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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

とみ山彫刻フィールド・アート・ワーク 

2015/09/30
Wed. 20:32

搬入作業の後遺症か?今日は1日背中が痛くて、30分もじっと座り続けることできなかった。
全くデスクワークが進まないまま気が付くと夕方になっていた。
1ヶ月後に迫った美術イベントの告知原稿が出来上がった。
しばらく時間をおいて冷静な目で校正をして、明日には印刷に回したい。

MacMusicが耳のお供でとても良い働きをしてくれる。
ウエブラジオは変にシャベリが入らなくて、延々と音楽が流れ続けるからそれが良い。
時々、気に入った曲が流れるとアルバムをチエックしてメモしておく。
休憩の時にそのメモをウエブ検索して、YouTubeで動画を巡回する。
私のデスクワークはだいたいこんな感じで進む。
最近のお気に入りはTiffanyAlvord。とにかく可愛い。それに、歌が上手い。
テイラー・スウィフトみたいになってくれると良いなと思うが、このままだとたぶん無理な気がする。TiffanyAlvordクラスの歌が上手な若い子がひしめいている。
アメリカはやはりショービジネスの国だということがよくわかる。ビデオクリップの完成度も高い。

吉田家が暮らす石見銀山では、シーズンになると観光イベントがあちこちで開催されている。
一番多いのが石見神楽(いわみかぐら)。
島根県各地の神楽社中が入れ替わり立ち代り出演する。島根の住民が特に神楽を好きなのかもしれない。本来は神への奉納として厳かに舞われていたのだろうが、今では完全に民衆の娯楽芸能で上演されている。
石見銀山で開催を続けていた「現代彫刻小品展」も、観光協会か何かの主催が日曜日ごとに会場を抑えてしまうものだから、毎年の同じ時期に継続することができなくなった。ちょうど5回展を終了したし、キリの良い所でもあったから、ひとまずこの石見銀山会場での彫刻展開催は打ち切りにした。

私のささやかな個展は観光客の激減する冬の時期に、稲刈りが終わった田んぼを貸してもらって3年前から続けている。こちらの方は、六本木の展覧会に彫刻を出品し続ける限り継続していこうと思っている。
今年は、それに棚田の残る高原の町、富山町の廃校になった小学校をメイン会場にして美術イベントをすることにした。町にとっても初めてのことだから、吉田がどんなことを始めるのかそれなりに気にしてもらっているようだ。これがうまくいったら、しばらくは富山町を会場にして彫刻イベントを続けてみようと思っているが、一方で教育委員会が中心になって小学校の活用を検討していくようだし、それで学校が使えなくなったらこのイベントも1回で終わることになるだろう。
他にも数カ所へ美術イベントを提案している。
自分にとっては、仏教の布教活動のようなものだと思っていて、彫刻文化が少しでも島根の片田舎の地域に根付いていけばいいのだが・・・

ポスター1

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国電の夢 

2015/09/30
Wed. 13:04

JR山手線を国電といっていた頃のこと。
大学が上野にあって、アパートが小田急線梅ヶ丘にあった頃のこと。
どうしてもその日に外せない用事があって、新宿から上野まで歩いたことを覚えている。
どういう原因かそのあたりのことは全く記憶にないが、とにかく国電が止まって動かなかったし、地下鉄も止まっていたから歩くしかなかった。
帰りもまだ国電が動かなくて歩かないといけないと思うと気が滅入ってきた。
気持ちの半分は、なんとかして学校へ一晩泊まろうと傾いていたのに、結局夕方には国電も動いて、梅ヶ丘へ帰ることができた。
それに、神奈川の方から通っていた男と女の友人二人が一緒にアパートへ泊まることになって、3人で雑魚寝したところだけ記憶に残っている。
随分後のことになるが、あの時一緒に寝た二人が結婚した。
気が付かないまま、私が二人の愛のキューピットになっていたらしい。

昨日は早朝から深夜までかかって展覧会出品の彫刻を島根搬入した。
近年連続してこの島根搬入が何かしら躓いてしまう。
いつもお願いしている西濃さんへやたらと迷惑をかけっぱなしになっているから、こういうことが悪癖にならないように、今年はかなり早くから作家各位へ念押しをしていた。
それでも土壇場になって、結局決まっていたスケジュールがガタガタに崩れてしまった。
吉田は、こういうこともあるかもしれないからと、2日前には西濃さんのプラットホームへ彫刻を運んでおいて、あとは当日付属品をまとめればいいだけにしておいたのに、その作業も時間切れで六本木まで持ち込むことになってしまった。
そのくらい、今年の搬入作業はハードだった。

ワイフは毎年変わることなく、前夜は完全徹夜で朝を迎えた。
それでなくても夜行性のネコチャンズは、夜通し狭い吉田家をウロウロと動き回っていた。
そういう状態だから、私も熟睡できないまま朝になって、彼女の彫刻移動や写真撮影をして、西濃まで付き合った。
それからその足で倉吉まで結界くんを走らせて、高齢彫刻家の作品を受け取ると、松江で制作中の周藤さんを訪ねた。そこまでは、一応予測の範囲でまだ余裕があった。
朝5時位から動き始めたらしい周藤さんは、どう見ても予定の搬入時間までに制作が終わりそうにない。
ひとまずトラックへの積み込みをしなければいけないから西濃まで引き返す道すがら、秋の交通安全そっちのけで運転しながら電話を使いまくり、出来る限りの手配をした。
岩国のカナちゃんは、昨年にもまして大遅刻になって、結局松江で制作中の周藤さんの工場で最後の搬入をすることになった。トラックのドライバーさんと打ち合わせして結界くんを並走させて、松江へ移動したら既にあたりは暗くなっていて秋の月が空へ輝いていた。
その夜は3人で松江で寝た。
朝方になって、あの国電の出来事を夢のなかで思い出していた。
夜明けを待って結界くんを走らせて朝のうちに石見銀山の自宅へ到着。
結界くんの走行距離は500kmを越えていた。

IMG_1175.jpg

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2015-09