工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

とみ山彫刻フィールド・アート・ワーク 

2015/09/30
Wed. 20:32

搬入作業の後遺症か?今日は1日背中が痛くて、30分もじっと座り続けることできなかった。
全くデスクワークが進まないまま気が付くと夕方になっていた。
1ヶ月後に迫った美術イベントの告知原稿が出来上がった。
しばらく時間をおいて冷静な目で校正をして、明日には印刷に回したい。

MacMusicが耳のお供でとても良い働きをしてくれる。
ウエブラジオは変にシャベリが入らなくて、延々と音楽が流れ続けるからそれが良い。
時々、気に入った曲が流れるとアルバムをチエックしてメモしておく。
休憩の時にそのメモをウエブ検索して、YouTubeで動画を巡回する。
私のデスクワークはだいたいこんな感じで進む。
最近のお気に入りはTiffanyAlvord。とにかく可愛い。それに、歌が上手い。
テイラー・スウィフトみたいになってくれると良いなと思うが、このままだとたぶん無理な気がする。TiffanyAlvordクラスの歌が上手な若い子がひしめいている。
アメリカはやはりショービジネスの国だということがよくわかる。ビデオクリップの完成度も高い。

吉田家が暮らす石見銀山では、シーズンになると観光イベントがあちこちで開催されている。
一番多いのが石見神楽(いわみかぐら)。
島根県各地の神楽社中が入れ替わり立ち代り出演する。島根の住民が特に神楽を好きなのかもしれない。本来は神への奉納として厳かに舞われていたのだろうが、今では完全に民衆の娯楽芸能で上演されている。
石見銀山で開催を続けていた「現代彫刻小品展」も、観光協会か何かの主催が日曜日ごとに会場を抑えてしまうものだから、毎年の同じ時期に継続することができなくなった。ちょうど5回展を終了したし、キリの良い所でもあったから、ひとまずこの石見銀山会場での彫刻展開催は打ち切りにした。

私のささやかな個展は観光客の激減する冬の時期に、稲刈りが終わった田んぼを貸してもらって3年前から続けている。こちらの方は、六本木の展覧会に彫刻を出品し続ける限り継続していこうと思っている。
今年は、それに棚田の残る高原の町、富山町の廃校になった小学校をメイン会場にして美術イベントをすることにした。町にとっても初めてのことだから、吉田がどんなことを始めるのかそれなりに気にしてもらっているようだ。これがうまくいったら、しばらくは富山町を会場にして彫刻イベントを続けてみようと思っているが、一方で教育委員会が中心になって小学校の活用を検討していくようだし、それで学校が使えなくなったらこのイベントも1回で終わることになるだろう。
他にも数カ所へ美術イベントを提案している。
自分にとっては、仏教の布教活動のようなものだと思っていて、彫刻文化が少しでも島根の片田舎の地域に根付いていけばいいのだが・・・

ポスター1

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国電の夢 

2015/09/30
Wed. 13:04

JR山手線を国電といっていた頃のこと。
大学が上野にあって、アパートが小田急線梅ヶ丘にあった頃のこと。
どうしてもその日に外せない用事があって、新宿から上野まで歩いたことを覚えている。
どういう原因かそのあたりのことは全く記憶にないが、とにかく国電が止まって動かなかったし、地下鉄も止まっていたから歩くしかなかった。
帰りもまだ国電が動かなくて歩かないといけないと思うと気が滅入ってきた。
気持ちの半分は、なんとかして学校へ一晩泊まろうと傾いていたのに、結局夕方には国電も動いて、梅ヶ丘へ帰ることができた。
それに、神奈川の方から通っていた男と女の友人二人が一緒にアパートへ泊まることになって、3人で雑魚寝したところだけ記憶に残っている。
随分後のことになるが、あの時一緒に寝た二人が結婚した。
気が付かないまま、私が二人の愛のキューピットになっていたらしい。

昨日は早朝から深夜までかかって展覧会出品の彫刻を島根搬入した。
近年連続してこの島根搬入が何かしら躓いてしまう。
いつもお願いしている西濃さんへやたらと迷惑をかけっぱなしになっているから、こういうことが悪癖にならないように、今年はかなり早くから作家各位へ念押しをしていた。
それでも土壇場になって、結局決まっていたスケジュールがガタガタに崩れてしまった。
吉田は、こういうこともあるかもしれないからと、2日前には西濃さんのプラットホームへ彫刻を運んでおいて、あとは当日付属品をまとめればいいだけにしておいたのに、その作業も時間切れで六本木まで持ち込むことになってしまった。
そのくらい、今年の搬入作業はハードだった。

ワイフは毎年変わることなく、前夜は完全徹夜で朝を迎えた。
それでなくても夜行性のネコチャンズは、夜通し狭い吉田家をウロウロと動き回っていた。
そういう状態だから、私も熟睡できないまま朝になって、彼女の彫刻移動や写真撮影をして、西濃まで付き合った。
それからその足で倉吉まで結界くんを走らせて、高齢彫刻家の作品を受け取ると、松江で制作中の周藤さんを訪ねた。そこまでは、一応予測の範囲でまだ余裕があった。
朝5時位から動き始めたらしい周藤さんは、どう見ても予定の搬入時間までに制作が終わりそうにない。
ひとまずトラックへの積み込みをしなければいけないから西濃まで引き返す道すがら、秋の交通安全そっちのけで運転しながら電話を使いまくり、出来る限りの手配をした。
岩国のカナちゃんは、昨年にもまして大遅刻になって、結局松江で制作中の周藤さんの工場で最後の搬入をすることになった。トラックのドライバーさんと打ち合わせして結界くんを並走させて、松江へ移動したら既にあたりは暗くなっていて秋の月が空へ輝いていた。
その夜は3人で松江で寝た。
朝方になって、あの国電の出来事を夢のなかで思い出していた。
夜明けを待って結界くんを走らせて朝のうちに石見銀山の自宅へ到着。
結界くんの走行距離は500kmを越えていた。

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秋の月は・・ 

2015/09/28
Mon. 23:16

せっかくの秋の名月だというのに、石見銀山の空は雲が低く広がってあいにくの夜になってしまった。
それでも、さすがに月の光はいつもより強く感じた。

ワイフの彫刻制作も終盤に来て、最後の追い込みに入った。
明日はワイフのアトリエから早朝に石見銀山の町並みへ彫刻を引き出して作品写真の撮影をする。
雨が心配になって天気予報をチェックしたらどうやら晴れる様子だとわかったので、これからもう一度名月の撮影をしてみようと思う。
クロが脱走を企んでうるさく鳴いている。

日も短くなってきたし、しだいに秋らしくなってきた。
秋といえば・・・まずは食欲!
いい加減にジジイになっているのに、食欲と飲み欲は衰えない。
最近衰えを自覚し始めたのは体力と筋力と持続力。
特に、デスクワークの持続力が目立って減退した。
もっとも、こればかりは主観的な好き嫌いが強く影響しているから、まんざら衰えているだけでも無い気もする。ようするに、事務的に頭を使うデスクワークが嫌いだからというだけかもしれない。

次に秋といえば・・・芸術文化!
夏の間の寺暮らしの閉塞された鬱屈の日々から開放されて、彫刻の大作に汗を流す日々は、何にも代え難い開放感がある。
造形の悩みは一方で苦悩を楽しんでいるふうにも思える。
半年以上彫刻制作から遠ざかっていたから、ここ半月のうちに大きな彫刻を2つほど形にした。それでもまだ造りたらない感じもあって、頭のなかでは次の彫刻がもう形になりつつある。
2つの彫刻で、4✕8の鉄板を5枚も使ってしまった。もうまともな大きさの鉄板が底をついて、端材ばかりが残るばかりになった。材料代の支払いも残っているし、ひとまずは小さなパーツで間に合う形から造っていくことにする。

それから秋といえば・・・あたりまえのような読書!
芥川賞がらみでワイフが買ってきた文藝春秋が読書のうちに入るかどうか微妙なところだが、憲正さんのことやおかみさんのことや、それにお盆の前後と落ち着かない毎日が続いて、一冊の短編文庫本を手に取る余裕も気分もないまま今に至ってしまった。
これからどんどん夜も長くなるし、冬の個展までにはまだ少し余裕があるし、まとめ買いしておいた古本を読み片付けるにはいい季節になった。それに、展覧会で夜行バスの移動も続くし、久々に現実から逃避できる時間が待ち遠しい。

さて、秋の月はどうかな?

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プロの仕事 

2015/09/27
Sun. 21:53

島根〜徳島彫刻の旅オプション倉吉付きから石見銀山へ帰ったその夜は、さすがに全身へ溜まった疲労もあって夕食後の3時間は泥のように眠った。
目覚めるとまだ深夜とも言えない早い時間で、ワイフは彫刻制作の小休止をしていた。
この2〜3日は残暑を思わせるほど暑い日が続いている。
制作をするには、少し汗がにじむくらい暑いほうが身体も動きやすい。

7日努めが回ってきたので、朝から改良衣に着替えて赤来高原まで結界くんを飛ばした。
秋の交通安全週間のせいで、街道のあちこちに島根県警関係者が湧き出ている。1年中こんな感じで交通安全に務めたら、スピード違反や交通事故も減るだろうなと人事のように思いながら銀山街道を往復した。
午後から近所の棟梁へいお願いして軽トラを借りた。今年の彫刻は、自分一人の体力では移動できないほどの重量になってしまったので、軽トラへ積み込んで搬入することも大仕事になってしまった。都合2回往復して、夕方になってやっと島根搬入が終わった。

工場の敷地は、平らな地面が何処にもなくて、組み立てのバランスを確かめるときは、ほとんど感に頼るしか無いほど苦労する。いつのまにか島根搬入の西濃さんのプラットホームが唯一条件の良い組み立て場所になっていしまった。
吉田家の彫刻制作や作品移動ではもうかれこれ30年ほど西濃さんへお世話になっている。
30年前は平社員で事務所を切り盛りしていた青年も、今では立派な営業所長に昇格している。当時散々お世話になっていたトラックの運転手さんはもう随分前に定年退職された。
いずれにしても長い付き合いだということでわがままに甘えさせてもらっている。

組み立てのバランスをチェックして、資料写真を数十枚ほど撮って、西濃の運送業務へ迷惑をかけないように彫刻を片付けて引き上げていたらワイフから電話が入った。現在の彼女は彫刻制作も佳境に入っているから、そろそろ最後の組み立て前の助手で私が呼び出される頃合いになった。
借りていた軽トラを工務店の作業場まで返しにいったら、丁度棟梁がいてしばらくオヤジの世間話に花が咲いた。
先日、スズメバチの巨大化した巣の撤去を頼まれたそうで、ひとしきりその話題で盛り上がった。
最近は、ジェット噴射の蜂専用殺虫剤のおかげで、蜂の巣取りも随分楽にできるようになったそうだ。その代わり、結構な高収入になる蜂の子や蛹の方へも殺虫剤が回りこんでしまうから、売り物にもならないまま捨ててしまうしかないそうだ。もったいないことだとも思うが、蜂に刺されて命の危険にさらされるよりはマシだと思ってそういう依頼も気軽に引き受けるのだそうだ。
蜂の巣は、寺の梵鐘の上にあったりもするのだが、幸いにも私は今まで一度もスズメバチに刺されたことがない。やはり、こんなナンチャッテ坊主だが、少しはお釈迦様に守られているのかもしれない。立派な蜂の巣退治も、変に儲け話に惑わされないで見て見ぬふりで付き合っていたほうが安全のような気がする。
今日も1日色々あったが、それはそれで充実した1日だったように思う。

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第53回徳島彫刻集団野外彫刻展 

2015/09/26
Sat. 21:52

 徳島彫刻界の重鎮、松永勉氏から声をかけていただいて、突貫制作の彫刻を搬入してきた。その「第53回徳島彫刻集団野外彫刻展」は、10月の4日から11月の13日まで徳島中央公園で開催される。

徳島へは、かれこれ20年位前に訪問したことがある。
招待を頂いたのは、この度お世話になった徳島彫刻集団の皆様方。
あの時は、自分の身体だけおじゃまして、歓待を受けた。
島根の彫刻会が恥ずかしくなるような堅牢で頑強な徳島の彫刻作家の組織が只々羨ましい限りで、むしろ嫉妬さえ感じてしまっていたことを思い出す。
20年も若かった頃だから、今の自分よりは随分血の気も多かった。

そして、やっとと言うか、よく覚えておいて頂いていたというか、このたび、晴れて我が愚作を出品叶ったわけだ。
言い訳になってしまうから、今回の彫刻制作の経緯は飛ばしてしまうが、日頃から抑えの甘い自分のダメなところがモロに重なってしまって、折角声をかけていただいたのに、恥ずかしい仕事をしてしまった。
それでも、自分としては一貫して決めているテーマの路線からはみ出しているわけでもないし、それはそれで通過点の一つに変わりもなく、納得の出来ているところではある。

前夜に石見銀山を出発して、約5時間かけて会場の徳島中央公園ゲート前へ到着した。近所のコンビニで食料とドリンクを買い込んで夜食を食べてから彫刻の隣で朝まで眠った。最近は秋らしく涼しく過ごしやすい毎日が続いていたので、いつのまにかそれに心身ともに慣れきってしまっていたから、徳島の夜の暑さは半端無く身体にこたえた。それでも、朝方にはグッスリ眠っていたようで、松永さんの電話で起こされた時は結構慌てた。

早朝の市民ラジオ体操が終わってからクスノキの枝先を借景にさせてもらって、彫刻を設置した。
作業はせいぜい20分ほどで終了して、あとは松永さんと立ち話しながら彼の彫刻や他の出品者の彫刻を見て歩いた。会期がスタートするときには、30点近くの野外彫刻が公園いっぱいに展示されることになる。
私は、会期中改めて今度は結界君と観に行くつもりでいる。

帰りは徳島から岡山を経由して倉吉まで北上した。
キーポンの生活道具や勉強道具などを搬入してから二人で昼食を食べた。
帰りに倉吉駅前の美味しいパン屋さんへ寄ってワイフへのおみやげを買った。
島根の石見銀山へ帰る間は、やたらと睡魔が襲った。
気が付くと燃料ランプが点灯していて、それで目が覚めた。
徳島〜倉吉までが3時間とちょっとで、石見銀山〜倉吉間とほぼ一緒。
彫刻家人口といい、交通網の便利さといい、島根の田舎さ加減を身を持って実感した1日になった。

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ヘイズに想う 

2015/09/25
Fri. 21:05

〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ヘイズやばい。外真っ白。
マスク装着。
喉クソ痛い。
※ヘイズ:毎年この時期にインドネシアで森林燃やして、その煙が風に乗ってシンガポールを汚染するのさ!
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ノッチが久々にSNSへ書き込みをしていた。

今ひとつ状況がよくわからないので少しばかりググってみた。
シンガポールの医療機関が開設するホームページには「インドネシアのスマトラ島やカリマンタン島の焼畑農業や山火事の煙や排気ガスなどの微粒子が原因となって起こる大気汚染のこと」とあって、「ヘイズの強いときは目、鼻、喉などの粘膜が刺激され、目や皮膚のかゆみ、鼻水、咽頭痛、めまい、吐き気などの症状が現れることがある」らしい。
焼畑農業というと今に始まったことでもないから、かなり昔から局地的な大気汚染が続いていたのだろう。それに近年の排気ガスなど工業産業の発達による大気汚染が加わってくると、もう時既に遅しで手のつけようもない状態になっているのかもしれない。

もう半世紀近くも前に島根の田舎から上京した頃も、高度経済成長期の名残が若干残っていたのか、ある日突然世間が霧霞んでやたら視界の悪いことが年に何度かあったように思う。
その後、日本は企業産業の努力で空気も綺麗になって、そのうち光化学スモッグなどという言葉も忘れられて久しいが、最近になって、今度は島根の田舎の方でこの「世間が霧霞んでやたら視界の悪い」日が度々やってくるようになった。原因は中国の光化学スモッグが偏西風に乗って日本まで到達しているからだという。

私は、工場で散々粉塵を吸ってそれこそ極小局地的大気汚染の中で仕事をしているから、すで自分の身体はかなり色々な化学物質に汚染されてしまっているだろう。個人の都合で自分の行為に納得しながら自ら汚染を自覚しながら彫刻を造り続けていることになる。
小は吉田が工場に閉じこもって撒き散らす二酸化炭素をたっぷり含んだ煙害から、大は地球規模で繰り返される煙害まで地球環境を破壊する要因は無くなることがない。
地球温暖化の最大の要因は牛のゲップだということらしいが、さて、本当の事なのだろうか?
人はとかくに弱い生き物で、事の大小関係なく、似たような事例をあてがって上手に自分を正当化して自らを慰めているようなところがある。自覚しての行為ならそれも善行と拡大解釈できなくもないが、自覚のない行為なら始末が悪い。牛にゲップをするなというのは無理な話だが、隣の国の煙害なら話せばわかることもあろう。
「おとうさん、臭い!なにその臭い!おとうさんの身体サビた鉄の臭い半端ないよ!」
鉄の臭いごときでキーポンに嫌われまいと、おとうさんはセッセとシャワーを浴びて努力して汚染対策しているんだけど、鉄の臭いはもう身体に染み付いちゃったのかなぁ・・

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福寿円満 

2015/09/24
Thu. 22:45

福寿円満
長寿安楽
身心快楽

・・・さて、万善寺地蔵さん法要で、どの祈祷塔婆が人気だったでしょう?

毎月24日はお地蔵さんのご縁日。
世間的には8月24日が地蔵盆というやつで日本各地の縁日が賑わっているようだが、万善寺のその頃は、まだまだお盆の最中で、とても地蔵盆で法要を一つ仕立てる余裕が無い。
そこで、もう長い間ひと月遅れの9月24日に地蔵供養と数珠くりを合体させた祈祷法要を厳修している。
昔からの習わしで、法要は夜。
古来より、だいたい仏事のほとんどは夜に行われることが習わしであったようだが、最近はいつのまにか朝の10時とかお昼の14時始まりが普通になってしまった。
世間の都合でそうなったのだろうが、あの世とこの世を結ぶ微妙な時間帯に何かしらの法要をぶつけるということは理にかなった発想で、それが一番功徳の力を発揮できると思うのだが・・・ひとまずはとにかく世間の事情でそうなったことだろうから、あまり深く考えないようにしておこう。

私が数年前から厳修している地蔵供養法要には、先ほどの祈祷塔婆を用意することにしていて、夜のお参りの皆さんへのささやかなプレゼント程度のものだが、一応1枚ずつ手書きしている。
お参りもせいぜい一桁程度のことだから、どこかの仏具屋さんのカタログ販売の御札や塔婆を買うよりは安く済むし、何かというと印刷物がやたらと氾濫する今時のことだから手書きのほうがかえって有り難みが増すだろうと勝手にそう思っている。
それで3種類を書き分けたのが先ほどの仏教的四文字熟語。
意味の方は、漢字を見ればだいたい想像できるでしょう。

今夜の法要で一番人気だったのは「身心快楽」・・・残り1枚でありました。
ちなみに、一番不人気だったのは「福寿円満」
高齢化の進む万善寺周辺田舎事情の実態が少しばかりわかった気がする。
世間の高齢者の皆さんは、我が身可愛い方々が多いようで、結構しっかり高齢で、そろそろ思い残すこともなく「毎日をつつがなく過ごし静かにあの世とやらへ旅立ちたいものだ・・」などと余生を楽しく生きようなどと思うことなど無いままに、まだまだ死にたくないと病気を恐れ長生きを望む方々が多いようだ。
自分の身心老化と向き合って、やはり無意識に意識している自分を慰めつつまだまだこの世に未練を残す・・・それこそ、なんと虚しいことか・・
そういうことを自覚してわきまえて正しく生きていきましょう!・・・結局何時か死ぬことは確実にわかっていることだから・・
ちなみに、ボクは「福寿円満」がいいなと思っております。

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ボクは彫刻家 

2015/09/23
Wed. 21:56

あと6時間もあれば2つめの彫刻が形になるだろうと予定を組んで工場へ向かった。
石見銀山の自宅から結界君でだいたい5分の距離だが、その途中は稲刈りの真最中。
工場周辺は昭和の昔の稲作が残っていて、コンバインの入る田んぼは無い。
稲ハデを組んで、稲刈り機で刈り取った稲の束を手際よく干していく。
あたり一面が刈り取った稲の香りで満ちる。
開け放した運転席の窓からその香りがたっぷりと入り込んでむせかえるようだ。
これから血なまぐさい鉄の匂いを嗅ぐことになるかと思うと一瞬躊躇する。
とにかく、あと6時間あれば彫刻が一つ形になる!・・・そう確信して電源のメインスイッチをONした。

石見銀山の町並みはシルバーウイークの期間中観光客で溢れかえっていた。
観光客は呆れるほど品がない。
平日と休日がしっかり決まって、そのシステムの中で決められたもしくは与えられた自分の仕事に特別疑問を持つこともなく働き続けている連中か、現役をリタイアしてたっぷりと入る年金暮らしを謳歌している連中か、とにかく見渡す限りそういう常識的日本国民的社会人的連中が狭い町並みへ溢れかえっている。
完全に私の僻み根性の生産物的観光客の群れをかき分けて結界君を操作するのも、そろそろ3日目になる。
一方では、連休を目当てにセッセと兼業農家の農作業が続き、一方では第1次産業とは無縁に思える軽装の観光客が石見銀山の町並みをのんびり散策している。
そのどちらでもない私は、セッセと彫刻を造り続けている。
半年以上留守にしていた工場の元を取り戻すようにがむしゃらに制作をし続けている。
電動工具の消耗品のクズがどんどん溜まる。
それが多いということは、制作がはかどっているということ。
予定の6時間は、CO2のガス欠で躓いた。その次に、ちょっとした裁断ミスで躓いた。
それで結局6時間が単なる予定ということで作業はつづく・・・ことになった。
日が暮れてからは、自分の集中力と持続力との緊張感のある付き合いが続いて、何度か気持ちが折れそうになった。膝の故障が身にしみて応える。溶接の熱球がつなぎの喉元から腹まで転がり込む。とにかく、心が折れたらそこで作業を中止しようと決めていた。

溶接があと少しのところで、40kgのアンビルを移動しなければいけなくなった。
まだそのくらいのモノは普通に人力で持ち運ぶ。
腰に負担が掛からないように慎重に持ち上げて作業台へ下ろした・・が、なんと、数ミリの誤差でつなぎのチャックと、ボクの大事な○タマ袋の皮を挟んだ。
痛みと一緒になんとも言いようのない疲労感が一気に脳みそを駆け巡った。
急いで○タマ袋の皮を確認した。
幸い、小さな血豆が2cmの線上で二箇所にできたくらいですんだ。
まだ、もうしばらく男でいられそうだと確認できたので、元気と集中力が戻った。
それから、○タマ袋をかばいつつ彫刻一つ形にして帰宅したら、ワイフのアトリエに明かりがついていて、季節外れのカエルが覗いていた。

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彫刻三昧 

2015/09/22
Tue. 23:07

昨日で彫刻が一つ形になった。
最近は・・・というかこの近年は、彫刻を造る前の紙のドローイングをほとんどしなくなった。
面倒だからというわけでもない。
強いて言うなら、絵があまりにも下手くそだからかもしれない。
その下手な絵を描いても、どうもその絵から彫刻の形が想像できないというか、立体のスケール感が今ひとつ伝わってこないと言っていいかもしれない。
そもそも、絵を描くという行為は、彫刻を造ることの前段に位置しているものでもないと思う。やはり、絵は絵で彫刻には成り得ない。だから彫刻は彫刻で絵にはならないし絵ではないということになる。
現代美術は、平面と立体のボーダーが益々曖昧になっている。
全体をざっくり見渡すと彫刻と言ってもいいほどに限りなく立体的な絵画を見かけることはある。しかし、限りなく平面的な彫刻があっても「それは絵画である」とはなかなかいい難いほどそれは彫刻的であったりする。
・・・というか、勉強不足の私にはどうしてもそのような主観的な平面と立体の認識しかできないでいるということのようだ。

私の彫刻は(というか、彫刻と言えるかどうかもあやしい代物だが)面白いことに平面へチョークで自由曲線を手描きするところから始まる。
これは、一種のドローイングといっていいのかもしれないが、自分ではそのチョークで線を引き始めたところからすでに頭のなかでは立体が見えていて彫刻ができ始めている。
一枚の鉄板を何とかして有効に使って立体にするまでのパーツを描き出す。
場合によっては、10mmの寸法のミスが一枚の鉄板の無駄につながることもある。
彫刻を一つ造り始めると、初日のほとんど終日は数枚の鉄板にチョークで線を描いては消し描いてはまた消す作業が延々と続く。
なかなか形にならない時は、黒皮の鉄板が蝋チョークの無数の線の集合でそれこそ一枚の絵のような状態にまでなることもある。
雨が降ったりすると鉄板が濡れてチョークの線もつかなくなって収集がつかなくなったりもする。
いろいろな条件を飲み込んでやりくりしながらチョークの仕事を一通り終わると、描き上げた造形上の重要な線を頼りに、プラズマ切断で鉄板を裁断する。
それからパーツの一つ一つをひたすら折ったり曲げたり叩いたりしてまた1日が終わる。
一枚の板を叩き続けると、しだいに曲面が出来上がっていく。
この微妙な、その気なって見ないと確認できないほどの微妙な曲面がとても好きだ。
いつもなら、自分の気がすむまで、とにかく納得できるまで延々と鉄板を叩き続ける。
それが、今回はいろいろな条件の中で十分に叩き続ける事ができないまま次の工程に進むことになってしまった。
結局は言い訳にしかならない、弁解にしかならない、そういう程度のことなのだが、形になった彫刻を改めて確認して、やはり自分で納得のいかない消化不良のいくつかが気になった。
長い人生(もうそれほど長くもないけど・・)こういうこともたまにはある。

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彫刻家の〜 

2015/09/21
Mon. 22:33

只今夜の10時過ぎ!・・やっぱり、当初の予想通り帰宅はこの位の時間になった。
そして、ズバリ的中!!
吉田家の女性2人はグッスリ眠っていらっしゃいました。
それで、わたしをお出迎えしてくれたのはポーカーフェイスのクロちゃんでした。
彼は、しきりに夜の散歩をねだって鳴いているが、オヤジは無視。
あちこちの出口の前へ行っては鳴き続けているが、オヤジは完全に無視。

ホワイトベルグを開けてまずは1杯!
塔婆回向を20枚位うなって喉が痛くなったから、まずは、アルコール消毒をしておかないとね。
それにしても毎年のことだが、今夜の自治会の弘法大師祈祷法要はお通夜みたいに・・というよりお通夜よりもっと静かで本当にやりにくい。
なんか毎度のことながら湿っぽくてしょうがない。
本当は、たぶん禅宗の坊主に参集の皆さんが緊張しているからだと思う。
憲正さんの頃は、お互い顔見知りだったりして世間話も出来ていたが、私の代になるとそういうわけにもいかない。
万善寺周辺では私の素性をだいたい知っていて、密かに「○○先生・・」などと呼ばれている。
「○○」のところにはいろいろな言葉が入る。
「彫刻家の〜」とか「美術の〜」とか「芸術家の〜」とか、まぁ一般的にはそういう職業の人が自分の近所にそう滅多にいるわけでもないから、話題の持って行きようがないわけで、結局何かしら何処かしら緊張して口が重たくなってしまうわけだ。
そのあたりが、田舎の田舎たる所以であるということでしょうなぁ。

私の存在なんて別に特別なものでも何でもないということなんだけどね。
もう少し噛み砕くと・・・
あなたの周囲で何人のドクターを知っていますか?
あなたの周囲で何人のお巡りさんの名前を言えますか?
あなたの周囲で何人の神主さんを知ってますか?
あなたの周囲で何人の坊さんと話したことがありますか?
あなたの周囲にテレビに出るような芸能人はいますか?
などなど・・・
改めて考えるとそんなもんでしょ!
土地柄もあって浄土真宗のご院家さんは何人か知っているかもしれないけど、禅宗の方丈さんはせいぜい万善寺も含めて2〜3人くらいのもんでしょう。
そんなもんですよ。
彫刻家の吉田正純はたぶん日本に・・いや世界に・・いや地球に一人しかいないかもしれないわけで、そのたった一人が自分のすぐ近所で訳の分からない彫刻をせっせと造っているというだけでも、話題のネタくらいにはなるでしょう。
もっと気楽に楽しく行きましょうよ。お通夜みたいな祈祷法要はやめてほしいな。

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二足の草鞋親父 

2015/09/20
Sun. 23:58

最近めっきりと日が短くなった。
少し前までは夕方6時を過ぎてもまだ世間がそれなりに明るかったのに、今は車のライトが必要になるまでになった。
7時になるともう夜と言ってもおかしくないほどになっていて、さすがにその時間帯でグラインダーを使うことを躊躇してしまう。
まったく人の感覚というものはいい加減なものだ。
夏の間の日の長い時は、平気で7時過ぎまでガンガン鉄板を叩いていてもなんとも思わなかった。
夕方の6時過ぎに行水を始めると、「あんた、こんな早いうちからもうお風呂入ってんの?もう少しくらい仕事できるでしょう!のんびりしてるんだったら洗濯物くらい取り込んでよ!!」って感じで、ワイフに叱られていたのに、今では「もうそろそろお風呂にしたら?夕食遅くなるから早く済ませてね♡」ってことになったりして、なかなかややこしい。

結局はそういうことで、7時には世間が真っ暗になって工場の照明だけが作業の頼りになってくると、ジジイに近いオヤジは手元の様子がだんだん曖昧になってきて、それがそろそろ1日の仕事の切り上げ時という知らせにもなって、それでも無理をしてしつこく仕事を続けることのリスクが増えるばかりだということは今までの経験で薄々気がついてもいるから、キッパリと作業を終わりにして片付けにとりかかった。
どちらかと言うと仕事の段取りは慎重に進める方なので、ふとした気の緩みで怪我をすることも少ないほうだと思っている。
その怪我はやはり日が沈んでからあとが多い。
夜になると工場周辺には自分一人しかいないし、それで怪我でもしたら誰も助けてくれないから余計に慎重になる。
若いころのように無理をしても次の日はケロッとしているほどの体力もないから、それなりに上手に我が身と相談しながら付き合っている。

毎月21日は弘法大師さんの御縁日になっている。
例年は6月の御縁日の夕方から集落の集会所へ出かけて祈祷法要と塔婆回向をするのだが、今年は丁度憲正さんの遷化が重なったから日延することになって、それが明日になって、先ほど塔婆を書き上げた。
曹洞宗の坊主が弘法大師さんの法要を務めるという不思議な取り合わせだが、万善寺のあたりは真言宗の寺がないから、ほぼ同じお経を読んで祈祷法要も出来る宗派の坊さんに声がかかって今に至っているわけだ。
明日行く集落は、万善寺以外は浄土真宗の寺しかないし、万善寺のお檀家さんもいないし、なかなかお付き合いが簡単にはいかない。
持ち回りの世話役さんとの意思の疎通もうまくいかないことがあったりして、結構気を使う。
その上、夜の法要だから年寄りの荷が重くなって世代交代も回転が早い。
昼のうちはギリギリまで工場で仕事をして、それから床屋して法衣に着替える。
帰宅は10時位になるだろう。吉田家の女性方はとっくにグッスリおやすみでしょうね。

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猫の役割 

2015/09/19
Sat. 21:50

工場の仕事を終わって帰宅したら、ワイフがやっと本格的な彫刻の制作にとりかかりつつあった。
汗を吸ったつなぎを脱いでシャワーを浴びてサッパリしようと計画していたら、急遽大きな彫刻関連の諸々の移動を手伝うことになった。

流石に島根県を代表する女流彫刻家の使令を無視する訳にはいかない。
すこしばかり手伝って、やっと一段落して、鉄板入りの長靴を脱いだら、靴下の足の指先がシットリしている。
長靴の1日の汗を・・・ガーゼというか布切れというか、とにかくそういうものだけでは滲みだす足裏の汗を吸い取って快適な指先をキープするには少々役不足のようだ。
この時期に、足の指のあたりがジュクジュクして水虫寸前まで行ってしまうのも、ある意味で職業病の一つと言えるのかもしれない。

帰宅してそのままいろいろと目先の用事を片付けたり音楽を聞いたりテレビのドラマをチラ見したりしながら短時間ほどつなぎでウロウロしていたら、汚れがタプリと溜まった加工しないつなぎの裾に珍しく猫のクロが絡みついてくる。
ワイフも在宅しているはずなのにわざわざ薄汚い作業着の私へ絡みついてくるのは何かの魂胆あってのことなのだろう。
珍しいことと思いながら、やっぱり季節は着実に秋に近づいているということが、そういうクロの行為で具体に見えてくる。
体温の高い猫は、やっぱり寒さのほうが身にしみてつらい思いをしているのかもしれない。
シロはお嬢ちゃんだから冷え性なのかもしれない。本当に上手に吉田家の暖かい場所を探しだしてくる。
結局、クロは常に吉田家の一等地をシロに奪われているということだ。
まぁ、それがクロの優しさであったり、おっとりとした性格のせいであったりもすることなのだろう。
場所取りに出遅れてしまったクロがオスにも思えないほどの可愛い声で鳴きながら吉田家のあちこちをウロウロし始めるときは、だいたいウンコかオシッコがしたいという情報提供であったりもする。めんどくさいからそのまま放置しておくと、いつものオシッコ場に入り込んでいる。

いずれにしても、1日のハードワークを終わって帰宅した時のネコチャンズは、なんとも言いようのない癒やし要員になっていることだけは確かだ。
人の都合も無視して、全く自由に主観的な好き嫌いで行動するところは、我々大人が自分の理性で踏ん張って我慢ばかりしている日常とはまるで真逆ののんきな行為にも思える。
先ほど夕食を終わって四畳半へ落ち着いて、メールチェックでもしようとデスクトップへ向かったら、クロがどこからともなくやってきて、ひとの都合を無視してイジイジと私の足元のあたりを物色して、やがてお気に入りのポイントを見つけてそこにおさまってきた。
風呂で老化角質化した足をマッサージしながら磨き上げたあとだから、臭い足の匂もしないのだろう。

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彫刻オヤジ 

2015/09/18
Fri. 21:16

9月の後半には、2つの彫刻搬入が控えている。
どちらも新作を出品しようと思っていて、今、必死で制作にはげんでいる!
・・・といえばカッコイイが、私など、もういい加減ジジイに片足突っ込んだ軟弱オヤジだから、減退した体力と相談しながらのらりくらりと工場通いを続けている。

今日は、彫刻イベントで企画した内容の説明で朝の一番に富山町の会議へでかけた。
最近は、坊主家業でしゃべることは普通にあるのに、彫刻のことで説明をするなどということは皆無に近いから、久々に緊張してしまった。
会議の出席者は約15人くらい。さて、どれだけ私の話を理解してもらえただろうか少し心配な気もするが、おおむねイベント企画には好意的であるという印象を得たような気もするし、ひとまずはそれでよかったと思っている。

お昼前に石見銀山の自宅へ帰った頃はなんとなく気持ちが晴れ晴れしていた。
あるもので昼食を済ませてつなぎに着替えて工場へ急いだ。
工場での彫刻制作は、長年の経験を元にその日のキリの良い所の少し前で仕事を切り上げることにしている。そうしておくと、次に工場へ行った時、なんの迷いもなく一瞬で彫刻に気持ちが入り込んで制作にとりかかることができる。
少しだけ残しておいた作業工程を慎重にすすめる間に、気持ちが落ち着いてやがて集中力が増して制作の次の段取りにもたつかないですむようになる。
だいたい調子が良い時は延々と3時間位は集中力が続く。調子が悪いと、30分の仕事にやたらとミスが増えたり気持ちが入らなかったりして、遅々としてはかどらない。
おかげさまで今日はかなり集中力が続いた。
ひとまず、彫刻のパーツを組み合わせることもできて、途中ながらになんとなく全体像が意識できるところまで形が見えてきた。
日が短くなった。
外仕事の手元が見えにくくなってきたので、頃合いを見計らって仕事を切り上げた。

溶接のフラックスガスと、グラインダーのガーネット砥石の粉塵などで、使い捨てマスクが真っ茶色になっている。
普通に1日で2回ほどマスクを交換する。若いころは、防塵マスクなど鬱陶しくて仕事のじゃまになるから全く無防備に素顔のままで1日じゅう制作を続けていたが、流石に歳をとってオヤジも年季が入ってくると、作業中の不摂生が翌日の体調不良の元になってしまうので、鬱陶しさを我慢しながらセッセとマスク交換をするようになった。
気が付くとそのマスクも一箱を使い切る程になっている。
帰りにワイフへ電話したら、丁度薬局の側にいるというので、これ幸いに徳用使い捨てマスクを頼んでおいた。

帰宅したら玄関先に置いてある展覧会の優待ハガキが少し減っていた。
嫌がるネコチャンズと無理矢理戯れてからシャワーを浴びたら鼻の穴が真っ黒だった。
マスクをしていてもこれだから長生きは期待できないね。

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季節はめぐる 

2015/09/17
Thu. 21:54

彫刻制作の力仕事が続いて筋肉痛が慢性になりつつある。
筋肉もひと頃のようにたっぷりとみっしりと身体に張り付くこともなくなった。
乏しくなった筋肉を酷使してしまうから、その痛みで夜中に目が覚める。

このところ、めっきり秋らしくなって夏用のシュラフ1枚では肌寒くなってきた。
オヤジの四畳半を占領しているキーポンと、しばらく前からそのシュラフの取り合いになってお互い譲らない毎日が続いていたが、夜中の冷え込みが厳しくなりはじめると、さすがにその1枚が用をなさなくなってどうしようかと思案していたら、なんと、ある日のある夜、キーポンが私を出し抜いてシュラフを自分の部屋まで持っていってしまった。
これでやっと彼女から四畳半を取り戻すことが出来たわけだが、代わりの掛け布団がなくなった。
狭い吉田家を探して、しまい込んでいた冬用のシュラフを探し出した。
そこまでは良かったのだが、これが半年ほど風も通さないでしまい込んだままになっていたからやたらとカビ臭い。
今年に入って、まだ寒さが残るうちから単身赴任の寺暮らしが始まってしまったので、冬物の整理もしないまま投げっ放しにしていたのが失敗だった。
カビ臭いシュラフを四畳半で使いはじめてから、突然に鼻炎が始まっていつまでも鼻水がとまらない。
筋肉痛はひどいし、鼻水は止まらないし、もう、四畳半が散々な状態になってしまって、ネコチャンズも寄りつかない。

オヤジの対策は、季節外れのエアコンを除湿でフル稼働するところからスタートして、久々に使いはじめたシュラフに掃除機を当てた。ついでに四畳半をプチ模様替えしながらふき掃除と掃き掃除をした。それから半日ほど香を焚いた。
次の日も軽く掃除機を当てて香を焚いた。
そうして数日我慢しながら過ごすあいだに少しずつカビの臭いになれてきたようで、劣悪な四畳半環境があまり気にならなくなった。
あれほど四畳半を避けていたネコチャンズがボツボツと昼寝目当てに入り込むようになってきた。
動物はまことに正直というか環境の変化に敏感というか・・・
寒がりのシロは、秋晴れのポカポカ陽気になるとロフト部屋へ上がって日だまりのど真ん中を確保するようになった。
比較的寒さに強いクロは、カビ臭さもとれた冬用シュラフのど真ん中でまるくなっていることが増えた。キーポンが自分の部屋へ戻ったと思ったら、今度はしだいにクロに寝場所を占領されつつある。

夕方になって、グッタリ疲れて工場から帰ると、例の如く出迎えることもないネコチャンズが、完全に吉田家の一等地を占拠している。これからまたしばらくは、クロの重しにうなされながら寝ることになる。そろそろ薪の準備もしなければいけない。
今年は特に季節が早くすぎているように思えてならない。

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智慧の実践 

2015/09/16
Wed. 22:59

今年の護持会総会の特派布教の老師は、小学校の先生をしていられたらしい。
そのためか、学校の授業のようなお話しぶりで、「皆さんが真面目に聞いていらっしゃるから、なんとなく学校の授業のようなお話になってしまいましたが・・・」と、自らも自覚していらっしゃったようで・・・

さすがに、お話で全国を回っていらっしゃるだけあって起承転結もしっかりして、予定の1時間半を正確に話通された。
内容は、われわれ現役の方丈さんには常識の仏教ごとを、分かりやすくお話された。
・・・が、さて、参集の各寺檀家護持会の役員さん方がどれだけ理解されたか・・というより、仏教ごとに興味を持たれたか・・というと、なかなか解釈の難しいところ。
お話の間中、頭がグラグラ揺れていたり、携帯の着信でドタバタしたり、どうも「うわのそら」的行動が散見されたと私には思えた。

秋の今頃になって本年度の総会を行うということも場違いなことで、議題の内容が全て春先に終わったことの報告ばかりのことだから、この時期を外せない会であるなら、キッパリと年に一度の説教会とか講演会にしてしまった方がスッキリする。
それに質疑応答などが加わったりしたら、なかなか有意義な研修会になるだろうに。
偉い坊さん方の末席を汚すナンチャッテ坊主が思っていることなど、このような場で口走ることもはばかられることだから、それなりに我慢してあたらずさわらず1日がすぎた。

出席者に配られる弁当(代金自分持ち)を頂いて、その足で彫刻制作中のストウさんを訪問した。
建材のスチレンボードを刻んで原寸大の模型を作ったりしてがんばっていた。
少し前の総会もどき研修会のこともあって、そのストレスがいっきに解消した。
仏教界の智慧の真理は、正にこういう彫刻の実践に浸透していると具体でダイレクトに感じ取れてしまうところが面白い。
ストウさんやワイフや私のように、純粋に形態に向き合う造形の創造は、生きる力の正しい方向をしっかりと身をもって示していると思っているんだけど違うことなのかなぁ〜・・・

彫刻制作中の彼と別れて国道を西走していたら図書館で勉強しているはずのキーポンから着信があって、ひと通り終わったから迎えにきてくれというので、そちらへ急いだ。
石見銀山の自宅へ着いたら今度は富山でお世話になる岡山の彫刻家から着信。
まぁ何とも落ち着くヒマもない1日になってしまった。
東西から会場の富山へ向かった。
若干私が早くに到着して、小雨の中で下見を済ませ、富山の里山の絶景を前に立ち話で盛り上がり、慌ただしく東西に別れた。

秘かに思い描く「とみやま学校」構想も、打ち上げ花火1発で終わるかも知れないが、それでも仏の智慧の実践に意味があると私は思っている。けっこう濃厚な1日だった。

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窮屈な日常 

2015/09/15
Tue. 22:07

もうずいぶん前にお檀家さんからいただいた中古のヤマハの除雪機の修理が終わったと、寺の近所の農機具屋さんから連絡が入った。
もう、そんな季節かと改めて思った。
お檀家さんも、万善寺が貧乏寺だということは薄々気が付いていて、時々、その家の廃棄物をおさがりで寄進しようというありがたい連絡が入る。
巨大な業務用の中古灯油ストーブ。
立派で分厚い座布団。
それに中古の除雪機。
いただけるものなら、何でもありがたく頂くのが私の主義。
憲正さん夫婦は、どちらかというとおさがりのもらい物は面倒がるふうを見せていた。
私が住職を務めるようになってから、相次いで寄進の話しが舞い込んで来るようになった。
他人は、ひとのフリをなかなかマメに観察していて、上手に話題を使い分けながらすり寄ってくる。
私としては、裏表のある暮しや付き合いは疲れるばかりで面倒になってくる方だから、普通に正直に人とつきあうようにしている。昔はそうでもなかったのに、最近は面倒なことがあるとハッキリ面倒だというし、イヤなことがあるとハッキリイヤだといってしまう。それも面倒なことがけっこうあったりして、そういう時は忘れたフリをしたり知らなかったことにしたりしてやり過ごす。自分でもイヤな性格だと思うが、吉田家の家族はそういう私のことを良く心得ていて、度がすぎた行為に出ると、徹底的なバッシングが四方から降り注ぐことになる。先ほども、ちょっとしたことでそういう状況に至って、ワイフとキーポンから徹底的に叩かれた。
それが家族身内の有難いところだとまずは反省した。

明日は、寺の護持会総会がある。
毎年秋の始まりのこの時期に総会があるということが、どうも非常識に思えてしょうがない。昨年も同じように釈然としない気持ちのまま出席しているが、何か言ってしまうとまたワイフに叱られそうななので、毎年グッと我慢して出席している。
諸々の集金もあったり上納金も納めたり出費もバカにならない。末席末寺の万善寺も一応宗教法人の立場を維持しているから、税制上の優遇を得たりすることも当然あるはずだが、万善寺はそんなレベルでもないからかすりもしない。
最近話題の神戸を本拠地のある団体組織員の皆さんは、高額に跳ね上がった上納金の納入問題で袂を分かつことになって大騒ぎになってしまったらしい。
私の属する美術団体も一般社団法人格をキープしているから、それはそれで会費と称する上納金で会の運営をまかなうことになっていて、年会費の納入もなかなか厳しい。
先ほどまで自治会の定例常会があった。私が石見銀山をしばらく留守にしている間に、3カ月分の自治会費が滞納になっていた。
ことの大小関係なく、とにかく現代の世の中は全てお金で動くことが常識のようだ。
アウトレットもユーズドも全てお金に換わる世の中で、隣近所友人知人物々交換のユルイお付き合いはもう出来なくなってしまったのだろうか・・・
要害山の山頂から日本海を眺めながら日常の窮屈に思いを馳せた。

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みんな一緒 

2015/09/14
Mon. 20:59

帰省中のキーポンが教育実習の挨拶訪問に行くというので、工場の仕事を早めに切り上げてアッシーオヤジをすることになった。
礼の如くワイフは仕事でいないから、キーポンの面倒をみるのは私しかいない。
上の3人の子供たちは、まだ私が公僕もどきの仕事をしていた関係で、大事なことは全てワイフが彼等につき合って様々な事を済ませてきた。
あの頃の私の子育ては、ほとんどをワイフに任せることが多かった気がする。
それでも自分なりに出来ることは普通にこなしてきたようにも思っているけどね。

あまりベラベラと大袈裟に他人に話すことでもないが、心に決めていた子育てというものがあった。
そんなに難しいことでもないと思っているが、今の世の中だとなかなか普通にできることでも無い気がする。
それは・・・朝夕に、親が子供を見送って子供を出迎えること・・・
上の3人は、ワイフがそれをしてくれた。
そのうち私の高齢両親のことがからんできて、そちらへの付き合いも始まったから、まずは私がフリーになるしかないとふんぎりをつけた。
日常の生活は絶え間なく続くから、ワイフがセッセと働いてくれるようになった。
その時のキーポンはまだ小さかったから、さり気なくなにげなく自然に私とキーポンとの付き合いが濃厚になってきた。
キーポンがまだ言葉を覚えはじめた頃で、おむつも取れないで幼稚園の入園もズゥ〜っと先の赤ちゃんが少し子供になりかけた頃からは、キーポンと一緒にいる時間が少しずつ増えた。
それまでいつもお母さんと一緒だったのに、その時間が少しずつ減って、お父さんと一緒の時間が増えてきはじめた。
はじめのうちはけっこうお互いに緊張していた気がする。
今のネコチャンズのシロと私の関係に限りなく近い。
そのうちお互いの距離が近づいて、普通に自然につきあえるようになった。
そして、上の三人の子供たちからは、「オヤジはキーポンを甘やかし過ぎている!」とことごとく強烈な指摘を受けるまでになった。
自分では、特にそれほどとも思っていないのだが・・・

「ディズニーシーはまだ2回しか行ったことないよ」
「えぇ〜、そりゃないでしょ!もっと行ってるよ」
「それって、お母さんと一緒の時だよ。お父さんとは2回しかないよ。ディズニーランドは何度も行ってるし、クマのプーさんもキーポンと一緒だったでしょ!」
「えぇ〜、しらなぁ〜い、おぼえてなぁ〜い!」
「・・・」
まぁ、こんな感じですよ結局。
上の三人だって、お父さんがベッタリ付き合って遊んだりしていたことなんか、とっくの昔に忘れてしまっているだけのことなんだから・・・

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夕日に向かって走った 

2015/09/13
Sun. 21:53

ストウさんから電話があったので、石見銀山の自宅を早朝に出発して、七日務めをして、寺で用事を済ませて、一人暮らしになったおばあさんのエンドレスな話を聞きながらお昼ご飯を食べてからそちらへ向かった。
彼の教え子の女の子が真っ赤なつなぎを着てカッコイイ溶接面をつけて、アーク溶接をしていた。
彼の用事というのは、彼女の彫刻の状況を見て欲しいということだった。

いろいろどうでも良いような話をして、それから「何時からはじめたの?」って聞いたら「今朝から始めた」ということだった。
もうビックリ!!
ものすごいパワーとスピードだ。
アーク溶接もやっと思うようにできはじめた程度の技量なのに、たった半日の溶接作業でけっこうそれなりの形が出来上がっている。
モタモタとアレコレ悩みながら積み上げてきた私の鉄彫刻が虚しく思えてくる。
やはり、結局はセンスとカンとパワーが大事なんだなぁと、この歳になって改めて実感した。

昼からはワイフと出先で待ち合わせしていたので、可愛い女の子の彫刻を見てからそちらへ向かった。
道すがら、結界君を運転しながら昔々のまだ彫刻を造る前準備の勉強をしていた頃のことを思い出した。
あのピカソはたった1分足らずで描いた絵に100万円くらいの値段をつけたというようなことを聞いたか読んだかした。
「自分の絵の値打ちが時間で決められるのなら、その100万円なんて安いものだよ!」といったかいわなかったか??・・とにかく、「チョコッとサラサラッと描いただけのその絵がなんでそんな高額なんだよ!」と聞かれた時に、「だって、ボクがこの絵を描くまでには、30年と1分かかってるんだ。だから、100万円なんて安いものだと思うよ!」と、答えたとか答えなかったとか・・・
今、この歳になって思い出したピカソの逸話はたしかそんな感じだった。

あの娘がたった2~3時間で溶接した鉄の塊は、まだそれなりの彫刻というまでにはほど遠いのものだったが、それでも何かしらの造形物を形作るスピードは目を見張るものがある。
吉田をピカソ的にいうなら、「ボクの彫刻は、1年間で350日考え続けて制作に2週間かかって完成させたんだ!」といった程度の彫刻なんて、とてもとても材料代にもならない値段を付けようもないケチな代物だということになってしまう。
そんなふうに思ったら、何かおかしくなって斐伊川土手を走りながら思わず笑ってしまった。

久しぶりに、本当に久しぶりに日本海に沈む夕日を見た。
西に向かって必死で沈む夕日を追いかけていたら、石見銀山へ曲がる道を通り過ぎていた。

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雨の心配 

2015/09/12
Sat. 19:59

北関東から東北にかけて豪雨による重大な被害が広がっている。
友達の少ない私でも、何人かはその地方に知り合いがいるので心配をしてしまう。
日本の各地に知人がいることも、平和な時は自分の都合で付かず離れずちょうどいい感じでつき合っていられるが、今回のような心配事が起きてしまうと、自分の気持ちの置き所が定まりにくくて悩んでしまう。
それが家族身内なら、相手の都合も無視してダイレクトに心配をぶつけることができる。
3.11の大震災の時も、東京暮らしの娘達にやたらと電話しまくったような気がする。
いずれにしても、付き合いはほどほどに狭い方が悩みも少なくてすむような気がしてしまう。

島根のこの2日間はとてもいい天気だった。
工場の前に鉄板を広げて夜露にあてながらサビを待っていたのだが、丈夫な黒皮(酸化第一鉄)のおかげで全くサビが広がらなかった。
今日は夕方から天気が崩れて明日は終日雨模様のようだから、今度はそれなりのサビを期待できる気がする。
七日務めから帰って、工場へ出かけることが今のうちから楽しみなことだ。

秋のささやかなイベントを計画して助成金を申請したら採択された。
9月に入ってから、夜はその準備事務で夜更かししている。
やっとポスターの草案が絵になってきた。
色々な処へ相談したりお伺いしたりしながら原稿をまとめているが、関係者の数が増えればそれだけまとまりにくくなってなかなか苦労する。
人の数だけ頭があって、頭の数だけ考えがあるし、その考えは口の数だけ意見がある。
なかなかひとつにまとまることもないから、八方まるく納まることもないまま、結局時間切れでアチコチのひんしゅくをかいながら突っ走るしかない。

思いついたことを、悶々としながら自分で抱え込んで消化不良の便秘になるよりは、少々抑えが足らなくて大事なことの幾つかが普通に抜け落ちてしまいつつも後の祭りということで乗り気っていった方が気楽にことが運んで自分にはその方がいい。
もっとも、あまりに抑えがゆる過ぎると便秘どころか下痢になって大事なことまでスルーしてどっかに流されてしまうこともいっぱいあるんだけどね。

雨が瓦をたたく。
数日前の雨のやみ間に銀山川の川岸から吉田家裏庭の石垣まで草刈りをしておいた。
その銀山川の石垣は江戸のころから改修をくり返して今に至っている。
私が石見銀山で暮しはじめてから後も、何度か石垣の石が豪雨に絶えられなくて銀山川へ流されていった。
いつもはのどかな田舎町でも、何時何が起きるかわからない。
まぁ、それも人生の運ということで飲み込んで乗り切るしかないことなのだろう。
そんなわけで、簡単に流されてしまいそうな現状告知のポスターもどきであります。

ポスター1

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もう秋 

2015/09/11
Fri. 21:49

一週間が過ぎるのは本当に早い。
もう金曜日になってしまった。
行政や金融機関は休みに入ってしまうから、今日中に済まさないと来週へ持ち越しになってしまう用事がけっこう残ってしまった。
優先順位をどうしようか悩みながら仕事を進めていたら、どうも集中できないまま気が付くとお昼だった。
珍しくワイフが自宅にいたせいか、昼食にしては豪華な食事になった。
こうして何時に無く贅沢な気持ちになってしまうと、食後のマッタリとしたひと時まで贅沢な気持ちになってしまう。
「今日のコーヒーはいつものと違うからね。○○さんにもらっていたのを開けてみたの」
私がコーヒーポットを持ち上げたらワイフがそういった。
お昼ご飯に夫婦の会話があることが一週間にどれほどあるだろう。
なんでもないコーヒーが話題になるだけでもやっぱり贅沢なお昼のひと時に感じてしまう。

石見銀山の町並みは久しぶりのいい天気に恵まれて、観光さんであふれている。
「あら、この感じいいんじゃない?」
「そぉ〜ねぇ〜、いつもだったら見逃してるわねぇ〜、絶対!こういうところで見るとステキねぇ〜」
そんな会話を聞きながら周囲を見渡してみても別に変ったところもステキに見えるところも見つからない。
強いて言えば、駐車場の角でオノレ生えして花を咲かせている雑草のようなコスモスくらいのものだ。
工場までの短い時間で、結界君を運転しながら「ステキな光景」と思われるものをアレコレ当てはめてみたが、私にはどうしてもコスモスくらいしか思い当てるものがなかった。
たしかにコスモスの時期なのかもしれないが、私はどちらかというと花を愛でるのなら、たわわに実った稲穂の田園風景の方に感動するけどね。
まぁ、食い意地が張ってるだけかも知れないね。

午後から工場で仕事をしていたら、目の前をやたらにデカイ蚊が横切った。
どうりで少し前から首筋のあたりが痒くなったわけだ。
鉄板をガンガン叩いていると、蚊の羽音など聞こえるわけもない。
たっぷりと私の血を吸い込んだ蚊が、血の重さでヨレヨレと危なげに飛んでいる。
季節外れにしぶとく生き残っている蚊は痒み毒素も強くなっているのか始末が悪い。
人間にとっては痒いだけの蚊の毒は、実は蚊が人間の皮膚を柔らかくして針を刺しやすくするための毒なのだそうだ。
とにかく、季節外れの蚊は厄介で仕事に集中できない。
カビの生えた去年の蚊取り線香を探し出して、2つ3つに折って狭い工場のアチコチに置いた。
そういえば、今年は春も梅雨も夏も、工場へ来ることが無かったんだった。
9月に入ってから、久々に連日工場通いが続いている。

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そして、ひたすら 

2015/09/10
Thu. 23:49

久しぶりに青空を見た気がする。
それでも、日中は時折雲が広がり雨がドッと落ちる。
工場の方は道も乾いて雨の気配もないのに、隣町と境界のトンネルを越えると雨が降っている。
こういうことは今に始まったことでもないからそれほど気にならないが、雨の降る中石見銀山の自宅を出る時には気持ちも乗らないし、なかなか彫刻を造る気にもなれない。
このところ断続的に激しくなる雨ばかりの毎日だったから、余計に工場との距離が遠のく。

まぁ、そんな感じで雨の数日間をほとんどデスクワークで過ごした。
はかどったといえばたぶんはかどっているのだろうが、気持ちの方はなかなか集中できないでいた。
そういう状態は、デスクワークが工場での彫刻制作に変っても似たようにダラダラと続いた。
鉄板の溶断に一区切りがつくと、思い出したようにアチコチへ電話をかける。
材料屋に納期の確認。
そして、鉄板の移動。
万善寺護持会会計さんへ旅費申請の金額請求。
そして、鉄板へドローイング。
とみやまのまちづくりセンターへ運営委員会提出資料の確認。
そして、鉄板の歪みを修正。
知人の女の子へイベント受付けの打診。
そして、ひたすら鉄板磨き。
忘れていたことを思い出してもう1度富山まちづくりセンターへ電話。
そして、ひたすら鉄板溶接。
広報回覧の問い合わせで市役所の担当さん名指しで電話。
そして、ひたすら鉄板溶接。
近所の高校へ富山でのイベント告知の電話。
そして、ひたすら鉄板溶接・・・

夕方になって結界君へ燃料の補充。
彫刻の運搬でお世話になっている真ちゃんへ電話。
そして、ひたすら鉄板溶接・・・

あぁ〜〜、酒も飲んでいないのに顔が真っ赤になっているだろうな。
数年前から顔にしみが目立つようになってきた。
私もそのような年齢になったと、短時間ほど感傷にふけった。
日が落ちて我が家の女性同盟は買い物に出かけた。
それからしばらくして真ちゃんが来て、延々女性同盟帰宅まで飲んだ。
真ちゃんが美人・・いや美猫の野良猫を救出したらしい。
我が家のネコチャンズが何処からともなく現れて真ちゃんへ媚をうりはじめた。

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ピオーネ旨し! 

2015/09/09
Wed. 21:39

久々に大雨だった気がする。
夜の間も良く降った。
それでというわけでもないが、目が覚めたのは午前2時頃だった。
それからデスクトップをONにして延々と作業を進めた。
郵便配達の車が自宅の前で止まったので、もうそんな時間かと気が付いた。
キーポンはゴロゴロとアチコチ動きながら寝続けている。
私も若い頃は良く眠った。
最近は少しのことですぐに目が覚めるようになった。

ワイフが起き出して、ネコチャンズが一緒に起き出して朝食を催促して鳴き始めた。
集中の糸が切れたので少しほど仮眠することにした。
雨の音が少し和らいだようだ。

昨日のうちに、寺の近所でブドウを育てている佐藤さんから電話が入っていたので、市役所の用事をひとつ済ませてからそちらへ向かった。
たった40分の距離なのに、路面が乾いているところがあった。
昨夜の雨は局地的なものだったらしい。
佐藤さんには、ピオーネを頼んでおいた。
それがやっと収穫できるようになったという知らせだった。
「ハウスでブドウ育てるのもやっと慣れてきましたわぁ〜」
そうおっしゃってたのが、だいたい今から5年くらい前のことだった。
憲正さんの具合がだんだん悪くなって、外に出なくなりはじめて、その年の夏から佐藤さんのお宅へは私がおじゃまするようになった。
裏山にある有縁無縁のお墓の供養を毎年お願いされてもう50年以上にはなっていると思う。
あの急な坂は、私でも足袋に雪駄では登れない。
裸足になって雪駄を履いてお経を読んでいるとヤブ蚊の大群が容赦なく襲ってくる。
毎年こんな感じで同じことがくり返されているわけだ。

お墓から帰ると、ひとしきりお茶飲み話が始まる。
その茶口にピオーネが出たことがあって、その年は収穫がやけに早くから始まったのだそうだ。
「ハウス一つを共同でつくっとられるところもよぉけぇおってですが、ありゃぁいけません!」
「えっ?どうしてですか??」
「結局、誰かがやってくれるだろうで、時期逃すんですわぁ〜。それが重なってどんどん先へずれ込むから、売れるものも売れんようなりますがね」
なるほどと思った。
農業の組織化が難しいのもそのあたりに起因するのだろう。
やっぱり、私は彫刻造ってて良かった。食後のデザートで冷えたピオーネが旨い。

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カレーの思い出 

2015/09/08
Tue. 21:16

ワイフは2日目の研修に早朝から出かけた。
キーポンは友達とお買い物に出かけるというので私が最寄りの駅まで送った。
各所へ依頼していた文字原稿がおおよそ揃ったので、ザックリとまとめたポスター原稿へ文字の落とし込みをはじめた。
リーフレットにはもっとたくさんの情報が詰め込まれることになる。
いずれにしても、朝から1日中延々と文字の打ち込みが続き、画面レイアウトのベースを0.1mm単位で調整しながらモニター画面をにらみ続けるのも久々のことだった。
ワイフが研修から帰ってきた頃はすでに薄暗くなっていた。
それからしばらくしてキーポンが自力で帰ってきた。
誰もいない昼間は何処かへ潜り込んでいたネコチャンズなのに、相次いで二人が帰宅したら急にドタバタと騒ぎはじめた。
半年以上留守にしている間に、彼らの関心は私からずいぶん遠ざかってしまったようだ。

2日間の研修で吉田家の食事が停滞するであろうことを予測して、ワイフが深なべいっぱいのカレーを作り置きしてくれた。
夏の暑さも峠をすぎて、秋風が心地よくなりはじめ、朝夕は肌寒ささえ感じられるようになってきたから、大量のカレーも傷まないだろうと予測したのだろう。
何度か温めたりレンジでチンしたりして食べて、ほとんどを消費した。
今夜でそれも最後だろうと思ったから、ワイフにことわって少し辛めに味をつくった。
タバスコ10滴くらいに、粉チーズをふりかけ、食卓醤油を3回ほどかけ回した。
適度に味が濃厚に絞まって美味い。
カレーのおかげで、どう考えてもいつもより大量のご飯を食べている。
ワイフのいない間に少し太ってしまった気がする。
煮詰まったカレーは、それはそれなりにコクも出てきて旨みが増しているように感じる。
気のせいかも知れないが、何故か不思議に飽きることがない。

ずいぶん昔の、独身時代の1ヶ月27000円家賃の2階建てアパートを思い出した。
そこは2回目の引っ越し先で、私は1階の入口から2つ目の6畳に暮していた。
下駄箱もない小さな玄関で下足を脱いでスリッパに履き替えて定尺の開き戸を廊下側に開けると、すぐ左に洗面兼用の小さな流しと、火口1個のガスコンロがあった。その奥に畳の6畳があって、長い方の両側は壁。短い方にサッシの引き戸と雨戸があって、外に洗濯機が置けるだけの物干しスペース。その向こうは大家さんのトイレの窓があった。1階と2階の廊下のいちばん突き当たりに一つずつ大小兼用のポットントイレ。アパートの住民は男ばかり私も含めて8人。
学校の後期が始まって秋になると、春休みまではだいたいカレーとシチューを交互につくった。シチューの時はそうでもなかったが、カレーをつくった時は、廊下のいちばん奥の突き当たりのトイレに入ってもカレーの匂いが漂っていた。朝もカレーを温め、夜遅くに帰ったらまたカレーを温め、それが一週間は連続した。たぶん、アパートの私以外の7人の住人は、私のカレーの匂いにずいぶんと悩まされていたことだろう。
夕食が終わってデスクトップをにらんでいたら、カレー味のゲップがでた。

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彫刻家の一日 

2015/09/07
Mon. 20:29

切りのいいところまで彫刻の仕事をして結界君へ乗り込んだら、なんと、思わぬところで栄泉寺のご住職と遭遇した。

きちんと正装されて、白衣の丈も改良衣の丈もピッタリと身体にあって方丈さんの威厳が醸し出されている。
さすがだと思いつつ、結界君の窓を開けて挨拶した。
本当は、きちんと車を止めて礼をつくさないといけないほどの坊主格差があるのだが、こちらもこちらで彫刻家の正装である薄汚れたツナギに鉄板入りの長靴スタイルをキチンと着こなしているから、立場はそれほど違わないだろうと独断で解釈して軽く世間話に入った。
「あら、珍しいところで・・・」
「このすぐ先に仕事場があるもんで・・」
「ほほぉ〜。そぉ〜なんですか。アトリエはこちらの方なんですねぇ〜」
「いやいや、アトリエなどと上等なものでもありませんで・・、工場ですよ、たんなる。ところで今日は、こんなところでいったい何事ですか?」
「栄泉寺のお檀家さんの法事でしてねぇ〜」
「それはそれは、ご苦労様です」
と、そこへ施主さんが車で到着。
「それじゃぁ、このへんで・・」
雨もポツリと降りはじめて、上等な改良衣や絡子(らくす)が濡れるといけないからそれでお互いすぐに別れた。
私のツナギなどずぶ濡れになってもなんの問題もないけどね。

工場の隣にはその地域のまちづくりセンターがある。
・・・というより、どちらかというと、「まちづくりセンターの隣の方へ工場がある」と言った方がしっくりくるだろう。
昔は小学校があって、保育園もあって、体育館やグランドも残っている、そういうところのいちばん端っこの隅の山裾に建っている倉庫の一角に私が借りている6畳くらいの工場がある。
体育館の職員事務所がそのまままちづくりセンターで使われるようになった。
その前は公民館が入っていたようで、小さな調理室があったりもする。
小学校が廃校になってから久しいし、長い間に色々と使い勝手の良いように増改築をしながら今に至っているわけだ。

栄泉寺のご住職と別れて石見銀山へ帰宅したら、アルバイトが休みのキーポンが例の如く四畳半の書斎でゴロゴロしている。
珍しくネコチャンズがお出迎えもしないで仲良く抱き合っていた。
彼らにとっての私はそこらへんの通り過ぎるオヤジくらいにしか意識されていないようだ。
お昼を食べたら眠くなった。
工場へ行く前にひとねむり昼寝をしておくことにした。

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雨の日曜日 

2015/09/06
Sun. 21:21

朝から1日中雨だった。
彫刻家の吉田は、2メートル以上の彫刻制作にとりかかったら、完成までのほとんど3分の2は野外で制作している。
これを作家的にカッコよく言うと、「ボクは彫刻のほとんどを野外へ設置することにしているんだ。だから、制作する時もできるだけ野外で作業をするんだ。何故かって?そんなのあたりまえじゃないか!野外に展示しようとする彫刻を屋根付きの工場で制作しても意味無いじゃないか!最初から狂ってしまっているスケールの彫刻をつくったりしてどうするんだい??」って感じかな。
でもその実態は、「ボクの彫刻制作の工場は6畳くらいの広さしかないんだ。それに天井も低いし、入口も狭いから、大きな彫刻は野外でつくるしかないんだ・・・まぁ、ようするに天井の無い青空工房というやつさ・・」ってこと。
そういうわけで、雨が降ったら制作の仕事も出来なくなってお手上げ状態。
変に雨の中で無理すると、時々人間アースになって指先がビリッと感電したりする。
溶接の感電事故で御陀仏になったりすると笑い話にもならないし、まわりに大迷惑をかけてしまう。まぁ、本人は好きな彫刻をつくっている間にコロッといって本望かも知れないけど・・・そのあたりの解釈は微妙なところだね。

雨のやみ間を見計らってとみやまをひと回りしてきた。
本当は「雨のやみ間を見計らって制作に励んだから結構作業がはかどった!」というふうにしたかったのだけど、アレコレの事情もあってこの度はとみやまの取材を優先することにした。
富山町のこの一週間は早稲の稲刈りが最盛期で、田んぼのアチコチに人の姿が見受けられる。これは1年で希にしか見られない農耕地の風景だ。
特にこの近年は農作業の近代化と機械化が急速に進化して、稲の刈入れもアッという間に終わってしまう。
兼業農家や営農組合が主流になっているから、よけいに農作業がスピードアップする。
週末から土日にそれらがいっきにいっせいに進められるから、その素材を記録しようとすると、土地の事情に併せて行動するしかない。
それで結局、この2日間は富山町をアチコチ徘徊することになった。

結論から言うと、あまりいい素材を確保することができなかった。
まずは、昔ながらの稻ハデが極端に少ない。
刈り取った稲を天日干しして乾燥させた米は、甘くもっちりして味にまるみが加わる。
昔は普通にあたりまえのようにそんな米を炊いていたのだが、最近は全く口にすることもできなくなった。
島根の過疎地の田舎に住んでいてもそういう状態だから、日本の稲作も先行きが心配になってしまう。
その上、最近流行の減農薬の田んぼには、稗や粟がはびこって、稲穂の色付きが確認できないくらいに荒れた田になっている。そういう田園風景は記録してもしょうがないし、富山の棚田の景観が消える時もすぐ其処まで来ているような気がした。

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吉田家裏庭事情 

2015/09/05
Sat. 21:00

工場を少し早めに切り上げて、荒れ放題の吉田家裏庭の草刈りをした。
春に萌黄の若芽が芽吹きはじめたことはなんとなく記憶しているが、それ以降はお盆過ぎに吉田家へ落ち着くまでその後の様子を見る余裕も全くなかった。
春の雑草が伸びて絶えて、梅雨の雑草が伸びて絶えて、夏の雑草が伸びてそろそろ絶える時期になっていた。このままほったらかしておいたら秋の雑草に変って、それでもほったらかしておいたら冬になってそれも枯れる。別に気にならなければそうやってほったらかしてしまえばすむことなのだが、やはりそうなってしまうと人の暮しが自然に乗っ取られてしまいそうな危機感で夜も眠れなくなってしまう!(とは、少々大袈裟・・)

とにかく、日が短くなってめっきり秋らしくなったことでもあるし(・・って、特に草刈りと深い関係があるわけでもないけど)延々2時間ほど草刈り機を振り回して、ひとまず地面が見えるまでにはなった。
銀山川の向こうの新道から橋を渡って吉田家裏口までの近道ルートが、ほぼ半年ブリに開通した。
混合油を少し余分に使って、切り倒した草をそのままその場所でできるだけ微塵に粉砕しておいた。
あれだけの量をひとまとめに積み上げたら、立派な堆肥になってしまって、地べたに来年の雑草の肥やしを提供してしまうことになる。
こうして微塵にしておけば秋の日差しで乾燥して堆肥になるまでにはならないですむ。

スモモが巨大化して隣の土地まではり出している。
ワイフが植えたミカンの木もたわわに緑の実がなってこれも隣にはみ出している。
小梅の木は葛に巻き付かれて瀕死状態。
薔薇の木ははびこったオノレ生えの雑木に押されて真横に延び広がりつつある。
ジャングルで勢いづいたキウイが巨大なブドウのように鈴なりになっている。
ウサギのグレーちゃんと犬のシェパくんの墓も久々に見ることができて、お盆はすぎたが墓参りもできた。

裏庭から見る吉田家は、まるで廃屋のようだ。
種から芽吹いた藤がトタン屋根に這い上がり、一株の鉢植えから広がったハートカズラと絡み合って悶え伸びている。
「石見銀山は伝統的な建築を保存しなければいけないことになっていますので、トタン屋根はチョット何とかしてもらわないと・・・新道から丸見えですからねぇ〜」
吉田家増改築の時に市の職員が渋い顔でそんなことを言っていたことを思い出した。
たった20年で裏庭は巨大化したスモモに占領され、トタン屋根は目一杯葛がはびこって、新道からは吉田家の大屋根が骨折ってチラリと見える程度。
あの時の職員さんが今の状態を見たらどう思うんだろう?
「世界遺産の町でもあるんですから、もう少し裏庭をキレイにしてもらわないと困りますねぇ〜。新道からでも町並みの景観を見てもらっているわけですから・・」
なんて言われたりして・・・

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蔦の壁 

2015/09/04
Fri. 21:59

石見銀山の暮しが再開してから、フル稼働の毎日が続いている。
新企画の準備もあと1週間が正念場というところ。
彫刻制作の方は、今年の前半休止していたツケをいっきに取り返す必要に迫られている。
寺の方も、七日務めが11月まで続き、その間に教区の護持会や憲正さんの百か日やお彼岸にお地蔵さん供養と絶え間がない。
普通だと、身体がいくつあっても足らないほどの忙しさなのだが、それを10年ほど前と同じようにフルパワーで乗り切ろうとすると、それこそ身体がバラバラに壊れてしまう。
歳相応にノラリと乗り切る術を駆使しながらそれなりにユルイ毎日を乗り切っている。

吉田家の営繕も思い起こせば半年ほど手付かずのままになっている。
駐車場には、ワイフのカーゴが伸び切った草むらへ突っ込むように停まっている。
私の結界君も、運転席へ乗り込むまでに雑草に溜まった朝露で雪駄がビッショリと濡れる。
裏庭はジャングル状態で足を踏み込むことも難しい。
まがりなりにも家長である私が留守の間、ワイフが1人で家計を切り盛りしながら暮していたわけだから、こういう状態を咎めることはできない。

秋雨前線がしつこくて、なかなか思うように晴れてくれない。
この数日は、トタン屋根を叩く激しい雨音で深夜に目覚めてしまう。
しばらくしてウトウトすると夜行性のクロが鳴き始める。
またしばらくしてウトウトしはじめると隣のキーポンがシュラフを横取りしはじめる。
だいたい夜が白むまでそういう状態がくり返されるから、このところ慢性の寝不足で四六時中眠たい。
真夜中にYouTubeをチェックしたり整理したりして暇つぶしをしながら翌日のスケジュールを固めたりしている。

自分の仕事は自分の都合でいくらでも調整できるから、まず最優先は吉田家営繕に尽きるだろう。
草木の方は人の都合を待ってくれないから、見過ごすことはできない。
昼の用事を切りの良いところで片づけて、まずは駐車場で草刈り機を振り回した。
砂利石が跳ねて容赦なくスネを打つ。予測して長めの長靴を履いたがなんの役にもたたなかった。日が落ちて手元が見えなくなる頃には、スネからフトモモニかけて無数の赤い斑点ができた。
風呂に入るとその斑点が滲みる。
しばらくするとひとまずは慣れるが、石鹸を使いはじめるとまた滲みる。

駐車場ののり面にビッシリと張り付いた葛や蔦の葉が形状本来のディテールをスッポリと包み込んで圧倒する。始末の悪い雑草も、こうして伸び伸びはびこるとそれなりに美的に見えるところに自然の奥深さを感じる。
その日の労働の痕跡を身体で感じつつ、ゆっくりと湯に浸かりながらそんなことを思い出した。

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パンを食す 

2015/09/03
Thu. 11:21

もう1年くらい前のことになるだろうか、新しいスーパーが大田市へできた。
もうずいぶん前のことになるが、そのスーパーは松江市にあるということしか知らなくて、私には長い間全く縁がなかった。品揃えが他のところと微妙に違っていて、其処へ行けば当時としてはまだ珍しかった各種スパイスや輸入商品が仕入れられてあったりした。
松江に出かける用事もないから、ほんの数回しか買い物をしたことが無かった程度のことで数十年が過ぎ、やっと大田進出がわかった時はオヤジながらに期待でワクワクした。
オープン当初は人もあふれて落ち着かないだろうからとしばらく様子見が続いたあと、近所へ出かけたついでにフラリと寄ってみた。中規模店の手ごろな大きさで、通路も広くとってあって、残念だったのはレジの対応くらいのもので、私にはそれなりにしっくりきた。
それから万善寺へ移動する前の買い出しでチョクチョク立ち寄るようになって今に至っているが、最近はワイフもそのスーパー目指して出かけることが増えているようだ。
狭い町なのに、スーパーひとつで人の流れが見事に変ってしまう。このところ、買い物の度に昔の知人と頻繁に出合うようになった。みんな、考えたり思ったりしていることは似たようなものだ。

お盆をすぎて石見銀山で暮すようになってから少し後、赤来高原での坊主家業を2つばかり片づけて帰る途中で、懇意にしている陶芸家へ寄り道した。せっかくだからお仏壇で棚行のお経を読んでコーヒーを飲みながらとりとめもなく話をしていたら、そのスーパーのことが出てきた。石見銀山から20分は離れているその陶芸家宅からスーパーまでは国道を横切ることになるから、ヒョッとしたら1時間近くかかってしまうかも知れない。中規模店とはいえ、その集客力はなかなかのものだと感心した。
やはり、同種の他店とは一線を画した何かしらの魅力があるのだろう。

その魅力のひとつなのかも知れないが、週に1日だけだったか、大きな直方体の食パン販売日が決まっているらしい。大きさはなかなか見ごたえがあって、普通の食パン3斤分くらいはありそうだ。ワイフが時々それを買ってくる。
「これって、けっこう美味しいと思うよ。家でパン焼こうと思ったけど、こっちの方が割安感あるし・・・」
そのパンがなくなるまで、色々なアレンジのパン食がしばらく続く。
「あなたがいない時は買やしないわよ」
まぁ、確かにそうだろう。私のパン好きを知っているから買ってきてくれているようなものだ。
それで、今朝の朝食がなかなか芸術的で素晴らしいものだったから、思わず写真を撮ってしまった。
まるで、1枚の抽象絵画を見ているようだ。色合いやテクスチャーに深みがあって、しばらくの間魅入ってしまった。
食パンの真ん中を包丁で切り抜いて、其処へ玉子を落としてチーズに塩コショウを添えて切り抜いた処を元へ戻してフライパンで焼く。それだけのことで、ここまでの偶然が重なった味わいが演出される。
見ても魅力的。食べても美味しい。もう何も言うことがない。私は幸せ者だ!

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モーニングコーヒー 

2015/09/02
Wed. 11:17

吉田家トイレの手づくりブックスタンドには文学界9月号が置きっ放しになっている。
ああみえて結構ミーハーなワイフが、又吉氏の芥川賞受賞につられて文芸春秋9月号と一緒に購入したものだ。
すでにワイフは自分が読みたいところだけを拾い読みが終わったらしく、その9月号はそのうち他の雑誌やカタログなどと一緒にゴミ収集で持って行かれる運命なのだろう。
このところ吉田家暮らしが落ち着きはじめた私は、トイレタイムの度にその文学界をパラパラめくって、書評などを読んでいる。

仕事をはじめたオヤジに朝からからみはじめて、そのオヤジの失敗を本気で嬉しがって大笑いしていたキーポンがバイトに出かけると、急に吉田家が静かになって、グッピーのブクブクのモーター音が耳にうるさく感じられるようになった。
久々のモーニングティータイム・・・本当に久々のモーニングティータイム。
iPadからMacMusicを呼び出して、マルーン5のアルバムをスピーカーへ飛ばす。
特に聴き飽きたわけでもないが、自分の中では彼らの楽曲も今年はもうそろそろ時期が過ぎたかなぁという感じだ。

トイレで読みかけていた文学界が気になっていたので、コーヒーでくつろぐ間その続きを読むことにした。
又吉氏はとにかく、純文学が好きでたまらない人なんだなぁということが良く解った。
確かに、人生のある1時期は何かしらひとつことにのめり込んで抜け出せなくなってしまうこともある気がするし、自分にもそういう時期があった。
又吉氏が偉いのは、それを自分の趣味のまま大切に暖め楽しむばかりにならないで、キッチリと自分の仕事に昇華してプロの実績を教化するところにある。
相当に冷静で客観的な思考を持たないとなかなかできることでないと思う。
私のような俗人は、死ぬまで一生自分のささやかな趣味のままで大切に楽しみ続けた方が良いと普通にそう思う・・・って、彼と比べてモノを考えてもショォ〜がないことだけどね。

昨夜のMさんとの久々の飲み会でかなり心の垢が取れた感じだ。
久々に朝から頭がクリアーで軽やかに回転している。
鉄板の材料も注文が終わってそれが手元へ届くまでは、ひたすら富山にハマろうと決めた。
あれほど停滞していたポスターやリーフレットの草案も、昨夜から急にキラキラとひらめきはじめた。
何処かのデザイナーみたいに、人のふんどしで相撲とるようなことはしたくないし、しようとも思わない。
罪の被せ合いをして自滅しはじめているヤツラがイモズル式にあぶり出されている。
ことの大小関係なく、自分で信念を持って悪事に手を染めるのなら、それはそれで自己完結するくらいの心意気が欲しい。
見栄やエゴやプライドだけで世間を笑って生きるヤツラが多すぎる。
そういうヤツラはきっと、そうめんのようなウンコばかりしてるんだろうね。

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オヤジの時間 

2015/09/01
Tue. 23:57

もう何ヶ月ぶり・・・いやいや、今年に入ってからはじめて・・・ということは、1年ぶりにはなっているかも知れない・・・
吉田家から、石見銀山の町並みをほんの80メートルばかり歩く程度の距離なのに、本当に久しぶりに逢って1杯飲んだ。
Mさんとは20年以上の付き合いになるはずで、ヒョッとしたら30年になっているかも知れないほどの長い友人になる。その年月、とにかくやたらと飲み明かしている。さて、総量どのくらい飲んでいるだろう・・・

憲正さんの密葬から本葬まで、律義に会葬してくれたものの、話す機会はほんのひと言程度で終わってしまっていたから、ずぅ〜〜っとそれが気になっていた。
彼は忙しい人で、ほとんど出張で出かけているから、石見銀山で捕まえることが難しい。
その上に、私が正月から寺暮らしが続いて、1カ月に1週間足らずの日数しか自宅で過ごすことがなかったから、この半年以上は普通に疎遠になっていた。
べつに、これといって積もる話があるわけでもないが、それでもお互いの日常の悩みや仕事の現状を報告交換する機会は大切なものとして長年つき合っていた。石見銀山に帰ってしばらく経つし、少しはこちらの生活に慣れはじめたことだし、ちょうどいい機会だと思って連絡したら、M氏の方も、次の出張まで少し間があるから予定を都合しようということになって、結果今日の夕方から逢うことになった。

久々の彼の自宅はあたらしく増改築が終わって壁の一部にドアができて、普通に下隣の家と繋がっていた。彼の家族に孫が増えたりしていろいろなことがあって、結局現状が少し前から固まってきたらしい。
「まぁ、いろいろあるが、結局ワシが老後はこの家らしいわぁ〜・・、動けるうちは2階で過ごして、上がれなくなったらここで寝たきりになること決定みたいだわぁ〜・・家族で話したらどうやらそうなるらしいわぁ〜〜」
普通に軽くひとごとのようにそう話していた。

その後、二人でワインを1本空けて、ビールを6缶空けて、飲むものが無くなってお開きした。
久々に逢った歳月がお互いのひとつひとつの話題で埋められて、アッという間に楽しいひと時が過ぎた。
話題といえば・・M氏は会社の今後のこと。私は例の富山の企画のこと。お互いの経過報告といったところだが、一方は億のケタで一方は十万のケタという、比べようもない遠い存在のことなのに、なんとなく分かったふうに助言し合ったりするところがかわいらしい。
「今までやりたいことやってきたけど、もうこれで最後だというつもりで残りの人生もうひと山越えようと思っとるんよぉ〜!」
「まぁ、この歳まで生かさせてもらって、あとはいただいた人生を死ぬために大事に使って行こう思っとるんよぉ~!」
二人の今後には大きな見識の違いがあるものの、それがまたそれぞれの人生で面白い。
やはり、たまにはこういう濃厚なオヤジの時間を過ごすことも大事だね!

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2015-09