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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

現代彫刻小品展 猛暑の日々 

2016/07/22
Fri. 23:24

毎年、梅雨の時期から秋の彼岸までの間に万善寺周辺の各地で色々な仏様の供養法要が行われる。施主家個人でお願いされることもあれば、地域の自治会でお願いされることもあるし、講会の名残が数軒寄合ってお願いされることもある。
万善寺は起源が天台系の密教と縁があるようで、各種祈祷仏事を請け負ったりしていた。子供の虫封じや放牧して行方不明になった家畜の方位占いや身心快楽の祈祷などを頼まれていたが平成になった今では消滅した。
それでもかろうじて残っているのがこの講会(こうえ)法要である。中でも薬師講、観音講とそれに大師講で出かけることが多い。大師というと、ほとんどが弘法さんを言っていて、その弘法大師さんは真言宗の開祖さんだから曹洞宗の万善寺とは少しばかり縁がずれているようなところもあるが、田舎の山寺ごときでそのようなめんどくさい律儀のスジを通していても堅苦しい付き合いになってしまうから、「出来ることは何でもやりまっせ!」的な軽いノリで引き受けている。
弘法大師さんの御縁日は毎月21日と云うことになっているから、「できるだけその御縁日を目指して法要を計画されたほうが良い」と伝えてある。それでこの度も、21日の夕方から自治会内の祠にお祀りのお大師様を集会所へ遷座して供養法要を行った。この近年に世代が交代して大師講から抜けた家も数軒ある。講会を守っていらっしゃるみなさんもしだいに高齢になって夜の法要に出かけることが難しくなることもあって、参列の人数がしだいに減っている。塔婆回向で書く塔婆もこの数年で施主の名前が交代してきた。色々な状況の変化もある中で、和讃を唱えながら約30枚ほどの塔婆回向を唸った。

現代彫刻小品展の方は、日差しの暑さに負けてか、美術館企画展の宣伝不足か、はたまた現代彫刻小品展が飽きられたか、どのような原因かわからないまま集客が伸びないまま終盤を迎えた。浜田での展覧会も5回を迎えたからそろそろ潮時が来ているような気もする。

徳島の松永さんが美術館の視察も兼ねてはじめて浜田まで来てくれた。今までは暑い夏の時期はヨーロッパで避暑暮らしをしていらっしゃったが、今年はいくつかの抜け出せない展覧会があって日本を脱出できなかったそうだ。ステンレスを使った金属彫刻が専門で、日本各地に彼の野外彫刻が設置されている。小品の彫刻も手が込んでいて良い彫刻になっている。こういう安定した質の高い彫刻が展覧会を引き締めている。
福岡の難波さんが久しぶりに出品してくれた。主に鉄の線材を使った金属彫刻の作家でまだ十分に若いから、力でねじ込んだようなザックリとした具象的構成の比較的わかりやすい彫刻になっている。このタイプの彫刻は一般の取り付きも良くて適度に人目を引く。これからの展開が楽しみな若い作家である。
神奈川県の重田さんは学生の頃からよく知っていて、いまだに縁が耐えない数少ない知人の一人だ。そういうこともあって、日頃はジュエリーから彫刻まで幅広く発表活動をしている中で、この時期になると思い出したようにストックの彫刻を幾つか送ってくれる。忙しい人だから仕方がないが、だいたいほとんど〆切りを過ぎてから慌てた様子もなく電話が入ってくる。
「もう、とっくに〆切り過ぎちゃってたワ♡!まだ間に合うかしら??」
「はい大丈夫ですよ!重田さんのために〆切りを1週間ほど早く設定してありますから!」
何時までたっても可愛らしい女性らしい緩めの金属彫刻が会場を和ませている。

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現代彫刻小品展 やわらかな石彫 

2016/07/22
Fri. 09:31

飯南高原には10ヵ寺近くの浄土真宗寺院と3ヵ寺の曹洞宗寺院と1ヵ寺の臨済宗寺院が残っている。昭和の頃にはそれに日蓮宗も浄土宗も寺院があったが、平成になって世襲が耐えて後を引き継ぐことが出来ないまま廃寺になった。私の小学校からの同級生には浄土真宗の寺の息子がいたから、1学年80名の子供達の中に私ともう一人のあわせて二人ほど寺の子がいた。学年を越えると、上や下の学年にも寺の子がいて、兄弟や姉妹をあわせると一つの小学校全体で10人前後の寺関係者の子供達がいたことになる。
島根県のド田舎辺境の地でも、あの頃は小学校全体で500人近くの子供達がいたから、その中で10人位は寺の子がいても不思議ではない。それに、町医者も内科や歯医者や診療所が揃っていたし、駐在所だって子供の行動範囲レベルだけで3箇所にあった。農林業に従事する家庭の子が殆どなったが、小学校へ通う子供達社会でもほぼすべての職種が集まっていたから、性格も考え方も生き方も暮らしぶりもさまざまに違って、それはそれは賑やかなもので喧嘩も耐えることがなかったがそれでもそれなりに仲良しでもあったと思う。
同級生の浄土真宗の住職のパパが93歳で入寂された。万善寺の憲正さんが昨年89歳で遷化だったから長生きであった。2日ほど前には万善寺の檀家さんのおばあさんが93歳で亡くなりそれに次いでこの度のこと。飯南高原の同じ自治会で一週間連続して葬儀がでた。お手伝いの皆さんは仕事も休んでさぞかし大変だったろうが、私も結構忙しかった。

葬儀に参列して午後になって浜田の現代彫刻小品展会場へ向かった。それなりに暑い日が続いているが湿気が無くて爽やかだから気持ちのいい暑さだ。

岡山の石彫作家小林さんは、この近年万成石を割ってくり抜く彫刻を造っている。外側は万成石の特徴がよくわかる肌合いをわざと残し、外からは殆ど見えない内側をセッセと磨き上げている。石の内面に見る人の気持が引きこまれていくような感じが面白い。確か、イサムノグチの納骨兼用墓石も万成石だったような気がするが思い違いかもしれない。
福光石の採掘権を持つ社長さんが勇退されて以来、福光石がなかなか手に入らなくなった。その親戚筋に当たる石彫仏師の坪内さんも福光石を繰り抜いた彫刻を出品してくれた。内側に紙を貼って照明を光らせている。一日の展示が終わってコンセントを抜くと、福光石がほの温かい。柔らかな石肌と坪内さんの穏やかな人柄がそのまま彫刻の温もりになっているようだ。
茨城県在住の石彫作家鈴木さんは、1年の制作の殆どを野外彫刻の大作に費やしていて、環境と密接に関連し、自然と融合した、そんな感じの彫刻になっている。定期的な個展には小品のオシャレな彫刻もあって、彼のセンスの良さが伝わる。彼の石彫からは、石の持つ硬質な威圧感や圧迫感を感じることがない。丁寧に叩きこまれて出来上がった石の曲面の連続とやわらかな肌合いに彼独特の世界観が凝縮された緊張感もあって、石の存在に引き込まれる。どちらかというとまだ若い作家だと思っているが、その力量は十分にベテランの領域に達している。今年の春には、数年ぶりに銀座の画廊で彼と話すことも出来た。こうして、田舎暮らしの吉田を忘れないでいてもらえてるだけでありがたいのに、自作の小品彫刻を提供もしてくれる。彼のような高いレベルの彫刻家が出品してくれているだけでも展覧会の質的価値が上がる。
午後から半日かけてやっと全彫刻作品の撮影が終わった。

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2016-07