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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

とみやまものづくり教室始動! 

2016/09/14
Wed. 23:54

今度の連休は台風の影響がでそうだ。万善寺では法事があるし、彫刻を徳島まで搬入しようと思っていたし、なかなか厳しい連休になりそうなきがする。

このところ雨が降り続いていたから、吉田の青空工房が開店休業状態だった。
大きな鉄板から彫刻のパーツを裁断してしまえば、あとは工場の変形6畳へ持ち込んで溶接をしたり出来るのだが、雨のおかげで制作の最初の工程がなかなか進まなかった。
それでもこの2日間は比較的順調に仕事がはかどった。長い間の坊主家業で鈍っていた筋肉が少しずつ動き始めて彫刻家の身体に戻りつつある。

奥出雲の現代彫刻小品展が終わってしばらくして、いつものように工場へ出かける時に吉田家のポストを覗いてみたら、今年のとみやまでの「ものづくり教室」の企画を申請していた助成金の通知が届いていた。
封を切るまでは採択されているかどうかもわからないから、久しぶりに心が騒いだ。
玄関先で無理矢理指を使って封筒を破りちぎって中身を確認したら、減額されたものの事業の採択がされて助成金を使うことが可能になった。これで本格的に事業が動き始める。
本当はなんとかして自己資金でこういう企画を運営していけたら良いのだが、そこまでの裁量が私にあるわけもなく、いつもいつも助成金に頼って自転車操業ばかりしているが、とにかく、もう10年近くこうして島根県内で彫刻絡みの企画を実践させてもらっているだけでもありがたいことだと思っている。

最近、日暮れが早くなった。
雨が降って雲が広がっている日が多かったからそれでだろうと思っていたが、この2・3日の夕日を見ると、世間は確実に秋にかわっている。
夕方、いつもより早めに仕事を切り上げて助成金の報告も兼ねて工場から富山へ向かった。
まちづくりセンターの職員さんと事務連絡をすませて旧富山小学校の昇降口へまわると、広場のインターロッキングは夏の間に伸びた雑草がはびこって廃墟のごとくみすぼらしく見える。これから暇を作って校舎周辺の営繕作業をしなければいけないかもしれない。
教室個展の作家へは、すでに見切り発車で会場使用を許可しているから、夏の間に少しずつ作品搬入を済ませている教室もある。すでに彫刻の展示台などの什器搬入は済ませてあって、これから時期を見て会場設営を続けることになる。
学校の業況を確認してから、昨年設置した野外彫刻の周辺を草刈りした。
草刈りは、これで今年になって3回目になる。
万善寺の斜面ばかりの境内地と比べると、楽に草刈りが出来る。それに、地元の地権者の方や、彫刻を設置してある近所の方がマメにサイサイ草刈りをしてくれているからとても助かっている。聞くところによると、彫刻を置かせてもらったことで、そのあたりの住民の皆さんの地域環境への意識が少し変わってきたとゆうことだ。休耕田や耕作放棄地の有効活用とか、景観保全の活動も町の経費として予算立てする方向で決まったような話だ。
誰かが何かしなければいけないということはわかっていても、それを実行に移すとなると障害も多くて身体も重くなって動きも鈍る。
ささやかな彫刻イベントが少しでも富山の活気につながればいいと思う。

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坊主ギャラリーのこと 

2016/09/14
Wed. 00:40

キーポンが四畳半へ転がり込んでから寝苦しくてしょうがない。
ちょうど夏から秋に変わりそうなこの時期は、暑いのか涼しくなったのかよくわからないまま寝ていると、夜中になって暑くて目がさめたり寒くて目がさめたりして、体調の管理が難しい。
私愛用の抱きつき枕を占領して布団の真ん中で寝ているキーポンは、まだ小学生か中学生くらいにか見えなくてとても20歳前の娘と思えない。
その隣にはワイフがいて、その隣ではシロがワイフの腕枕で寝ている。
なんとも窮屈な四畳半だが、それはそれなりに家族円満であると言えるのかもしれない。
そろそろ保育実習も終わって、近所で頼まれているアルバイトも終わると、やっと後期の授業が始まって学業へ帰って行くから、それまでの辛抱だと思っていたら、長女のなっちゃんからワイフ宛のSNSが届いて、9月のお彼岸前後に仕事の出張も兼ねて帰省するらしい。
だいたい、この9月から10月にかけての時期は私もワイフも彫刻の制作で一番忙しくしているはずなのだ。こういう時に限って絶え間なく次々と家庭事情が色々変化していくことになって、まともに〆切りまでに彫刻が完成するのかそろそろ心配になってきた。

万善寺や奥出雲の暮らしから本格的に石見銀山の暮らしへ戻ってきて、そろそろ一週間が過ぎた。
現在の吉田家は、四畳半の隣の町並みに面したひと部屋が空き部屋の物置状態になっていてほとんど機能していない。
以前は、この部屋が彫刻やクラフト等のギャラリーになっていて、雨戸や障子をフルオープンして観光客相手の店にしていた。あの頃は、石見銀山の約800mの町並みに銀製品を扱ったクラフトや雑貨の店が10軒近く営業していた。その他にも土産物の店や飲食店もあって、世界遺産の観光地としてそれなりに賑わっていた。
吉田家も若干ながらその恩恵にあずかって、その日の食事代はまかなえるくらいにギャラリーが回転していたのだが、両親の介護が本格化して、やがて副住職の気楽な坊主家業から住職交代を経て本格的に万善寺住職を勤め始めると、ギャラリーのOPENも少しずつ不定期になり始めて、それまでのリピートのお客さんから苦情が出るようになってしまった。せっかくわざわざ吉田のギャラリーを目当てに訪ねてきたらcloseしていたというようなことが度重なると、「オマエ本気で商売する気があるのか!」と叱られてしまうのも当然のことだ。自分の都合でお客様に迷惑をかけることになってしまうから・・・ということで、結局その後しばらくしてから雨戸を〆切りにして今に至っている。
今もおばあさんの介護が続いているが、どう考えてもこれから先いつまでも彫刻の制作が出来るわけでもないし、やはりそれでもまだ身体が動く今のうちだったら、もう一度自分が造った彫刻やクラフトを展示できるように工夫できるのではないかと思うようになった。
今の世の中、とても自分の年金と田舎の山寺ごときだけで生活できるわけもないことだから、石見銀山の町並みに坊主が店番をするギャラリーがひとつくらいあってもいい気がするし、それで自分の暮らしに張り合いが出るかもしれない。
ワイフと二人でつつましくものつくりをしながら老後を楽しむことができるかもしれない。
そんなささやかな夢を描きながら、今日もヒマをみてコツコツと部屋掃除をしている。

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2016-09