FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

衣替え 

2016/05/31
Tue. 23:55

日本禅宗三派の一つ臨済宗の大般若会に手間替え随喜をしてきた。
島根県の県境近くには臨済宗も曹洞宗も寺院が少ないから、お互いに各種法要で宗派を越えて近所の寺と付き合いながら急場をしのいでやりくりしている。

手間替えというと、私が少年の頃は普通にダレでもがお互い家族ぐるみで助け合って一つ仕事を回していた。
田植えの時や稲刈りの時もそうだし、山の下草を刈ったり杉の苗木を植林したりする時も集落みんなで助け合って出かけていた。冠婚葬祭も集落が集まって取り仕切った。もちろん、氏神様の祭りもそうだし、寺の行事も集落でまかない焚きだしを助けてもらっていた。
今から思うと、あの頃は信じられないほどの結束力で集落全体が活性していた。

日本の高度経済成長期を境に全て機械化や業界産業の事業化がどんどん進んで、そういう手間替えもいつの頃からか無くなっていった。田舎からは人口の流出が止まらなくなって、核家族化が進み、やがて高齢者だけが田舎に取り残された。
現在の万善寺周辺がそういう状態で、やがて近い将来限界集落になって地域から人間の営みが消えていく日が来るだろう。

そういう現状で、今日随喜した寺はお檀家さんが結束して昔ながらの宗教行事をきちんと守り続けていらっしゃる。まぁ、万善寺とはくらべものにならないほど寺の規模も大きいし、歴史も古い寺だから当然の事だろうけど、それでもよく宗教行事をもり立てていらっしゃる。
今年も例年と変わりなく、お斎の茶飯や精進料理をふるまっていただいた。

宗門では今日を境に衣替えとなる。
白衣や襦袢といっしょに改良衣を洗濯して、明日からは9月いっぱい夏仕様に切り替える。
帰宅して衣を洗いにだしていつものスタイルに着替えている間中、吉田家のネコチャンズがうるさく足元に絡みついていた。見ると、猫メシが空になっている。
しばらくカリカリと盛大に乾いた音が響いていたが、満腹で一段落したら今度は外へ出せと催促でフギャフギャ甘え鳴きを始めた。ネコチャンズにリードをつけて玄関先へ出してやってから、部屋の床に散乱している抜け毛をクイックルワーパーでからめ捕った。
人間の衣替えのようなもので、このところ彼等の抜け毛が半端なく激しい。毎日ブラッシングをくり返しているから、その抜け毛を集めたらマフラーが一つくらい編めるかも知れない。ワイフにそう言ったら鼻で笑われた。

動物は実に良い具合に季節や環境にの変化に順応している。
臨済宗は5月15日と10月15日が衣替えの日になっているのだそうだ。見た目で決めるのか、月々の節目で決めるのか、とにかく暑さ冷むさでアバウトには対応していないようだ。
人間の暮しは、何処かしらかたっくるしいところがある。
坊主の世界では、いまだに古き良き手間替えシステムも残っているからそれはそれで良いことだと思うけど、こうして見た目にこだわる俗っぽい様式も残っているのが面白いね。

IMG_0638_2016060102053238c.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ほどほど 

2016/05/31
Tue. 10:06

久しぶりに寺の裏山の斜面へ張り付いて営繕作業をしたものだから、昨夜は身体の節々が痛くて寝返りばかりうっていた。
このところ肉体労働が続いていて老体が悲鳴をあげている。

彫刻の制作もどちらかと云えば肉体労働だが、こちらのほうは一つ一つの工程がリズミカルに推移するので、身体を無理することがほとんどない。どちらかといえば頭脳労働も結構重要な役割をはたしているから、身体をいたわりながら集中力を持続させて成果を出すような感じだ。

山仕事や草刈りなどの自然を相手にする作業は、自分の都合で一連の工程を組み立てることが出来ない。只ひたすら草刈りをし、只ひたすら斜面をよじ登りにじり降りることのくり返しが延々ととめどなく続く。切り倒す竹や雑木も、方向を間違えるとその後の始末が大変になる。

昨年の春まで、山や畑の維持管理は寺の老夫婦が仕切っていた。
二人がまだ働き盛りで若かった40代の頃、裏山の斜面の草が醜いからと、一面にサツキやツツジの挿し木をした。農地整理の公共工事を契機にして水田を畑に変えて休耕田一面へ挿し木を広げた。水路の畔にも挿し木。駐車場の周辺も挿し木・・・とにかく彼等は、万善寺周辺を底花木で埋め尽くしたかったのかも知れない。
一人暮らしを始めた私が長期休みで寺へ帰省する度に、寺の作務というと庭木の剪定へ借り出された。それもなかなか複雑な思いだ。自分で蒔いたタネは最後まで自分で責任を持って刈り取ってほしい。やがて、今のワイフ(前のワイフはいませんよ!)と結婚して二人で寺へ帰省すると、今度はワイフまで庭木の剪定に借り出されるようになった。結婚するまで都会のお嬢様暮らしを続けていたワイフが、ある日突然麦わら帽子に長袖軍手長靴スタイルで庭木の剪定や草刈りをすることになった。彼女もしばらくのあいだは文句も言わないでセッセと寺の営繕作業を続けていたが、子供が次々と産まれて、歳とともに体力が続かなくなって、やがてギブアップした。
老夫婦の高齢化が進んで身体が自由に動かなくなってきた最近では、私の営繕作業にヨチヨチとついてきて手を出す代わりに延々と自分の都合で口を出すようになった。それがあまりにもクドクドと細かくて独断的なので、私は剪定作業から一切手を引いた。
そして今年のサツキが終わった今、おかみさんは自力で歩くことが難しくなるまでに衰えたので、これを機会に寺周辺の底花木を根絶やしにすべく剪定を再開して今に至っている。
少しずつ境内の境界線に昔ながらの形状が再現されはじめ、先日は数年ぶりに北側斜面の石垣が見えるようにまで刈り込んだ。

人の暮しと自然の境界は線引きがなかなか難しい。自然が勝ち過ぎても厄介だし、人の手が入り過ぎてもわざとらしい。ほどほどにちょうどいい加減が大事なことだ。それを無視して無理すると、人が放棄した農耕地はほんの数年で竹林になり、山との境界を競り合って耕作した畑は野生のえさ場になり遊び場になる。
人は自然に助けられ育てられていることを忘れてはいけないよね。

IMG_0656.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2016-05