工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

凍ったパンツ 

2016/01/31
Sun. 21:55

島根県のスポット天気予報によると、この土日は比較的いい天気だということだったから、いっきに薪運びを終わらせてしまおうとはりきっていたのに、今日はお昼になって雨が降りはじめて当初の予定が狂ってしまった。
予定といっても年中フリーターニートオヤジのようなものだから、世間で忙しく働いていらっしゃる諸氏とは比べ物にならないほどヒマだから、つなぎの作業着と薪が必要以上に無駄に濡れてしまったという程度のことで別に他に大きな問題など何にもないんだけどね。
そんなわけで、一応予測して計画していた目標に達することが出来ないまま、薪運びのもろもろの工程を幾つか残したままひとまず終了させることにした。
こうして2016年の1月がなんとなくだらしないまま終わって、明日から2月になる。
これも吉田らしいといえばそう思えるし、なんとなく自分でかってに納得してしまうところが、世間の常識からすると甘ったるくて胡散臭いオヤジにしか見えないことになってしまうのだろう。
そのオヤジの限りなく個人的な出来事が1月の月末に集中してしまって、心身ともになかなか大きなダメージをうけた。
ワザワザ記録に残すほどのことでもないし、どちらかと云えば男の恥のようなものだからこうしてキーボードを打つ指先が微妙に躊躇していたりもするのだが、まぁ、いい歳をして今さら恥ずかしがってもしょうがないとも思うから、微笑みのネタにでもしてもらえばそれで十分!・・・ということにしておきましょう。

先頃の寒波が一応峠を越えたとはいえ、まだまだ赤来高原は朝夕の寒さがきっちりと残っている。昼間のうちに緩み溶けた雪も一晩のうちに凍み固まっている。そんな1月末日の夜、ちょっとした気の緩みから些細な失敗をしてしまった。それが、パンツの洗濯。
いつもは風呂に入る時に旧式の洗濯機へ投げ込んですぐにスイッチを入れて洗濯を始めるのだが、その夜はなんとなく入浴しながら無線スピーカーのMac Musicを垂れ流しで聞きはじめて、洗濯をコロッと忘れてしまった。案の定、気がつくとすでにおかみさんが洗濯をしていて、ナンと、ワザワザそのパンツを外の物干しへぶら下げてしまっていた。そんなことをしたら、一週間経っても乾くはずがない。次の日に風呂へ入る時パンツを探したが見当たらなくて、それでやっと前夜からの経緯に気がついた。物干しのパンツは、FRPで固めたようにパリッと凍っていて布の柔らかさなどカケラも感じない。不自由な寺暮らしで替えのパンツは1枚きりだし、せっかく風呂に入ったキレイな身体で今さらもとのパンツを履き続けるのもイヤだし、意を決して一晩ほどノーパンツで過ごすことにした。
その次の朝が本日だったわけだが、ねっからのダラシナイ性格のオヤジのことだから、ひと晩寝ているうちにノーパンツをコロッと忘れて、そのままパンツ無しでツナギの作業着を着込んでしまった。・・・と、その時、ツナギのチャックに毛を挟み込んでしまった。ナンとも朝っぱらから目が覚めるどころではないほどの痛さ!チャックを上げるも下げるも躊躇してしまって身動きが出来ないまましばし固まった。何ともいいようの無い格好で火の気の無い寒いばかりの3畳を物色してハサミを見つけて、慎重に慎重にチャックに挟み込んだ毛を切った。思えば、現在の吉田オヤジの全身で、何処の毛が一番長いかというと、どう考えてもあのチン毛しかない。不自然にタイガーカットにしてしまったチン毛を、キチンと揃えて整えようかどうしようか?・・・ちなみに、あのパンツはまだ凍っている。

IMG_1383_2016013121530466d.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

薪割りに思う 

2016/01/30
Sat. 20:29

つい先ほど、寺のロフトの階段を5眼ほど滑り落ちた。
腰の骨を強打し、皮をすりむいて、肘の骨を強打し、表皮をすりむいた。

石見銀山の自宅の営繕の作業をしようと心に決めて朝から万善寺を出発した。
今年のシーズンは基本的に暖冬だから先週の大雪も幹線道路は除雪が行き届いて全く何時もとかわりなく結界君をすっ飛ばすことができた。
島根は・・・というよりも、自分の周辺の行動範囲は久々に青空がのぞいて気温も急上昇して暖かかった。寺を出発する時、防寒用にXLのポロシャツを引っ張り出してホッカイロをベタリとくっつけた。その上にいつものツナギを着て準備万端だったのだが、今日ばかりはこれが災いして、とにかく暑過ぎて汗をかくほどになってしまった。

結界君のリヤッデッキは250kgの積載量になっている。その限界ギリギリまで富山で切り倒して廃材になった杉の丸太を積み込んだ。
寺から富山まで直行したのだが、積雪の量は飯南町がダントツで多かった。
杉をもらうお宅のオヤジさんにその話をしたら、今回の寒波の積雪は富山で15㎝程度で終わったということだった。万善寺のあたりで、180㎝まで積もったことを思うと、同じ島根県でここまでの地域格差が生じていることにビックリした。富山は、大田市の行政区域では「天空の町」などとカッコよく云われているほどの高原地帯なのにね!・・・どうやら同じ高原でも赤来高原とはラベルが違っているようだ。

石見銀山の自宅前の駐車場へ杉の丸太を持って帰って、油圧薪割り機で250kgをクラッシュして終わったのが夕方の5時だった。土間には前回に割った樫の木が積んであるし、これで2月いっぱいの暖房はまかなえるだろう。
1月もあと1日で終わる。今年はおかみさんが一人で寺暮らしをスタートした記念すべき1月でもある。血を分けた肉親でもあるし、自分の都合で捨て置くわけにもいかないから、一カ月のほとんどを万善寺の庫裏で同居した。アレコレイロイロあったし、まさに現在、それが継続中でもある。そういうことだからというわけでもないのだが、もっともっとゆったりと和気あいあいにニコニコと過ごしたい夕食を悶々と無口に過ごして消化不良を起こしそうな勢いのまま階段を踏み外して今に至ったわけだ。
ガンコというより意固地といった方が良いかもしれない。人間は、歳を重ねることで、どんどん意固地になってしまうのだろうか。保賀の集落で自治会の付き合いをしていると、万善寺母子の事だけでは納まらないところで、隣近所みんなが似たように意固地に暮している。
薪を割り、薪を積みながらそんなことを思い返していた。薪の壁をみると、面倒臭いかたっ苦しさが全く無いまま、ゆるやかに自堕落になれ合いながらだらしなくそれでもそれなりに整然と噛み合いながら積み重なっている。微妙な遊びと適度な空間が風通しを良くして乾燥を促進させてくれる。それだから、薪の火力が行き届いて立派な暖房の燃料になってくれるのだ。人間社会は何でこうして面倒で窮屈なのだろう・・・?イロイロ考えさせられたあげくに階段を滑り落ちて痛い思いをするという・・何ともとにかく一日の最後まで落ち込むところまで突き落とされたオヤジなのでありました!

IMG_0273.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

暮しの都合 

2016/01/29
Fri. 19:31

朝のうちに初七日のお経を読みに出かけた。
最近は、喪主さんやご親族の都合で、葬儀に引き続いてそのまま初七日を済ませることが増えている。
このあたりの仏事になると、ことの意味が重要であるというよりも、儀式仕来り様式に重たい意味が移ってしまっているようで、坊主の身としては、複雑な思いをもってしまう。
そのうち気がつくと、世間のほとんどが自分に都合の良い様に拡大解釈をして上手に見た目の工夫を繋ぎ合わせて取り繕って済ませていたりして、知らない間にそういうことが当然の常識のようにすり替わってもっともらしくハウツーで取り上げられたりしていたりする。この世に生きて日々暮していることの方を大事に思ってしまう当然の行為なのかもしれない。
私の場合は、結局はナンチャッテ在家坊主の領域で家業を引き継いでいるようなところでもあるから、宗教家としての信念を持って時々の仏事に向き合うほど清いわけではない。
せいぜい、私ごときレベルの坊主でも「こりゃぁ〜ちょっとおかしいだろぉ〜」とチラッと思ったりするようなことがあると、そういうときはそれなりに少しばかり本気に踏ん張ってしまうことも多少ある程度だ。

万善寺のお檀家さんの一軒が九州に暮していらっしゃる。
九州と寺関係で縁があるというとその一軒だけで、あとは、すべて吉田個人の付き合いや九州のアチコチに在住の彫刻家ばかりになる。その彫刻つながりの作家のお姉さんが大牟田で暮していらっしゃる。このたびの寒波到来で、大牟田市の水道が甚大な被害を被ったようだ。3日間断水が続いたらしい。
たぶん、その具象彫刻作家も断水の被害に直面して大変な思いをしたことだろう。
島根の山奥の万善寺のあたりは、毎年のように冬の厳しさとつき合っているから、習慣の如く時々の状況に応じて暮しを工夫しながら対応している。たとえば、水道管が凍ってまいそうな時は蛇口を緩めて少量の水を流しっ放しにするとか、冬支度でむき出しの配管へ発泡スチロールを巻き付けるとか、そういうことをこまめに毎年くり返している。
万善寺もおかみさんが蠢きながらそういう手当てをしている。残酷なようだが、私は見て見ぬふりでその場をしのいで、彼女が見落としているところを手当てするようにしながら寺暮らしを維持している。今回は、少し手遅れになって、廃棄した洗面所の配管が裂けた。これは、私の失敗だったが、まぁ仕方がない。それより、どうしようも方法がなくて運を天に任せるしかないのが水洗トイレ。こればかりは、元栓を閉めて乗り切るしかないが、そうすると年寄りのおかみさんが用を足すのに困ってしまう。
大きな時代の変革の中で、人々の暮しがどんどん便利に楽になっていくようでも、ベーシックなところでは、時々の自然の脅威に対抗できる方法を用意できないまま見て見ぬふりで過ごしていることも多い。
七日務めを人の暮しの都合で楽に過ぎることはそれで水道管の破裂のようにドタバタ大騒ぎをするようなこともないだろうから、仏事ごときは、まだマシな方なのかもしれない。

初七日で出かけている間に、寺の近所のお檀家さんがユンボで雪かきの身施を寄進していただいた。有難いことだ。合唱!

IMG_1869.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

石見銀山の一夜 

2016/01/28
Thu. 18:24

2月から六本木の何処かで展示するらしい雑貨イベントの什器を納品しておいたので、その使用状況を確認がてら、石見銀山へ移動した。

なかなか面白い感じでセッティングされていた。
全体としては、それぞれ個人の主観的趣味を優先するから、私がどうこう言うことはない。
石見銀山の日本家屋の板の間でセッティングの状況を確かめるのと、東京の六本木の会場で配置された全体の雰囲気を見るのとでは、かなり様子が違ってくるのだろうなぁとは思って見た。
私も毎年、年に1度ほど比較的大きな彫刻を造って六本木の美術館野外会場へ展示しているが、その時はその会場のために幾つかの素材も一緒に用意して配置セッティングをするようにしている。
同じ彫刻でもそれを置く場所によって雰囲気や見た目がかなり違ってくる。
今度、その雑貨イベントの期間中に銀座の画廊のグループ展に彫刻を持っていくから、その時に改めて六本木の現場で雰囲気を確認しようと思っている。

夜はそのまま夕食を御馳走になって、帰宅した時にはすでにワイフが私の四畳半の炬燵デスクに潜り込んでネコチャンズに囲まれて寝ていた。
小腹が空いていたので、台所などを物色して簡単な夜食を作って食べながら1日のニュースに目を通してからワイフの隣へ潜り込んだ。
さて、「前回こうしてワイフと猫と川の字になって寝たのはいつだっただろう??」と寝ながら思い出そうとしていたら、そんなことは今まで一度も無かったということに気がついた。
ネコチャンズ抜きで前回ワイフと寝たのは今年の正月の除夜の鐘の後の年始の朝課法要の後の早朝の2時間ばかりのことだった。
それ以来の久々の一夜が昨夜だった訳だが、条件があまりにも劣悪で、ワイフと私の間でシロが寝ているし、炬燵の掛け布団の上でクロが寝ているし、シュラフはワイフがほとんど独り占めで使っているし、とにかく、寝苦しいままイジイジと蠢いていたら、「うぅ〜〜ん!ゼンゼン寝れない!!」と、ワイフが捨てぜりふを吐いてサッサと自分の寝室へ去っていった。
ついでにシロまでついて行って、シュラフには私一人が淋しく残されてしまった。その上、炬燵の掛け布団で寝ていたデブ猫クロが図々しくも私のシュラフの上に這い上がってくる。結構疲れて眠たいはずなのに、すんなりと寝ることもなんとなく機会を逃してしまった感じで、せっかくの石見銀山の夜が虚しく過ぎていった。

ちゃんと寝たのかどうなのか良く分からないまま朝になっていて、玄関先の町並みで小学生達を見送るワイフの声が聞こえる。
ストーブの薪がはじける音も聞こえてくる。
テレビ好きのワイフがスイッチをONにした。
「しょぉ〜ちゃぁ〜ん、ご飯!」
なんだかんだ色々あったが、やっぱり、我が家の朝はいいもんだなぁ〜・・・

IMG_0267_20160128182336462.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

氷結万善寺 

2016/01/27
Wed. 12:14

万善寺は、この1週間天然の冷凍庫にスッポリと納まった感じだ。
前半は強風、後半は大雪で、ライフラインの水まわりを中心にキッチリと冷凍された。

おかみさんが、昔からの生活の知恵でこの寒気をしのごうと必死に庫裏の内外を這い回っているから、私の方は何もしないで捨て置いた。
身代わりになって立ち働いても、労いの言葉一つ返るわけもなく、なにか不具合が生じた時には叱られるばかりで割に合わない。頭がしっかりしていて身体が動くうちは、自分で出来ることは自分でしてもらうことにしている。いずれは、食べることからトイレの世話まで私が介護することになるわけだし、それが多少早いか遅いかの違い程度のことだ。

昨夜のうちからしだいに寒さが緩み、雪の水気も増してきて、本堂の東と南の屋根の雪ズリが終わった。庫裏の大屋根は多分そのまま屋根の上で雪が解けるのを待つことになるだろう。今朝になって、役場から節水の一斉放送があった。行政区の各所で激しく漏水しているようだ。万善寺も、4〜5日前からすでに使わなくなった旧式トイレ用の洗面所から漏水が始まっていた。
慌ててドウコウしても、結局また何処か他の場所が漏水するかもしれないし、この寒気が納まってから業者さんを頼もうとノンビリしていたら、知らない間におかみさんが電話で漏水の通報をしていた。なかなかしっかりと気が回ることだ。結局その漏水個所を使用できないまでにフタをしてもらうことにした。若い業者のお兄さんがセッセと仕事をしている間中、おかみさんが延々と事の経緯を話しかけている。さぞかし、仕事がしにくいことだったろう。
「大忙しで大変でしょう?」
「人手が足らんでやれんです。水が漏れっ放しですけぇ~」
「早くから呼び出してすみませんでしたねぇ~」
「屋根のソーラーパネルも大変なことになっとりますけぇ〜」
お兄さんがなげいていた。屋根の上から家の中から地面の下まで、住宅の近代化が自然の猛威に対抗するには、まだまだ多くの課題が残っているようだ。

近年は、島根の田舎の山間部でも、合併浄化槽や水洗トイレやソーラーパネルや電化住宅がどんどん普及し、日常の暮しぶりもずいぶん近代化されてきた。
万善寺も数年前の教区寺院総会会場になった時に水洗トイレに改修した。多分、その後今回が一番の厳しい冬になっただろう。寺も水洗トイレの水の世話まではおかみさんも気がつかないしなかなか難しいことだろうから、場合によってはまたそのあたりの何処かで漏水するかもしれない。改修の時もこのたびのような万一に備えて色々と進言したが、まだ元気だった憲正さんとおかみさんにことごとく反対却下されて、水洗トイレの一件もその一つだった。いまさらどうなるわけでもないし、一応私も住職だし、この冬のひと山が越えるまでは寺の営繕に努めようと思っている・・・といっても、雪道を開けるくらいのことしか用事はないんだけどね。

少し前に本堂の西と北の雪ズリが終わった。

IMG_0261 (1)

[edit]

CM: 1
TB: 0

page top

湿気の花 

2016/01/26
Tue. 18:34

窓ガラスに湿気の花が咲くのを観たのは、たぶん高校生以来だと思う。
今でこそ、平均して暖かい冬が多くなって、万善寺もずいぶん過ごしやすくなっているが、私が暮していた中学校時代までは底冷えの激しい寒い冬が毎年のように続いていた。
今回のように、窓ガラスが凍りつくようなことは当たり前の事でそれほど不思議なことでもなく、冬になるとこんなもんなんだなと思っていたような気もする。
今はサッシが若干増えて当時より少しはすきま風も少なくなったが、それでも風雪が何日か続くと、本堂や庫裏のアチコチの隙間から家内へ雪が吹込んで白く積もる。
私が寝ているロフトも、寺務所にしている三畳も一晩のうちにそういう場所が数ヶ所出来ている。
朝の線香をつけて、お葬式の仕度をすることで本堂へ行ったら、雪が吹込んでいた。
昼のうちに畳の上で溶けるほど気温は上がらないから、そのままにして葬儀会場へ出かけた。
国道は、まだ昨夜の雪が残っていて結界君がわだちにタイヤを持っていかれてフラフラとお尻を振る。それでも昼過ぎには、アスファルトの路面が黒く見えて、中央の黄線が分かるまでになっていた。
本堂は朝に出かけたままで香のかおりが充満していて、吹込んだ雪もそのままに残っている。
改良衣のまま早速掃き掃除をした。
憲正さんがまだ若かった頃には、このように雪が吹込んでいると、イソイソと掃除を始めていた。
ようするに、畳の上を雑巾掛けするようなノリで掃き掃除をしているわけだ。
白い雪が見る見ると茶色に汚れる。
その様子を私も覚えていて、今日は自分がそれをしている。
半世紀も経っているのにやっていることはほとんど違わない。
こうして冬に雪を使って本堂の畳の掃除をするようなことは私で最後だろう。

引導の最後に「山光に和心益々清く澄む」と添えさせてもらった。
「光」とは、四季折々に魅せる美しい景色の意味合いを意識してもらうとありがたい。
「和心」は、故人のお名前が和子さんだったこともあって使わせてもらった。その人柄を文字に置換えるとこうなったというところでもあるが、真意は別にあったりもする。
「今は山全体が白に染まってそれが美しい。そういう景色を観ていると、自分の心もそれに調和して清々しく澄み渡ってくる」・・・そんなふうに解釈していただくといいだろう。
ここまでドッサリと大量にいっきに雪が降ったりすると、世間ではとかくネガティブに大騒ぎするきらいがあるが、私は全くそのように思うことがない。自然の驚異を目の前にして、その美しさに感動し、自分の心の矮小を痛感する。
冬に寒いことは当然のこと。隙間から入り込む雪を見るだけで余計に気持ちが寒くなるのも普通のこと。それでも、だからどうこう出来るわけでもないし、たっぷり降り積もった大屋根の下で暖かく温もりのある人の暮しが営まれていれば、そのうち屋根の雪も落ち、水に変って地に吸い込まれる。
そんなポジティブな気持ちで冬とつき合いたいものだと思っている今日この頃であります。

IMG_1865.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

雪事情 

2016/01/25
Mon. 21:40

夜7時からの通夜を無事に終了して万善寺へ帰ってまいりました!
万善寺周辺は、この度も寒気襲来で一昼夜雪が降り続け、本日夕方よりその峠を越えたようであります!
通夜に出かける少し前には一瞬オレンジ色の日が差して、純白の雪を染めて、それわそれわキレイでしたよ!

まぁ、そんな感じで万善寺の暮しを続けている。
朝から都合3回ほど参道を往復した。
まず、早朝の参道の雪かき・・・というより雪踏み。そして、荼毘のお経の時と通夜。
最近は降る雪が少ないので、歩く幅だけ無理やりスコップで地面が出るまで雪を掘り続ける。
九十歳のおかみさんもいつのまにかそういうふうに曲がった腰で雪かきをしていたが、さすがに今年の雪には手も足も出せなくて口ばかりあぁ〜だこぉ〜だうるさいばかりのことを云っている。
ズボラな私は、どうせいつかは消える雪に、最初からそんな面倒臭いことはしようとも思わない。
少年時代の記憶を手繰ると、雪が降ったら、まずは雪踏みが常識だった。
保賀の集落のそれぞれの家の玄関先から、屋根からの雪ズリを避けつつ、いちばん効率の良いルートを探してひたすら雪踏みをする。
一本の雪道がアチコチから町道の中央に集まってそれが少しずつ幅広い雪道になっていく。
働き者の元気なお兄さんが2・3人くらい集まって、朝飯前の雪踏みに汗を流す。
万善寺からだとおおよそ700mくらいで国道へ出る。
庫裏の玄関先から参道下のお地蔵さんまで雪踏みをしておけば。あとはだいたい近所の誰かが立派な雪道をつくってくれていて、朝飯を終わって小学校へ登校する時は、その道を通ることになる。
国道へ出て約2kmを集団登校する。それが、私の小学校時代の常識で、中学校になったら、自転車通学に変った。極端な豪雪でもない限り、国道まで出たらツルツルの圧雪になっているから、普通に自転車へ乗ることができた。
ノーマルタイヤでも絶妙な圧雪ドライブテクニックで、誰一人大怪我をするようなこともなかった。

そろそろ半世紀にもなる昔のことを思い出しながら、雪とつきあって寺暮らしを過ごしている。
メディアのニュースでは豪雪だとか100年に一度だとか大騒ぎしているようだが、私にとっては、毎年数回はやって来る寒波とそれほど大きな違いはないなと思っている。
強いて云えば、今度の冬シーズンは暖冬で気持ちが緩んでいただけのこと。
今回程度の積雪は毎年のことだから、そんなに珍しいわけでもない。
吉田家のLINEが雪でにぎわっていた。
なっちゃんの東京。キーポンの倉吉。ワイフの石見銀山。それにオヤジの万善寺。
こうして、一日のほぼ同じ時間の状況を見ると、今さらながら日本は広いなぁ〜と思う。

なっちゃんのいる東京
IMG_0606_2016012521380074c.jpg
キーポンのいる倉吉
IMG_0605.jpg
ワイフの暮す石見銀山
IMG_0604_20160125213755a1e.jpg
そして、ボクが暮す万善寺
IMG_0255 (1)

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

カニ旨し! 

2016/01/24
Sun. 21:25

強烈な寒気団の影響で、島根県は氷点下になったのに、東京から帰省中のなっちゃんのおかげで吉田家はホットな数日になった。
キーポンも、なっちゃんに逢いにかどうかわからないが、とにかく石見銀山の自宅へ帰ってきた。
ワイフは、かわいい娘二人のために、はりきって料理に腕をふるった。
私は、そのおこぼれに預かって、旨い酒も飲めて、旨い料理も食べられて、少々飲み過ぎて食べ過ぎてしまった。
キーポンを迎えがてら、境港で仕入れたカニを昼食で食べた。
今の吉田家には目茶苦茶贅沢なことだ。
一人一匹は、それだけでかなり満腹になる。
茹でた塩加減も絶妙で、カニの味噌も濃厚で、とにかく旨かった。

なっちゃんは夕方の飛行機を予約していて、天候の悪化で欠航するかも知れないと朝から心配していた。
私はお葬式が入ったので、制作中の什器の納品を早めて昼から寺へ向かった。
ワイフはキーポンを最寄りの駅まで見送りすることになった。
とにかく、こんなに寒いのに、吉田家はやたらとあわただしい1日になった。

ひと足先に石見銀山を出発した私は、途中まで雪も少なく結界君を快調に飛ばしていたのに、トンネルを3つ抜ける間にどんどん雪が多くなって、周囲が真っ白に変った。
赤来高原へ登る最後の峠から延々とホワイトアウトが続いて、道の境界が分からなくなってしまった。
銀山街道から出雲街道へ合流したあとは、対向車も増えて、もう結界君に全てを任せて命がけの走行になった。
万善寺へ右折する町道は2本のわだちしか見えない。
とにかくそれを頼りに進み続けたが、公民館分館の集会所を曲がったところで結界君がついに力尽きた。
シーズンの間、リアデッキに常備しているスコップをとり出して、雪をかき分けながら進むこと200mでやっと参道下の六地蔵さんまで辿り着いた。
そこから参道を登りながらひたすら雪かきを続け、雪ズリで山のようになった境内へ到着したのは、雪かきをはじめて1時間半ほど経ってからだった。
パウダー状の軽い雪は、気温が低いということ。
踏み固めようにも、雪が柔らか過ぎてうまく固まってくれない。
スキーのためには絶好のパウダースノーというやつだ。
それから2往復して荷物を運んで、除雪車のジャマにならないように結界君を道の脇に寄せるための駐車スペースを雪かきして寺の3畳へ落ち着くとすでに夕方になっていた。
しばらくしてやっと除雪車が町道を上がってきてくれて、お地蔵さんのすぐ下まで結界君を移動することができた。
万善寺境内には1.2mの雪が1日で降り積もった。
石見銀山の吉田家前の町並みには2㎝ほどの雪が積もった。

IMG_0244.jpg
IMG_0242_2016012421234520d.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

大寒波襲来 

2016/01/23
Sat. 23:58

早く起きなきゃなぁ〜〜・・・と思いつつ、朝寝坊をむさぼっていたら、「正ちゃん、7じぃ〜!」それでも、布団に潜り込んでゴソゴソしていたら、「正ちゃんごぉはぁんん〜〜〜!!」これで無視していたらあとが恐いと分かっているから起きることにした。

キーポンが帰省することに決まって、米子まで迎えに行くことにした。
何故米子かというと、境港に近いから。
境港というと、カニですよ。松葉ガニ・・じゃなくてズワイガニ。
今度のシーズンに入って3回目のカニの機会が巡ってきたわけです。
キーポンを迎えに行くという口実で、カニを食べようというネライがあるわけですよ。

巡り合わせというものは、色々それぞれあるわけで、今回は40年に一度という大寒波がやってきて、その真っ最中に裏日本の日本海の沿岸を大寒波に向けて早朝から走ることになったわけです。
結界君はそれでなくても華奢で軽いから、先日のような台風以上の突風をまともにうけると、ひとたまりもなくコロッとひっくり返ってしまいそうなので、今回は灯油缶5つにたっぷりと灯油を満タンにして、それをリヤデッキに積み込んで重しにした。
これで少しは結界君の揺れも軽減できるだろうと判断した。

7時半に石見銀山を出発して、途中でコンビニコーヒーを仕入れて、チビチビやりながら米子へ向かった。贅沢に使った山陰道を降りたところでキーポンから電話が入った。もう米子へ到着したようだ。
寒波が来ているはずなのに米子まで雪も降らないまま過ぎた。
それから境港でカニを仕入れて松江を経由して昼過ぎには石見銀山へ到着した。
昼ご飯を食べてそのまま工場へ直行。

夕方、日が暮れる頃になって電話が入った。
「今日の午後2時過ぎにうちの家内が亡くなりまして・・」
万善寺から3番目か4番目に近いお檀家さんからの電話だった。
奥さんは、いまから10年以上前にくも膜下で倒れて、その後の救急治療で一命をとりとめたものの、意識がしっかり回復しないまま心臓の強さで生き長らえて今に至った。
奥さんが倒れてからあとの、ご主人の献身的な介護人生は近所でも評判になった。
数年前に100歳を越える長寿の実母のお母さんを看取り、そして今度は奥さんが逝った。
ご主人の今までの人生は想像を絶するほどの厳しい毎日だっただろう。

枕経を読みに銀山街道を登った。
大寒波襲来のはずなのに、雪はない。
銀山街道が出雲街道へ合流するあたりからワダチのあとが見えるようになった。
それから5分も走らないうちに、いっきに雪世界に変った。
1時間ほど枕経をお務めして、葬儀の寺務を打ち合わせしている間に、ドッサリと雪が積もった。やっと大寒波が赤来高原まで到着したようだ。

IMG_1743.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

週末の工場 

2016/01/22
Fri. 21:19

夕方になってやっとかたちの全体が見えてきた。
依頼主から栗の古柱を使ってくれと云われていたので、それと金属を繋げる工夫を考えた。
展示用什器の一つ程度のことだから、組立や分解がだれでも簡単に出来ることが大事になる。造る端からガチガチに留めてしまえば簡単なのだが、こうして組立も一緒に考えると、それだけで必要以上にたくさんの時間を労してしまう。
こまかい仕事をしていたら、久々に親指の爪の際にアカギレができた。何をするにも力が入るところだから、結構痛い。とにかく我慢するしかないから、痛みをこらえて仕事を続けるしかない。

それにしても、昼がどんどん長くなっている。少し前には夕方の5時を過ぎると真っ暗だったのに、今は6時になってもなんとなく世間の様子が確認できる。外で仕事をするには日が長い方が都合良いのだろうが、私は断然夜が長い方が好きだ。秋の秋分の日を過ぎて、これから日が短くなりはじめると思うと、なんとなくウキウキしてしまう。
夜が長いと夕食も少しずつ早くなってきて、食後の自分の時間が増えてくる。ノンビリと本を読んだり、好きな映画を観たり、ネコチャンズと戯れて時間をつぶしたり、そうやって昼の仕事の疲れを癒す。
今週に入って帰省中のなっちゃんに、夕食が終わってから身体を整骨してもらった。背骨が順番に鳴った。腰も押してくれた。彼女くらいに小太りだと、力の入り加減がちょうどいい。これが体重の軽いキーポンだと、気持ちはいいが骨の鳴りが微妙に少ない。

腰痛とアカギレで自分の身体が痛みに敏感になっている。夜に寝ていても、身体の痛みで目が覚める。寝返りしようとすると、布団の上でクロが寝ている。重い彼のおかげで寝返りもまともにできない。親指に力を入れるとアカギレが疼くし、そのうち次第に目が冴えてきて眠れなくなってしまう。
このところ毎日がそんな感じだから、昼を過ぎたあたりで無性に眠くなる。仕事が一区切りついて、工場のボロボロの事務椅子に座って、ポットのコーヒーを飲みながら次の工程を頭でシミュレーションしていると、知らない間にウツラウツラ居眠りしていたりする。
狭い工場で至る所に突起や角が出張っているから、そんなところでひっくり返ったら大けがになってしまいそうだ。
一人で仕事をする時は、とにかく怪我に気を付けなければいけない。怪我をしても誰も助けてくれない。

今日も、寝不足気味で昼過ぎからやたらと睡魔が襲った。
こういうこともあるからと、結界君にはシュラフが常備してある。シートをたおして2時間ほど眠ったらスッキリした。
そのおかげで頭がいい感じで回転して、いっきに全体のかたちが見えるまでに仕事を進めることができた。
私もそろそろいい歳だし、あまり無理も出来ないから、こうしてノンビリとコツコツ段取りを組み立てるくらいがちょうどいい。
明日は別の用事で早朝から出かける。工場は1日休みになる。

IMG_1858.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ペット 

2016/01/21
Thu. 23:55

1月に入って連続して石見銀山で暮すようになってそろそろ一週間が来る。
といっても、昼間はほとんど外出しているから居ても居なくても変らない程度のことだけど、何が違うといって、ネコチャンズがオヤジにさり気なく寄り添って1日の疲れを癒してくれること。これがあるとないとではまったく違う。
「ネコってねぇ〜、体臭が薄いからいいのよ!犬って一緒にいると結構くさいじゃない!その点、ネコは臭わないから一緒に寝てても気にならないの!そういうところがいいのよ!」
ほんの3年前までは「ネコはどうも好きになれないわ!やっぱり犬が可愛いわよ!」などと力説してたのはいったい誰でしたっけ??
変れば変るものだと見て見ぬふりでいるが、この3年の間に吉田家のマイワイフはコロッと猫派に変ってしまった。
私の方は一人暮らしをはじめて、上京して4〜5年経った時はすでに美人ネコのタマちゃんと同棲していたからね。もうかれこれ40年近くは猫派を通している。
その間に犬と暮していたのは19歳と10カ月で永眠したシェパ君と、寺のおかみさんに虐待されつつひたすら耐え忍びながら16歳で生涯を終えたポチくらいのもの。
体臭が強いとか弱いとかという、その程度のことで好き嫌いが決まるっていうのも、当事者の犬や猫にとってはなかなか厳しいよね。もっとも、彼等の方でも人間の好き嫌いがちゃんとあってそういう付き合いをしているから、まぁ、似たようなものか・・・

私の今までの生涯で、一度だけお金を出してペットを買ったことがある。
それは、まだ高校生の時に暮していた松江のペット屋さんで売っていた文鳥。買った時はすでに手乗りにしつけられていて、人見知りをすることもなく、すぐになついてくれた。
松江から寺へ帰る時は、手ごろな大きさの段ボール箱に入れて、それをまたかばんに入れて路線バスに乗った。
寺の庫裏は天井がやたら高いから、6畳に放してやったら喜んで飛び回った。
冬休みに寺へ連れて帰って、炬燵に入って文鳥を放してやったら、いつものようにしばらく飛んでから箱の中に戻っていった。
冬休みの間中、そういうことを毎日くり返して時々手乗りで餌をあげたりしていたが、ある日の夜、いつものようにひとしきり遊んだあとに箱へ入ったので、その横へゴロリと寝転がったちょうどその時・・・文鳥が箱から出て私の背中の下へ入り込んだ。
時すでに遅し・・・飼い主の私が文鳥を圧死させてしまった。
その夜は、悔やんでも悔やみきれない悔しさもあって、死んだ文鳥を手の平で温めながら泣き通した。
高校生にもなって恥ずかしげもなく、ひたすら泣き続けた。

そういうことがあったからだというわけでもないが、それ以来、もらったり拾ったりすることはあっても、お金を出してペットを買ったことがない。それから、もう一つ・・しつけはするが芸を仕込むことはしないと決めているようなことがある。
いくらペットでも、同居をするにはお互いに一歩引いて必要以上に相手の領域へ踏み込まない程度の付き合いの方がいいこともある。

FullSizeRender_2016012123534805b.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

冬の彫刻 

2016/01/20
Wed. 19:36

なっちゃんが連れてきた寒気団が猛威をふるっている。
それでも、例年のことを思うと雪も少なくて過ごしやすい冬である。

私の造る彫刻は島根の自然の環境と密接に関連している。
これは、彫刻らしきモノを造りはじめた頃から一貫して変っていない。
まだ造形美術の勉強をしていた学生のころ、研究室の若い先生に私が造っていた立体を総称して、「土臭い」と切り捨てられたことがある。
その時は、どちらかというと自分の形を否定されているようであまり良い思いをしなかったが、あとになって考えると、吉田の作風を総括してその根幹というか主軸というか、そのあたりのブレないところをキチンと見抜いてくれていたように思えて、その人の造形観の力量をすごいと感じた。
現在の彼は私などと口をきいてもくれないほど日本を代表する偉い偉い人物になっている。

私が野外設置の彫刻にこだわっているのも、島根の風土を彫刻のかたちで体現しているようなところがある。
それは、自分の少年の頃の原風景が大きく影響しているということだろう。
なかでも、秋のおわりから雪解けの春のはじめの頃まで続く雪の冬の毎日が、特に自分の彫刻と密接に関係してくる。
雪のもつ様々な表情の変化の一つ一つに造形の美しさを感じる。
数限りない様々なかたちの原型に寄り添うように降り積もる雪の表情には、冷たさを感じるというよりむしろ、そのかたちを包み込む優しさやぬくもりを感じる。
一方で、雪の底知れない自然の残酷も内包していて、何ともいえないほどの恐さも感じる。
自分の彫刻のかたちは、冬の雪と対峙する時にはじめてその造形の旨みが感じられるように意識しながら造っている。

待ちに待っていた雪がやっと降ってくれた。
台風並の強烈な風が指先の体温を奪っていく。
G12のグリップがおぼつかない。
シャッターも思うように押せない。
マニュアルの幾つかのつまみが動かせない。
鼻水が風に飛ばされる。
目尻に涙か溜まって焦点がぼける。
彫刻の予測できない場所へ強風で雪が叩きつけられる。
彫刻のかたちに沿ってゆるやかに降り積もるまでの余裕もない。
とにかく、滅多にない悪条件で彫刻の撮影を続けていたが、カメラのレンズを絶え間なく雪が叩きつけるし、やはりどう考えても無理がある。
帰宅して、パソコンへデータ移動してみると、資料にも何にもならないほどのレベル。
結局、仕切り直して次の日の早朝に全て撮直した。
そのすぐあとにまた強風が吹きはじめて雪の形が見事に消えた。
今年は、あと何回くらい撮影の機会が巡ってくるだろう・・・

IMG_1763_20160120193526c0f.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

なっちゃん帰る 

2016/01/19
Tue. 21:31

寒気と一緒に吉田家長女のなっちゃんが帰省した。
仕事の出張と正月の有給休暇を兼ねて一週間ほど石見銀山に滞在する。

なっちゃんと逢うのは久しぶりのことだ。
前回は何時逢ったか記憶の糸を手繰ると、憲正さんの密葬の時だった(・・・と思う)。
あの時は、黒のスーツをシャープに着こなして弔問の皆さんに挨拶していたから、それほど気付かなかったが、本人に聞くとあの時も結構フックラしていたようだ。
その後、SNSなどで会話の端々に「太った!」とか、「絶対痩せる!」とか、「クマ(注1)に痩せろと云われた・・」とか、まぁ、体形の話題が絶えなかったから、「そんなにデブになったのかなぁ」などと他人事のように聞き流していたが、今回の帰省で、見事に逞しくフックラしたマタニティー的なっちゃんに逢って、その激変ぶりに結構驚いた。
(注1・・・なっちゃんの同居人)

そもそも吉田家は、私もワイフもどちらかといえば痩せている方ではない。
私の場合は太りやすい体質に適度な不摂生がプラスされて、言い訳も出来ない歩く成人病症候群的メタボ体形を数年前から維持している。
ワイフのことは・・・本人のプライバシーもあるから割愛する。
次女のノッチも最近までなかなか立派な体形を維持していたが、今は諸々の事情で激ヤセしているからチョット心配。
じゅん君が痩せているのは、食べるものも食べられない貧困生活が長かったことと、最近でも不摂生が継続しているからだ!・・・とオヤジが勝手に分析している。
キーポンが吉田家の中ではいちばんスリムだ。
彼女だけが何故スリムなのかは、吉田家の七不思議の一つと言っていいだろう。

私自身も含めて、比較的ふくよかな人達に囲まれていると、なんとなく自分を包み込む空間がゆるやかにまろやかに感じられて、それが気持ちよく居心地がいい。
ようするに私自身が、世の若干ふくよかな女性方を大変好ましく思っているというわけだ。
やはり、どう考えても痩せている・・失礼!・・スリムな女性よりはズッと魅力を感じて好ましい。
結局は個人的な趣味の問題のことだろうけどね。

そんなわけで、現在の吉田オヤジのお気に入り「フックラちゃん」は・・
・チョット前のAdeleさま
・お尻最高Meghan Trainorさん
・固太りナッチャン系歌姫Kelly Clarkson嬢
・目茶苦茶セクシーChristina Aguileraおねえさん
・本当は男かも・・アッコ系女子Betty whoちゃん
・それに、ここだけの話(ワイフに内緒!)日本を代表するエロ系美人妻白石茉莉奈さま

まぁ、これだけ列記しておけばエロ坊主吉田オヤジの趣味が大体分かるでしょう!

IMG_0224_20160119213042421.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

初観音 

2016/01/18
Mon. 19:57

1月18日は「初観音」の御縁日になる。
保育園から小中学校の同級生で万善寺の檀家さんのオヤジの誕生日でもある。
彼は巨漢である。
嫁さんは美人である。

その、同級生の家には、古くから観音様の祠があって毎年欠かさずお祭りをして供養している。
ところが・・・昨年は、どうしてもお互いの都合のすれ違いで観音様供養が出来なかった。
年始会の時にそれが気になって思い出されて、「それじゃぁ、せっかくだから初観音にあわせて都合がつけばその日にしよう!」ということになって、本日となった。

万善寺のあたりは、昨夜から雨や霙が続くぐずついた天気になっていたから、駐車場の結界君が心配になって午前0時を過ぎるまで寝ないでいた。幸い、その頃までに雨が雪に変ることがなかったから、朝は大丈夫だろうと予測してロフトに上がった。
夜も冷えることなくシュラフに包まるだけで十分快適だったが、朝方になって急に冷え込んできた。おかみさんがゴソゴソ起き出して、庫裏のアチコチを這い回りはじめた。観音様のこともあるから早めにロフトから降りて身支度を整えた。

寺暮らしの時は、おかみさんの頑固な日課を乱すことのないように気を付けながら、大体毎日本堂で香を焚く。
今は、お土産に頂いた高野山の線香を使わせてもらっている。
とても良い香・・と言えばそうだが、個人的には少しくどくて鼻につく。頂いたものに粗末な感想でケチをつけるわけではないのだが、だいたい最近の線香は仏具屋さんで買っても、ホームセンターで買ってもやたらと香が立ち過ぎるきらいがある。
末寺の万善寺ごときでは、とても手に入れることも出来ないほどの高級な香木は、立ち上る煙の具合からして品がある。ほのかに漂い、さり気なく鼻をくすぐる感じのかおりに深みがある。朝の香のかおりが、夕方まで本堂の隅々まで染渡って消えることがない。
「香のかおりはお釈迦様の功徳の深さ」と聞かされた。
本堂の隅々まで広がるかおりは即ち、その本堂全体が功徳に満たされていると云うことになるわけだ。万善寺ごときの小さな末寺の本堂くらいだったら、すぐにアッと言う間に功徳で満ちあふれてしまう。
そんなことを思いながら、心みだれたまま朝のおつとめを終わらせて、その同級生宅の観音様を拝みに出かけて、その後、工場の仕事もあるので、夕方には石見銀山へ移動した。

このところ、島根県内を移動することが多い。1日のうちで結界君に乗っている時間がかなり長い。そういうこともあって耳のお供が欠かせないから、帰宅するとこまめにお気に入りの音楽をチェックする機会が増えた。
最近は、「Betty Who」ちゃんにハマっている。日本ではあまりアルバムもないから、YouTubeあたりからセッセと楽曲を引き出している。もっと有名になって欲しい一人だ。
ラップトップをつついていたら甘えん坊のシロがオヤジの(ラップトップ)へ乗ってきた。

IMG_1721.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

雨の夜 

2016/01/17
Sun. 21:22

今週も万善寺3畳の書斎から仕事が始まった。
例の如く、ウエブラジオを聴きながら、まずは墨を擦る。
耐候性全天候型の墨汁が出来たら坊さん達は喜ぶだろうなぁと、墨を擦りながらいつもそれを思う。
自分に理系の脳みそが少しでもあったら研究開発してぺんてるとかサクラカラーへ売り込むこともできたかも知れない・・・などと、とろけた脳みそに妄想を描きながらひたすらセッセと墨を擦る。
やっぱり、塔婆に書く字は硯で摺った墨でないと、そのうち雨で溶けて流れてしまう。そういう墨を開発した何千年も前の昔の人は偉かったのだなぁと感心する。

2日ほど前に彫刻の用事で寺を出かけて、2泊したあと帰ってきた。
夕食は買い置きしておいた鳥皮に下味をつけて小麦粉をまぶして唐揚げした。皮だけで唐揚げに十分なほどの油が出る。それと野菜炒めを味を変えて2種類作り置きしておいた。
最近のおかみさんが自分で作る料理は、もうとても料理として食べられるものではない。自分が一人の時はそうやって何かよく訳のわからないものをゴチャゴチャと煮込んだりしている。だから、今年に入ってから時々寺で何泊かして、その間に肉や野菜を使ったおかずを少し多めにつくっておく。おかみさんは、私がいない間にそれを使って煮たり混ぜたりして自分でおかずを造った気になって食べている。たぶん、味覚もかなり退化していると思う。毎朝つくるみそ汁も、時々とんでもない食材が入ったりしていることがある。先の大戦を乗り越えた頃の食材のもったいなさが甦っているのだと思う。
憲正さんはモノが食べられなくなるまで、とにかく好き嫌いなく何でも旨い旨いといって食べていた。おかみさんがそういう憲正さんを相手にして料理らしきものをつくっていた時はとても幸せだったのだろうと思う。今は、その張合いもなくなって毎日の目標もなくて淋しい暮しをしているということがとてもハッキリと伝わってくる。
彼女との付き合いもこの1〜2年が限界だろう。
老化するということに感情で対応しても限界がある。やはりいろいろな条件や変化を客観的に判断してその時々の出来事にクールに対応していくしかないと思う。

25日までに納品の仕事がひとつある。その準備が大体出来たから、あとは気持ちと身体をそちらの制作の方へ少しずつ切り替えていく。ちょうど今シーズン最大の寒気で天気が大きく崩れるらしい。つくるものの大きさは6畳の工場で出来る程度のものだから助かる。
おかみさんはこれから一週間ほど一人暮らしになる。
工場の仕事が片づいたら、節句や立春があって今年は少し早い初午祭も近づく。
寺の仏事がしばらく続くうちは、さり気なく彼女の様子をみながら同居できるが、それも長くは続かない。自分は1人しかいないからこういう時に身動きが着かない。
今度の日曜日は、久々にお菓子でも買い込んでお得意さんを回ってみようと思う。
もう1年近く不義理をして疎遠になっているから、これから先の仕事も回ってこないだろう。それでも、何もしないよりは自分の気も収まるし、久しぶりに面白い話でも出てくるかも知れない。
そうそう・・なっちゃんが帰省する。東京は雪らしいし、さて、飛行機が飛ぶかな?

IMG_0600.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ツインタワーとホワイトタイガー 

2016/01/16
Sat. 21:15

ワイフのミスで、只今ネコチャンズ脱走中!
かれら・・特にクロは相当の小悪党とみた!
ほかの家に悪さをしないか心配だが、クロは比較的慎重派だし、食べ物の好みがうるさいというか、キャットフードも好き嫌いがあるくらいだから、「お魚くわえてなんとやらぁ〜〜♩♪」なんてことはないと思う。
シロは野良猫の時代があってそのトラウマからいまだに開放されていないようなところがある。それに彼女は悪食で、なんでもつまみ食いする。だから、よその家に入り込んだりして悪さをするのはむしろシロの方が危ない。
いずれにしても、脱走の主犯格はクロの方だから、帰ってきたらしばらくお仕置きで部屋に入れないで反省させることになるだろう。
まぁ、そんなことをしても彼等は気にもしないでプルッとしているでしょうけどね。

彫刻関係話と彫刻仲間の新年会を兼ねて松江の夜を堪能して、今朝は来待ストーンで石材の打ち合わせをしたりして、お昼過ぎに石見銀山の方へ帰った。
途中何度かワイフに電話をしたが結局最後まで電話へ出てもらえなかった。
せっかく、松江やら出雲やら大田市内を通過するから、何か欲しいモノでもあったら買って帰ってあげようと気を利かせたのに空振りに終わった。
自宅前の駐車場へ彼女の車が無かったから、何処かへ出かけていることはわかった。
薄暗い土間に荷物を入れて、冷えきった居間へ上がって、iPodを持ってトイレにこもっていると、ワイフが帰ってきた。
土曜日だというのに・・・というより、土曜日だから忙しくしているのかもしれない。

久しぶりにノッチがSNSへ書込んでいた。
クアラルンプールのツインタワーを見ながらマレーシアの友達と一杯やっている。
ツインタワーというと、やっぱりエントラップメントを思い出す。
今は、所蔵のDVDは全て手放してしまってショーン・コネリーもボクのキャサリンも観ることが出来なくなってしまった。その現物を見物しながら高層ホテルの一室で一杯やっているノッチのことを想像すると、オヤジらしくもなく嫉妬してしまう。
その後ノッチとしばらく文字で会話していたが、彼女の暮すシンガポールからクアラルンプールは、お父さんが石見銀山から松江まで結界君を走らせている時間もかからないほどの距離らしい。飛行機で・・だけどね。
島国の日本で住み暮していると、周辺国との距離がなんとなく気持ちの中で遠くなっているような気がする。
考えてみると、北海道や沖縄へ行くよりもずっと近くに隣国があったりするわけだから、もっと気楽に「チョットそこまで」的な軽いノリで出かけても良い気がするけど、やっぱり、私のような低所得者庶民は、それも難しい。
もう1年も前からセッセと500円貯金をしてシンガポール旅行を計画中だが、そのリミットもそろそろ数ヶ月後に迫ってきた。
「ノッチとワイフと三人でシンガポールのホワイトタイガーを見たいのだ!」
それがボクのささやかな夢なのです・・・

IMG_1711.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

干渉の朝 

2016/01/15
Fri. 10:32

一晩のうちにどれだけ降り積もっているか心配していた雪もそれほど酷くなくて助かった。
それでも大きなぼたん雪が時折激しく落ちてくる。
昼前には万善寺を出発して石見銀山経由で松江に向かう。
彫刻関連の企画を含めて幾つか話し合っておくこともあるし、展覧会の相談で待ち合わせもある。
アチコチ動き回っても、それがそのまま収入に繋がらない所が厳しいが、それでも何もしないよりはいいと思うし、何かこういうことをコツコツ続けていればそのうち良いこともあるだろう・・なんて、気楽に思ったりしてしまうからワイフに叱られてしまう。

雪で閉じこめられた感のある3畳の書斎で、夜遅くまで今度頼まれた仕事のイメージを固めていた。
全体のバランスがさり気なく溶け合うことが統一感のある空間に繋がっていくし、あまり自分の作風を主張し過ぎるのも良くないと考えている。
とかく彫刻を造ってばかりいると自分の作風に執着するし、たいした主張もないのにアレコレ云われると変に意固地に反発してしまったりする。
誰にも干渉されないで発表できる条件であれば、それが彫刻のテーマであると自信を持って言えることだろうが、主導というか主体というか、それが他にある場合は、やはり自分の主張をグッと奥まで引き込んでおくことが大事だし、相手に失礼なことにならないですむと思っている。

ひと晩寝て、改めて冷静になって参考の資料をながめていると、おかみさんのヨチヨチとした足音が聞こえてくる。
彼女に対して失礼なことだと十分に自覚していることだが、やはりこういう自分の世界に閉じこもっている時に入ってくるノイズは我慢することが出来ない。
ウエブ配信ミュージックの垂れ流しとは全く種類が違う。
もう90歳を越えて生きることに必死でしがみついて毎日をガンコに暮している人だから仕方のないことだということはわかるが、やはり、一つ屋根の下に私がいる時くらいはもっともっと別の意味で一緒にいることに気を使って欲しい。
いきおい、返事も口汚くなってしまうし、そういう時の自分に返ってくる負の感情が少しずつストレスになって自分の身体に蓄積されてくる。

せっかくになんとなく固まりはじめていた全体のイメージが見事に崩されてしまった。
だからと云うわけでもないが、こうして窓の外に降り積もる雪をながめながらキーボードを叩きはじめた所だ。
「干渉」を検索すると、他人のことに立ち入って,口出しをしたり自分の考えを押しつけようとすること。とあって、例題に「子供に―し過ぎる」とあった。
まさに、まったく、そのとおりの現状が自分を苦しめている。
今夜は、松江で一泊することにしている。今年になって新年会というわけでもないが彫刻の仲間と酒も飲む。このまま気持ちがすぐれない状態を引きずって悪い酒にならないように気を付けようとは思っている・・・さて、どうなることやら・・・

IMG_1710.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

寒波襲来 

2016/01/14
Thu. 20:03

彼女のなだらかなキュウリョウをうっとりと眺めた。
夫婦間の家事ブンタンなんて幻想だ。
男の収入をドガイシできる女なんているのか?
左手を軽くソえてね。
男にツくしても返ってこないから。
相手が気持ちいい程度にソクバクするんだよ。
あらゆるソクメンから君を研究したい。
私の人生に男性はフカケツなの。
彼女がリズミカルにシめ付けてきた。

この漢字全部書けたらセンター試験バッチリだ!
問題はまだまだたくさんありましたが、別の意味で問題になって駿台予備学校のセンター試験問題集が世間を騒がせているようでありますねぇ・・・
こういうことでツッコミを入れたくなってしまう今日この頃は、久々のドカ雪で万善寺に閉じこめられてヒマにしているからであります。

石見銀山や工場の周辺は青空もチラホラ見えたりしていて、とても雪が降りそうな気配など無かったから薪運びに出かけようと寺まで道具を取りに向かった。すると銀山街道の途中からどんどん雪が増えてきて、最後の急な坂道の手前で大型トラックが立ち往生していたりするものだから、ついに結界君を4WDに切りかえて最後の坂を登って国道54号へ出た。国道から保賀の谷へそれると除雪もしてなくて結界君の腹を積もった雪がこする。無理をすると亀さん状態になって動けなくなるから慎重に運転して参道下のお地蔵さんまでたどりついた。
まさか薪運びの一輪車で自分の荷物を寺まで運び上げることになろうとは・・・
一昼夜でだいたい40㎝は積もっているだろう。水をたっぷり含んだべちゃべちゃの雪だから始末が悪い。これがいっきに1mもドカッと降ると、雪の重みで重大な被害が増える。
万善寺も過去に何度かそういう被害にあっているから、用心のために急きょ寺で寝ることにしたわけだ。

そこで先ほどの試験問題。
アチコチ探ってみると、SNSの至る所で強烈な拒否反応とバッシングの嵐。擁護派なんて見つけられませんでした・・・が、あえて仏の心で擁護させていただくと・・あたしゃぁ〜良くやったと出題者を褒めてあげたいね。子供の母親のヒステリックなバッシングや、学識経験者とやらの偽善的な批評なんて無視してしまえばいいんですよ。そもそもセンター試験を受験する連中だって、だいたいみんなほどんど日々色恋の妄想や性欲と闘いながらすぐにでも崩れそうな理性をだましだまし悶々と受験勉強に励んでいるんじゃないんですか?あなた方も実は昔々そうだったでしょう?そんな時に、男女のエロい世界を妄想してニヤニヤウキウキしながら漢字を覚えられるなんて最高の受験勉強だと思うんだけど。そうやって覚えた漢字はオレだったら絶対忘れられないね。・・・って、やっぱりあたしゃぁ〜どこかおかしいのかしらね?エロ坊主といわれてもしかたないね・・・

IMG_1708.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

石見銀山荒れ模様 

2016/01/14
Thu. 09:03

石見銀山は朝から冬らしい荒れ模様になっています!
「いやだなぁ〜・・・こんな天気・・」と、暖冬に慣れきった心身で思っていらっしゃる方々がほとんどでしょうが・・・勝手ながら、不謹慎にも吉田はなんとなくウキウキしている所であります。

万善寺では、朝食抜きの暮しが続いていたが、今朝は久々にワイフのガッツリ朝飯。
ビックリするほどの量でトイレに直行だった。
石見銀山の一晩の間にものすごい量のご飯を食べて、何度もトイレへ往復していてウォシュレット様々という感じ。

ワイフの朝が早くて、もう出かけてしまった。
一緒に出かける準備をしたりしていたら、やたらと朝の時間が空いてしまったので、こうしてプチプチとキーボードを叩いている。
工場の仕事の段取りをするために、出先で寸法を測ろうと思っているのだが、さすがに今の時間は先方には早過ぎて迷惑になるだろう。
これで、天候が少し回復したら工場から薪をもらいに回ろうと思う。
久しぶりの我が家では、私が留守の間にワイフがセッセと昨年の生木を焚いていた。
生木でも、油がたっぷりで瑞々しいから焚き付けがしっかり出来ればちゃんと燃えてくれるのだが、水っぽい煙のおかげで煙突のススにタールが混じる。
これを放置して焚き続けるとある日突然タールが着火して煙突から火を吹く。
風呂焚きから火事になるというあの現象がストーブで起きてしまう。
できるだけそれを避けるというか、煙突掃除の回数を減らす意味でも、吉田家の場合は徹底的に乾燥させた薪を焚くことにしていたのだが、このシーズンは暖冬のせいにも出来ないくらい年末までいろいろな用事が重なってチョット薪の調整がみだれた。

暇つぶしのウエブニュースで面白い記事を見つけた。
ワイフに見せたら、シラッとして「だからどうしたのヨ??!!」と軽くあしらわれた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「自宅で妻に惚れ直すのはどんな瞬間?(複数回答)」という質問に、86人の男性は以下のように回答。

1位・・・おいしい料理をつくってくれたとき(20.9%)
2位・・・感謝の言葉やねぎらいの言葉をかけてくれたとき(18.6%)
2位・・・笑顔が素敵なとき(18.6%)
4位・・・体調を気遣ってくれたとき(12.8%)
5位・・・頼りにしてくれるとき(11.6%)
5位・・・落ち込む自分を慰めてくれたとき(11.6%)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
確かに、彼女の場合、一番目しか該当がないな・・・

IMG_0222_20160114092359c80.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

忘れた頃の坊主正月 

2016/01/13
Wed. 18:19

久々に石見銀山の吉田家へ帰ってまいりました!

万善寺の寺務をひとまず終わらせて、おかみさんのすがるような引き止めを振り切って、途中数ヶ所の用事を済ませながら、お昼過ぎに吉田家前駐車場へ到着。
移動中は雪が降っていて、本格的に冬らしい一日になった。
当面必要な荷物を結界君から降ろして土間から居間へ入ると、ストーブに火が入っていて部屋がほんのりと暖かい。
寒々とした寺暮らしとはえらい違いだ。
台所からは、なんとなく良い匂いが漂ってきて久々にワイフの手料理が味わえると思うと、チョット感動。
寺の暮しでは、だいたいがおかみさんの醤油を焦がしたような煮しめの匂いと、サツマイモや野菜を使って揚げた天ぷらの油の匂いと、朝の具だくさんの何とも曖昧なみそ汁の匂いくらいしか漂ってこなかった。

やはり、一日の癒しは一杯の酒と旨い食事に尽きる。
それに、あれだけ別居が続いていたのに、ワイフの時の流れを感じさせないほど普通と変らない乾いた(冷たいともいう・・)対応が心地良い。
ネコチャンズも似たようなもので、迎えてくれたのはシロだけ。クロはピクリとも動かないで爆睡している。
家庭身内の間では、過度の干渉が鬱陶しく思えてしまうような付き合いは、精神的に気持ちの開放がないままひたすら心が疲れるばかりで居心地が悪い。
数時間を共有する間に、しばらく続いた留守の情報が少しずつ交換されはじめて、少しずつ抜け落ちていたデータのカケラが繋ぎ合わさって、ゆっくりと時間をかけて隙間が修復されていく・・そんな風な自然な付き合いが出来ていると、それだけで十分満足に幸せを感じる。それに、旨い手料理が加わる贅沢は何にも変え難い。

少し落ち着いて風呂掃除をしてぬるめのお湯をはって、iPadから無線でインターネットラジオを飛ばしたスピーカーを持って入浴する。
髭を剃ろうと思ったら、鏡の下に置きっ放しのゾーリンゲンが錆びていた。
留守の間の不具合が少しずつ目に付いてくるが、オヤジの痕跡が全く無くなっていない所が良い。

サッパリしてボトルの封を切ってスナック菓子を摘みながらチビチビやっていたら、近所の知人が仕事の話で訪ねてきた。
その仕事の話が一瞬ほどあって、あとは世間話がしばらく続く。
ストーブに薪をたす。
明日の約束をしてとらやの羊羹のおすそ分けをもらって散会。
その頃になってやっとクロが起きてきて、土間に出せとうるさく催促しはじめる。
たった1日の間に自分の気持ちがすっかり切り替わった。
たぶん、今日が私の坊主正月だったのだろうなぁ・・・

IMG_0215_20160113181832809.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

保賀地内とんど祭 

2016/01/12
Tue. 19:50

大山のほうはやっと雪が降ったようで、目出度いことであります!
保賀ではとんど祭が華々しくはじまり、大盛況で終了しました!
万善寺住職は、衣を着て袈裟をつけて大般若を読みあげ、保賀地内のみなさんの御多幸を祈念し、家内安全身体健康などなど、めいっぱい大盤振る舞いの回向をしておいた。
老若男女、生まれて間も無い赤ん坊、いたずら盛りの子供たちが集まって久々に賑やかなお正月新年会になった。
万善寺の新年会は20人ほどお参りを頂いたが、保賀はその2倍は集まった。
昨年は、とんど祭の日に町内の葬儀が重なって、万善寺の住職は本堂で引導を渡していた。
保賀地内から集まっていた正月の飾り物は一人淋しく銀杏の木の側でおたきあげしたことを思い出す。
あれから1年の間に、保賀地内ではたくさんの葬儀が続いて、憲正さんもその一人。地元地域にこれだけ不幸が続くことも珍しい。今年はみんなで元気に1年を乗り切ってもらいたいものだ。

このとんど祭が終わると、万善寺の慌ただしさも少し落ち着く。
つぎは2月の節分立春と続き、今年の初午の日が6日に回ってきた。
ワイフに寺のことで苦労をかけるのもしのびないので、これからは仕出しのオードブルかなんかですまそうと考えている。
おかみさんもかなり身体が不自由になって動きにくそうに座敷を這い回っている。
そこまでして動かなくてもいいだろうにと思うが、ジッとしていられないタチだからしょうがない。

万善寺は、地域のケーブルテレビさんの通信サービスを使うしか選択肢がないので、インターネットのスピードが不安定で困る。文字メールは何とかやりとりできているが、添付書類が絡んだりすると着信に不具合が出たりして迷惑をかけてしまう。色々試してみたが、gmailかmacmailがいちばん安心できる気がする。
まあ、そんな感じで寺務も一段落したし、あと1日もなくて年明けのデスクワークが切り上げられそうだ。
これからは、昼は工場で制作、夜は石見銀山の四畳半か万善寺の三畳のどちらかで報告書のデスクワークが続く。
2月に入ると申告の事務もはじまるし、お彼岸も外せない。
毎年のことだが、本当に3月までがアッという間に過ぎてしまう。

新年会の席で、町内の古老が「今年はもう紅梅が満開になっとったけぇ〜。こがぁ〜なことぁ〜、今まで経験ないがノォ〜」とおっしゃっていた。
確かに、この冬は異常気象だ。寺の境内下を流れる用水路に水がない。春になるまでにドッサリと雪でも降ってくれなければ水田の水が足らなくなるかもしれない。酒を飲みながら、ひとしきり深刻な話が続いた。
朝から1日中酒を飲んでいた。夕方に寝たら目が覚めたのは次の日の朝だった。
保賀の飲み会はいつもだいたいこうだ。みんなやたらと酒が好きで強い。

IMG_0199_20160112194855301.jpg
IMG_0209.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ナッツ 

2016/01/10
Sun. 20:27

午前中を使って本堂の荘厳を片づけた。
憲正さんはO型のわりには几帳面で、仏具什器の数々をあきれかえるほど丁寧に包み込んだり折り畳んだりして片づけていた。
同じO型なのに、私は憲正さんとずいぶん違ってやたらと大ざっぱにことをすませてしまう。
そもそも、什器一つとっても、組み立てたり解体したりして、それを節目の法要ごとにくり返していたら、それだけであちこちガタがきて余計に早くモノが傷むような気がする。それより、できるだけ原型をいじらないようにそっくりそのまま右から左上から下へと片づけてしまっておいた方が長持ちすると思うんだけど・・・違うかなぁ・・・
ケリー・クラークソンを大音量で聴きながら、そんなことを思いつつセッセと働いた。
本堂の音響はなかなかいい感じに広がるので、そのうち正純の自由になったら何かのコンサートでも開こうと企んでいる。おかみさんが生きているうちはそれも出来ないから、さて、いつになったら実現するのやら・・・

早めの昼食をとって、工場の用事と寺の灯油の買い出しを兼ねて出かけた。
他にも、珍しくワイフにちょっとした用事があったりしたので石見銀山の自宅にも寄った。
久々に抱きあげた猫が猫臭かった。
犬ほど強烈な体臭ではないが、猫は猫なりに猫らしい体臭がある。シロの方が少し強かったかな??
帰りに、ワイフが優しげに気を利かせて寺用の食材や調味料を持たせてくれた。

最近、ワイフがセッセとナッツを食べているので、なにか健康に良いのかと聞いたら、塩や油を使ってないのが身体に良いということだった。
ワイフは何処まで本気かわからないが、どちらかというと健康指向が強そうなところもある。そんなことをなんとなく記憶していて、先日寺の食材を買い出しに出かけた先のスーパーに、その塩なし油なしのナッツがあったから試しに一袋買ってみた。
それまでも、夜なべのお供に塩味のポップコーンやブラックチョコレートや柿のタネなどを摘んでいたのだが、それにナッツが加わった。
この数日は、切ったり張ったり印刷したり封筒へ入れたりと単純作業が続いたから、お気に入りのYouTubeを垂れ流しつつ、夜なべのお供を摘みながらグダグダと仕事をしていたら、ナッツやらポップコーンやら、手当たり次第に際限なく何かしらつまみ食いしていた。そのうちドリンクが欲しくなって、せっかくだからコーヒーやお茶より麦とホップとか赤ワインくらいがいいなぁ〜と思ったりしはじめて、結局、三畳の即席書斎でつまみ片手にプシュッとやってしまう。
こんなことで、健康に良いナッツとか全く関係なくなってしまって、むしろ不摂生が加速してしまったりする。

明日は保賀のとんどさんがある。
これから祈祷のおつとめの次第をつくらなければいけない。ナッツを摘みにワインでも飲みながら始めましょうかね・・・

IMG_1676.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ボクへのご褒美! 

2016/01/09
Sat. 21:21

朝の9時前だっただろうか・・
最近お気に入りの電動歯ブラシでウィンウィン歯磨きをしていたら、玄関の方で何やらおかみさんが嬉しそうに誰かと会話している。
田舎で早朝の訪問はよくあることだから、どうせ近所の誰かが出勤の途中で回覧板でも持ってきたのだろうと、あまり気にもしないで寺の洗面所の天井のカビシミを見ながらウィンウィン続けていたら、ハンコがナンとかカンとかの会話が聞こえてきて、これは何かいつもと違うなと判断して、大急ぎで玄関へ出て見ると、朝も早くからいつもの宅急便のオジサンだった。
「いやに早いですねぇ〜!」とビックリしていたら、「集配所が頓原(万善寺のすぐ近くの隣町)の○○ですから・・・そこからコッチヘ来ると、保賀が一番早いんですがぁ〜」
なるほど、そういう事情かと理解できた。
Amazonの翌日配達もここまでくると驚異的だ。たぶん、石見銀山より早く商品が届いていると思う。末端の配送業者さんの苦労を思うと、なんとなく勝手に恐縮してしまう。

届いたのがDENONのレシーバーアンプ。
暮れから正月にかけての寺暮らしで気持ちが滅入る一方のボクに元気の出るお年玉プレゼントを万善寺住職の方丈さん(・・・とは、自分のことだけど)から送っておいたのだ。
今年のお年玉をもらえる資格は、総合的にみて一番まんべんなく働いているボクしかないと判断した次第。
まわりの連中がナンダカンダ云っても、こればかりは住職の独裁権限で決めてしまったことだから、とにかくそれでおしまいなのだ。

即席三畳書斎に連日こもって寺務三昧も、そろそろストレスの限界が近い。
寺の寺務だけならそれほど夜なべしないでも何とかなるだろうが、それに吉田家のことや彫刻イベント関連のこともあったりするし、おかみさんの相手のことも外せないし・・・まぁとにかく、1日がアッという間に無くなって気がつくと午前0時を過ぎるまで三畳ですごしたりしている。
唯一のお供は、フォステックスのスピーカー直結アンプだったのだが、それでは中古のKENWOODがどうもうまく鳴ってくれない。数年前から憲正さんのお供の寺暮らしで我慢しながら着き合っていたし、もうそろそろグレードアップしてもいいだろうと決めて、Amazonの「レジへ進む」をポチッとしたのが昨日だった。
それで、本日早朝に現物が届いてしまったと云う事になる。
5000円弱のフォステックスより、ナンと1万円も高い!
せいぜい1万円も出せば2倍は良いアンプが買えるだろうと思っていたが甘かった。
山寺の万善寺は自慢でもないがAMもFMも室内アンテナごときではノイズも入らない。だから、別にレシーバーなどいらないのだが、それが安かったというだけの事。
デスクトップの設置台代わりくらいには使えるだろうと思っていたら、それにもならないほど小さいアンプだったが、さすがにフォステックスの数十倍大きかった。
早速配線してiPadからCHARLE PUTHを無線で飛ばしたら、昨日までのピンコードで繋いでいたフォステックスが可哀想になるほどKENWOODが元気に甦った。

IMG_1674_201601092120029d0.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

雪の夜 

2016/01/08
Fri. 20:47

2016年1月8日20時20分・・・現在の狭い万善寺境内であります。
雪がふってますよぉ〜〜〜〜〜!!
まったくもってひさしぶりのことであります。
やはり、冬は冬らしくないといけません!

自分の人生でこれほどの異常気象に遭遇したのははじめてのことだと断言できる。
そして、もうひとつ・・・
自分の人生ではじめて1月のうちに制作の仕事が舞い込んできた。
彫刻の仕事でないところが吉田らしいといえば思わず自らうなずいてしまうところだが・・それであっても、1月から制作ができるということだけでも有難いことだ。
まだ、吉田は見捨てられないでいたということだ。
捨てる神あれば拾う神ありというところか・・・・仏教には救済という観念はあるようだが、あとは捨てるばっかりで、何かというと「無」とか「む」とか「ム」とかそんなことばかりが目立ってしまう。

自分の食いぶちは自分で稼げと云う厳しい現実の末寺在家坊主としては、目覚めとともに座禅で瞑想し、飯を食べつつ瞑想し、作務をしながらそれも修行と瞑想し、一日を心静かに暮すことなど、レベルどころかラベルの違う話だ。
それでも、坊主のハシクレとして軟弱な自分を律するところがないわけでもない。
田舎の暮しからいろいろ事情があって街場の暮しに移転されたお檀家さんが約20軒。
そのうち、連絡がとれて細々とでもお付き合いが続いているところが十数軒。
やっと今年の年回や万善寺仏事の年中行事をまとめたカレンダーを発送することができた。
手間は一つだからと、彫刻の関係や今年のイベントの関係などでお世話になる方々へ事前のお知らせなどを別便で発送したりもした。
出たついでに買い出しをした。
久々のスーパーは、旨そうな食材が並んでいて目移りしてしまう。
正月の間は、それなりに坊主を自覚して慎んでいた生ものに思わず自然と手が伸びた。
生のホタルイカが珍しい。青物の好きな私は、躊躇なくアジの刺し身をゲット。いつもだったら面倒だから横目で確認しつつ素通りしてしまう砂肝が丁寧にスライスされてパックに入っていたからそれも迷わずゲット。

寺へ帰ってしばらく寺務の続きをしていたがどうも腹がへって落ち着かない。
そういえば、朝から電気屋さんが来てくれて庫裏の営繕を手伝ってくれたし、その後郵送や金融機関巡りで出かけてしまったから、朝飯も昼飯も抜きになっていた。
現在冬太りで丸々と太った私には、三度の食事を一つ二つ抜いてもナンの問題もない。
貴重な時間を有効に使おうと、そればかりを気にしていたら、さすがに夕方になって腹が減った。
まずは長ねぎをぶつ切りにして豆腐と煮立てるオヤジの湯豆腐。ダシ昆布が無いから気休めにコンソメスープの素を少々。それに、アジやホタルイカの刺し身と砂肝。
生もの肉もの解禁の一夜は久々に冬らしくキッチリと冷え込んでいる。

IMG_1671.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

春色無高下 

2016/01/07
Thu. 23:06

年末に喪中のお知らせを発送しなかったから、憲正さん遷化のことを知らない所からは例年のように年賀状がたくさん届いた。
それでも、あれだけ立派な本葬になったから、そのことを知っている関係者の中には年賀状を控える方もいらっしゃったようで、いつもより100通くらいは少なくなった気がする。

そもそも、年賀の挨拶と喪中がなぜ連動しなければいけないのか、個人的にはどうもそのあたりのいきさつが良く解っていないから旨い説明が出来ない。
むしろ、そこまで律義に堅苦しくモノを考えなくてもいいような気がしている。
一般に、在家で葬儀があった場合、49日までの七日法要の次に百か日という大事な法要がある。
これは、亡くなった方が迷わず仏になる為の修行が始まって最初の法要であるし、残された親族にとっても、悲しみ寂しさに浸り続ける自分の気持ちを切り替えて、日常の暮しを取り戻す為の節目の法要でもある。
その日を我々坊主は卒哭忌といっている。
「卒(そつ)」とは死することで、「哭(こく)」とは泣き叫ぶとかいう意味だから、だいたいどんな意味かは解るだろう。一方、「卒」は俗に卒業の卒でもあって、これは、一区切りつける意味も含まれていることになるから、とにかく、100日の節目を何とか乗り切っていきましょう!と励まし励まされることにもなる法要になっているわけだ。
万善寺は、ご本尊さんが千手千眼観世音菩薩さまだから余計に観音経を読むことが多くなっているのかもしれないが、中でも特にこの卒哭忌には観世音菩薩さまの救済が大きな意味を持つと教えられていたから、この法要に観音経は欠かせない。
チョット話がそれたけど、まぁ、そんなわけで、自分としてはこの百か日が一つの喪中の節目だと思っている。
年内に百か日の法要が終わっていれば、あとは普通の日常を暮すことになるのだから、年賀と喪中のお知らせは切り離して考えても良いことになる。
そうは云っても、やはり世間の通念もあるから、やたらと頑なに意固地になることもない。
毎日をグレーゾーンの中で都合よく暮しているから、年賀の挨拶もなんとなくしたようなしないような曖昧な状態で乗り切ろうと思っていたら、いつになくワイフが厳しく食いついてきて叱られた。
それでなくても1月の1カ月は山のような寺の寺務でアッという間に過ぎてしまう。
その合間をぬって、年賀状の整理をして返礼を用意したり住所の照合をしたりしているわけだから、そんなに急いでいるのなら自分で何とかすればいいことなのに・・・
普通だったら、前年の年末に全てが終わっている年賀の仕事量を、今年に関しては、まるまるこの1月に回してこなしているわけで、そんなにすぐにチャッチャとことが済むような訳にはいかないのですよ。
坊主正月も知らない間に何処かへ消えてしまって、おかみさんの相手もしないわけにもいかないし、ボォ〜ッと遊んでいるわけでもないんだけどね。
このところ、地球はどこかしら殺伐として人心が棘っぽくなっている気がする。
例の如く、YouTubeの「ききながら仕事」で年賀の礼状には、書道とも云えないレタリングだけど、心を込めて「春色無高下」と書かせてもらった。

IMG_1665.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

初仕事 

2016/01/06
Wed. 23:38

いつもだったら絶対雪になっただろうな!・・と確信できるくらいのぐずついた雨の一日も夕方には曇り空になって、夜中にオシッコした時は星がでていた。
ちなみに、万善寺にはトイレが二つあって、一つはおかみさんが寝ているすぐ近くで、扉の開け閉めに引き戸の滑車がやたらうるさい洋式トイレ。
もう一つは、万善寺の法要の時に使ってもらう檀家さん専用の屋外トイレ。
私は、おもに、その屋外トイレを使用しているから、先ほどの星空もバッチリ観測できているわけであります!
それで、屋外トイレを使ったあとは、キッチリと身体の芯まで冷えきって、さすがに暖冬といっても島根県中山間部赤来高原の冷え込みを実感しつつロフトでしばらく寝る機会を逸してしまった次第。
例の如くそういう時は外国ドラマを一本観てしまうという自堕落な一夜。

翌朝目覚めるとなんと5時30分。
最近、どうも不眠症が復活したようで小刻みにチョコチョコ寝覚めてしまっているようだ。
無理やりの二度寝から醒めると9時少し前だった。
例の如く即席書斎の三畳で寺の寺務をはじめていると、おかみさんがヨチヨチとちょっかいを出してくる。その度に集中の糸が切れて思うように寺務が進まないままお昼を過ぎてしまった。連日の純和風精進料理にいささか飽きてきたので、遅めの昼食にはパンピザにホウレンソウサラダに塩だれで味付けしたもやしと豚バラ炒めを作って食べた。

夕方には約束の待ち合わせが一つ入っていて、それをすませてから久々に石見銀山の吉田家へ向かった。
駐車場にワイフの車がない。玄関をあけると真っ暗。ネコチャンズを呼んだら、あくびをしながらほの暗いリビングの入り口で待っていた。
部屋の明かりをつけてストーブに着火して、もう一つの仕事の打ち合わせへ出かけた。
その打ち合わせで・・東京の展示会のディスプレィがらみで仕事を一つもらった。
どちらかといえば彫刻的インスタレーションに近いほどの提案をしたら、それなりにいい感じの反応が返って正直若干ビビった。内容は良く分からないものの、展示会場が六本木ヒルズあたりらしい。島根の田舎坊主の土臭いばかりの彫刻家が六本木の仕事に絡むなど思ってもいないことだ。まぁ、ナンダカンダいっても、年に一回は六本木の美術館野外会場で掟破りに限りなく近い彫刻展示をさせてもらっているから、それとドッコイ似たようなものだと思い込むことにして、打ち合わせを終わらせた。

正月の一カ月は、ことごとく初物尽くしで休む間の無く忙しいが、その忙しさも全く生臭い日常の暮しに結びつかない。
7日の初薬師から始まって、初観音やら初大姉やら初地蔵やら・・・とにかく、灯茶香がくり返される。
そんな時に、今年の彫刻の初仕事になりそうな話を頂いたわけで、これは自分の人生で滅多にない幸運。
金額の問題を抜きにして幸先のいい彫刻作家吉田正純的スタートができるような気がする。

IMG_1644.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

保賀の谷 

2016/01/05
Tue. 20:51

あれは昨日のこと・・・
正月早々朝から寺の寺務を続けていて、昼食もなんとなく曖昧なまま終わらせて、食後の散歩に出かけてみると・・・保賀の谷の何処かで焚き火でもしているのかと錯覚するほど視界が煙っぽく悪い。
振り向くとすぐ後ろの琴引山の山並みも白っぽくガスっている。
保賀の谷の中央を分断して走る国道54号から先も白々しくガスっている。
だいたいに、1月早々のこの時期に雪が全く無いということそのものが前代未聞の珍しさだから、世間の気象条件がどうなってしまったのか素人には見当がつかない。それに気温も高くてポカポカ陽気だし、春先の春霞くらいの感じなのかもしれないと思うことにしてサンダル履きのまま寺の参道を下って保賀の谷をひと回りした。
4年ほど前には老犬のシェパ君がいたから雪の中を一緒に散歩していて、それはそれなりに寺暮らしの気晴らしにもなって楽しかった。
どちらかというと、一人の孤独には慣れている方だが、非常に中途半端におかみさんとの二人暮らしだったりすると、何処かしら気ままで自由な孤独になりきれない所もあって、かえってイライラしてストレスが溜まる。
こういう時こそ、心の癒しで犬や猫が近くにいてくれたらどれだけ助かることか・・
少しハイペースで保賀川を渡って農道を歩いていたら、突然カラスが「カァー!」と鳴いた。それに、少し♯がかった「カァー!」が応えた。
あの、保賀の谷で暮すカラスの夫婦だった。目が合っても逃げようとしない。
きっと、寺の参道を降りていた頃から私のことを気にかけていたのだろう。彼等には心の準備が出来ていたわけだ。
なんとなく、勝手に気持ちが和んだ。
「久しぶり!コンニチワ!」
一応、挨拶を返しておいた。

日が暮れて、参道の街灯が夜霧ににじむ頃になって、空には月が、これもにじんでいる。
「きっと、明日は雨でも降るだろうなぁ」と予測した。
夕食が終わって残りの寺務をしようと即席書斎の3畳へ引きあげて、例の如く一日のおさらいでウエブニュースをチェックしていたら、中国の光化学スモッグが九州までやってきたとあった。あの、保賀の谷の視界の悪さは、きっとそのスモッグの一部だったのだろう。
40年ほど前に上京した頃は東京上空にもまだスモッグが残っていた。
それからしばらくして、東京の環境が見る見る改善されて、あのドブ川のような神田川も年々キレイになった。
井の頭公園の池も鯉の泳ぐ様子が見えるようになったし、石神井川にもマガモの夫婦が帰ってきた。
あの頃の保賀川には、ヤマベやハエンゴが群れで泳いでいた。用水路にはメダカもいた。
そして、今の保賀川にはそれらの魚が全て消えた。
田舎の農業はまだまだドップリと農薬に浸かって保賀川の生物が消えた。
そして、そして、こうして空には中国からスモッグがやって来る。
人間の醜いエゴイズムは確実に自然を破壊していると実感した。

IMG_1660.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

吉田家のお正月 

2016/01/04
Mon. 22:07

日本国の世間社会は本日が仕事始めという所が多いことでしょう。
坊主家業は一般的な世間と違った所で暮しているようなことが多いのでそのあたりの事情はあまりよく分かっていない所もありつつ、色々な情報をまとめてみると、やはりみなさんそれなりにお正月休みを満喫していらっしゃったようであります。

吉田家のお正月というと・・・
オヤジは、前記のように坊主家業の諸々で明け暮れました。
ワイフは、オヤジの手伝いで明け暮れましたが、今年最初の日曜日はまぁそれなりにノンビリと過ごせてようであります。
じゅん君はお寺のおばあさんの相手で心身ともにグッタリ疲れていたようですが、久々に旧知の友人とも逢えたようで本土の正月を満足しつつ、本日の昼過ぎに隠岐の海士町へ向けて石見銀山を出発したようです。
なっちゃんは暮れから正月にかけて同居人彼氏一家と舞子スノーリゾートで過ごし、その後ワイフの実家のおばあちゃんを訪問しておもちをつくり、グッタリ疲れたようでありますが、そこそこのお正月になった様子です。
ノッチは正月もなくいつも通り仕事に明け暮れ、ビールを飲む毎日だったようで、職種こそ違うものの、オヤジとドッコイなお正月になったみたい。
キーポンはお母さんと一緒に少しだけお寺の年始会のお手伝いをしてくれて、その夜に石見銀山の自宅へ帰宅。
ネコチャンズは、石見銀山の留守番で寝正月。
まぁそんなところで、吉田家の2016年がスタートしたのであります。

保賀地区のとんどさんが終わるまでは万善寺で暮そうと思っているものの、おかみさんの高齢者老人性ガンコワガママ症候群が強力にバージョンアップして爆走中なので、このまま同居できるかどうか予断を許さない状況になっている。
やはり私がいると対抗意識が出てきて無駄に無理ばかりしている。
一人暮らしの時は頼る人もいなくて何から何まで一人で済まさなければいけないけど、せっかく頼りになる息子がいるのだから、せめてその間くらいは楽にすごせばいいのにと思っているのだがそれが出来ないで勝手に一人で空回りをしている。
だいたいのことは見て見ぬふりを決め込んでいるが、それも限界になりつつあって、そろそろ引きあげの潮時が見えてきはじめた。
近いうちに、一晩ほど寺を空けて様子をみようと思う。
薄情な言い方だが、どうせあと何年も生きられるわけでもないし、自分の大事なものも墓場へ持っていけるわけでもないし、この世に未練ばかりが残ってしまってもそれでどうなるわけでもないから、潔くスッキリと時の流れに逆らわないで余生を静かに生抜いて欲しいのだが、彼女の場合はそれが一番難しいくらいに死ぬまでまわりを仕切るつもりでいるようだ。
久々に一日三畳の寺務所へこもって正月第2弾仏事の初午豊川さんと立春の準備でお札を摺った。毎年のことに面白いもので、終わる頃になって摺り具合が上達する。見た目はともかく、心がこもって気合いが入っていることだけは確かだからそれでヨシとしよう!

IMG_1661_201601042206212e5.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

夜更かし 

2016/01/03
Sun. 22:45

このところ早朝・・といっても、日の変る午前0時を待って正月朝課のおつとめをしていたから、夜更かしをすることに身体が慣れてしまってなかなか眠くならない。
今朝も、正月3カ日最後のおつとめを2時間ばかりしてロフトに引きあげてから、目が冴えたままアメリカドラマを観てしまった。
それで気がつくと朝の4時半。
いくらなんでも、ジジイに近いオヤジとしては少しは眠っておかないと身体が持たない。
無理やり寝はじめて、そして目覚めたら朝の6時半。
もう、あとは意地になって、朝飯も食べないで10時までロフトでゴロゴロしていた。

憲正さんの頃は、1月3日を坊主正月と言って、朝ご飯にお雑煮をいただいて御節の煮物などを肴に日本酒をチビチビやりながらお昼になり昼寝をして夕方になり風呂に入って夕食を食べながらまた日本酒の熱燗をチビチビやるという、正に絵に描いたような「坊主正月」を続けていた。
その、気持ちよく酔っぱらった憲正さんを横目で見ながら、私が何をしていたかというと、保賀地内のお年始回り。
正月3日の日は、少年時代から学生になっても社会生活をおくるようになっても副住職のときも、5年前に住職交代をしてからも、延々と今日の3日は保賀地内の年始回りが続いていて、最近は、それに年始会へ欠席のお檀家さん宅へも年回などの印刷物を届けたりして、結局ほぼ一日がかりで赤来高原をグルグル回っている。
だから、私の代になってからの坊主正月は完全に消滅した。
それでも、今年の今日は雪もなく過ごしやすい小春日和になったので、サンダル履きに厚手のシャツを羽織った程度の軽装で年始回りを終わらせた。
こういう楽な正月3日は自分の坊主人生ではじめてのことだ。

ワイフのつくってくれたおでんの残りを灯油ストーブで温めて夕食にした。
3畳の即席書斎へ落ち着いたのは9時近かった。
寺務の続きをする前にウエブニュースで今日の1日をおさらいしていたら、「日活ロマンポルノ45周年!」の記事が目に入った。
あぁ〜〜・・・、ボクの青春ロマン・・・であった!
18歳の2月に上京して東京暮らしが始まって、はじめて出来た長崎出身の友人と入った映画館が新宿通り沿いにある新宿東映の横の階段を上がった新宿日活。
そうかぁ〜〜、あれから45年が過ぎたのかぁ〜・・・
東京暮らしの10年間で新宿日活にはずいぶんとお世話になった。
団地妻シリーズの宮下順子さんにはずいぶんお世話になった。
私は白川和子さんより宮下さん派だったな。
宮下さんといえば、何といっても「四畳半襖の裏張り」の柚子や、「赤線玉ノ井ぬけられます」のしま(??だったっけ??)や、「実録安部定」の定は絶品だった。
そして、監督の神代辰巳さんは日活ロマンポルノを引っ張った人だったといまでも思う。
神代さんと宮下さんを追いかけておけば外れがなかった。
何か色々なことを思い出してしまった・・・また今夜も夜更かししてしまいそうだ・・

IMG_1655_2016010322441503c.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2016万善寺年始会 

2016/01/02
Sat. 19:03

毎年恒例の万善寺年始会が無事に終了した。
車でお参りのお檀家さんはお酒を飲めないことも手伝ってか、近年はワイフのおでんが評判で大鍋一杯が飛ぶように無くなってしまうから、年末から準備をしているワイフも喜んでいる。
反対に、お酒のほうはひと頃の勢いが全くなくなってしまって、二十人前後のお参りでやっと一升がなくなる程度。
これも気の利いたワイフのはからいで、栗きんとんにリンゴのケーキをふるまったら、アッという間に無くなってしまった。
いずれにしても、にぎやかな年始会になった。
仏界で活躍の憲正さんもさぞ喜んでいることだろう。
人が好きで、酒が好きで、食べることが好きで、それに賑やかなことが好きだったからね。

お父さんのお手伝いは始めから期待をしていないし子供に頼むようなこともしないから、マイペースでできることをできるようにするだけのことだが、お母さんの手伝いはやはり天手古舞で忙しい時も少しあるから、じゅん君とキーポンにお願いした。
最初嫌がっていたが、結局はそれなりに役に立ってくれた。
私が少年時代もこういう仏事の手伝いを強要されるのがイヤなものだった。
おもてなしは、自らの自発的行為で自らの喜びにかわる。
自分から進んでおもてなしできるほどの心の余裕が無いとなかなかできることではない。
万善寺のお正月は、お檀家さんへのおもてなしから始まって、それが一年の仏事のスタートになる。
今年は、自分の人生で今まで経験したことのないほどの好天に恵まれた年始会になった。
思い出せば、昨年の年始会は近所のお檀家さんがユンボを持ってきて除雪作業の身施からスタートした。
アレはアレで厳しいなりに気持ちが動くおもてなしになったと思っていたが、この度はその一年前のこともお参りのみなさんにしっかり覚えてもらっていて、話題の一つになっていた。
さて、これから一年、万善寺では憲正さんの一周忌も控えているし、それにつけて墓石の建立や点眼仏事もある。
まだまだ周囲のみなさんを頼りすがることがたくさんある。
住職交代から5年が過ぎた。そろそろ寺の運営にも新しい風が吹きはじめる頃だろう。
風通しの良い寺務ができると良いと思っているが、さてどうなることか・・・

夕方になって、じゅん君が仕事に向けて帰っていった。
その後しばらくしてワイフとキーポンが石見銀山へ帰っていった。
万善寺には、おかみさんと私が残った。
いつもの静かな夜が戻った感じだ。
年末から続いていた寺務の毎日も、今夜一晩くらいは休憩しようと思う。
午前0時を過ぎて日が変ったら、お正月の朝課をおつとめして一区切りが着く。
暖かいとはいえ、寺の灯油がどんどん消費される。薪ストーブの有難さを痛感する。

IMG_1637.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2016-01