工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

金属抽象彫刻 

2016/07/31
Sun. 23:55

心のなかで密かに、「そろそろこのMacBook Proも引退の潮時かな・・」などと考えなから万善寺の棚経データをまとめたりお盆のご案内をプチプチとしたためたりしていたら、何かしら今までに無くそれなりにサクサク動いてくれていて、ひと頃の調子を取り戻しているように感じる。
ひょっとして、このラップトップくんはご主人様の考えていることを機械の何処かに忍ばせたアンテナか何かで敏感に察知しているのかもしれない?・・・って、そんなこともないだろうけど、現代彫刻小品展で使い倒していた仕事が一段落して、万善寺の寺務に切り替えた頃から調子が戻ってきたような気がする。いろいろと前後の事情を整理してみるに、やはり画像の処理とかデザインの構成ばかりが度重なることがオーバーワークになっていたのかもしれない。・・・まぁ、とにかくなにわともあれ、今のところほぼ予定の通り寺務もはかどっているし、ひとまずは「これで良し!」と云うことにしておこう。

夕方になって若干涼しくなったから作業着に着替えて久しぶりの草刈りをした。
夏の草は暑さや乾燥に耐えようと必死になって地面の水分を吸い上げようとしてやたらと丈夫に固く育ってくる。草刈機が跳ね返されてしまうこともシバシバだ。
駐車場の周辺の巨大化したヨモギを刈っていたら、小石が跳ね飛んでボクの大事な左のゴールドボールを直撃した。その痛さたるや筆舌に尽くし難いほどのモノで、外の袋が破れてしまったかもしれないと心配になるほどだった。エンジンを止めて駐車場の隅でツナギのファスナーを降ろしてパンツから袋を取り出してしげしげと見たが、とりあえず破れるほどの傷はなかったものの、ハッキリと直撃箇所がわかるくらいに赤くなった箇所があった。やっと調子が戻ってきた足のことも心配だし、一気に営繕作業の意欲が沈滞したが、それでもせっかく始めた草刈りをたった10分で終わらせるのも万善寺住職として示しが付かないし、グッと踏ん張って再度草刈りをはじめて少し経った頃、今度はなんとボクの息子のキトウ君へ小石が直撃した。さすがにこの痛さにはまいった。過去に数えきれないほど草刈りをしていてこういうことなど全く無かったのに、大当たりの一日になってしまった。

鉄の彫刻家の端くれとして、やはり島根県奥出雲町に常設の下田治氏の彫刻が気にかかる。彼の制作年代は俗にいう高度経済成長期から完全にバブル期をかすめている。彫刻の素材として鉄が使われ、工業製品の持つ人工的でダイナミックで且つクールな素材感があの時期には産業や人類の繁栄の象徴としてパブリックに機能したのだろう。
つい先頃・・・確か2〜3年ほど前に他界したアンソニー・カロの彫刻に通ずるような気もするし、日本でいえば鉄素材ではないが徳島在住の河崎良行氏の造形も何処かしら近い路線に位置しているように感じる。もっと抽象彫刻の世界に広げればキリがなくなるが、とにかく金属抽象彫刻の持つ特性を十分に活かし、他の素材にはない造形に昇華されていると思う。

私の造る鉄の彫刻は、彼の方向性とは全く別のモノで、「Landscape situation~或る日の情景~」のシリーズの一作。
同じ素材でもここまで表現の方向性が違うのも面白い・・・と自分ではそう思っている。

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飯南高原に積乱雲を見た 

2016/07/30
Sat. 21:25

ボクのいとしの結界くんが綺麗になって帰ってきた。
つい3日ほど前までは、全身緑の苔で汚れ、雨の水垢にまみれ、ソコソコ綺麗なのはフロントの窓ガラスと左右のサイドミラーくらいのものだった。
梅雨に入ってからは、緑の苔汚れの痕に一筋二筋と白い毛糸を貼り付けたようなイジイジした線が伸び始めた。はじめは何かの作業中に何かで引っ掻いたのか?くらいにしか思っていなかったが、吉田家前の駐車場でピクリとも動かない一日の後にもそういう線が伸びていたりする。「ははぁ〜・・さては、アイツだな!」・・・そう目星をつけてさり気なく気にしていたら、案の定可愛いカタツムリがセッセと線を描いていたのですよ♡!
それにしても、その白い線はあるところで唐突に始まってあるところでプツリと終わっている。その線上をノタリと這っているカタツムリを見ると、なんの目的もなくアッチからコッチへ移動しているふうにも見えなくて、多少左右に頭を振って真っ直ぐなルートからそれたりしてしている様子は、どう考えても、その汚く汚れついた緑の苔を食べているふうにしか見えない。このまま、見て見ぬふりでアイツに任せておいたら、梅雨が終わる頃には薄汚れた結界くんも彼らのマメな掃除捕食のお陰で結構綺麗になっているかもしれない・・などと、ニヤついていたら、今回のドック入りになってしまった。
見違えるほど綺麗になって帰ってきた結界くんには、かなりの出資をするはめになってしまったが、石見銀山から銀山街道を通って中国山地をひたすら登り続ける結界君のいつになく軽やかなエンジン音を聞くと、やはりこの数年間はかなり無理して酷使してきたのだなぁと思い当たって少しほど反省したところだ。このままこの調子でいけば、そろそろ2回目のタイミングベルト交換になる。バッテリーもかなり弱ってこのひと夏を乗り切るのがやっとだろう。
こうして何かと話題のネタにしていると、結界くんをかわいがって気にしているように思えるかもしれないが、正直なところ、主に彫刻の仕事で使い倒すにはとても都合よく出来た車であると思っているその程度のことで、他にもっと条件のいい便利な車が現れたら即乗り換えしますな!本心は、そんなところでメカニックの工場長としゃべっていたら、「ところで、お子さんはもう大きくなられたんでしょうねぇ〜」などと唐突にフラレて「もうジジババの二人暮らしになりましたよ」と吉田家の実情を話したら、「次はトラックしかないですね!1tかせめて750キロくらいの・・・」と、ニヤリとされた。確かに、トラックが一番だとは思うが、それでスーパーの買い物に出かけることを思うとめんどくさくて気が滅入る。なかなか自分にピッタリとハマってしっくりくる車種に巡り会えないままこの歳になってしまった。
ワイフが車検の切り替えを潮時にして真っ赤な車に乗り換えた。もちろん走行距離が7000キロ位の中古車で諸経費を入れたら車検代の3倍位になるが、彼女の口ぶりから察して買い換えることにした。その赤い車の名前はまだ知らない・・というか、覚えられない。車社会は日進月歩で、ボクの結界くんのような鍵が初めから無い。もちろん、鍵穴も何処にもない。ボタンを押してエンジンが掛かり、エンジンが切れるという仕組みになっている。サイドブレーキなるものがなくてフットブレーキを左足で踏む。右足で踏むフットブレーキは前から機能が変わっていないようだ。もう、ブレーキだけをとっても、ワケがわからない。自動車というより家庭電化製品が動いて走っているようだ。主婦にはそれも良いかもしれない・・などと思いつつ、飯南高原の夕焼けに染まる積乱雲を眺めた。

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オヤジの暑い夏 

2016/07/29
Fri. 23:00

島根県仁多郡奥出雲町には「鉄の彫刻美術館」があって下田治氏の彫刻がある。
野外彫刻と室内の彫刻にドローイングや絵画を併せるとかなりの点数が収蔵されている。
普通一般的に見ると、下田氏個人の私設美術館といっても良い気がするが、それがどういう経緯で「鉄の彫刻美術館」と命名されたのかはわからない。
とにかく、私のような主に鉄を使った抽象彫刻の作家は、一度じっくりと落ち着いて下田氏の彫刻を研究することも大事なことだと思う。

現代彫刻小品展を奥出雲町の横田で開催しようと思ったのは、その辺り一帯がたたら製鉄の一大工業地帯だったからで、私のような鉄の彫刻作家にとっては生涯に一度くらいは制作や発表の通過点として設定しておきたかった場所だったからだ。
実は、もうカレコレ30年位前に一度本気に具体的にそのあたりの何処かで自分の個展を開こうと計画を立て始めたことがあった。
結果としては残念ながら転勤移動の方向が真逆になってその機会を逸してしまった。
それからしばらくしてたどり着いたのが現在吉田家が暮らしている石見銀山だったということだ。
横田のあたりで計画していた個展を石見銀山で開くことになったわけだが、それも何かの縁というわけで、それはそれで良かったことだと思っている。
自分では特にシツコイ人間でもないと思っているが、こうして30年の時を経てやっと当初の願いに一歩近づけたふうにも思えて、なんとなく年甲斐もなく感傷に浸っている自分がいたりして面白い。

自分で言うのもどうかと思うが、私はどちらかと言うと人見知りの方で、初対面の人となかなかすぐに素直に仲良くなれないようなところがある。それでも、さすがにこの歳までダラダラと海千山千で生き延びていると、それなりに世間のベーシックなレベルの付き合いくらいはそれほど踏ん張らなくても比較的楽にできるようになってきた・・・と自分では思っている。
まず、大切なのはその人がどれだけ他人のために自分の汗を流してくれるかということの見極めに尽きる。これを見誤るとひどい時は修復不能になるまでのダメージを受けてしまう。
過去にそういう失敗を何度も繰り返してきたから、フリーターオヤジになってからあとは概ね無難に過ぎて今に至っている。
とにかく、まず大事なのは自分でできることは全て自分でしようと思うこと。無理はしないということ。極力他人に迷惑をかけないということ。それに尽きる。その辺りをキチンと抑えておくと、自分一人でできないことがとても良く見えてくる。そこで、自分でできないことをダレに変わってもらうかが大事な人選になってきて、そのあたりがまずはお互いの信頼関係に重要な定義域の要素となる。
これから、棚経の合間を縫って奥出雲町へ通う機械が増すだろう。
現代彫刻小品展のチラシやポスターの配布をしながら、地域の皆さんと世間話を繰り返しながらさり気なく信用の拡散と情報の収集にとりかかる。
当分の間、吉田の暑い夏が続きそうだ。

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みんな老朽化 

2016/07/28
Thu. 19:27

ボクの結界くんが重症です・・・
本日午前中にドック入りして、精密検査の結果、排気系装置が風前の灯火状態であると判明。パーツすべてを完全リニューアルすることになりました・・・〆て総額16万円也!
これはかなり厳しい!・・・といっても、結界くん2号に更新することもままならず・・・夏のお盆務めのお布施がそのまま結界くん修理代に横滑りすることになった。
なかなかの試練であるが、振り返って反省するに、あれだけハードに使い倒していたら仕方も無いだろうと自業自得で飲み込むしか無い。4年間で10万キロ走った計算になるし、その間、特に故障も不具合も無くよく頑張ってくれた方だと思う。

しばらく前に絶不調だったボクのラップトップくんは、あれから外付けのHDへセッセとデータを移動し、本体の負担を軽くして急場をしのいでいるが、そうこうしているうちに少しずつ動きが軽くなってきたように感じて、最近は、ワタシ自身の慣れも加わってソコソコまともに動いてくれるようになった。それでも、システム終了して次に起動する時は、当分の間虹のグルグルが回りっぱなしでいて、そのまま当たらず触らず5分位放置しておくことになる。インターネットの接続も何処かしらギクシャクしたままだし、とにかく、今の現代彫刻小品展絡みの仕事が一段落したら全てを消去して再インストールでもしてみようかと思う。もう、カレコレ5年ほどは使い倒して減価償却も1円までになっているから、そろそろ無理が効かなくなっているのかもしれない。

デスクトップとにらめっこしながらほぼ一日中四畳半にこもって奥出雲の現代彫刻小品展開催に向けて準備事務を続けた。
関係各所へデータの送信などして概ねメドが立ったので代車のMOVEへ荷物を積み込んで飯南高原へ向かった。
これから当分の間、万善寺を拠点に行動することになる。
吉田家四畳半のデスクトップでないと出来ない仕事も幾つかあるから、石見銀山との往復でなんとも無駄な労力を使うことになるがこれもしかたがないことと割り切るしかない。
寺の3畳は寺務所で使うとして、ロフトの方を寝室兼用の彫刻展がらみの事務所にして仕事を振り分けることにした。

晴耕雨読の日々を過ごすことが出来れば、それがシンプルで都合のいいことはわかるものの、なかなかそう上手く事が運ばない。昼に肉体労働で汗をかき、夜にデスクワークで脳みそを動かし、少しばかりの睡眠をとって、それを繰り返す。
自分が昼型人間なのか夜型人間なのかワケがわからないところもあるが、10年ほど前にフリーターオヤジになるまでは、5時から男で乗り切っていて、お昼の愛妻弁当を食べた後には上司や同僚の目を盗んでだいたいコンスタントにトータル3時間程度の昼寝をむさぼっていた。勤務時間終了が近づくとしだいに脳みそが活性し彫刻的思考にシフトする。それから30分でも1時間でも、何かしら工具や鉄材に触っていると気持ちが安らいで夕食の一杯が身にしみる。あの頃はそれほど忙しいとも思わないで毎日を過ごしていた。今もそんなに忙しいわけでもないが、なんとなく気ぜわしい。
やはり、自分はどちらかというと夜型人間の方なのだろう。

2016奥出雲ポスター・チラシ印刷原稿 (1)
2016奥出雲チラシ裏印刷

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現代彫刻小品展 奥出雲町の蕎麦 

2016/07/27
Wed. 23:59

現代彫刻小品展の前半が終了し、これから奥出雲町の準備に入る。
開催までにすでに1ヶ月を切ったから若干焦りつつ広報データを整理し始めたところだ。
取材の方はすでに数回ほど奥出雲町を訪問し、会場や役場を始めとして各所をリサーチしてきた。

ワイフに「6時45分に起こしてくれ」とお願いして寝たのだが、結局目が覚めたのは深夜の3時過ぎでそれからしばらく眠れないままゴロゴロと無駄な時間を過ごしてしまった。
デスクワークはどれから手を付けようか迷うほどたくさんあるのに、それもする気になれない。
このところしばらくアメリカドラマを観ていなかったから久しぶりにFOX配信のNCISを見始めたら、それが止まらなくなって2本続けて見てしまった。3本めに入ったところでグッと我慢して朝の2度寝に入った。だから、ワイフに起こされた時は眠気が勝ってなかなか身体が動かないまましばらく過ぎた。
前日あれだけ働いたのに身体の痛みとか疲労をほとんど感じない。実は、これが結構曲者で、そういう疲労の痛みは忘れたころになって思い出したようにやってくる。そういうことを覚悟しながらこれから数日を暮らすことになりそうだ。
ワイフが用意してくれた爽やかな夏らしい朝食をいただき、急いで坊主スタイルに着替えて石見銀山を出発した。七日つとめが終わってから更新して廃棄する古い木魚の撥遣をおつとめした。今時きちんと遺漏のない仏事をつとめる施主さんが珍しくなった。
万善寺へ着いたら、すでにおかみさんが庫裡の玄関先でウロウロしていた。出雲の総合病院へ通院の日だが、予約の時間にはまだ30分以上余裕がある。老人はおとなしく待つことが出来ないことが多いし、おかみさんは特にそういうタイプだ。予約時間のかなり前に受付を済ませて待合室で待機したものの、受診はお昼を過ぎてからになった。おかみさんのイライラはカレコレ1時間半も続いただろうか・・・
こういう時の私は、文庫本を鞄に忍ばせて粛々と1日を過ごすことにしている。日頃からなかなかつくることの出来ない貴重な読書タイムと思えばイライラも全く感じないで時がすぎる。

これから万善寺に拠点を変えて奥出雲町へ通うことになる。
彫刻展の仮搬入の後、ガラス工芸館のすぐ前のたたら刀剣館へ挨拶しておいた。行く先々でガイドのリーフレットなど資料をかき集めてワイフに渡しておくと、彼女がそこそこマメにチェックしてくれて都合がいい。
奥出雲町は蕎麦処を目指しているようで、町内の至る処へ蕎麦屋が点在している。蕎麦屋マップなるものがあったので、それを頼りに、すでに3箇所を制覇した。「鬼そば」は蕎麦の味より店の雰囲気で食べさせるように思えた。暖炉型薪ストーブが目を引いた。「八川そば」は、JR木次線八川駅前にある蕎麦屋さんで、小奇麗な大衆食堂のような感じ。蕎麦の味はもう少し田舎そば風に香りが立つほうが好きだが、コシがあってソコソコ旨い。「山県そば」は今のところ一番自分よりの蕎麦になっている。蕎麦の香りも良いしコシもあってのどごしが良い。大将の軽いノリも好感が持てるが、難点は少々観光客慣れしているところ。まぁ、結局は万善寺の近所の「一福」が今のところ一番かな。

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現代彫刻小品展 搬出と搬入 

2016/07/26
Tue. 23:55

朝から曇り空が続いて、移動中には雨もぱらついたし、路面が濡れているところもあった。
浜田の世界こども美術館へ到着したのは8時半。
当初計画していた通りに搬出作業の一日が始まった。

展示台を会場から搬入口へ移動している間に、いつもの棟梁が颯爽と昇降機付きアルミ2tレンタルトラックでやってきた。彫刻の展覧会のお手伝いをお願いしていて外すことの出来ない強力協力スタッフの一人でもある。
それからノリちゃんがやってきて、直後に周藤さんが来てくれた。
買い物を頼んでいたワイフが到着した頃には展示台の移動や積込がおおよそ終わって彫刻の梱包作業に入った頃だった。
それからしばらくして今年初出品してくれた高橋さんが来てくれた。
これだけスタッフが集まれば千人力だ!
少数精鋭部隊ゲリラ的搬出搬入作戦は、こうしてスタートした。

今年の現代彫刻小品展は、搬入の時から絶不調が続いていて関係諸氏に多大な迷惑をかけてしまっていたが、10日間の会期が過ぎて搬出の頃になってやっとほぼ平常の体調が戻ってきた。足の具合も徐々に回復して、このまま上手くいけばお盆の棚経が始まる頃には正座が出来るまでに回復しているかもしれない。
人間はこうして年々日々刻々老化していくのだろうということを、身を持って痛感した数ヶ月であった。

搬出作業は、梱包作業を中心にやはりそれなりに難航を極めた。搬入時に手伝ってくれたスタッフが抜けると作業の順番がわからないまま短時間で一気に荷造りをしなければいけないので、それが一番のストレスになる。それでも、今回の搬出スタッフは色々試行錯誤を繰り返しながら丁寧に荷造りを終わらせてくれて、予定より1時間ほど早くトラックを出発させることが出来た。
棟梁に周藤さんに吉田の「3匹のオヤジ」は最強の搬入部隊。
目指すは、第二期開催地奥出雲町の展覧会会場ガラス工芸館。
浜田会場を後にして、奥出雲町役場の担当さんとメールや電話で連絡を取り合いながら約3時間かけて移動した。
1時間の余裕ができたので、地元の名物蕎麦「山県そば」でゆっくりと昼食をとった。
会場の鍵を借り、彫刻移動用の台車を借り、荷降ろし搬入が終わって会場入口を施錠したのは午後4時半。
「今日は帰りが10時位になりそうだから・・と女房に言っておいたけど、明るいうちに帰れそうですね・・」ポツリと、周藤さんが言った。棟梁は往復ともトラックを運転してくれた。それから、ワイフが石見銀山のベースキャンプから心配の電話をしてくれた。
・・・なんてしあわせなんだろぉ〜〜〜・・・みんな、私のワガママについてきてくれる。

夕食はイタリアン風各種料理が並んで、メインはとんかつだった。
今までの慰労と奥出雲町の現代彫刻小品展成功をワイフが祈念してくれているようだった。

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現代彫刻小品展 浜田展報告 

2016/07/25
Mon. 22:20

2016現代彫刻小品展in浜田が本日で終了した。
総入場者数522人。
ワークショップ参加171人。
以上の結果となりました。

総括すると、彫刻の出品者は増えたものの、一人1点が多く、作品の出品点数は少なかった・・・という感じで、出品点数59点、出品者数48名、触れる彫刻は10点であった。
会期が夏休みに入って最初の土日から始まった関係からか、島根県内各地でさまざまなイベントが開催されていた。子供も親もさぞかし忙しかったことだろう。
会期中の天候は良好で・・というより良好すぎて、一日も雨がふることがなかった。浜田ではすでに5年ほど開催しているが、会期中に雨が降らなかったのは今回がはじめてのことだ。美術館はどちらかと言うと天気が悪いと入場が増えたりする。公園の中にあるとか近くにあるような美術館は特にそういう傾向が強いように思う。
宣伝不足もあるだろうが、美術館への入場そのものも少なかったから、それが今年の傾向であったのかもしれない。

また、島根県内からの展覧会出品者が減った。それに、県内や近県で彫刻を出品しただけで会期中に会場へ現れなかった作家もあった。他のグループ展や個人の展覧会などの行事と重なってしまったような話も漏れ聞こえてきた。精力的に活動することはいいことだし、彫刻展への帰属意識も緩やかな集まりの会だからそれはそれで特にどうこう批判めいた事も無いが、出品作家の個々人においては、現代彫刻小品展に対しての温度差がありすぎるのも仕事の量が不均等だったり集客の告知がずさんだったりして、タップリと汗をかいてきた作家から見ると釈然としないわだかまりのようなものが残ってしまったのかもしれない。私自身は特にそういうことは気にすることも無いでいるが、過去にはそういう負担の過不足が気になって出品を控えた作家もいた。このあたりの共通理解を得るということはなかなか難しいことで、どちらかと言えばそういうことに労力を消費するより、ひたすら地道にコツコツ眼前の事実へ向き合って乗り切る方を選んでしまう。

吉田家の家庭事情を云えば、今年は例年に無く、いや、例年以上にワイフが親身に働いて手伝ってくれた。毎年のことだからそれなりに色々な場面でワタシを助けてくれていることに変わりないが、今年は特に彼女に助けられたことが多かった。
コアなメンバーで私の支えになっているのは彫刻家では周藤さんにノリちゃんだろう。他にも今年は松田さんや松本さんも受付を手伝ってくれた。浜田在住の河島くんにも彼のお母さんにも毎年受付で助けられている。数年前に生まれた男の子が毎年1年に1度見るたびに大きくなって河島くんそっくりになっていたが、今年は残念ながら息子さんに合う機会を逸してしまった。
最終日の今日はノリちゃんが二人の子供を連れて片付けの応援をしてくれた。二人ともしばらく見ない間にずいぶん大きくなってしっかりしてびっくりした。私が年をとるはずだと、こういう場面になると実感する。

明日は朝から会場撤収と搬出移動がある。もうひと踏ん張りだ!

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現代彫刻小品展 浜田会場会期終了 

2016/07/25
Mon. 06:36

現代彫刻小品展も最終日を迎えた。
振り返ってみると、今回ほど厳しくて辛い思いをしたことはなかった。
とにかく予定の立たない万善寺の仏事が次々に入って、それとこれとを連動させて「あれがあるから無理です」と断ることの選択肢は最初から存在しない。いろいろやりくりをしてその場を凌ぐしかないことだから、アチコチにたくさんの迷惑をかけてしまった。
何時もは何かと人騒がせなおかみさんが珍しくこの期間中おとなしくしてくれていて助かったと思っていたら、最後の最後にまた病院の通院でワガママを言い始めた。こちらの方も悩みの種で、自分以外のダレに託すことも出来ないことだから気が重い。
会期中足の具合をこじらせてしまってそちらでも苦労したが、ここに来て一気に調子が改善し始めた。このまま2〜3日安静にしていればもっと良くなるだろうと分かっているが、これから搬出も控えているし、それも無理なことでまた症状が悪化するかもしれない。
いずれにしても、身心共に不健康な日々が過ぎている。

彫刻は全てが頑強にできているわけではない。
私の造る彫刻は結構丈夫に出来ているが、一方でとてもデリケートな素材の彫刻もたくさんある。テラコッタもそういうデリケートな彫刻素材の一つと言えるだろう。
テラコッタは、日本語的に言うと「素焼きの彫刻」のようなことになる。
素焼きは陶芸の制作過程で行う第一回目の焼成にあたる。よく乾燥させた粘土の作品をだいたい750度から1000度前後の高温で焼成する。焼成温度は作家によって色々だが焼成温度が低いと粘土の成分変化が少なくて脆いがその代わり収縮も少ないし形の変形も少ない。高温になるほど粘土が焼き締まって作品の収縮が強まりスケールに変化が生じるものの素材そのものは丈夫になる。それぞれの彫刻家の彫刻に対する解釈の範囲で粘土がブレンドされ焼成される陶製彫刻がテラコッタである。
今回の展覧会にもたくさんのテラコッタ彫刻が出品された。
林さんの彫刻はテラコッタに着色された女の子が可愛い。このくらいの大きさの彫刻は、下手をすると人形のような表情になってしまうことがあって、その境界をしっかりとわきまえておかないと彫刻としての造形性が狂ってしまうおそれがある。彼女ほどの作家歴があるから構成の緊張感をもった彫刻に仕上がっているわけで、安定した力量を感じる。
大井さんの彫刻はテラコッタ表現の彫刻であると言う前に、首像に対してとても真面目に真摯に丁寧に取り組んだ習作的彫刻と言える。首像はそのスケールがおおよそ常識的に決まった範囲で制作されることが多いから、彫刻の修得には避けることの出来ないとてもベーシックな題材であるといえる。派手さはないが、作家の力量をつぶさに見分けることが出来るので制作者としても手を抜くことが出来ない。こういう彫刻に対して直球勝負をかける潔さに好感が持てる。
森戸君は展覧会の関係で長い付き合いになる・・・といっても、私は野外彫刻ばかり造っているから木彫の彼との会話はほんの挨拶程度のことで過ぎているが、それでもやはりかなり前からの知り合いである。その木彫作家と言ってもいい彼が今回の現代彫刻小品展にはテラコッタの彫刻を送ってきた。比較的一木造りに近い大きな彫刻ばかり観ていたからそれなりに新鮮に見えた。それでもやはり、何処かしら彼らしさの醸しだされた彫刻になっている。

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現代彫刻小品展 なにがでるかなワークショップ 

2016/07/24
Sun. 22:22

会場の受付をしながらワークショップの準備をしていたら、フラリと入ってきたご婦人がいやに熱心に彫刻の一つ一つを見て歩いているので声をかけた。
自分で言うのもどうかと思うが、そのあたりの絶妙の呼吸が彫刻の壁を下げる要素のポイントの落とし所だと思っていて、やはり彫刻の認知を広めるためには営業に繋がるかもしれないその程度のことに積極的に対応できる程の仕事は出来て当たり前だと思っている。
作家それぞれの価値観の問題だから全て正しい行いだと限定できるわけでもないが、日頃からヌルくヌルく毎日を過ごしている吉田としては、年に何回かは積極的に彫刻展の営業をすることも大事だなと思っていて色々手を変え品を変えて乗り切っているわけだ。
それで声をかけると、あのご婦人やっぱり「待ってました」と日頃の思いが一気に吹き出した感じで話が耐えなくなった。
要約すると、ご婦人曰く、こんな素晴らしくレベルの高い展覧会なのに地元に暮らす私はまったく知らないまま過ぎてしまった。もっと積極的に地域に広報すべきではないか・・・というようなことだった。主催者としては耳の痛いところでもあるが、それはそれなりに毎日何もしないで怠慢に過ぎているわけでもない。変に食いついて波風がたつと色々ややこしいことになるので時を見計らって話題を変えることなどしょっちゅうの事だが、そこには、はじめから自分の世界と世間にズレが生じてしまって何かと協調できない最後の落とし所のようなものが暗黙のうちに緩やかに用意されていて、みんなそれなりにそんなもんだと納得してもらっているようなところも無いわけでもない。

今回の展示期間最後のワークショップが始まって終わった。
後半のワークショップは合計57人の性別年齢を問わない参加があった。
主催者としては(というより、オヤジとしては・・)回転率を上げて小銭稼ぎに集中するか、造形の旨味に反応してじっくり気の済むまで制作に集中出来るか・・・というそのあたりに講師もお客さんも共通の納得できるワークショップのネタを仕入れるか・・・まぁ、講師はそのくらいのストレスを持った働きはしてほしいな・・・などと、黒田の時は黒田を思い浮かべながら黒田しかない!と、そう思った(????)って、わかんねぇ〜だろぉなぁ〜・・・(注:黒田ー広島)
まぁ、坊主のはしくれとしては、制作中の時々に人の心を引き付ける話題がそれなりに網羅されていたなと思ったくらいであまり大きな完成の感動を共有するまでに至らなかったが、参加者のそれぞれはまぁまぁ満足していただいたようだ。

例年のように予算枠の中で諸々の外せなくて割愛できない作業が進むということもあって、搬出のドタバタもそんな感じ・・・で、この現代彫刻小品展に労を提供いただく県内彫刻家諸氏の皆様・・・とても助かります!
島根県内ごときでも、確実に彫刻好きな何処かの誰かとすれ違っている作家繋がりな現実の緩やかな拘束に我が身を積極的にゆだねなければいけないと感じつつ、彫刻発表を細分化して次の巡業展(巡回展)に出かける下準備をしている今日この頃であります。

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現代彫刻小品展 ガラス絵ワークショップ 

2016/07/24
Sun. 06:02

今までのらりくらりと怠けていたツケが溜まって、現代彫刻小品展の開催期間中最大のピンチにオヤジの身体がついていけない。まったく、不甲斐ない自分が嫌になる。

動かない身体を騙し騙し起床したのは6時過ぎ。急いで着物に着替えて結界君へ飛び乗ってしばらく走ってから忘れ物に気がついた。引き返して、それで軽く10分のロス。
朝の8時から初七日のお経を読むことも滅多にない。慌ただしくおいとまして次の施主家まですっ飛ばしている間に着信があったが無視。
痛い足を引きずって年回の法事を始める。
200回忌と33回忌と23回忌の3つを1つにまとめての年回法事だから回向の読み上げも大変だ。
アクティブに行動しおしゃべりが止まらない元気なおばあさん3人を相手に、只ひたすら会話が途切れる一瞬を待つばかりでなかなか法事が始まらない。結局、予定より30分オーバーして法事修了。
大衣をそのまま雲水スタイルに切り替えて急いで結界君へ飛び乗って浜田市の展覧会場まですっ飛ばしたが、やはり30分遅刻してワークショップ開始の時間へ食い込んでしまった。

今年は浜田の次に島根県東部の奥出雲町横田で巡回展を開くことにしたから、ワークショップ講師を分散させるために後半の土日は自前ワークショップで対応することにしたのだが、それに万善寺の仏事が重なってしまって自滅した。
とにかく、ボクのゆるい人生で久しぶりの分単位の行動はかなり身体に応えた。

島根県のベテラン彫刻家松本さんが午後から受付を引き受けてくれたので、私はワークショップへ集中することが出来た。
広島から弱障害の子供達が団体で美術館を訪問していて、その数人がワークショップに参加してくれた。
「この子たちは少し頭に障害があるので出来るかどうかわかりませんので・・」
付き添いのお母さんなのか先生なのか職員なのかよくわからないおばちゃんが、そんな念押しをしてきた。
私は専門の先生でもないしタダのオヤシでその上筋金入りのナンチャッテ坊主だから、そんなことを云われても普通に自分が思うように出来るように対応するしか無い。
「・・・この黒い線のところをリューターで削ると白くなるんだ。何も傷をつけないところは透明のままだからね。黒が白になるんだよ。しっかり頭を使って考えるんだよ!」
別にその子が理解できなくても、何か手を動かせば何かが出来上がって、それなりの結果が出るからそれで十分楽しいはずだ。何もしないうちから、出来る出来ないを決められてしまっている子供が可哀想な気がした。
それから3時間の間に幼稚園前の小さな子どもからおばあちゃんまで30人のお客さんがリューターでガラス瓶と格闘した。
中学校の仲良し3人組は1時間近く、椅子とリューターを占領していた。なかなかの力作が完成したが、リューターの電池はヨレヨレになっていた。

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現代彫刻小品展 猛暑の日々 

2016/07/22
Fri. 23:24

毎年、梅雨の時期から秋の彼岸までの間に万善寺周辺の各地で色々な仏様の供養法要が行われる。施主家個人でお願いされることもあれば、地域の自治会でお願いされることもあるし、講会の名残が数軒寄合ってお願いされることもある。
万善寺は起源が天台系の密教と縁があるようで、各種祈祷仏事を請け負ったりしていた。子供の虫封じや放牧して行方不明になった家畜の方位占いや身心快楽の祈祷などを頼まれていたが平成になった今では消滅した。
それでもかろうじて残っているのがこの講会(こうえ)法要である。中でも薬師講、観音講とそれに大師講で出かけることが多い。大師というと、ほとんどが弘法さんを言っていて、その弘法大師さんは真言宗の開祖さんだから曹洞宗の万善寺とは少しばかり縁がずれているようなところもあるが、田舎の山寺ごときでそのようなめんどくさい律儀のスジを通していても堅苦しい付き合いになってしまうから、「出来ることは何でもやりまっせ!」的な軽いノリで引き受けている。
弘法大師さんの御縁日は毎月21日と云うことになっているから、「できるだけその御縁日を目指して法要を計画されたほうが良い」と伝えてある。それでこの度も、21日の夕方から自治会内の祠にお祀りのお大師様を集会所へ遷座して供養法要を行った。この近年に世代が交代して大師講から抜けた家も数軒ある。講会を守っていらっしゃるみなさんもしだいに高齢になって夜の法要に出かけることが難しくなることもあって、参列の人数がしだいに減っている。塔婆回向で書く塔婆もこの数年で施主の名前が交代してきた。色々な状況の変化もある中で、和讃を唱えながら約30枚ほどの塔婆回向を唸った。

現代彫刻小品展の方は、日差しの暑さに負けてか、美術館企画展の宣伝不足か、はたまた現代彫刻小品展が飽きられたか、どのような原因かわからないまま集客が伸びないまま終盤を迎えた。浜田での展覧会も5回を迎えたからそろそろ潮時が来ているような気もする。

徳島の松永さんが美術館の視察も兼ねてはじめて浜田まで来てくれた。今までは暑い夏の時期はヨーロッパで避暑暮らしをしていらっしゃったが、今年はいくつかの抜け出せない展覧会があって日本を脱出できなかったそうだ。ステンレスを使った金属彫刻が専門で、日本各地に彼の野外彫刻が設置されている。小品の彫刻も手が込んでいて良い彫刻になっている。こういう安定した質の高い彫刻が展覧会を引き締めている。
福岡の難波さんが久しぶりに出品してくれた。主に鉄の線材を使った金属彫刻の作家でまだ十分に若いから、力でねじ込んだようなザックリとした具象的構成の比較的わかりやすい彫刻になっている。このタイプの彫刻は一般の取り付きも良くて適度に人目を引く。これからの展開が楽しみな若い作家である。
神奈川県の重田さんは学生の頃からよく知っていて、いまだに縁が耐えない数少ない知人の一人だ。そういうこともあって、日頃はジュエリーから彫刻まで幅広く発表活動をしている中で、この時期になると思い出したようにストックの彫刻を幾つか送ってくれる。忙しい人だから仕方がないが、だいたいほとんど〆切りを過ぎてから慌てた様子もなく電話が入ってくる。
「もう、とっくに〆切り過ぎちゃってたワ♡!まだ間に合うかしら??」
「はい大丈夫ですよ!重田さんのために〆切りを1週間ほど早く設定してありますから!」
何時までたっても可愛らしい女性らしい緩めの金属彫刻が会場を和ませている。

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現代彫刻小品展 やわらかな石彫 

2016/07/22
Fri. 09:31

飯南高原には10ヵ寺近くの浄土真宗寺院と3ヵ寺の曹洞宗寺院と1ヵ寺の臨済宗寺院が残っている。昭和の頃にはそれに日蓮宗も浄土宗も寺院があったが、平成になって世襲が耐えて後を引き継ぐことが出来ないまま廃寺になった。私の小学校からの同級生には浄土真宗の寺の息子がいたから、1学年80名の子供達の中に私ともう一人のあわせて二人ほど寺の子がいた。学年を越えると、上や下の学年にも寺の子がいて、兄弟や姉妹をあわせると一つの小学校全体で10人前後の寺関係者の子供達がいたことになる。
島根県のド田舎辺境の地でも、あの頃は小学校全体で500人近くの子供達がいたから、その中で10人位は寺の子がいても不思議ではない。それに、町医者も内科や歯医者や診療所が揃っていたし、駐在所だって子供の行動範囲レベルだけで3箇所にあった。農林業に従事する家庭の子が殆どなったが、小学校へ通う子供達社会でもほぼすべての職種が集まっていたから、性格も考え方も生き方も暮らしぶりもさまざまに違って、それはそれは賑やかなもので喧嘩も耐えることがなかったがそれでもそれなりに仲良しでもあったと思う。
同級生の浄土真宗の住職のパパが93歳で入寂された。万善寺の憲正さんが昨年89歳で遷化だったから長生きであった。2日ほど前には万善寺の檀家さんのおばあさんが93歳で亡くなりそれに次いでこの度のこと。飯南高原の同じ自治会で一週間連続して葬儀がでた。お手伝いの皆さんは仕事も休んでさぞかし大変だったろうが、私も結構忙しかった。

葬儀に参列して午後になって浜田の現代彫刻小品展会場へ向かった。それなりに暑い日が続いているが湿気が無くて爽やかだから気持ちのいい暑さだ。

岡山の石彫作家小林さんは、この近年万成石を割ってくり抜く彫刻を造っている。外側は万成石の特徴がよくわかる肌合いをわざと残し、外からは殆ど見えない内側をセッセと磨き上げている。石の内面に見る人の気持が引きこまれていくような感じが面白い。確か、イサムノグチの納骨兼用墓石も万成石だったような気がするが思い違いかもしれない。
福光石の採掘権を持つ社長さんが勇退されて以来、福光石がなかなか手に入らなくなった。その親戚筋に当たる石彫仏師の坪内さんも福光石を繰り抜いた彫刻を出品してくれた。内側に紙を貼って照明を光らせている。一日の展示が終わってコンセントを抜くと、福光石がほの温かい。柔らかな石肌と坪内さんの穏やかな人柄がそのまま彫刻の温もりになっているようだ。
茨城県在住の石彫作家鈴木さんは、1年の制作の殆どを野外彫刻の大作に費やしていて、環境と密接に関連し、自然と融合した、そんな感じの彫刻になっている。定期的な個展には小品のオシャレな彫刻もあって、彼のセンスの良さが伝わる。彼の石彫からは、石の持つ硬質な威圧感や圧迫感を感じることがない。丁寧に叩きこまれて出来上がった石の曲面の連続とやわらかな肌合いに彼独特の世界観が凝縮された緊張感もあって、石の存在に引き込まれる。どちらかというとまだ若い作家だと思っているが、その力量は十分にベテランの領域に達している。今年の春には、数年ぶりに銀座の画廊で彼と話すことも出来た。こうして、田舎暮らしの吉田を忘れないでいてもらえてるだけでありがたいのに、自作の小品彫刻を提供もしてくれる。彼のような高いレベルの彫刻家が出品してくれているだけでも展覧会の質的価値が上がる。
午後から半日かけてやっと全彫刻作品の撮影が終わった。

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現代彫刻小品展 結界君大活躍 

2016/07/20
Wed. 23:25

このところ、結界くんが大活躍している。
一日のうちで、4時間近くは結界君と一緒にアチコチ移動している。

だいたい葬儀が終わると四十九日まで7日ごとにお経を読んでいるが、今日はその三・七日だったので、施主家まで出かけた。そのお宅は万善寺から結界君で2分程度のすぐのところにある。だが、石見銀山の四畳半でやることもあるし、今度の土日のワークショップの準備もあるから、今のところ吉田家を拠点に活動していて、結局片道45分の距離をそのお宅まで移動した。お経が終わってお茶が出て、それから墓石のことや満中陰の法事のことで相談を受けた。最近は・・・というより、すでに憲正さんの代から此岸に暮らすものの都合で法事の日程が決められる。だいたいが仕事の休みを調整して土日の法事になることが多いが、最近は親族の生活の拠点がしだいに遠くの都市部へ移動しているから、その日の朝の法事に間に合うように移動することが難しくなっている。そんな事情もあってこの度も午後からの法事になった。

そう言うような打ち合わせを済ませて、石見銀山へとんぼ返り。改良衣をいつものリーバイスとポロシャツに着替えて急いで浜田市の会場へ向かった。紺碧の日本海を右に見ながら、贅沢に山陰道を使って1時間弱で展覧会の会場へ到着。
受付にお願いしている奥さんと一緒にワイフが会場当番をしてくれていた。私が到着して少し後に、島根在住の作家ノリちゃんが到着してワイフを引き継いでくれた。
人手があるうちに彫刻作品の撮影を進めておこうと準備して二人に手伝ってもらった。
富山県の丸山さんは東京で展覧会が一緒になる時の飲み友達でもある。富山は金属鋳物の産地でもあって、彼はその原型を造ることをなりわいにしている。だから、彫刻も手慣れていてオシャレな情景を具象に仕上げることが上手い。こういう小品だけの展覧会にはピッタリの彫刻だと思って、随分前から出品依頼をしていたのだが、今年になってやっとはじめて自作を提供してくれた。
埼玉の高橋さんも具象彫刻の作家。優れたデッサン力と手慣れた表現力で、絵画的情景空間を作り出すことに長けている。デッサンで造形を組み立てる作家は、一方でそのデッサン力に頼り過ぎるようなところもあって、彫刻の保つ重量感のようなものが薄まってテクニックの上手さだけが目につくような彫刻になりやすいが、彼女の場合は、そのあたりの指先の勢いをサラリと滑らせるような軽さをグッと我慢して、トツトツと真摯に対象のモデルと対峙している。彫刻に時間と空間の溜めがあって、それがすごいと思う。
藤田さんは鳥取県出身で、現在島根大学の彫刻研究室で教鞭をとっている。全身教育者的な超真面目なひとだと、私は感じている。彼のような真面目さは私には皆無と言っていいほど持ち合わせていないので何かしらの用事で会うとやたらに緊張してしまう。木彫の作家は独特の職人的真面目さをもって素材に向き合っているようなところを強く感じるが、彼の場合も正にそういうタイプの人だと思う。

島根の田舎で優れた一流の彫刻を見る機会など、一般に普通に暮らしていたら一生に一度も巡ってこないだろう。そういう現実で、この現代彫刻小品展は貴重な展覧会に位置づいていると私は思っているが・・・さて、どうだろう?

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現代彫刻小品展 熱烈歓迎女流彫刻家 

2016/07/19
Tue. 23:34

島根県はどうやら梅雨が明けたらしい。
最近の吉田には世間の情報がほとんど入らない状態だから梅雨明けを知らなくてもしかたのないことだ・・・といっても、このところ殺伐とした話題ばかりを耳にするから自分の方でそういう世間と距離をおいているようなところもあるんだけどね。

葬儀の一式を終わって万善寺へ帰ったら、つがいの山鳩がノンビリと本堂の濡れ縁でひなたぼっこをしていた。本堂のアチコチが頻繁に鳥の糞で汚れていたが、その原因がやっとわかった。
梅雨の雨で潤った境内が瑞々しく伸びた雑草で賑わっている。
先日はおかみさんがマムシのつがいを見つけて大騒ぎをしていた。私も別の日につがいのどちらか一匹がとぐろを巻いて日向ぼっこをしているところを見かけた。今朝、葬儀に出かける時は丁度その同じ場所にトノサマガエルがいた。マムシは結構独特の匂いがあって、人間の私でもなんとなく嗅ぎ分けられるくらいなのに、カエルの嗅覚はそこまででもないらしい。そのカエルは「どうかマムシさん、ワタシを食べていただいてかまいません。きっと美味しいと思いますよ♡」といった感じのうつろな目をしてワタシをちらりと見た。

現代彫刻小品展も3連休中のワークショップでは、120人ほどの参加者があったらしい。会場への来客はその倍くらいになったようだ。島根県で活躍中の絵画作家も何人か訪ねてくれたようだし、万善寺の近くに住むIターンのお姉さんも娘さんと一緒にきてくれたらしい。
まったく、「〜ようだ」とか「〜らしい」とか、なんとも曖昧な経過報告しか出来ないことになってしまって、まことに不甲斐ない。
おまけに、本日の葬儀の同じ時刻に岡山の石彫作家の小林さんが石見銀山の大森小学校で子供達相手にワークショップを開いてくれていた。仏事がなければ私も小学校で子供達と戯れて学校給食を頂いていたところだ。

今年の現代彫刻小品展は、いつになく全国から女性の彫刻家がたくさん出品してくれた。何時だったか、絵を描いている友人が「今の美術界は女性の天下だね。オレなんか会場の隅で小さくなってるよ・・」と愚痴っていた。そういう現状は、彫刻界でも似たようなふうになりつつあるのかもしれない。
大阪からUターンして島根県で制作をスタートさせた中田さんは、どちらかと言えばインスタレーションの方へ力を注いでいるようだが、こうして1年に1回の展覧会へは彫刻を発表してくれている。
2010年の初回から出品してくれている福岡の井形さんは、今回もオシャレで可愛い小品を出品してくれた。この数年の間にみるみる作風が安定してきて大作もいい仕事をしているし将来が楽しみになってきた。それに、梱包に入っている福岡からのお土産も楽しみだ。今回は旨い珈琲だった。世話人の特権で今はそれを毎日飲んでいる。
東京の展覧会の出品仲間で木彫の実力者川口さんは、今年になってはじめて現代彫刻小品展へ自作を提供してくれた。大作もそうだが、小品の彫刻もスキのない個性的な作風が目を引く。
島根トップの女流彫刻家であるワイフもいるし、面白い展開になってきた。

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現代彫刻小品展 慌ただしい3日目 

2016/07/18
Mon. 23:10

このところ、キーボードをプチプチ叩くより、墨をスリスリ摺っている事のほうが多くなっている。
葬儀に必要な諸々の書物を済ませてやっとひと心地ついた。

通夜の席では、ご親族の皆さんが大きな声で修証義を一緒に読んでくれた。きっと、可愛い野球少年たちがいたから、彼らの元気に大人たちが釣られたのかもしれない。孫かひ孫かわからないが、行年93歳のおばあちゃんは、きっと子供達にとっては人気者だったのだろう。その子供達は、荼毘の時も最後のお別れでお棺の覗き窓から安らかな寝顔をしばらく覗き込んでいた。

万善寺では、この2ヶ月のうちに二つの葬儀があった。
近年に無く珍しいことだが、その二つの葬儀は私にとって思い出に残る数少ないとても良い葬儀になった気がする。寂滅のお二人とも長寿の末の大往生であったからなのか、地域の皆さんの手厚いご厚情がヒシヒシと伝わってきた。
最近は、残された親族のけち臭い経費削減のせいで、やたらと俗に言う家族葬なるものが増えた。死んでいく者にとっては、長年親交を深めた地域の皆さんやたくさんの友人知人に賑やかに見送られて逝くことこそ、自分の人生を懸命に生きた証であるといってもいい。せめて、そういう最後の晴れ舞台を用意してあげることも残された者の孝行になるし、それがまた喜びになって思い出にもなるはずだ。そういうことは、必ず次の代にも引き継がれていって、先祖代々の絶えない継承になる・・・と、私は思っているが・・・

せっかく三連休にスタートした現代彫刻小品展のことも気になるし、お昼前のギリギリまで美術館の会場にいた。受付は、浜田に新築した私の若い知人。彼とは、この浜田での展覧会の時に会うくらいで、いつもは疎遠のまま過ぎている。それでも長い知り合いだから、会えば会ったで特に疎遠のブランクを感じることもなく会話が進む。もっとも、気がつけば私が一方的に彼に向かって喋っていることがほとんどで、それでも見た目は嫌がる風もなく私の話題に付き合ってくれている。お昼あたりには彼の奥さんが子供を連れて会場へ来てくれるような事を言っていたが、残念ながら葬儀の用事もあって会うことが出来なかった。

気づかないまま国道の何処かでワイフとすれ違って会場受付を交代した後、そのまま万善寺へ急いだ。我ながらこういう面倒なことをよくやっていると思う。
寺の隣のお宅は、ついにご高齢のご夫婦が二人してどこかの施設に入所されたようだ。しばらく前から人の気配が消えた。息子さんは私より幾つか上で娘さんは私と同級生。それぞれに横浜や神戸へ自分の家を持って自分の家族と暮らしている。もう、隣の家へ帰省することも無いだろう。私も母親に対しては随分と冷たい仕打ちをしていると思うが、それでもなんとかして少しでも長く寺の庫裡に暮らさせてあげようと思うから、こうして頻繁に二重生活を続けている。
正直なところ、彫刻仲間との付き合いや自分の家族や石見銀山の地域との付き合いの方がズッと濃い気がする。
いつの間にか親子の関係が随分と希薄になっている。結局そんなものなんだろうかなぁ〜〜〜

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現代彫刻小品展 2日目は・・・ 

2016/07/17
Sun. 23:29

ふくらんだ餅のようにパンパンに浮腫んだ足も、ひと晩寝るとそれなりに元に戻って、ワイフが買ってくれたサポーターをなんとか膝まで上げることが出来た。
午前中は会場で受付をしながら作品の撮影をしようと計画して、その準備をしておいた。
午後は年回の法事があって飯南高原まで結界君を走らせることになる。
改良衣は展覧会場の何処かで着替えることにして、その準備も怠らない。
開館前に彫刻やキャプションや照明などの点検があるから、30分ほど早く美術館へ到着できるように時間を逆算して駐車場へ出た。
三連休で大忙しの土産物屋のおばちゃんがお店の開店準備をしていた。
「今日も暑くなりそうですね」
「あら、今日はお寺?」
「その前に浜田で用事があるんですよ」
「そりゃぁ、大変ねぇ・・けっこう時間かかるでしょう、浜田からだと・・」
「江津から江の川沿いを走って1時間半くらいですかねぇ」
「えぇ〜、あの細い道走るの?気をつけてねぇ〜江の川落ちたら大変よ!」
まぁ、結界君で江の川落ちたら大変程度では済まされないけどね・・と思ったが、
「そうですよねぇ、ありがとうございます」と、ひとまず礼を言って塔婆や雪駄などを結界君へ積みこみながら朝の挨拶をしていたら電話が鳴った。
こういう早い時間に鳴る電話はあまり良い用事でないことが多い。

電話は案の定、「うちのおばあちゃんがそろそろかもしれないので・・・」と、もう一ヶ月ほど前にお話を聞いていたお檀家さんからだった。
大正生まれの行年(享年)93歳は大往生といてもいいでしょう。
運良く・・・と言ってもいいだろうが、とにかく法事で大衣など諸々の準備が出来ていたからそれほど焦ることもなく追加の支度を整えて、結界君を走らせたが、美術館へ到着したのは開館ギリギリになってしまった。
余裕のないまま大急ぎで会場の支度をしていたら、松江から周藤さんが来てくれた。距離は石見銀山から1時間は余計にかかるほどだから、7時前には自宅を出発しているはずだ。せっかくの休みなのに申し訳ないけどありがたい。
早速今朝の経緯を伝えて、一日の受付を託すことにした。周藤さんは、島根県内でもベテランの彫刻家だから、こういう事態に安心できる。
作品の撮影を始めていたらワークショップをお願いしている坪内さんが到着した。掃除のおばちゃんがやってきて、館長さんも覗いてくれた。ギリギリまで受付をしている間に、もうワークショップのテーブルへお客さんが張り付いている。
美術館のほうは、なんとなく少しずつ静かに活性している。

枕経を読んで葬儀の日程などを調整して、少し遅れて法事の施主家へ到着した。
3回忌の法事は奥さんもないまま若くして亡くなった先代家長。参列の家族は、その兄弟姉妹に従兄弟や孫達とお母さん。お母さんは次の7回忌の法事もまだ十分に元気でいいられるはずだし、みんな若くて賑やかな法事だった。
修証義をみんなで大きな声で読んでくれた。こういう若い法事も田舎では珍しいことだ。

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現代彫刻小品展 はじまりはじまり! 

2016/07/16
Sat. 23:56

皆様お待たせしました!!
・・・といっても、こんな超マニアックな個人ブログを首を長くして待っているそういうヒマな人もいないでしょうけど・・・

それで、吉田は一体何をしていたかというと、ノンビリ朝寝を貪って、エアコンガンガンかけて煎餅バリバリ食べながら一日中好きな映画を見漁って、時々ネコチャンズと戯れてゴロゴロしていた・・・というわけでもありません。
もっとも、聞くところによると吉田家の末娘はこの連休をそんな自堕落に過ごしているようでありますが・・・

まぁ、閑話休題・・・
現代彫刻小品展の搬入陳列から作品鑑賞会を経て展覧会成功祈念決起集会で1日の幕を閉じ、みんな二日酔いの展覧会初日を迎え、ワークショップもそれなりに賑わい、グッタリと疲れて帰途についた・・・という、めまぐるしく働き通しの2日間を過ごしていた。

2016現代彫刻小品展 in 浜田は、出品点数59点、出品作家48名の展覧会になった。
東は栃木、茨木から九州宮崎まで日本各地から厳重に梱包された彫刻が届いた。
出品作家の都合で、搬入陳列の当日は約10点ほどの未到着があって、展示効果を考えながら彫刻を設置することが難しかったことと、その作業が最終段階にさしかかった頃、突如会場の天井から大量の水漏れが発生し、せっかく展示が決まりつつあった彫刻を急いで撤去したりしてひとしきり大騒ぎになって予期せぬ自体への対応を余儀なくされた。
そうこうしているうちに、四国の徳島から徳島彫刻集団の会長でもある松永勉氏が会場へ駆けつけてくれた。
せっかくのことなので、彼を中心に作品鑑賞会を開いてしばしギャラリートークが続いた。
参加した彫刻家たちもそれなりにいい刺激になっていたと思う。
水漏れの原因はエアコンの冷却水の配管老朽化が原因のようらしいが、今後、どのあたりで同様の故障が発生するか予測不能で、会期中は昼夜を問わず緊張を強いられる展覧会になってしまった。浜田世界こども美術博物館も築20年を過ぎ、老朽化が進んでいる。結局、業者の修理が終わるのを待っていると何時になるかわからないから、残りは初日開館前に回して浜田の町へ流れた。日本海の新鮮な魚をメインに食も進み、おおいに飲んだ。

展覧会初日の朝はやたらと慌ただしく過ぎた。
松永氏を案内して、今年からお世話になっているキリスト教高校へ向かった。これから夏休みにはいるので、それまでの最後の授業になる。せっかくなので松永氏に彫刻のことや美術のことや自分の体験談など、たくさんのお話を伺った。学校見学のご家族も加わって、充実した2時間になった。その後、松永氏を浜田駅で降ろして美術館の会場へ帰ると、先ほど高校の美術小屋で授業をしていた生徒やその友達が会場へ到着していて、ワークショップを楽しんでいた。
老体は悲鳴を上げているが、気持ちの方はなんとなく高揚している自分がいる。
作家の大事な彫刻を預かっているし、これから10日間、緊張の日々が続く。

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ヨレヨレオヤジ 

2016/07/15
Fri. 02:38

親子であるということが信じられないくらい、私には理解できないほどの出不精であるおかみさんが、やっとデイサービスへ出かけてくれた。
潜在的な私の性格も加味していろいろ考えるに、たぶん、内弁慶の小心者だからなのではないかと思う。そんなもんだと思ってデイサービスの職員さん相手に彼女の言うことを聞いていると、とにかくアレコレもっともらしい理由をつけて必死で万善寺の庫裏へしがみついている様子がよく伝わってくる。
これからしばらく展覧会で忙しくなるから、その前に少しでもおかみさんのかたくなな気持ちをほぐしておく必要がある。なんとか説得してデイサービスへ出かけることを納得させたが、当日の朝になっても私に聞こえるほどの近くへはい寄ってきてブツブツ言い訳がましいことをしゃべり続けていた。

夏の大衣は、取り扱いに苦労する。
生地が薄く出来ていてすぐに何処かが破れたり糸がほつれる。それに、法事ひとつでかいた汗がタップリ染み込んでいるから、それが乾かないとたたむことも出来ない。無闇に洗濯もできないし、洗い張りに出すほどの財力もない。結局は、ひと夏中、吸い込んだ汗をその都度風通しのいい本堂の鴨居に吊るして陰干しで乾かし、適度に香をくぐらせてからたたんでウコン風呂敷に包むということの繰り返しをしている。
他の方丈さんがどうしているかわからないが、私の場合はよっぽどのことでもない限り撥遣のおつとめには大衣を着て袈裟をかけることにしている。先日の撥遣もそうした。だから、汗もかいたが雨にも濡れた。おまけに縫い目のほつれが一気に広がって修繕が急務になってしまった。それを無視したり忘れたりすると次の着衣の時に恥をかくことになるので、一通り風を通して乾いた頃を見計らって針仕事をした。この歳になっての針仕事はなかなか厳しい。夜の電灯の下ではもう針に糸を通すことも出来ない。
隣町の方丈さんはそういうこともあって、町内に住む後家さんと上手にお付き合いしている。私などそんな裁量も色気もないし、それに何よりワイフが怖くて手も足も出せないビビリだから、こうしておかみさんが居ないうちに本堂の濡れ縁で繕い物をすることになる。
その大衣は、憲正さんが生前に着ていたものだ。まだ十分に新しくて隠れたところへしつけの糸まで残っていた。それでもこうして針仕事をすることになるわけだから、結局は着こなしが下手だということになる。晩年の憲正さんは両膝の具合が悪くなってまともに歩くことも難しくなっていた。そういう状態でもギリギリまで導師を勤め、ヨチヨチと本堂へ上がり下りしていたから大衣が痛むのもしかたがないことだ。それを引き継いだ私が夏衣のこの時期になって足の具合が悪いままそれを引きずっているから余計に始末が悪い。

もう、とにかく曹洞宗の坊さんにあるまじきほどの所作の乱れが半端ない。
それを思うと、彫刻家は気楽でいい。ボロボロの穴だらけの汚いツナギに長靴履きでヨチヨチ足を引きずっていると、「どうしたの??大丈夫??無理しちゃダメよ!」などとアチコチから優しい声を頂く。
さて、いよいよ本日は彫刻の搬入展示。みんなヨレヨレオヤジを気遣ってくれるかなぁ〜・・彫刻家たちの冷たい視線が突き刺さりそうでちょっと怖い。
結局は、ビビリのおかみさんとどっこいだね。

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ロフトの朝 

2016/07/14
Thu. 06:43

石見銀山もかなりの田舎だと思うが、万善寺はそれにも増してなかなかの田舎だと思う。
ロフトで寝ていると夜明け前から周囲の騒音で起こされる。
気楽に眠りを貪ることが出来ないほどのうるささだ。

今年は、今の時期に朝の4時位から周囲の山で蜩が鳴いている。
だいたい1時間ほど鳴き続けると、何故かみんなで申し合わせたようにスゥ〜〜っと鳴き止んで静かになる。
そうしてしばらくすると、例の保賀の谷に暮らすつがいのカラスがそれぞれ距離を図りながらアッチとコッチで情報交換を始める。
これもしばらく断続的に続いて、万善寺の蔵の屋根でそれが始まったりすると、もううるさくてうるさくて朝寝など出来るものではない。
カラスのデカイ鳴き声で起こされるのだろう、他の鳥達がしばらくのあいだ一斉にアチコチで鳴き始める。
今の時期はツバメの鳴き声が特にたくさん聞こえてくる。
やがて国道を走るトラックの走行音がうるさくなり、しだいに乗用車の軽い走行音がそれに加わる。
その頃になると、国道沿いの家で飼われている雑種の犬が鳴き始める。それが6時頃。
その犬をかわいがっていたご主人が亡くなったのは冬まだ寒い頃だったが、その時は人の出入りが激しかったせいもあってほぼ1日中鳴き続けていた。犬の体力は相当なものだと感心した記憶がある。
数年前までは、その犬が鳴き始めると寺のすぐ前の家にいたビーグルがつられてしばらくウォンウォンと鳴いていたから、今よりもっとうるさかった。

昨日撥遣でおじゃました墓地の塔婆に、2つほど蝉の抜け殻を見た。古い土地が残っている証拠だ。
万善寺の境内も、昔は普通にアチコチで抜け殻を見たものだが、今はそれも皆無。
原因はわかっている。おかみさんの除草剤散布と、委託農業の一斉防虫剤散布。それが始まった頃から少しずつ蝉の鳴き声が遠ざかって今に至っている。

だいたい1時間半位で保賀のカラスが自分たちの生活圏を巡回して万善寺の近くまで帰ってくる。
そのすぐ後に、町内のケーブル一斉放送スピーカーからピアノ演奏の小学校校歌が始まる。
余程に疲れて爆睡中でない限り、もうここまでくると朝寝を楽しむレベルではなくなる。
おかみさんが紫蘇葉をブレンドした番茶を煎じる匂いがロフトまで漂ってくる。

昨夜は、現代彫刻小品展の諸々の印刷原稿を仕上げるのに午前1時位までかかった。だから、正味3時間くらいしかまともに寝ていない。それに、前日の2回の墓地墓石撥遣で痛い足を無理したものだから一晩中膝とくるぶしが疼いていた。
今日は夕方から展示台と彫刻の積込が始まる。
さて、自分の身体はあとどの位まともに動いてくれるのだろう・・・

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彫刻と墓石 

2016/07/13
Wed. 16:20

ワイフのつくってくれたつまみが絶品で、久しぶりに酒が美味かった!
最近は、安いラムを炭酸水で割って飲んでいる。
世間では焼酎が流行りのようで、何処へ行っても誰と飲んでも焼酎ばかり。法事の斎膳でも施主さんやご親族が焼酎を飲んでいる。隣町の同宗の方丈さんも焼酎好きで、何処へ行ってもどういう時でも決まって焼酎をリクエストされる。
ワイフの前で酒のことをとやかく言うと、とたんに機嫌が悪くなるので酒絡みの話題を極力避けながら目立たないようにチビチビ飲んでいるのだが、時々思い出したように厳しく指摘されて酒の出鼻をくじかれることもあって、渋々と夕食の飲酒を我慢することがある。それでも大体は私の酒好きを見逃してくれていて、その上にこうして旨い酒のつまみを用意してくれるから、年間を均してみると概ね酒飲みの私を黙認してくれている気がする。

昨夜に酒がはかどったのは、そんな訳でワイフの造ってくれた砂肝のつまみが美味かったこともあるが、現代彫刻小品展の出品作品が完成した安堵感というものもかなり影響していたと思う。
この近年は、鉄と日本海に揉まれた石を組み合わせて彫刻にすることが多い。
幾つかの彫刻制作のテーマを使い分けてそれぞれに連作を造っていて、その日本海の石を使うのもその一つになっている。
行きつけの海岸も、最近は玉石の浜が侵食された上に漂着物が溜まって随分荒れてきたから、できるだけ良い条件の時は日本海で洗われた大小の玉石を結界君のリヤデッキに積めるだけ積んで持ち帰るようにしている。
今度の彫刻で使った福光石もその海岸から収集したもので、工場の倉庫にしばらく眠っていたものだ。それを時々取り出して、立ててみたり寝かせてみたりしながら転がしていたのだが、思い切ってそれを使ってみることにした。結果は、まぁまぁ納得できるものになって、ワイフに見せたら彼女も「結構面白いんじゃない」と言ってくれた。

クロがフギャフギャ鳴きながら朝の吉田家巡回を始めて、それで目が覚めた。外は梅雨らしい雨が降っている。万善寺の用事で墓地や墓石の撥遣法要を2つほど日程に入れていたのだが、生憎の雨になってしまった。
今はもう見る機会もなくなった波多石の墓石があった。
原石は青御影の巨大な玉石で、それが風化して丸くなった山に埋まっていたものだ。山全体が石山というわけでもないから、採石には無駄が多くてその分値が張る。丸い石から四角い墓石を切り出すだけでも歩留まりが悪くてそれでまた値が上がる。切ってみると割れ目が走っていて使い物にならなかったりして、結局粉砕して砂利にする。
とにかくこの波多石は石屋泣かせだったのだが、それでも昭和の頃までは細々と墓石細工が残っていた。このたび墓石撥遣で出かけた先は、波多石の採れる近くだったからこうして墓石になって残っていたのだろう。
坊主的にみると石の姿が周囲の借景に溶け込んで柔らかく優しげで上品に見える。彫刻家的に見てもなかなか魅力的で福光石より上だ。廃棄の墓石が実に勿体無い。
空が少し明るくなってきたから、これから夕方にかけて雨も上がる気がする。

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ここだけの話・・ 

2016/07/11
Mon. 23:52

安静にしておかないといけないことはわかっているが、実際そういうわけにもいかなくて動き回っているから、どんどん症状が悪化して身動きができなくなりつつある。
面白いもので、身体が不自由になると脳みその思考回路が適度に整理されて、溜まったデスクワークの優先順位がよく見えてきて、今日の仕事は思った以上にはかどった。
その途中で、珍しく万善寺がらみの電話が集中して宗門の手帳に書き込みが増えた。
島根県の万善寺周辺はお盆が8月になるので、7月のうちは比較的暇が多いからこの時期に現代彫刻小品展の企画を入れていたのだが、今年はやたらと仏事が続いて展覧会事務に迷惑をかけてしまう。

下世話なことだが、万善寺のある飯南高原は現在レギュラー140円!
仏事ひとつをまともに戸別で受けると燃料の高騰で足が出てしまうから、できるだけ一日に幾つかの仏事をまとめて受けるように調整しているがそれも限界がある。支出を切り詰めるには、自転車移動くらいしか残る手段が思いつかない。
少し前に結界君の前を走っていた選挙公報車は「わ」ナンバーだった。燃料代も必要経費でまかなえるのだろう。お金の流れる質量とスピードが万善寺の仏事と比べ物にならないほど莫大だ。こんなことで日本が活性するのなら、四六時中国民の血税を使って勝手に選挙ばかりしていればいいだろうと、不覚にも思ってしまう。

その選挙投票日は、痛い足を引きずりながらワイフと一緒に投票所まで出かけた。吉田家で投票したのはたぶん私達夫婦だけだと思う。
じゅん君は部活指導で忙しくしているようだし、なちゃんは新居に引っ越して直だし、ノッチも帰国して間がないし、学生のキーポンは選挙のために帰省することもない。90歳を過ぎて毎日を這って暮らしているおばあさんは投票所まで出かける手段も気力もない。
今の政治に現代国民のそれぞれの事情へまんべんなく対応できるほどの統制力など無いということは吉田家の家族事情を見ただけでもわかることだ。
政治家が自分に都合のいい法改正を繰り返してマスターベーションしてエクスタシーに浸っているふうにしか見えない。
聞くところによると、無効票の中に「支持政党なし」と記載されたものがかなりたくさんあったらしい。ここだけの話だが、私は最近の選挙のほとんどで白票を投じてきた。島根の田舎の選挙区で期待できるというか、信頼できる政党が見当たらないからだ。投票用紙の開票で当選でもなく落選でもない、第三の選択票を用意できれば、少しは今より投票率が上がるかもしれない。少なくても私はある意思を持って白票を投じてきた。

もう一つ、ここだけの話・・・
実は、福士や江夏や高橋や衣笠や山本や・・・あの頃からズゥ〜っと広島カープが好きなのです。今年はあの頃を思い出すように面白い。これから後半戦をどう乗り切るか楽しみで、「球場見に行こうか?」と云ったら「野球見に行くんでしょ!」とワイフに突っ込まれた。
「投票所に行こうか?」じゃなくて「投票しに行くんでしょ!」・・何時になったらそう云えるような選挙が出来るのだろう。

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ラムずくしの日曜日 

2016/07/10
Sun. 21:42

雨で流れていた石見銀山の史跡清掃が本日早朝に行われた。
数日前から調子の悪い足を引きずりながら草刈り機を振った。
先日の豪雨で銀山川のいたるところがえぐられている。
普通は、川のアチコチに上流からのゴミが引っかかっているが、今回は相当の激流だったようで、川草が見事になぎ倒されて何時に無くキレイだ。
豪雨の後に日本海のいつもの玉石の海岸へ出かけてみたら、いつもと様子が変わって悲惨なものだったが、思ったほど流木のゴミもなくて比較的キレイだった。北からの風がなかったせいで、川のゴミがそのまま沖合へ流されていったのだろう。
日本海の石もそろそろストックが少なくなってきたし、工場の仕事の合間に採取しておこうと思っていたが、以前のような海岸へ戻るにはもうしばらく時間が必要な感じだ。

足をかばいながら無理して動いたせいで、無駄に体力を消耗した。せっかくの日曜日に家の営繕作業が停滞してワイフには悪いと思うが、この一週間で現代彫刻小品展の搬入作業を済ませなければいけないし、できるだけ体力を温存して足の不具合を解消しておかなければいけない。
行水で汗を流して午前中はハンモックで安静にした。

頼んでおいた万善寺のお盆の粗品のベースが届いたと知らせが入ったので、急きょ出雲まで出かける事になった。昼食前の中途半端な時間になっていたからワイフと一緒に行動する事にして、私の足変わりになってもらった。
今年の粗品は蓋付きのガラス瓶。
それに和風というか、中国風というか、そういう感じの雲を描いて文字を刻もうと思う。
すべて手作りで仕上げるのだが、寺のお参りが20軒にもならないから出きる事だ。
もう、かれこれ5年以上は続けているが、セッセと汗を流しているわりにはこれといった反応が返ってこない。特に何かを期待しているわけでもないが、お盆のお参りのお布施の返礼としてみるとそれなりに菩提寺の心がこもった粗品にはなっていると自負している。

憲正さんは、仏教の小難しい理屈をクドクド語るタイプの坊主でなかったから、そういう事に慣れ切っている今の檀家さんは、私の面倒臭い宗教話など聞きたくもないところであろうが、坊主が檀家を選べないように、檀家も自分の都合で菩提寺を変えようとなるとそれなりにそれなりの信念と体力も必要になってくるから、そこまでして波風を立てるより、グッと我慢辛抱して住職のつまらん話を聞いた振りしていた方が気楽で良いのだろう。最近、お参りが減ってきたのはそのせいもあるだろうとチラリ思った。信心などかけらもない檀家衆が一見神妙な面持ちで年中仏事の義務と形骸化して割り切ったお参りをしていらっしゃる風に見えてしまう。

せっかくの出雲だから、ラムをしこたま買い込んで3時のティータイム時に昼食とも夕食とも云いにくい曖昧な食事は、炭酸で割ったラムを飲みながらラムをたらふく食べた。
子供たちがまだ小さい時の頃をなんとなく思いだした。
あの頃は、日曜日というと近所のキャンプ場へ出かけてバーベキューを楽しんだものだ。

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梅雨の晴れ間 

2016/07/09
Sat. 23:32

平均すると1ヶ月に2日ほど美術の先生と云う名目でお世話になっている高校へ久しぶりに出かけた。
前期?は2名の男子選択者と担当の先生の3人と一緒に楽しく(ボクはね!)2時間を過ごしている。ちなみに、後期の選択者がゼロだったらボクはお払い箱サ!
まぁ、そんな感じのゆるいお付き合いが新年度から続いている。

今までの授業では、それなりに色々な事をしてきたと思うが、なにせだいたい2週間に1回くらいしか制作の機会がないから、じっくりと時間をかけて何かに取り組むというようなことはできない。だから、日替わりのワークショップのようなノリでお手軽なネタを小出しにしながら2名と付き合っている。とても熱心に2時間の授業に取り組んでくれていて、久しぶりに我が子を育てているような感じになって、実に気持ちがいい。
その学校は全寮制だから、そろそろ夏休みになって授業が無くなったら生徒達は実家へ帰省してひと夏を過ごす事になる。二人とも帰国男子で、一人は休みの前半をアフリカで過ごすらしいし、もう一人は北海道へ帰省して部屋へ閉じこもるのだそうだ。
少年時代から、夏休みはお盆の棚経のお手伝いで終わるだけで、何もこれといって楽しい思いでもないまま大人になった私にとっては、想像もつかないほど羨ましい夏休みだ。それでも春から数ヶ月間親元を離れて集団生活をしていたわけだから、そのくらいのご褒美はあって当然と納得しつつ、久しぶりに再開する親御さんへのお土産にでもなればと思って、今日の2時間はガラス瓶へリューターを使って絵を描いた。
二人とも、世間話などしながら口と一緒に手も良く動いて手際よく作業が進んで、なかなかステキな個性あふれるガラス絵に仕上がった。

午後からは、富山(とみやまと読む)の廃校になった小学校をメイン会場にした総合美術イベントで個展出品してくれる作家を現場へ案内する約束になっていたから急いでそちらへ向かった。
若い作家は、ナビの扱いにもなれているから簡単に現地集合を約束できる。ひと通り会場を案内して、寸法を測ったりしてから、富山の町内をひと回り案内した。棚田には稲がスクスクと伸び、田の畔はキレイに刈り込まれて整備され、盛緑の風景が眩しい。
日が沈むまでにはまだしばらく間があったので、大田市のスポットを案内した。
山越えをして石見銀山へ回って町並みを観光してワイフも呼びだして一緒にお茶を飲んだ。しばらく休憩して日本海へ出てしばし波と戯れた。それから、海岸沿いの道を少し東進して国道へ出て東西に別れた。

その個展の作家は、鳥取に生まれ育ち、島根の大学を卒業し、現在、鳥取の学校へ勤務して美術の先生をしている。山陰から外へ出た事がないまま絵を描き続けている。聞くと、山陰の田舎が大好きだと云っていたが、それが真意かどうか・・・
人の考えや思いは人それぞれだから何が正しくて何が間違っているかなど、そんなことはどうでもいいことだ。それでもやはり若くて身軽なうちはもっと広い世間を体験する事も大事な事だと思う。
未熟なうちはとにかく無闇矢鱈とジタバタする事が良いと私は思う。

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2016現代彫刻小品展展示台移動 

2016/07/08
Fri. 23:09

現在、現代彫刻小品展出品彫刻家46名。
過去最高の出品者数となりました!・・・が、作品点数はそうでもなく・・・というところです。

石見銀山は朝から梅雨らしい小雨が降り続いたので、裏庭から銀山川にかけての草刈りを断念して、倉庫に保管中の彫刻展示台を2Fから1Fへ移動した。
都合何往復しただろう??
蒸し暑く淀んだ倉庫の中で良い汗をかいたが足腰はガタガタになった。若い頃のように、キビキビした動きは期待できないものの、時間をたっぷりかけてゆっくりと確実に一つ一つの動作をくり返していけば、少々の身体の不具合もそこそこ乗り切れる。

もうずいぶん前の事でどんな状況の時だったか忘れてしまったが、ベテランの電工さん(電気工事屋さん)がなにげなく話している事を聞いてなるほどと思った事がある。
「若いヤツは早く仕事を片づけようと焦って無駄に体力を消耗してしまうから、すぐにバテて使い物にならんのよ」
その人は、中国電力の発電所から高圧線を延ばすための鉄塔を造るようなこともしている生粋の職人さんだった。もう、どう贔屓目に見ても60歳はいっているように見えたが、実際はまだ若かったのかも知れない。
険しい中国山地の山に入り込んで、トラックが動く限界から後は、重い材料や機材を担いで道無き道をひたすら進むところから仕事がはじまるのだそうだ。ひどい時は、一日かけて材料運搬の往復をしただけで引きあげる事もあるという想像するだけで過酷な労働だ。
とにかくこういう体力を使う仕事は、その体力を如何に温存するかが大事な事なのだそうだ。1日の仕事を半日で片づける事は物理的に無理な事がわかっているのに、若い連中は少しでも早く仕事を終わらせて楽になろうとする思いに負けて無駄にドタバタと動き過ぎるのだそうだ。それで注意力が乱れて怪我をしたりミスをしたりして周囲の同僚に余計な迷惑をかけたり、かえって作業が長引いてスケジュールが乱れてしまう事になる。

カタツムリや亀のようにノロノロと動いて怠け見えるかも知れないが、そういうゆっくりとした動作が体力の消耗を減らし、安全で確実で失敗の無い仕事の積み重ねになっていく・・・なかなか、含蓄のある重たい話だった。
その話を聞いたのは、まだ今より若くて体力も欲もあって、造る彫刻も無駄に世間へ迎合したものばかりの頃だったから、「そんなもんかなぁ〜」とか、「自分とは住む世界が違うなぁ〜」くらいにしか感じていなかった筈なのに、何故か電工さんのあの時の話はとても鮮明に覚えている。

今こうして、自分の身体をだましだましのんびり仕事を進めていて、それで特に焦る風もなく辻褄を合わせていられるのも、ヒョッとしたら、あの電工さんのことを忘れないでいられたからかも知れない。
明日は高校生と半日過ごす。どう考えても、彼等には今のジジイの心境はまだまだ理解できないだろうなと思いつつ、何時かは何かの機会にこの話をしてやろうと思っている。

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クロネコとAmazon 

2016/07/07
Thu. 23:15

前回、角塔婆を書いたのは何時だったろう??全く記憶に無いほど忘れてしまっている。
年回法事で50回忌を超えると、万善寺では角塔婆を勧めている。
50回忌を超える法事は毎年数件はあるのだが、施主さんのほとんどは板塔婆ですませてしまう。万善寺にとってはそれもマシな方で、最近はそういう古いご先祖様の年回法事をスルーしてしまう施主さんが激増した。まだまだ古い暮しが根付く田舎の山寺の万善寺でこれだから、日本仏教もここまで落ち込んだというわけで、まんざら不甲斐ない住職のせいだけで済まされることでも無い気がする。

ひと頃、イオンが全国の平均的葬式価格を発表して葬祭事業に参入しはじめて仏教界から大バッシングを受けたことがあった。
その少しあとに、あのAmazonが坊主派遣事業を開始すると発表した。詳しくは知らないがお葬式坊主の出張手配が5万円で内訳は坊主の手取り三万五千円也!と云う事らしい。
人から聞いた話だから嘘か本当かわからないが、まぁ、イオングループとかAmazonくらいだったらそのくらいのことは思いつくだろうなと思うし、提示された相場も庶民レベルで妥当なあたりに落とし込まれている気もする。

坊主と云っても私はまがりなりに檀家も数軒ある山寺の経営を任されている「住職」であるから、世に云う在家坊主の中でも世間のしがらみの重さを担って檀家さんと付き合っているところがある。
自分の寺を持たない・・というより、住職資格のない葬祭業者のお抱え坊主とか、霊園名簿に登録されている葬式派遣坊主とかそういう営業坊主とは若干立ち位置が違ったところでお檀家さんや施主さんや地域と付き合っているつもりだ。
本当は、寺の経営だけで生活ができればもっと坊主らしい坊主になれていると思うが、現実はそこまで甘くもないし、家族も養わなければいけないし、様々な金蔓を手繰って日銭を稼ぎながら暮しているから、結局はそのあたりの営業坊主とそれほど変わらないかも知れないが、やはり、守る寺があるし、ご本尊様がいらっしゃるし、お檀家さんのお位牌もあるし歴代住職のお墓もあるし・・・そういうたくさんのしがらみに包まれながら毎日を暮しているところに大きな差がある。

坊主の立場で思うとこんな感じだが、一般在家の立場だとまた違った現実が眼前に迫っている事も確かな事だ。
ようは個人の宗教観が全てを左右する事だろう。葬式をAmazonの派遣坊主で済ます親族もいれば、菩提寺へお参りしてねんごろに弔う事が残されたものの努めと思う人もいる。
結局は個人の考え次第になるのだろうが、当事者の一人でもあるだろう私としては、なかなか割り切れないところもあって釈然としない。

ふと見るとクロネコがAmazonの箱を潰して寝ている。なかなか考えさせられる光景だ。
まさか、派遣坊主がAmazonの箱に入って宅配される事もあるまいが、チャッチャッと葬儀が終わって、「ハイ、ありがとうございました!それじゃぁ、ココへ認め印をよろしく!・・あっ、印鑑無かったらサインで結構ですよ!」なんて、感じになるのかなぁ・・

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2016現代彫刻小品展出品者40名突破 

2016/07/06
Wed. 18:54

身体の絶不調をかかえながら終日現代彫刻小品展の事務をしている。
夕方になると、何か身体を動かす度に腰の骨がコキコキと不気味な音をたてる。足の浮腫みも多少出ている気がする。まったく、自分の身体がなさけない。

ワイフが面白い温泉を見つけたようだ。
仕事の帰りにいつもの温泉へ行ったら駐車場がいっぱいだったから、そのまま温泉街を散策していて見つけたそうだ。
ワイフが時間講師で出かけている学校は三瓶山中腹の温泉街にある。だから、温泉旅館とか温泉ホテルとか、とにかく町中温泉だらけなのだ。そういう立地条件で温泉銭湯のような昔から地元住民が愛用する施設が数ヶ所あるようで、その一つを見つけてノンビリと浸かってきた・・・という話をひと時聞かされた。

現代彫刻小品展の出品整理をしながら、時折その温泉の様子が脳みそを駆け巡ったが、とにかくグッと理性で我慢してひたすらデスクワークに集中した。
その流れで、九州から毎回出品してくれる女流彫刻家のお姉さまの彫刻梱包を開けたら、なんと!!、可愛らしいお手紙と一緒にボクの好物の珈琲が入っているではありませんか!
丁度しばらく前にAmazonで衝動買いしたミルもあるし、絶妙のタイミング!何処かしら彼女と気持ちが通じているのではないかと、ワイフの前で妄想が膨らんでしまった。
本当は、展覧会のコアなメンバーとみんなで仲良く楽しくわけ合ってチビチビと飲むべき珈琲なのだろうが、世話人の特権ということで、吉田家で独り占めにさせていただこうと決めさせてもらった次第。
まぁ、このブログを覗いている彫刻家もほとんどいないだろうし、公私混同の着服も、どこかのセコイ元知事のレベルに比べたら可愛いものだと云うことで、見て見ぬふりとか知らんぷりとかそういうあたたかい目で見逃してやってくださいませ。
同封のお手紙がなんとも可愛らしく悲哀に満ちていたので、本人の承諾無しに勝手に転記させてもらうことにした。
歯痛の件は、吉田家も近いノリで、私は先日まで続いた憲正さんの一周忌絡みで歯を食いしばり過ぎて神経過敏の歯痛に悩まされていたし、ワイフは差し歯が取れて「あの歯医者さん怖いの・・」などとビビってそのままになっているが、ニッと笑うとその空洞がチラリと見えて可愛らしい。
パパの件は、現在高齢者のワガママで手子摺っているボクのママも数十年前に心筋梗塞で緊急手術を受けて、現在、彼女の心臓の半分は馬の心臓が移植されて動いている。日進月歩の医療技術には驚かされる。
大雨災害の件は、つい先日に九州から島根へ移動してきたようだ。幸い万善寺周辺と石見銀山の吉田家周辺は大きな被害もなくてすんだが、私の移動範囲の至るところで重大な被害が多発していて、学校の臨時休業まで出てきている。

そういう、なんとも湿っぽい話題ばかりの中で、今年の現代彫刻小品展の勢いは目を見張るものがある。ナンと、出品者が現在既に40名を突破した。

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現代彫刻小品展正念場 

2016/07/05
Tue. 02:36

老化して劣化した自分の身体が気候の変化に敏感になってきたのか、古傷を騙しながらひたすら草刈りを繰り返していたら、ついに右の足首が腫れるまでになってきた。
ことの始まりは左足首の古傷だったはずが、結局巡り巡って右に移ってしまったようだ。
こうなってくると、身体というものは正直にできているというか、左右のバランスが微妙に釣り合いながら正常をキープしているということを身をもって感じる。
なんとなく思い出すと、昨年の今頃も確かこんな感じで苦労していたような気がする。あの時は、その後夏の棚経を始める頃になって少しずつ回復して落ち着いて、普通に正座ができていたはずだ。これから2〜3日は昼の間に彫刻を造って、夜は事務処理の毎日が続く。こんなことをして身体を酷使して、さてお盆はきちんと正座が出来るだろうか?

現代彫刻小品展の出品申し込みが締め切りを過ぎた。
今年も日本各地から彫刻の小包が届いて、現在吉田家の土間は足の踏み場を確保することがやっとできているほどに狭苦しくなっている。
その土間は、吉田家の中で一番風通しが良くて、適度に湿気を帯びた土の冷気が漂って、これから夏が過ぎて残暑の厳しい間はとにかく涼しくて気持ちがいい絶好の場所だ。
こういうところで木彫を管理していると、土間のあちこちから楠や欅の香りが漂ってきて、いながらにして森林浴を楽しんでいる。
彫刻が集まるまでは冬支度用に積み上げたストーブの薪がいい感じで芳香していたが、クロは特に気にもしないで脱走の機会を伺いながらウロウロしているだけだった。それが最近は、ふと気がつくと楠の彫刻の近くでくつろいでいたり、梱包の木枠から覗いている石彫に寄りかかっていたりして、そういう彫刻の香りや冷たさが気にってしまっているようだ。そういえば、私の鉄のテーブルなど見向きもしなかったはずなのに、最近は自分の方からその上でくつろぐようなことを覚えてしまった。

身体の痛さを誤魔化すように夢うつつでゴロゴロ絶え間なく転がっていたが、少し前に蒸し暑くて寝苦しくて目が覚めた。このまますぐに眠れそうもないので、冷えた炭酸水を飲んでトイレに行って、冷湿布を探し出して腫れた足首に巻きつけた。
昼間は、おかみさんの通院があったり七日つとめがあったりして、その後奥出雲町の役場まで結界君を飛ばそうと思っている。夕方にはワイフに付き合う用事が控えていてなかなかに忙しくなりそうだ。
奥出雲町は、今度初めて現代彫刻小品展の第二期会場になる。
会場の立地条件とか、地域の住民人口などを総合して判断すると、第一期会場の浜田市とは比べ物にならないほど集客が難しいだろう。それでも、今後の彫刻展の展開にはそれなりに刺激のある地域だと思っている。
美術芸術の常識では、やはり大きな都市部の綺麗な美術館を会場にして発表を続けることの方が話題にもなって集客につながるし、都合のいいことも多いだろうと思うが、私はそれが全てでもないと思っている。告知とか広報の戦略や鑑賞者の対象をどのあたりへ落とし込むかという、主催母体の趣旨コンセプトの立ち位置を明確に打ち出していけば、既成の概念に迎合することなく、地域に根付くオリジナルの展覧会が出来上がる気もするし、出品の作家もそれで刺激をもらえるかもしれない・・などと、そんなことを考えている。

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新妻なっちゃん 

2016/07/04
Mon. 16:59

石見銀山から万善寺のある飯南高原一帯は、断続的に続く猛烈な豪雨で川の水位が上昇している。眼前の用事で手一杯で島根県の東部や西部がどうなのかよく分からないが、とにかく私の行動している地域は各所で雨の被害が出ている。

湿度も高くて蒸し暑くて、何もしないでじっとしているだけで身体中が湿っぽくベタついている。そのせいなのだろうか、数年前に怪我をした足首の古傷が疼き、それをかばいながら坊主仕事をしていたら今度は膝の調子が悪くなり、それをかばいながら草刈機を振り回していたら腰に負担がかかってしまったようで、今日になってこうしてデスクワークをしているだけで、腰から下のいたるところがとめどなくシクシクと痛い。
なんとも言えない壊れかけのサイボーグのような動きで吉田家をウロウロしていたら、「すぐに病院へ行きなさい!」とワイフが怒り出す。彼女としては、私のそういう様子を近くで見続けているのが目障りらしい。

もう10年位前からこういう身体の不調が時々あって、その頃は自分でも辛いし原因がわからなくて心配だからよく病院へ通っていたものだが、こうして10年も同じような症状が繰り返されると、自分の肉体の老化も原因の一つだろうと思えるようになってきた。本当に我慢できない時に病院へ行っていろいろとドクターに症状を訴えると、だいたい決まって、「せめて1週間くらいは無理をしないで安静にしておかないと、そのうちこじらせて慢性化しますよ」などと脅されて、湿布の貼り薬と鎮痛剤の錠剤と胃薬が出される。普通に暮らしていて、1週間も安静にしていられるはずもなく、結局は無理に無理を重ねてそういう悪循環が繰り返されながら死ぬまで続くことになるのだろう。

そういうあまり調子の良くない状態の時に、嫁に行ったなっちゃん夫婦がご両親と一緒に吉田家を訪問してくれた。
ご両親は川口に在住で、衣料関係の染めプリントをなりわいにしていらっしゃるようだ。
細切れの情報をまとめてみると、のっちが通っていた高校の部活のユニホームを作っていたり、あの世界のイチローさんの日替わりTシャツを染めていたりとなかなかクリエイティブな仕事をしていらっしゃるらしい。縁というものは面白いもので、なっちゃんが学生の頃は染織の勉強をしていたし、その縁もあって今はアパレル関係の会社で営業をしているし、私が学生だった頃は、まだバブルがはじける前の好景気に浮かれていて、何か目先の変わったものを造ればだいたい売れていたから、川口の鋳物屋さんへずいぶんお世話になって、少しばかり儲けさせてもらっていた。結局は、それが全て酒と○○○に消えていたけどね。
そうそう、それになっちゃんの旦那は、ウエブ広告の営業をしていて、いろいろなバカでかい総合商社へも出向しているようだ。まぁ、大きくくくると、それもクリエイティブな仕事と言えなくもないし、営業マンでもあるから適当にオヤジのつまらない話に都合よく付き合って盛り上げてくれるし、なかなかの好青年である。
唯一、吉田家の常識であり良心であるなっちゃんの旦那として申し分のない人物だと、今は思っている。
「今は、キューポラも無くなっちゃって・・・」
奥さんが寂しそうにおっしゃっていた。川口を心底愛していらっしゃるんだろうなぁ・・

なっちゃんも川口で新居を見つけて先日ご両親の近所へ引っ越した。

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大雨 

2016/07/04
Mon. 10:29

万善寺の手間がえ随喜で隣町にある臨済宗古刹観音寺の大般若会へ出かけた。
断続的に強烈な激しい雨が降り続いていて、石見銀山から銀山街道の道中がどういうことになっているか心配だったので、かなり早めに自宅を出発した。
石見銀山の史跡が多く残る町並みを過ぎたあたりで、側溝から水が溢れ出ていた。
バスも通るくらいの道の側溝だからかなりしっかりした規模のはずだが、大量の雨水を処理する能力を完全に超えている。のり面の竹も傾いて車道へのしかかっているし、その先では崖から真横に水が噴き出していてワダチの凹みを伝って川のように流れ下っている。

何日もかけてチビチビ降り続くような梅雨らしい雨を今年はまだ見ることがなかった。
結局、長い目で見ると降水量そのものは例年並みなのだろうが、それがたった一日一晩で降ってしまうと、山も川も側溝も完全に許容量を超えて飽和状態になる。
来年、世界遺産登録10周年を迎える石見銀山が、ここに来て大規模な自然災害に見舞われた。これから観光宣伝も活発になるだろう矢先のことで行政も頭が痛いことだろう。
吉田家の被害というと、大量の雨を賄いきれなくなった雨樋から雨水が天井裏から壁にかけてあふれてしまって雨漏りになったことと、裏庭で赤く実った李の実が一気に落ちて、一面赤い絨毯を敷き詰めたようになったことと、銀山川の濁流に削られて川岸の石垣が少し崩れたことくらいだった。
川岸の石垣は、吉田一家が移り住み始めたこの20年の間に何回か銀山川の濁流で崩されているから、そのうち一気にざっくりと抜け落ちてしまうかもしれないと、それなりに心配もしているが、結局は国土庁の管轄のことなので特に報告もしないでそのまま見捨てている。その吉田家の裏から100mほど下ったところでは銀山川に面したバス通りがえぐられて、生活のパイプラインがむき出しにぶら下がっている。どう考えても復旧作業の優先順位はこちらが上だろう。
あちこちの災害を横目で見ながら結界君を走らせていると、銀山街道の大きく左へカーブした先ののり面が抜け落ちて道をふさいでいた。私が通過した時は、まだ崩れて間もない時だったらしく、濁った泥水が道の窪地へ流れ溜まっていた。大般若会を終わった帰りに通りかかった時はコーンが立てられてあったから、ひょっとしたらボクと結界君がその土砂に巻き込まれていた可能性も無いわけではない。自然を相手に人間など最後は運を天に任せるしかないチッポケなものだ。

自宅前の駐車場へ着いたら、キーポンがノンビリとくつろぐクロをモデルに写真を撮っていた。気楽なものだ。
雨は上がっていたがやたらと蒸し暑い。
自然の仕業のことで無駄に心配して悩み続けてもどうなるわけでもないし、そのくらい気楽にいられる方が普通であることなのかもしれない。
観音寺の大般若会は7月3日。観音寺の施餓鬼会は8月5日。これは毎年恒例で続いている。
何故かこの夏の観音寺の法要には土砂降りとか雷雨とか、尋常でないほどの大雨になる確率が高い。
今年の大般若会もかなりの雨量だった。さて、8月5日はどうだろう?

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約束の一日 

2016/07/03
Sun. 23:06

坊主もある意味で商売だからそれなりに慣れているとはいえ、すでに決まっているスケジュールの通用しない予期せぬ出来事の葬儀が入ると、心身ともにぐったりと疲れる。
この2日間に、吉田家にとってはかなり前から決まっていた動かせない約束が入っていて、その約束と葬儀の時間をさりげなく調整しながら行動することは結構厳しい状態だった。
「約束」というのは、結婚したなっちゃんの義理の両親がわざわざ石見銀山まで挨拶に来るというもの。
「それぞれの両親の顔見せもないままダラダラと結婚暮らしを続けるわけにはいかない」
「きちんとケジメをつけておかないと気が済まない」
そういう話し合いがあったようだ。
私としては、特にそこまで固苦しくかしこまってものを仕切らなくても良いと思っていたから、世間の常識というものは、もっと厳しいところでスジを通さなければいけないこともあるんだなと他人事のように思いながらなっちゃんと日程調整して決めたことだったので、何が何でもドタキャンは許されないことだったのだ。

それは土曜日の朝のこと。
重く下がった雲に琴引山の頂上が隠れるほどになっていて、いつ雨が落ちてもおかしくない状態で葬儀が始まった。
前夜の通夜の時は結構激しく風が吹いていた。
「この風がやんだら雨になりそうですね」などとお茶方で手伝いの奥さんと話していたが、ひとまずその予想は外れたようだった。
葬儀が終わって、納骨も終わって、野辺帰りのお経も終わって、時膳をいただいて万善寺へ帰ったら、そこでポツポツと雨になった。往生の先代の信心功徳の御蔭があったのかもしれない・・などと思いながら衣をたたんだりしていたらおかみさんが自分の都合で幾つかの用事を言いつけてきた。すでに決まっている吉田家の約束事もあるから、ここはぐっと我慢しておかみさんの言いつけを守っておいた方が得策と決めて粛々とそれをこなしていたらワイフから電話が入った。
「いつものスーパーにお魚屋さんが入ってるでしょ。帰りにそこへ寄って頼んでおいたお造りをもらってきてくれる?そうそう、支払いはまだだからよろしくね♡!」

その夜は、初対面のご両親とワイフの力作料理と島根の銘酒七冠馬と彫刻家の友人から差し入れの赤霧島と最近お気に入りのホワイトベルグとスペインのワインとそれに急きょ帰省のキーポンが加わって飲めや歌えで大いに盛り上がった!・・・はずだと思っている。
いい感じで酔っ払って爆睡していたら、真夜中になって突然雨が激しく降ってきてあばら家の吉田家周囲から滝のように流れる水音が襲ってきた。
それから防災放送で町内へ避難勧告が発令された。
それが、私が石見銀山で住み暮らすようになって初めての避難勧告になった。
昼前になって雨も小康状態になったので町内の様子を見に出かけたら、銀山川がかなり増水して激流と化していた。
なっちゃんの義理のご両親も初めての島根で滅多にない経験をされたことでしょう。

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