御寺院老師宛に、このようなお手紙をさし上げる訳です・・・

IMG_5754.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2015-07