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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

桜満開 

2017/04/10
Mon. 23:02

「桜って、なにか特別にキレイよね。こんな感じ他にはないよね・・」
銀山街道のすぐ脇にある枝垂れ桜の枯木が満開になった。

私は、毎年その枝垂れ桜の下を何往復も繰り返し走りながら、蕾の頃から満開になってやがて散り終わって葉桜に変わるまで見てきているが、ワイフの方は、この時期に万善寺の用事が重なることもないので、よほど運が良くないと満開の枝垂れ桜を見ることもない。
今年は、3月末から延々と続いている万善寺の家財断捨離に付き合ってくれることが増えて、たまたま桜の満開に遭遇したわけだ。

ワイフと二人の時は、どちらかといえば私のほうが良くしゃべっていると思う。
日常の吉田家では比較的寡黙で無口な方のワイフが、自分の感想を感慨深げに語ることも珍しい。
4人の子供たちが成人して、それぞれ独り立ちして吉田家を離れてから、数十年ぶりに夫婦二人の暮らしが戻ってきた。
結婚して長男のじゅん君が産まれるまでのだいたい3〜4年くらいの若かった頃の二人暮らし以来になる。
それに、先日の私の母親の死亡で嫁の役目も完了して、やっと吉田家コミュニティーのトップに立った。

万善寺の庫裏を片付けていると、憲正さん夫婦の長年の思い出が彼方此方から次々に出てくる。
彼らが結婚した時は、憲正さんの母親が庫裏に同居していただけで、その母親も孫である私の顔を見て10年と経たないうちに他界した。
その後の憲正さん夫婦は、半世紀近くの期間、何から何まで自分たちの思い通りに万善寺を切り盛りして経営することが出来た。
そのことを思うと、我々夫婦はどう頑張ってもせいぜいこれから20年程度しか万善寺の主導を得ることが無い。
住職とその妻の立場で我々に出来ることというと、先代までの過去に溜まり積もった数々のムダを整理して、スッキリとシンプルな状態に整えるくらいしか用がない。
今は特にこれと言って自分たちの名が残るような寺の経営企画など思いつくことも無いし、かといって漫然として仏事を流す程度では生きていけないし、なかなか難しい。

やっと夫婦の二人暮らしが戻ってきたというのに、こういう状態だから先々思い悩むことが尽きない。
甲斐性のないオヤジは、自分のやりたいことばかり優先して、とにかくワイフに苦労ばかりかけている。
一度しかない人生だから、後悔しない毎日を丁寧に積み重ねようと思うようになってきた。
そろそろ、目先の具体なものに思い出を託して溜め込むばかりのチープな暮らしからオサラバする時期でもあるのだろう。

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正純和尚の1日 

2017/04/10
Mon. 06:28

智光正純和尚法事ライブ1日2回公演でダウンの巻・・・
いやぁ〜〜、とにかくハードだった。
前日から万善寺入りして、本堂を法事用に荘厳し、墨を摺って塔婆を2枚書いて、経本など準備した。

1つめの午前中からの法事は、施主家へ訪問。
お参りのご親族もだいたい10人までだろうと予測して檀信徒用の経本を用意しておいたら、なんと15人近くお集まりで、賑やかな法事になった。
施主さんの奥さんが亡くなって1周忌だからということで、参列も増えたのだろう。
年齢層も高齢で、お経が終わってお墓参りをして帰ってみると、昔ながらに手づくりの赤飯とか旬の煮しめが、折膳と一緒にテーブルへビッシリと並べられていた。

万善寺では、法事を前半と後半の2回に分ける。
前半は30分位で、間に、衣を着替えたりする時間を用意して、後半は幾つかの回向を集めると40分位かかる。ここまでで普通に1時間半はかかるが、それにお墓参りをしてお斎の膳を含めると約3時間の法事になる。
施主家へ訪問しての法事はスタートの30分前にはお仏壇の前で荘厳を整えたり改良衣を着替えたりするから、半日仕事と云っていい。
普段は寡黙に暮らす私にとって、鐘や木魚を叩きながら1時間以上もお経を読むことはかなりハードだ。

2つめの法事は午後の2時から万善寺の本堂で始まる。
法事が終わって始まった斎膳の席を中座して、急いで寺へ帰ってお参りの皆さん用にお茶の準備をして位牌堂の荘厳を整えた。
こちらも1周忌法事で、ご親族が集まりやすい時期を調整して納骨と墓石建立を併せて計画された。その関係か遠方からのご親族も参集され、こちらも賑やかな法事になった。墓参を済ませ全てのお経や回向が終わって寺へ帰ったのが夕方の5時前。それから斎膳が用意された保養施設の会場へ向かった。
其処には沸かし湯もあって、宿泊の他に、近所の皆さんが湯入りしたり休憩がてら簡単な食事をしたり出来るようにもなっている。5時からの斎膳は、いわば夕食を兼ねたものになって、坊主の中座の後は2次会も兼ねてカラオケでも始まるのかも知れない。

母親の葬儀で参列してくれたじゅん君が風邪を持って帰って、それをワイフへ移した。そのワイフが鼻水を垂らしながらコツコツと咳を繰り返す間に、どうやら私も風邪をもらったらしい。普段なら、その程度では私にまで風邪が移ることもないのだが、この度は感染してしまったようだ。どこかしら身体が弱っているのだろう。2つの法事が終わって万善寺を片付けて石見銀山へ帰宅すると、咳が我慢できなくなってきた。
ワイフと2人で遅めの夕食を終わったら、一気に1日の疲れが出たようで、夜のメールチェックを始めたはずなのにそのことも記憶にないほどいつの間にか寝てしまっていた。

下手な若い鶯の鳴き声で目覚めると、外はすでに明るくなっていた。

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2017-04