FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

叱られた 

2016/09/17
Sat. 23:12

午前中は講師の用事があったから、お墓の点眼を8時からにしてもらった。
工場の彫刻制作があるので生活の拠点を石見銀山に移しているから、お墓の施主家までは40分の距離を移動することになる。その往復があって、その後講師で移動して、それから彫刻制作になるから、久しぶりに分刻みの午前中になった。
お経が終わってすぐに「こんちもさいなら」というわけにもいかないから、30分ばかりコーヒーを飲みながら施主さんと世間話をした。その施主さんは万善寺のお檀家さんではなくて隣町にある浄土真宗の菩提寺が決っている。それでも先祖供養と使い分けて毎年万善寺に古墓供養の依頼があって親しくお付き合いをさせてもらっている。帰りに自宅で作られた採れたてのシャインマスカットを布施代わりのおみやげに貰った。坊主のこういう付き合いは田舎ならでわのことで、千円札一枚の焼香料よりズットありがたい。

人の付き合いはこういう気持ちのこもった義理人情が良い。
先日、同業で1年に数日間ほどお世話になっている方丈さんにこっぴどく叱られた。
この歳になって、「他人!」に叱られることなど久しく無かったから、正直驚いた。
本人には失礼なことだが、ほぼ1年近くも前のでき事でそこまで常識を振りかざして小言を云うほどのことでもないだろうにと、何かにつけて非常識な私は素直にそう思った。
こういう人もいるから世間の付き合いは難しい。
そう感じた一方で、やはり常識の基準というものは決まった落とし所が人それぞれでズレて違っているようで、なかなか厄介なものだということを身をもって感じた。
とにかくこの度の一件は、私と方丈さんの常識の軸がズレていたことで、その方丈さんにとって許せない何かが悶々と沸々と消化出来ないまま不満になって発酵熟成されてしまったのだろう。まったく気が付かないまま自分の都合のいいようにやり過ごしてしまっていたことは、たしかに私自身に非がある。そう感じて素直にあやまった。その方丈さんに私の素直な気持ちが伝わったかどうかはわからないけどね。

人の付き合いはとにかく厄介なものだ。
親子身内の付き合いも変わらない。
ワイフと喧嘩すこともよくある。だいたいが叱られたことで我慢できなくなって言い返してそのまま喧嘩に発展する。自分の人生で1度だけとにかく我慢が出来なくなって自宅を飛び出したことがある。そのままボクの愛車(当時はポンコツ君だった)に乗って島根県の中央付近をグルグルとアテもなく一晩中さまよった。
師匠でもあった憲正さんにこっぴどく叱られたこともある。ちょうど仏事の最中のことでお参りのお檀家さんや随喜の方丈さん方の目の前でのことだった。日頃はだいたいが温厚な人だったから、その後しばらくのあいだ心に受けたダメージが回復しなかった。
母親でもあるおかみさんは、どちらかと言うと自分の都合で常識を決めているところがあるから、かなりチンプンカンプンなことで勝手に盛り上がってこれでもかと言うほど延々とプンプン怒っている・・・ということは、私が彼女の都合でひたすら叱られているということ。
自分が叱るのはせいぜいネコチャンズくらいのものだが、叱っても叱られても、デリケートな心の私としてはそれなりに長い間トラウマになってしまっているのです。

IMG_0973_201609180112425fa.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

ヒューズでツマヅイた 

2016/09/17
Sat. 00:42

いまのところ比較的順調に制作が進んでいるなと思っていた彫刻が、昼前になって大きく躓いてしまった。こういうことがあるから、スケジュールにある程度の余裕を持たせておかなければいけない・・・と反省しつつ、昼飯も抜きで大田市の街をヒューズ1本のためにうろついたが、徒労に終わった。
この約1時間の制作ロスが、オヤジの体力を見事に消耗させた。

日が短くなって夕方が早い。
「そういえば、昨年か一昨年は、この時期の空の月がやたらと綺麗だったな」
そんなことを思い出しながら空を見上げると、雲が一面に広がっている。今年は、今まで夜空を見上げる余裕もないまま仕事をしていた。
無駄になった1時間を取り返していたら、スッカリ暗くなった頃に一区切りがついた。このまま次の工程に進むかどうか、一瞬迷ったがやめた。どうせこれから2日間は無理をしなければいけないことがわかっているし、他にもやらなければいけないこともある。
工場を片付けて帰ったら、ちょうど自宅でワイフの帰宅とぶつかった。
彼女も、生活のために遅くまで働いてくれている。
私など、自分の彫刻制作で音を上げているわけだから、それだけで幸せなことだ。

アルバイト中のキーポンが、柿ピーやポテトチップスなどをテーブルいっぱいに広げてパクついていた。
「暇なのもつかれるんだよね。あぁ〜〜〜疲れた・・」
今日の吉田家は全員でバテ気味のようだ。
夕食が終わって、最近の事務場所になっているキーポンの部屋へ落ち着いたら、ドット疲れが出てそのままベットへ倒れ込んだ。
「お父さん、ピアノ始まったよ!」
いつの間にか寝てしまっていたら、わざわざキーポンが階段を上がって呼びに来てくれた。
今夜は、芸能人のピアノバトルの番組があるということで、久しぶりに二人でテレビでも見ようかと約束していた。
彼ら彼女らのピアノ演奏は、5回ミスすると失格になるという厳しいもの。その上、ミスが少なくて、またその上、演奏の上手さを問われて、それが得点につながる。あんなひとが、こんなひとが、とにかく意外なひとが、見事にピアノを引いている。私など、年中暇にして、その上で自分の首を自分で締めているようなものだから、誰がどう見ても甘ったるい生活をしているわけだ。毎日分刻み秒刻みで仕事をしているだろう芸能人の皆さんは、そういう中からピアノの練習時間を捻出しているだろうし、その結果に、たった5回のミスで退場というつらい現実がある。
フジコ・ヘミングは、タッチミスごときで楽曲の音楽性を左右されることはバカらしいことで、それよりむしろ大事なのは、その楽曲から自分の音楽性をどう引き出しどう演奏しどう感動させるかということだと確信して、演奏を続けているということらしい。
技術か感性か・・・「一つ一つの音に色をつけるように弾いている」
解釈判断の別れるところでもあろうが、私ごときでも彼女の名言の重さが伝わってくる。
切羽詰まった崖っぷちで自分を見失ってしまうとダメだね。

IMG_0967.jpg
IMG_0969.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2016-09