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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

連休のネコチャンズ 

2016/05/03
Tue. 20:32

連休後半の朝は強風で明けた。
連日の僧侶暮らしで心身ともにかなり疲れた。
私は、それほどいいかげんなナンチャッテ坊主で暮しているかということを身をもって自覚したことになる。
とにかく、ジッとしていることがどれだけ辛いかということを久しぶりに思いだした。

身体が覚えているのだろうけど、朝早くに一度目覚めてワイフと二言三言しゃべって、そのうちアルバイト中のキーポンが起きる時間になってドタバタのあと、そのまま次の何かを始める気にもなれなくてSNSやウエブニュースを確認しているところまでは記憶にあったが、いつの間にかそれも途絶えて、気がつくと13:30近くになっていた。
もう、老人といってもいい年頃でこんなに正体を無くして爆睡できるとは思っていなかった。私も「こうみえてまだ結構若いのかも知れない!」などと都合よく解釈した。

萩のイベントで彫刻を展示することになっていたのだが、急な仏事が入ったので当初の予定がかなり狂った。当初予定していたワンボックスのレンタルもキャンセルになって、結局ボクのいとしき結界君に活躍してもらうことにした。
彫刻を結界君へ積み込んだりして作業をしていたら、強風に雨が加わりはじめた。暴風雨の中、梱包材変わりに確保している毛布やフトンなどの廃材を使って荷造りを進めた。
小品から中品まで吉田正純の彫刻13点と吉田満寿美の彫刻4点を、あの可愛い結界君へ積み込んだ。我ながら神業としか云えないほどの梱包積み込みになった。
その後、燃料を満タンにして帰宅したら、キーポンがアルバイトから帰っていた。
彼女は、アルバイト先の社員のお姉さんから今夜の夕食を誘われたらしく、間も無くしてイソイソと出かけていった。

世間では春の大型連休だからドォ〜シタコォ〜シタとやたら盛り上がっているが、吉田家に限っては特にこれといって大騒ぎになるようなこともない。
吉田家の場合、私が子供の頃からそういうところがあって普通に日常の暮しの延長で連休の毎日が過ぎていた。我が子の連中もそんなもんだと思って、普通に文句も愚痴も出ることがないまま今に至っている。

強風はおさまりそうにないまま続いていたが、雨の方はそれほどでもなかったので結界君に彫刻が積めるように準備をしていたらクロが脱走した。近所へ悪さをすることもないと私は彼を信頼しているので特に大騒ぎもしないで駐車場の結界君をいじっていたらシロもさり気なく脱走を成功させていた。脱走のプロのクロがいるから大事になることもないだろうが、シロの前身は野良暮らしの経験があるので、ヨソの家でつまみ食いなどされたらかなわない。
人間と猫の共同生活が難しいというところがそのあたりにある。お互いを尊重し信頼しておかないと、無駄に厳しくしつけたり無駄に緊張して卑屈になったりして日常の暮しに亀裂が生じる。今のところ、吉田家のネコチャンズは特に大きな反抗も抵抗もなく今に至っている。さて、それが彼等にとって幸せなことなのかねえ・・・

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緊張の連休 

2016/05/03
Tue. 10:16

松江市の松江城近くにある万善寺法類親寺のご住職御母堂が遷化されてから通夜、密葬、本葬告別式、初七日と続いた。
万善寺は、その親寺から一番遠くにある法類寺になる。
いつものことなら、「何せ松江の方は遠いもので・・・」などと理由をつけて時節や各種法要の随喜を不義理することも多いが、昨年の憲正さん遷化でなにかとお世話になっているところだし、さすがにこの度はそういうわけにもいかない。
それで、数回の往復を続けた。昨日など、朝出発して夜キーポンを松江でピックアップして帰宅するまで、実に走行距離が250kmにも及んだ。
それくらいの距離になると、山陰の日本海沿岸だと兵庫丹後あたりまで行けそうだし、瀬戸内では岡山を越えて備前辺りまで行けそうな気がする。
ちょうど葬儀のはじまる日にかけて、倉吉の水島や児島に置かせてもらっている吉田の彫刻周辺でライブイベントの企画が開催されていて、何事もなければ連休に一日くらいはそちら方面へ出かけてもいいかなとも思っていたが、それも計画以前で無に消えた。

とにかく、この度の葬儀は山寺のナンチャッテ坊主としては破格の規模で緊張も倍増した。
なにせ、仏事師が五仏・・つまり、5人の方丈さんが祭壇前に並ばれるという光景を見たのは、ハッキリ言ってはじめてのことだった。
引導を渡される方丈さんは、鳥取倉吉の本寺さんがいらっしゃった。
弔辞も延々と続き、島根県知事さんの代読もあった。
代表焼香は島根県議会議員をはじめ、政治家が長蛇の列。
ライオンズクラブや各種経済界の代表、それにもちろんご住職の宗門関係者をはじめとした多数の方丈さん方。
本葬随喜の方丈さんだけでも、軽く30人は越えていただろう。

聞く処によると、その寺の寺歴は私のような下々の坊主には想像を絶するほどの格式があるようだった。
開山の謂れというと、松江城の城主正妻さまのお子様に至という。
まだ幼少の嫡子を亡くされて悲観にくれた正妻様が、そのお子様の菩提を祈念して建立されたお寺であるということで、収蔵の宝物も国宝級が多数との噂もあるとかないとか・・
檀家数もケタ違いの大きな寺だから、経営も片手間程度で出きるわけではない。檀家総代衆のしっかりした著名人が名を連ねて盤石の運営がされている。
そのようなお寺様とお付き合いさせていただけるだけでも、田舎の山寺坊主としてはありがたいことである。ご住職からも、目が合うたびに気さくに声をかけていただき、恐縮きわまりない。

グッタリ疲れて帰宅してひととおり吉田家SNSを巡回したら、ノッチとなっちゃんが近況の写真を載せていた。
ノッチは台湾の一人旅でやたらとアチコチ歩き回ったらしい。
なっちゃんはダンナになるタクマ君と島根を満喫し、益々島根好きになったらしい。
・・・それに、私が松江へ行っている間にじゅん君が入れ替わりに帰省していたらしい。

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