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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

朝もやの向こう 

2017/08/24
Thu. 23:56

なっちゃんが帰省しているので、できるだけ石見銀山に帰ろうとスケジュールを工夫している。
それでも万善寺の用事は毎日続くし、8月も後半になって棚経の疲れも溜まりっぱなしで体調不良が改善できないまま、身体が重いし、1日3回の胃薬が絶えない。
「坊主に夏痩せはない!」といわれている。自分でも今までそうだったが、今年の私はその定説も崩れて8月の半月のうちに3kg痩せた。
胃薬が手放せないのも、職業病のようなもので、棚経の先で一日何杯も煎茶を飲み、インスタントや缶コーヒーをいただき、時には炭酸ソーダも出たりして、それらを有難くいただき続けていれば、そのうち胃袋がおかしくなっても仕方のないことだ。年々歳をとるばかりで若返ることはないから、自分の身体も衰えるばかりで、私にとっての夏の仏事は非常に過酷なものになっている。
一人暮らしをはじめてから、朝に目が覚めても、夕方寺へ帰っても、食事の世話は自分でしなければいけないから、目先の細々とした洗濯や戸の開け閉めや、もちろん本堂のことと、毎日続く用事を片付けていると、結局それに流されて飯抜きになったりして不摂生極まりない。こういう時に、ワイフのありがたさを痛感する。

まだ、朝寝を貪っているなっちゃんを吉田家に残して、自宅を出発したのは朝の7時前だった。すでにその2時間ほど前には目が覚めていて、この半年近く吉田家に埋もれていた私の私物を整理して結界くんへ積み込んだりした。
ギャラリーになる予定の町並みに面した一部屋も、結局以前と変わりなく物置になりつつある。その中からホコリをかぶった昔の彫刻を見つけた。
ちょうどその彫刻をつくったことが転機になって、今のテーマが固まってきた、自分にとっては記念すべき彫刻といえる。
改めてクールな目でこの時期の彫刻を見直すことも大事なことで、経本がボロボロになるまで何度も繰り返しながら一つお経を読み続けることの大事さに通じるところもある。

石見銀山の町並みを抜けて、銀山街道の古道に沿って付かず離れずアップダウンを繰り返しながら続く現在の銀山街道を太陽に向かってしばらく走っていると、無数の大小のシルエットが道の至る所で逆光を受けてうごめいている。早朝の朝もやも漂っていて現実とは思えない光景だ。こういう状況を何処かで見た覚えがある。結界くんのスピードを緩めてゆっくりの朝もやの中へ入っていくと、逆光が少し緩和されてコントラストが弱まった。
大小のシルエットは、それぞれランダムに動きながら道の両脇へ吸い込まれていく。シルエットの一つが、道の脇で固まって動かなくなった。さて・・・時速20kmくらいだったろうか・・ゆっくりその塊に近づいたら、やっと正体が見えた。
猿の群れだった。だいたい20匹はいたはずだ。独特の野生の獣の匂いが朝もやの中に充満している。
しばらく走りながら、「あの光景は何処かで見たような・・・」思いを忘れられないまま記憶を手繰っていると・・思い出した。
「蜘蛛巣城!」・・・妖気漂う異世界に迷い込む武将の姿が早朝の銀山街道を走る自分に重なった。

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