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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

3.5日の彫刻 

2017/09/29
Fri. 23:33

午前11時30分、今年の秋の展覧会出品彫刻が完成しました♡!
あとは、島根搬入までコツコツと鉄さびを整えるだけとなりました。

制作開始が26日で終了が29日という、突貫制作だったが、途中の迷いもほとんど無く、無心で制作に没頭できたように思う。
この数年間は、どこかしら仕上げのこととか配置構成のこととか搬入搬出の段取りのこととか、とにかくあまりに細かいことまで気を回しすぎて制作が慎重になりすぎたり、周辺の事情へ気を使いすぎたりしていた気がする。
彫刻のかたちが年々複雑になって主題が曖昧にかすんでしまった気がする。
夏の万善寺暮らしから気持ちを切り替えて、彫刻の制作へとりかかることが1年間のスケジュールに組み込まれて、知らない間にそうすることが当たり前になって、比較的ゆったりと制作時間を確保しながらノンビリと制作を楽しんでいた。
ある意味で、自分にとってはこういう気持ちの安らぐ豊かな時間が必要だと思う一方で、その時間に甘えすぎていた気がしないでもない。
自分を追い込んで、ギリギリのところで造形を精査していかないと、かたちのいちばん大事なポイントが曖昧になって茫洋となる。
おおよその方向性が大きくずれているわけではないはずなのだが、制作の途中でいつの間にか自分の主題を見失ってしまって、かたちのつながりのことだけに気持ちが片寄った造り込みが過ぎるふうになっていた。

とにかく、造形の気持ちの切り替えをするには丁度良い機会で、まぁ、そういう潮時であったのかもしれない。
一つ一つの彫刻が一つ一つ完結するのではなく、お互いの関連がゆるやかに継続されて増殖していくようなイメージを持つなら、それぞれの造形が特異に突出しないほうが良いこともある。
3日間と半日の制作の間にそういうふうに考えるようになった。
たとえば、東京の美術館で彫刻展示することは1年に一回のことだが、自分の周辺の然るべく環境を念頭に制作を続けることのほうが大事だと決めると、まずはそれを目標に大きな時の流れの中に我が身を委ねて全体のムーブマンを気遣いながら1年1年の制作や造形に落とし込むことが出来る。
1年360日くらいを造形の思考と創造の瞑想に費やし、残りの5日くらいで具体に置き換える・・・そういう制作スタイルが安定すると、それに付随して幾つかのスピンオフが見えてくる可能性も無いわけではない。
そろそろ自分の先も見えてきはじめているし、これからあと幾つくらいの彫刻が造れるかと思うと、その数も予測できるまでになっている。

ユキちゃんの制作も佳境に入った。
秋の日がどんどん短くなって、野外での制作時間も減ってくる。
午後からホームセンターへ回って投光機を買って、その足で万善寺へ向かった。
「ボクは、なんて優しいヒトなんだろう・・・」自分で自分の行為に呆れてしまう。

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只今制作中 

2017/09/27
Wed. 23:58

朝から雨が降り始め、工場で彫刻の制作をしている間に本降りになって1日中降り続いた。
結界くんのリヤデッキに現代彫刻小品展の搬出で積み替えたブルーシートや台車などがそのままだったが、一日の雨でずぶ濡れになっているし、降ろしても濡れたものを濡れたまま保管するところもないし、今度良い天気になるまでそのままにしておくことにした。

今年の彫刻は気持ちを入れ替えるというか、初心に帰るというか、とにかくシンプルに造形の根本を大事にしようと決めたところだ。それでも、会場へ訪れる多くの鑑賞者の目を楽しませることも大事なことだから、そのあたりの兼ね合いも含めて制作の最終の落とし所を決め兼ねている。
溶断と溶接と切削研磨の単純作業を繰り返しながら頭の中では次の工程を積み重ねておおよその作業時間を割り出す。夕方に一山越えて、もう一山越えようか迷い始めたのでひとまず小休憩を兼ねて結界くんへ給油することにした。
秋分の日が過ぎてからいっきに日が短くなった気もするが、それは多分雨のせいでもあるだろう。自分としてはもうひと山乗り越えるだけの体力は残っているが、これから延々と1時間ほどグラインダーを回し続けるのも周辺の民家に迷惑で気の毒だし、溶接が一巡したところで本日の制作を終了することにした。

石見銀山の町並みはスッカリ暮れて真っ暗になっていた。
吉田家のポストが郵便物であふれていた。「ワイフがいるはずなのに・・」珍しいことだ。土間へ入ると、「おかえりなさぁ~い」の声が返ってきたが元気がない。ワイフはこのところ、体調が思わしくなくて夕方にはゴロリと横になっていることが増えた。
郵便物の中に彫刻部からの手紙が入っていた。
六本木の美術館に彫刻を置くようになってから野外展示を続けている。
会場の仕切壁が中途半端な高さで、少し背の高い彫刻を造ると、その壁の水平線が邪魔してかたちの緊張感が上下で分断されてしまう。しばらくは我慢して上に伸びる彫刻を造っていたが、どうも納得がいかないまま出品のストレスがたまるようになったので、気持ちの切り替えも兼ねてテーマ設定を変えることにした。それ以来次第に背の高さが低くなって地べたに張り付くような彫刻に変わった。自分では、それはそれで面白い展開になっているのだが、この数年、彫刻部の方から美術館の意向が伝達されるようになって展示の拘束が強まった。
時代の流れというか、一般の風潮というか、私のような土着の彫刻家の土臭い彫刻が美術館から排除されつつある。彫刻が造りにくくなって制作や発表の意欲をそがれることが増えた。東京の美術館への出品も魅力を感じなくなってきた所へ追い打ちの手紙が届いたのが、一日の制作を終わって帰宅した時・・という、なんとも絶妙のタイミング。
世間の彫刻家の90%くらいは、美術館の意向と常識の範囲で制作が出来ているのだろうが、彫刻家吉田正純にはどうもそのあたりのすり合わせが難しい気もしている。

ノッチがニューヨークへ一人旅をした。SNSでその時の写真をいっぱい送ってくれた。
沈んだ気持ちが少しほど楽になった。

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工場の一日 

2017/09/26
Tue. 23:10

なんとなく、いつもの今まで通りの生活が戻りつつある。
寺のことも当分は法事もないし、石見銀山の暮らしがしばらくは続けられそうだ。
工場で彫刻制作がはじまった。
搬入の〆切が近いからノンビリもしていられないが、徳島野外彫刻展の出品作を制作しているときよりは少し落ち着いていられる気がする。

今度の彫刻を造るにあたって、過去の彫刻を振り返ってみた。
現在の彫刻に到るシリーズやテーマを継続してそろそろ10年になっていた。
スタートの頃は、今に比べるとずっとシンプルで自分の伝えたいことが小細工もなしにダイレクトにかたちになっていた。
同じテーマで制作を長く続けているうちに、いつの間にかかたちが複雑に錯綜して、本来のベーシックな要素が薄まってしまっていることに気付いた。
そういえば、最近の数年間はやたらと制作に時間をかけていた。
素材と丁寧に付き合って、工法も慎重にタップリと時間をかけて、自分が納得できるほどの完成度を求め、そういうことに終始していたことで、本来もっとも大事にしなければいけない造形の根本を何処かに置き忘れてしまっていた気がする。

彫刻を造り続けているうちに、無駄な欲が積もり溜まってしまうことはよくあることで、今までにもそういうことが何度かあって、それに気付いた時はできるだけ早く気持ちを切り替えてテーマや制作スタイルの更新をしてきた。
そろそろそういう時期が来ていたのかもしれない。
今のテーマである「Landscape situation」にはもう少し考えが残っていて、これをすぐに切り替えることは今のところまだ考えていない。
むしろ、今までの複雑に錯綜してしまっていた無駄な要素をもう一度整理し直して、大事なものを抽出した上で次の展開を考えていこうと思う。
「あの時消化不良で出来なかったから、今回は絶対にそれをかたちにしてみせるぞ!」と、毎回どこかしらなにかしらそういうふうに踏ん張って思うことがあって、それを次に次に引きずってその時々のかたちに置き換えていると結局やらなくてもいい無駄なことをセッセと繰り返して積み重ねていたりするから始末が悪い。
今日も、なんとなくヤバイヤバイと自覚しながら材料取りをしていたのだが、夕方の2時間位ほど自分を見失ってしまっていて、やらなくてもいいことでセッセと続けていた。
どうも自分の様子が違って「無駄に焦っていたりするなぁ〜」と気がついた時は、鉄板がフニャフニャになってまったく緊張感のないかたちが出来上がっていた。
結局、2時間ほどを無駄にしてしまったわけだが、それに気付いたショックで完全に集中力が切れた。
そういう状態で、仕事を続けてもどこかで些細なミスを犯してしまうことがよくあるし、本当はあと4〜5時間ほど制作を続けたかったのだが、思い切ってヤメにした。
さて、この判断が正しかったかどうか・・・結果はあと2〜3日で決まる。
吉田家に帰るとすぐに、ドロドロに汚れた作業着と自分の体をキレイにしてスイッチを入れ替えた。

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現代彫刻小品展終了前後 

2017/09/26
Tue. 06:15

お地蔵さんのご縁日は24日で1年に12回巡ってくるが、お盆月の24日を「地蔵盆」といってお地蔵さんの供養祈祷法要を厳修するお寺が多い。
発祥のいわれは色々あるから、興味があれば自分で検索してみてください・・
とにかく、万善寺ではその地蔵盆の法要を毎年9月24日に行っている。
これは、8月18日の万善寺施食会が終わって日が近いから、寺の都合で1ヶ月遅れにしたことと、23日が秋彼岸であることとあわせて、23日〜24日の2日間に渡って仏事が続くことで「秋の節目になるといいなぁ〜」と万善寺住職のささやかな期待を込めてのことだ。

今年の秋彼岸と地蔵供養は、運良くというか運悪くと言うか、土日にまたがった。
お地蔵様法要の主役はどちらかといえば地域の子供達になるのだが、その子供たちの子供会活動やスポーツ少年団活動が丸々そっくりと重なってしまって、主役が不在になってしまった。
それでも、例年この日を目当てにお参りをいただく常連のご婦人方は、ほとんど欠けること無くお参りくださって元気なお姿を拝見することが出来た。
それに今年は、彫刻制作で寄宿中のユキちゃんもお茶会の仲間に加わって、いつもにもまして新鮮な話題に花が咲いた。
やはり、オヤジばかりの通夜のような重たい空気の集まりより、ご婦人方の話題の絶えない賑やかな集まりのほうが楽しい。
たった2時間ほどのことだが、万善寺本堂が華やいだ。

寝る前に翌朝4時にアラームを設定しておいた。
25日は現代彫刻小品展の搬出日で2tアルミのロングをレンタル予約してある。
万善寺からだと、出雲街道から銀山街道を経由して1時間少々移動した先でトラックが待機している。お手伝いを立候補してくれたのりちゃんと店舗駐車場で6時に合流して、奥出雲に向かった。
斐伊川土手を走りながら約2時間ほど南下して彫刻展が終了した開場前に到着した。
早朝の空気は朝露をタップリ含んでヒンヤリと清々しい。
こういう時の秋の山の天気は晴れ渡ることが普通だから、きっとお昼頃には気温も上昇して暑くなるはずだ。

会期を通してお世話になった奥出雲のアクティブオヤジもお手伝いしてくれて、お昼前に彫刻梱包や展示台積み込みや会場復元などの作業が全て終了して、次の会場大田市富山町へ向かった。
11月から「とみやま彫刻フィールドアートワーク」が始まる。
その会場へ現代彫刻小品展を巡回することになる。
トラックを会場の廃校になった小学校生徒昇降口へ横付けして搬入作業が終了したのは午後の3時少し前。ほぼ予定通りに1日の行動予定が完了(結局昼食抜きになったけど・・)して、のりちゃんと別れて石見銀山へ着いたのは夕方だった。
ワイフと少しお茶を飲みながら会話して、ネコのシロと戯れ、メールチェックをして、ゴロリと横になって、先程目が覚めた。
なんと夕食も食べないで10時間眠り続けていた。

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ありがたいこと 

2017/09/24
Sun. 13:25

現代彫刻小品展の最終日で、お地蔵さんご縁日の数珠繰り法要の日が開けた。
お盆以来の万善寺仏事になるので、寺で寝た。
このところ体調不良が続いているワイフが無理してお茶会用の茶口つまみを用意してくれたので、有難く受け取って万善寺の冷蔵庫へ移動した。

ひとつひとつのことはそれほどたいした用事でもないのだが、それらが同時に重なるとやりくりが難しくなって身動きできなくなる。
ある時は万善寺の住職方丈さん、ある時は鉄の彫刻家、ある時は美術イベントの事務屋、ある時はキリスト教系列学校のナンチャッテ先生、そしてある時は吉田家の軟弱パパ、またある時はワイフの優しい旦那であったりするふうな具合を程よく調整してつつましく暮らしているはずなのだが、これらの用事の幾つかが同時に重なったりすることも再々あって、たぶん、そういう状況が巡りくると世間で云うところの「あぁ〜〜、忙しい忙しい!!」って感じになっているのだろう。
それでも、1つずつ分解して小分けしてみると、それぞれの用事はそれほど大げさに「忙しい忙しい!!」と云うほどでもなくて、普通に楽に乗り切れることのほうがほとんどだから、自分としては「間が悪かったなぁ〜」とか、「運悪く重なっちゃったなぁ〜」とか、その程度のことにしか実感できないでいたりする。
そうは云っても、すぐ近くでオヤジの行動をクールに見つめるワイフに言わせると「ナニよ、そんなに(プンプン!!)イライラして!」ということになっているようで、ポーカーフェイスで乗り切っていると思っているのは自分ばかりで、周囲には余裕の無さがバレバレだったりしているようだ。

「今カレーつくってるのぉ〜」
キーポンから久しぶりに電話が入ったのは、そんなドタバタの時だった。オヤジの荒れ具合を見抜かれているような気もしたが、嬉しかった。いい感じで気持ちの切り替えも出来てヤル気もでる。

「やだー!かえりたーい!切実にー!」
フロリダのノッチがSNSで叫んでいる。ホームシックになっているのかもしれないが、一方で楽しそうな日常の一コマを送ってくれたりもする。こうしてゆるやかに家族とつながってくれていると、お互い色々なことがあっても安心するし少し気楽になれる。

石見銀山の吉田家で寝ることが随分減ってきた。それでも、ひと晩寝ている間に何度もクロが起こしに来る。迷惑で鬱陶しいが、やはり可愛いところもあるし甘やかして許してしまう。いつもワイフにベッタリのシロが甘え鳴きしながらダッコをせがんできたり、とにかく吉田家へ帰宅すればネコチャンズに逢えると思うと、少しの無理も気にならない。

先日、元同僚が展覧会場をたずねてくれた。ありがたいことです・・・
開口一番「忙しくて・・これからまた行く先があって・・」などと、慌ただしく去っていった。
そんなに忙しいのなら、義理や人情で彫刻を観てもらわなくても良いのだけど・・給料貰って仕事させていただいて保証もあって、それで十分ありがたいことだとボクは思うな。

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ヒョロリくんの彫刻ー「かたち2」 

2017/09/23
Sat. 21:00

最近の島根県は・・・というより、石見銀山とか飯南高原とか奥出雲とか、私がウロウロと行動しているあたりは、雲の多い日が続いている。
今朝も、うろこ雲の向こうに朝日が出ていた。
うろこ雲が広がると近いうちに雨になると云う。少年時代の自由研究で夏休みの1ヶ月間ほど雲の観測をした時も、かなりの確率で次の日が雨になった。
万善寺の営繕でお世話になっていた近所のおじさんは、若い頃山に入って林業に従事していて、山の天気のことをとても良く知っていた。そのおじさんが、ある時うろこ雲と雨の関係を話してくれたことがあって、それを聞いた時は「ほんとうかなぁ〜〜?」と、どうも眉唾っぽくて子供ながらにすぐには信じがたかったから、それで逆に忘れないでよく覚えていた・・・そんなことを思い出しながら結界君を運転して早朝の万善寺へ着いた。

土蔵の前のユキちゃんの彫刻は、昨日とほとんど変化していなかった。
少し心配になったが、時には作業の手が止まることもたまにはあるし、ひとまずは見て見ぬふりですませておくことにした。
ユキちゃんが卒業した島根大学の教育学部には彫刻の研究室があって、木彫が専門の藤田英樹氏が学生の指導にあたっている。
彼は国展の審査もしているから、彫刻に興味を持って制作を続ける学生は卒業すると国展へ彫刻を出品して若いうちから受賞したりしている。田舎から大きな彫刻を公募団体展の本展へ出品するとなると、搬入搬出など、様々に経費がかかって出費も増える。よほどの財力とヤル気がないと毎年制作を継続して展覧会へ出品を続けることができない。まぁ、かなりの覚悟が必要だ。あらかじめ藤田さんのようなルートが出来上がっていると、そういう制作に付随する幾つかの実務や経費が削減できるから、若い作家には都合がいい。

ユキちゃんと仲の良いヒョロリテツヤは島大附属中学校で美術の先生をしているらしい。
彼も藤田さんを慕って国展へ彫刻を出品しているようだ。こういう若い彫刻家が元気の良い彫刻を制作してくれると展覧会も華やいで賑わいが増す。
現代彫刻小品展も大作を制作するための手がかりとして有効に利用してもらえたら良い。
今のヒョロリテツヤは、ねじれるかたちに興味があるようなことを云っていた。
制作の目標がなにも無くて定まらないままでは彫刻としてかたちにすることが出来ない。
まずは何かの手がかりを用意しなければいけないわけだが、彼のように気になる形とか現象を追いかけるところから彫刻に結びついていくのもいい。
研究室が木彫だから、卒業の若い作家はみんな木彫の制作になっているが、もう少し緩やかに広い目で彫刻を見ることが出来るようになれば、素材の枠を超えていろいろ自由な彫刻がつくられるようになるはずだ。自分の好きな形とか目指すテーマとか形態が、もっとも素直に表現できる素材に出会うことが出来たら制作の楽しみも膨らんでくると思うし、あまり若いうちから変に強いコダワリを持たないでおいたほうが良いと思っている。
私など、初期の彫刻は自分の身の回りにあるいろんな材料を手当たり次第使いまわしていた。そうすることで、そのうち素材の好き嫌いや向き不向きが解ってきて、少しずつ自分の彫刻と素材の関係が親密になってきて、今は鉄が大好きだから鉄の彫刻ばかりつくるようになった。まぁ、それも、ナントカの一つ覚えで発展性のないことだけどね・・・

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ヨレヨレオヤジの1週間ーその4 

2017/09/22
Fri. 20:46

奥出雲の会場で受付をしていると・・・というより、ノンビリと文庫本読みながら暇つぶしをしていると、「時の過ぎるのが早いなぁ〜」と感じる。
なかなか、珍しいことだ。
特にナニをするでもなくボンヤリ過ごしているだけなのに、アッという間にお昼になって気がつけばティータイムの時間が過ぎて、そろそろ会場クローズが近づく。
石見銀山や浜田が会場の時はそういうこともなく、むしろ時の経つのがゆっくりに思えて苦痛だった。
それで、「なぜなのだろう??」と疑問を持って分析するかというと、そこまでの根性も意欲もないし、あまり深く考え込んで悩みはじめても厄介だから、普通にヒマを楽しみながら冷めたコンビニコーヒーをすすっている。

あれは、台風が通り過ぎた次の日だった。
徳島野外彫刻展に出品の彫刻をワンボックスに載せて島根の石見銀山を出発したのは午後2時を過ぎた頃だった。
銀山街道を南下して島根県の県境を越えるまでは、特に台風の影響が残るふうでもなくいつもと変わらない風景が続いた。強いて言えば、江の川の支流が増水して濁流になっていたくらいだ。広島県に入ると、国道のアチコチへ折れた枝木が散乱していたりして運転に神経を使った。時折突風のような強い風がワンボックスの横腹へぶつかってハンドルをとられる。太平洋側の地域は想像以上に風雨が激しかったのだろう。

このところ、睡眠時間が平均して3時間程度しかとれていない。そういうことが数日続くうちに、そのうち身体が慣れてきて昼寝もしないまま普通に一日を乗り切ることが出来るようになった。それでも、夜になって夕食も終わってチョット気持ちが緩むと、途端に睡魔が襲ってきて何かしていても知らない間に意識が遠のいて爆睡している。
運転中にそういう状態にでもなったら大事になるので、瀬戸大橋を渡って四国に入ると、いつも以上に緊張してアクセルペダルを踏み続けた。
少し前には夜の7時というとまだ空に明るさが残っていたのに、もうスッカリ暗くなっている。秋分の日も近いから当然のことだが、いつの間にか秋になっていた。

徳島中央公園の彫刻搬入口に到着してから松永さんへ連絡した。それから、今年の設置場所へ案内してもらって、約1時間かけて彫刻のセッティングを終わらせた。
ワンボックスの返却もあるので、そのまますぐ出発しようとしたのだが、夕食に誘われたし、朝から飲まず食わずで搬入作業をしていて流石に腹も減っていたから、松永さんの親切へ甘えることにした。夜の9時過ぎに徳島を出発して島根へ向かったのだが、瀬戸中央道へ入る前に睡魔でダウンした。山陽道へ入ってからもそういうことが周期的に続いて、結局、石見銀山へ帰る気力をなくして万善寺で仮眠することにして、ユキちゃんへその旨伝えた。
夜と云うより、早朝の4時前に万善寺境内へ到着した。
お風呂にはお湯。台所のテーブルにはユキちゃんからのおすそ分け。
ユキちゃんの気配りに泣けた!・・・良い嫁さんになるゼッ!きっと!

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ノリちゃんの彫刻ー「ノビルーざわざわ」 

2017/09/22
Fri. 11:17

いつもより30分ほど早く展覧会場へ着いた。
いつものようにコンビニで買物をした。
街道脇に設置された温度計は16℃だった。
だいたいこんなもんなのだろうが、いつもより肌寒く感じる。
数日前から交通安全の桃太郎旗が林立するようになった。
今までにあちこちでそれなりの寄付をしてきたから、そろそろ信号機の1基くらい更新できたかもしれないし、もう十分だろうと思っていて、結界君と相談しながらできるだけ法定速度を守るようにしている。

会場受付の準備をして、本日の内職の店をひろげ、バックミュージックにビル・エバンスを流した。
「朝からビル・エバンスねぇ〜・・」
なんとなく場違いな感じもしたが、「ビル・エバンスは夜でなければいけない!」という決まり事があるわけでもないし、ウイスキーのオン・ザ・ロックでも、コンビニコーヒーでも、それなりに心地よい時が過ぎればそれでいい。

彫刻の写真撮影もおおよそ終わって、残りわずかになった頃、ノリちゃんが会場へ来てくれた。
特にスケジュールを伝えておいたわけでもないが、自主的に自分の時間をやりくりして気にかけてくれる。
搬入の時は、お葬式の坊主家業と重なってスケジュールの修正をしたりいつもの棟梁へ泣きついたりして苦労したが、個人搬入のノリちゃんがそのまま展示台の移動も手伝ってくれて、随分助かった。
そもそも、坊主という職業は予定があってないようなもので、相手の都合に合わせることが出来て当然だったりするから、スケジュールを事前にガチガチに固めすぎてしまうと、かえって周りが迷惑することにもなりかねないし、自分で出来ることは出来るだけ自分の都合で乗り切るようにしている。
写真も、このままのペースだとあと1日くらいかかるだろうと覚悟していたが、ノリちゃんのおかげてずいぶん早く終わらせることが出来た。

ノリちゃんは、現代彫刻小品展が始まったときから、欠かさず作品を制作して出品してくれている。
秋の彫刻展は子育てなどでしばらく不出品を続けていたが、この小品展へ出品するようになってからまた大作を制作するようになって、最近はコンスタントに毎年連続出品できるまでになっている。彼女はまだ10代の頃から知っていて、もともとセンスのある娘だった。その時々のひらめきや思いつきが楽にかたちになってくれるようなところがあるのは良いが、今の彼女の彫刻に、もう少し頑強な造形力の裏付けが備わると、もっともっと伸びていく程の素質を持っているはずだ。だいたいなんでも出来て器用貧乏なところもあるから、それで忙しくしすぎて彫刻制作が甘くなることもあって少々残念だ。
もう少し制作時間をタップリとって完成度をより高めて欲しい。

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グッチャンの彫刻「life」 

2017/09/21
Thu. 15:20

様子が見えてうれしいですが、更新しすぎです(笑汗)気休めですが無理なさらぬように…。
・・・・・東京のグッチャンからブログ宛のメールが届いた。

結界君の燃料が見る見る減っていくのを確認しながら山越えの近道を毎日奥出雲まで移動して、途中のコンビニで朝食と昼食とコーヒーを調達して現代彫刻小品展の展覧会場へ向かう。
会場受付をしながら彫刻の写真撮影をしたりしている。
今年から助成金がカットになったので支出を控えなければいけないし、自分でできることはできるだけ他人(ひと)に頼らないようにしている。
奥出雲での展覧会は、町内に回覧配布する800枚のチラシと、告知放送と、地元ケーブルテレビの情報で広報宣伝している。もっと大々的に宣伝すればそれなりの効果も期待できるのだろうが、今の吉田に出来ることは限界があるから、地域の皆様の「くちこみネットワーク」に期待することにしている。会場を訪れた皆さんには、口々に「来てよかった!」とか、「面白かった!」とか、好意的な感想を残していただいているので、展覧会の企画内容そのものは決して質の悪いものでないと思っている。あとは、展覧会の認知度を上げることに工夫をする必要があるということだが、やはり一人で広報活動のすべてをまかなうことに限界があるからそれなりの協力とそのための経費計上が大事になる。小品彫刻の方は県内の巡回をすることにしているし、それらの結果を総合して集計すると、それなりの成果が期待できると予測している。
とにかく、展覧会の継続がいちばん大事な島根県の彫刻振興につながると思っていて、実際、少しずつだが確実に県内から若い作家の彫刻出品も増えている。

まぁ、そんな感じで全国から集った彫刻に囲まれて、あまり無理をしないようにノンビリと会場事務を続けている。
だから、自分としては展覧会業務に脇目も振らずガツガツと汗を流してばかりいるわけでもない。
延々と彫刻の撮影を続けていても疲れるばかりで集中力も切れて、作家の大事な彫刻を壊してしまったりするとそれこそおおごとだから、時々休憩して文庫本を流し読みしたり、音楽を聴いたり、居眠りをしたり、こうしてブログを書いて暇つぶしをしたりしているわけで、無理をしているわけでもなんでもないのですよ・・グッチャン・・・
むしろ、ダラダラとだらしなく文字を並べている程度のブログを飽きもしないで丁寧に読み続けている方が大変なことなのではないかと、こちらの方が恐縮して気を使ってしまうほどなのです・・

そのグッチャンの今年の彫刻は、これまでのアカデミックな具象と違って今の興味や感動が正直にシンプルに伝わってくるようなところがあっていいと思った。
彫刻は大きければ良いというものでもないし、素材や形態へ真摯に向き合ってコツコツと丁寧にその時の感動をかたちに置き換え続けることが大事なことだと思う。
君の気遣い・・・とっても嬉しかったよ!

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ユキちゃんの彫刻「剪定」 

2017/09/21
Thu. 11:36

「風呂は夜派?朝派?」
「私は夜ですね。家族はほとんど朝かなぁ〜・・夕方に熱いお湯入れても結局その夜にだれも入らなかったりして、次の朝にシャワーですませたりして・・・そういうの無駄だと思うんですけど・・・」
「オレも夜派だなぁ・・それも、外から帰ってすぐ!夕食の前に風呂に入って一日の汚れた身体をキレイにしてそれから落ち着いて一杯!ってやつが最高だなぁ〜」

最近、万善寺で寄宿暮らしのユキちゃんと共同生活が続いている。
春の連休の頃からすると、奇妙な二人暮らしも随分こなれてきた。
やはり、どこかしら緊張している様子がうかがえるし、彫刻見習いの立場とはいえ、異性のことだから自分もそれなりに気を使う。
まぁ、最初の出会いなどだいたいそういうものなのだろうが、あれからユキちゃんも数ヶ月の間に3つの展覧会へ彫刻を造って出品しているうちに、少しずつお互いの壁が低くなって来たように思う。
そもそも、「彫刻」が媒体になってお互いの価値観がその1点に集約されていることが揺るがないわけだから、惰性の馴れ合いで共同生活を送っているわけではない。
お互いにお互いを気遣って思いやりながら持ちつ持たれつのゆるやかな関係が続けられたら、少々の性格の違いや価値観の相違など大した問題ではない。

前々からなんとなく思っていたことだが、ユキちゃんは自分の家族のことになると饒舌になる。
私もこうしてブログの中で、かなりの確率で家族ネタを垂れ流す。
他人のことや、よくわからない社会情勢や、もちろん彫刻家諸氏の丹精込めた彫刻の批評など偉そうに語る柄でもないし、ソコソコ自己責任で語れるコトというとそれほどたくさんのネタがあるわけでもなく、毎日の備忘録的扱いを崩さない限り、やはり身近な日々時々のコトを正直に伝えるほうがストレスもない。
そこで最近は、現代彫刻小品展のコトが中心になって毎日が過ぎているから、必然的に万善寺暮らしが増えるし、展覧会絡みでユキちゃんに甘えることも増えて、公私共に親密度が増すことになって、結局気がつくとユキちゃんが吉田家家族の延長的存在になりつつあったりして、そうなると、このブログの登場回数も増えてくるということになるわけだ。

このところ、奥出雲の帰りが遅くなるものだから、頃合いを見計らって風呂を用意してくれている。ユキちゃんの気配りに感謝しつつ先程の風呂の話題になった。
その風呂のコトが呼び水になって彼女自ら家族の話題がタップリ詰まった抽斗を開けた。
プライベートのことなので内容は一括割愛するが、とにかくその話っぷりが実に上手い!
いつもは寡黙で♭がかってモゾモゾとした聴き取りにくい小声の彼女が、家族ネタになるといっきに声のトーンも♯がかって起承転結表情豊かに語り始めるものだから、もう完全に笑いのツボにはまって、そのうち後頭部から側頭部の耳の後ろあたりがズキズキと痛み始めたりして耐えられなくなってきた。
彼女にはそういう一面も隠されている。

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ヨレヨレオヤジの1週間ーその3 

2017/09/20
Wed. 17:53

何年も前からお世話になっていたレンタルトラックの取扱業者が撤退してしまって、それ以来、彫刻関係の移動に苦労している。
徳島野外彫刻展に彫刻を搬入するのに都合の良い業務用のワンボックスがナカナカ手配できないでいた。現代彫刻小品展の準備の合間を見てなんとか借りる手段を見つけるところまでは良かったが、鍵の受け渡しや彫刻の積み込み移動などで無駄に結界くんを走らせることが増えて、もうソレだけでヨレヨレオヤジの体力が消耗した。

奥出雲と万善寺の往復で結界くんを走らせる。
展覧会場を出ると谷川沿いの県道をしばらく北上して、途中から左へソレて西へ向かう。そこから先は幾つもの山越えをして幾つものトンネルを潜って、途中のスーパーで買い物をして万善寺へ帰る。
もうかれこれ10日間くらいはこんな毎日を続けている。
その間に、稲刈りが始まって終わる。
ススキが穂を出し、そばが白い花を咲かせる。
台風もやってきたが、中国山地がガードしてくれた。
北朝鮮のミサイルは島根に大きな影響もなく過ぎたようだ。
広島カープが2年連続でセリーグを制したが、その歓喜を共有することは出来なかった。
先月末から続いていた七日務めの代行坊主が終わってやっとお役御免になった。
烏蒭沙摩明王様の一時遷座は、改修工事が終わって新トイレに安座される日も決まったので、彫刻制作中の工場から駆けつけてお経を読んだ。
まぁ、とにかく、毎日が昼も夜も関係なく目まぐるしく過ぎた。

現代彫刻小品展のキャプションと出品目録を造っていたら、出品者の彫刻が2点遅れて加わった。
その原稿差し替えや印刷を予定していた日に鳥取のアヤノちゃんが大作の試作を持ってやってきた。
昼の間は工場にこもって鉄の粉塵をかぶりながら彫刻の制作を続けていたから、もう、寺の玄関に入ったときは倒れそうだったが、すでに到着していたアヤノちゃんの弾けるほどの元気な笑顔に押し戻されてかろうじて踏みとどまった。
制作も佳境に入って、もう少し深刻に悩んで目が三角になっていても良い時期のはずなのにイヤにハイなのがかえって心配になる。
今更吉田ごときにお伺いをたててもそれほど作品レベルが向上するわけでもないと思うが、それなりになんとなく頼ってこられると、こちらもとろけた脳味噌を駆使してなんとか付き合っていこうという気になる。
こういう、制作の店を広げるのに建具を取り払った14畳ほどの寺の庫裏は都合が良い。
知恵を出し合いながら構成を煮詰めているうちに、いつの間にか夢の世界へトリップしていたようで、気がつくとすでに早朝!
アヤノちゃんは、ほぼ徹夜で試作と格闘していた。ナカナカの根性と体力だ。
それからヨレヨレオヤジはセッセと目録を手直しして印刷を続けた。
彫刻展の初日がこうしてスタートした。

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ヨレヨレオヤジのの1週間ーその2 

2017/09/20
Wed. 11:26

万善寺から奥出雲の現代彫刻小品展会場までは、近道だと1時間もかからないが、国道から主要県道を経由した平易な道だと1時間半ほどかかる。
この2つの選択肢を毎朝毎夕の往復で悩む。

このところ、本気になって寝たことがない。
眠くなると自分の近所にあるシュラフへ潜り込んだり、気がつけばデスクワークのリクライニング椅子で仮眠していたり、小さなソファーへ丸まって寝ていたり、とても不健康な睡眠をとっていて、朝起きると、節々が固まって悲鳴を上げてナカナカ思うように動かない。
大作の彫刻を造っているユキちゃんが寄宿してくれているから、いつの間にか眠ってしまった私へ知らない間に夏布団を掛けてくれていたりして、かろうじて風邪をひかないですんでいる。

小品彫刻展のスタートは台風とぶつかった。
吉田はかなりの確率で雨男だし、自然を相手にどうこうできるわけでもないから、なるようにしかならないと、その時々の状況に身を委ねている。
今回は、オープニングで四国在住の彫刻家松永さんを呼んでいたのだが、台風の直撃進路に当っていてそういうところから移動するのも難しいだろうと予測していたら、当日早朝に電話が入って、「まだ、風とかたいしたことないんだけど、JRが運休決めて移動手段が無いのよ・・」と、弱りきっていたから、「こういう時のことなので無理されないでください」と伝えて、すぐに宿泊予約のキャンセルをしたりして、少しざわついた。
結局、オープニングトークとワークショップは台風の影響で割愛となったが、ささやかなオープニングパーティーは奥出雲からの参加もチラホラあるし、若い20代の出品者も遠方から駆けつけてくれて、打ち止めは周藤さんも加わって大いに盛り上がった・・・と思う。主催の吉田としてはなかなか楽しかったし、満足したが、さて、参加してくれた皆さんはどうだったのだろう?

その夜は、展覧会場の床に梱包材の毛布などを敷いて一人用のテントを張ってシュラフで寝た。
ユキちゃんとヒョロリテツヤはそれぞれテーブルをベット代わりにしてそれぞれのシュラフへ潜り込んで寝たようだ。
最近の若い皆さんは、「シャワーがないとダメ!」だとか、「枕が変わると眠れないの!」とか、いろいろ堅苦しくて難しい日常を過ごしているようだが、吉田はそういうことで気にすることもないし、浜田の彫刻展のように車中泊をしないですむし、奥出雲の展覧会会場は素晴らしい環境だと思っている。

寝ている間に台風は東へ去って船通山のあたりへ雲を残しつつも、展覧会2日目は朝から青空が広がった。ユキちゃんが1日会場の受付をしてくれるし、奥出雲のアクティブオヤジが会場当番をしてくれることになってとても助かった。
ボクは、安心して徳島野外彫刻展の作品搬入へ出発できます!

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ヨレヨレオヤジの1週間ーその1 

2017/09/19
Tue. 14:03

「万善寺さんの携帯でしょうか?・・○○ですが、昨夜父が亡くなりまして・・・」
それは、突然の電話だった。

ちょうど、工場にこもって徳島野外彫刻展用の彫刻を造っている最中で、プラズマ切断の電源ノイズとトーチの先からコンプレッサーの圧縮空気が勢い良く吹き出ているなんともうるさいときで電話の内容がうまく聞き取れなかったものだから何度も聞き返した。
たしかに、身内が亡くなった状況の中で「大きな声で元気よく!!」会話が出来るわけもなく・・・とても失礼なことをしてしまった。
奥出雲の現代彫刻小品展が始まる直前で、これから展示台を運んだり彫刻の展示をしたりキャプションや出品目録などを印刷したりでいっきに忙しくなるから、少しでも彫刻制作を先に進めておこうと、がむしゃらに鉄板と格闘している時だったから、だいたい目標にしていたその日のスケジュールが崩れてしまって、一瞬頭が真っ白になった。
「それはそれは、お寂しいことでしょう・・・なんともご愁傷様でございます・・ところで、亡くなられたのは○○さんでしょうか?」
「はい、父の○○です。それで、お葬式をお願いできないかと・・」
そのお宅は、万善寺のお檀家さんではなくて浄土真宗の門徒さんだから、詳しく家の事情を知らないし、時期が時期だけに普通ならまずお断りする方向で話を聞き取っていたのだが、先代住職からの付き合いもあるし、お父さんご夫婦が健在の頃は夏の棚経に毎年お邪魔して親しくさせていただいていたし、なかなかうまく次の会話に繋げられないまま、結局葬儀日程などの具体的な話になって、「ひとまず、今の用事が落ち着いたところで枕経のおつとめにお邪魔しますので、詳しくはその時に聞かせていただきますから・・」となって、浄土真宗さんのお手伝いをすることに決まった。

それから自分の周辺が慌ただしくなって、とても一人で展覧会業務をまかなうことが不可能になった。
すでに、アルミ2tのレンタルもしてあるし、展示台の搬入をしないと展覧会を始めようがない。急遽、いつもの棟梁へ連絡してスケジュールの修正をした。
ここまで幾つかの違った事情がひとつに集まることなどなかなか無いことだ。
仏事の事情に彫刻の事情をかぶせても正当な言い訳にならないし、彫刻のスケジュールを仏事の事情で変更もならないし、アレはアレでコレはコレで別々の事情に一人の親父が絡んでいるだけのことだから、結局は誰の迷惑にもならないように自分の事情を工夫してやりくりするしかないことだ。
ナニが出来るかというと、世間が寝静まった夜の間に幾つかのスケジュールをはめ込んでしまうということ。
それ以来、ほぼ1週間・・・だいたい睡眠時間3時間程度で乗り切っている。
寝る前とか目覚めのひと時を使ってプチプチとキーボードを叩いて垂れ流していたオヤジのブログも、完全にその時間を奪われた。
さりげなく私のブログへ付き合ってくれているのは、吉田家オヤジと一・二を争うほどヒマを上手につくっているノッチくらい。
そのノッチがボクのことを心配してくれた!・・・嬉しいよね・・・ヤル気が出るよ!

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夜の奥出雲 

2017/09/13
Wed. 23:25

現代彫刻小品展の開催に向けて着々と準備が進んでいる・・・と言いたいが・・・
なにかとってもヤバそうな状況に突入しつつある・・・

彫刻の方は、大した混乱もなく展覧会場の奥出雲町へ続々と届いてきた。
朝から慎重に彫刻の破損などを確かめながら受取当番をしながら荷物を解いていると、中から手紙とか梱包材代わりの差し入れの品とか色々出てきて、思わずにやけてしまう。
毎年のように、こういう彫刻家の心のこもった気配りに接した時、「あぁ〜、やっててよかったなぁ〜〜」と心底そう思う。
今年から補助金の対象から外れたし、いろいろな公的事情で開催期間がナカナカ決まらなかった上、私の私的事情や坊主絡みの年中行事の大幅な変更があったりと、いろんな条件が複雑に絡み合ってしまって、一時は展覧会開催が不可能のように感じた時もあった。
それでも、こうしてなんとか会場の調整もできて彫刻やありがたい梱包材も集まってくると、やはりやめないでよかったと実感している。

気がつくと日にちが変わって深夜の2時を回っていた。
奥出雲は、飯南高原ほどではないが、夜になるとやはりいっきに冷え込む。
例のごとく結界くんには必要最小限のアウトドアグッズと梱包材代わりの古毛布などを常備しているからだいたいのことは安心できるが、今年は、「多分こんな感じで外泊も増えるだろうなぁ」と予想できていたので、先週になって一人用のテントを新調しておいた。
シュラフとテントがあれば日本国中何処に居ても大体のことはしのげる。それに、展覧会場そのものは、シャワーとガス施設がないだけでソレ以外のものはすべて揃っているから自宅の延長のようなものだ。

疲れたら何時でもシュラフに潜り込んで寝ることが出来るように準備してから、会場に残ってデスクワークをしていたら、鳥取で制作をしているアヤノちゃんから着信が入った。
もうかなり遅い時間だったから、制作のことで行き詰まったのかと心配になって電話したら、まだ学校で仕事中だという・・・もう、ビックリ!!
そういえば、展覧会場になるガラス工芸館の隣りにある中学校も夜の10時を過ぎてまだ光光と明かりがついて、駐車場にはファミリー仕様の車がビッシリ並んでいる。
島根県といい鳥取県といい、山陰の教育界は公然とブラックを黙認している。
「まだ、がっこうなんですぅ〜・・、チョット相談したいことがあるんですけど、これから出かけても、ものすごく遅くなるしぃ〜・・、どうしようかと思ってぇ〜・・」
ボクへのその相談というのは、「学校教育について・・」なんて全く関係なくて、展覧会に向けての大作の制作のこと。
だいたいに、公僕時代のボクなど、ひどい時はお昼のティータイムを過ぎた頃から勤務先の敷地内で堂々と制作の店を広げ、平気で職場の電源を使い騒音ノイズなどお構いなしてディスクグラインダーをガンガン使っていたりしたから、公私混同も甚だしいほどの5時からオヤジ・・と云うより3時から彫刻家を乗り切っていた。
夜の10時を過ぎて制作に気持ちを切り替えることなど無理でしょう!・・それでもなんとか制作にしがみつこうとしている様子が愛おしく思える。若い作家が育つはずがない!

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スケールが違う 

2017/09/12
Tue. 23:28

午前中から昼過ぎにかけてははそうでもなかったが、その後雨脚が次第に強くなって、日が暮れる頃には暴風雨に変わった。
奥出雲の展覧会準備で、会場まで備品を運んだりしてアレコレするうちに暗くなったので施錠してその日の作業を終わらせた。
奥出雲からだと万善寺経由で石見銀山まで2時間弱かかる。
吉田家へ着いたのは夜の九時を過ぎた頃だった。
途中、雷がすごくて、一瞬真昼のように明るくなる。
撥水剤のおかげで視界はかろうじて確保できているが、それにしても凄い暴風雨で結界くんも時折フラリとふらつきながら必死で態勢をキープしている。

やっとの思いで吉田家にたどり着いたら、ワイフがテレビを見ながらまだ寝ないで起きていた。
いつもだったらもう布団へ潜り込んでいる頃だから、きっと私の帰りを待ってくれていたのだと思う。
遅めの夕食の間も屋根を叩く雨音がすごくて、テレビの音声が聴き取りにくい。
夜も遅いし、こういう時は心配をめぐらしてもどうなるものでもないから、サッサと寝てしまうに限る。

島根県の暴風雨位で結構ビビッて大変な思いをしているわけだから、フロリダ上陸のハリケーンはとてつもなくデカくて、私ごときの想像の域を遥かに越えているのだろう。
ノッチのことも心配ではあるが、あまりにも距離が離れすぎていてドウコウするにもすべてが気持ちの空回りで過ぎてしまってオヤジの現実からは程遠い。
本当に世界は広いんだなぁと実感する。

「今日はじゅん君の誕生日だったはずだ・・・」
ふと気がついて、「忘れないうちにSNS送っておかないと!」と、なにか大事な義務感のようなものに気付いて「おめでとう!」と送っておいたら、「ナニが??ヒョットしてボクの誕生日のことだったら、それ、明日だよ!」と返信があった。
そうなのだ!そういえば今日はじゅん君の誕生日の一日前の日だった。
「しまった!」と一瞬思った。
それでも忘れて過ぎてしまうよりはまだマシだ。

その、じゅん君の誕生日の前日が、彫刻の業者搬入日であった。
会場で彫刻の梱包を解きながら1日がすぎる間に新しく4点の彫刻が届いた。
昨日と合わせて合計32点となって、最終的には40点位の彫刻が集まりそうだ。
昨年は点数が多すぎて窮屈な展覧会になったから、今年くらいの点数が奥出雲の会場にとっては丁度良い。それに、島根県在住の若い彫刻家の出品が増えたことも喜ばしい。
一仕事終わって休憩しながら家族のSNSをチェックしたらフロリダのノッチがハリケーン通過の状況を載せていた。宿舎前の樹木が裂け折れるほどだからかなりの威力だったと想像できる。嵐の後の虹が絵に描いたようだ。ナンもカンもアメリカはスケールが違う。

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生業と家業 

2017/09/11
Mon. 23:39

現代彫刻小品展の業者搬入がはじまった。
昨年から会場が奥出雲町へ変わった。
この展覧会は、2010年から始まったので今年で8年目になるが、1年で2回から3回巡回することもあるので、回数はすでに10回を越えている。
よくここまで続いていると他人ごとのように思ってしまうが、だいたいがナマケモノの部類に属している自覚もあって、ノンビリ彫刻やクラフトばかりしていると、そのうちそれも面倒になって制作から遠ざかってしまいそうな気がするものだから、常に自分を適度に追い込んで忙しそうにしておかないとダメになりそうだとビビッてスタートしたようなところがある。

絵を描くこともキライではないが、どちらかというと工作のようにモノをつくることの方がスキだったから、結局そういう方面の勉強をはじめて、そうなると物好きの趣味程度では済まされなくなって、しだいに造形の世界へ本気に踏み込むようになった。
もう昔から坊主になることが決められていたから、別に好きで坊主になるわけでもないし、そういう気持ちで死ぬまで好きでもない仕事を続けることも嫌なことだから、自然と制作表現の方へ力が入るようになって、ソコソコ自信もついて納得できるところまでいくと、それなりの欲も芽生えるし、同業諸氏との付き合いも楽しいし、制作中の苦しさが快感に変わったりしはじめると、もうあとに引けなくなってそれが生業になった。
坊主は家業のようなものだから、それはそれで吉田家の継承的重要度も承知している。
いつの頃からか、生業と家業が少しずつ適度に混ざりあって、造形のコンセプトを形成するようになっていた。

現代彫刻小品展も、一年中ソレばかり思い詰めてアクセク働いているわけでもないが、いつの間にか少しずつ規模が大きくなって好意的意見を聞くようになったりすると、そろそろ自分の手に余るふうに感じるようになって来た。
今年は、春先から坊主家業の方と吉田家の私事の慶弔事が絶え間なく続いて、彫刻絡みの幾つかが著しく調整不能になって息切れし始めた。
このままだと、いずれどこかで何かにつまづいておおごとになりそうな気もしてきたから、まずは自分個人の事情をやりくりして精査整理することにした。
そういうめぐり合わせでもあるのだろうし、過去の自分を振り返る良い機会でもあった。

いまのところ、造形の枯渇を感じたことはないが、肉体の衰えによる制作上の不具合が先行して、造形の変更を迫られることは増えた。当初、この造形の変更がかなりのストレスになって制作の苦痛に耐えられないこともあったが、その時期を踏ん張ると、意外な発見があったりしてソレはソレで面白いと思えるようになった。そうなると、本当に難なく次の展開が具体的に見えるようになって、最近では昔々の自分のようにチョコチョコとメモをとっていたりするようになって、それはとにかくとても久しぶりのことだ。
これから先、あとどれだけ制作できるかわからない。メモは増えるかもしれないが実材の彫刻の方はそろそろ指折り数えられるくらい予測できるようになってきた。
彫刻も仕切り直しで再スタートを考えても良い頃なのかもしれない。

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ヨレヨレオヤジの日常 

2017/09/10
Sun. 23:11

工場での彫刻制作も2日目が終わって、それなりに集中力も維持できている。
2日といっても実質10時間くらいしか制作時間の確保ができていない。
1日は半日ほど奥出雲でつぶれ、1日は現代彫刻小品展の事務が思ったより長引いてしまった。
それでも、大きなパーツの1つは仮溶接で立体が見えてきた。

今回の彫刻は、幾つかある手持ちのテーマの中では、比較的具象に近い分かり易いものになっている。
設置場所が大きな公園の敷地内に決まっていて、不特定多数の鑑賞者が対象であると思われるからだ。
こういう場所へ、個人の主観的造形の緊張を押し売りしても迷惑なことだろうと思っていて、そういう彫刻は、むしろきちんとした美術館の閉鎖された空間で先端的刺激を共有する方が面白いと考えているからだ。

彫刻のスケールは、自分にとってとても重要な要素になっている。
それぞれのテーマが違えば、それに最適のサイズがおおよそ見えてくるし、設置空間の条件によっても最適な空間の共有を得るためのスケールが決まる。
小さいサイズであるから緊張感の増す彫刻になることもあるし、そのかたちをそのままスケールアップしてもただ茫洋とした掴みどころのない彫刻にしかならないこともある。逆に彫刻のスケールが大きいから空間の広がりに説得力が加わって楽しめることもある。
私の場合は、どうも自分の眼で確かめて自分で汗を流さないと気がすまないようなところがあって、時々そういう融通のきかない自分の性格が自分の首を絞めて彫刻の広がりを捨てているような気がすることもあるが、今更無理してそれをどうこうする気にもなれないし、まぁ、まともに納得できる制作の継続もあと10年位だろうと予測していたりもして、自分に残された制作時間を有意義に楽しめればソレでいいと思っている。
とにかく、彫刻の大小関係なく、それが彫刻でなくてクラフトであっても、何か手を動かして少しずつかたちになって、制作の痕跡が納得できていれば、それが一番いい。誰のためでもない自分のために良い汗を流せればそれで十分なのだ。

先日万善寺の境内で鉄にディスクグラインダーを使っていたのだが、改めてその場所を見るとホワイトグレーの真砂土が一面茶色く変色していた。
庫裏の軒先の踏み石に腰掛けて、ほんの20〜30分鉄を削っていただけのことだが、仕事の痕跡が正直に残っている。
土蔵の軒先ではユキちゃんがエンジンチェンソーをふるっていて、クスノキのチップが散乱している。
禅寺末寺万善寺も、今年の春から少しずつ彫刻の要素が加わりはじめて、近所の目や耳を刺激し始めた。
石見銀山の吉田家では、ワイフの一手間で町並みに面した軒先が秋仕様に模様替えされて観光客の目をなごませている。
こういう造形表現のさりげない変化や継続がヨレヨレオヤジの日常の励みになっている。

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気持ちのもんだい 

2017/09/09
Sat. 23:36

やっぱり、整頓された工場は気持ちがいい。
このまま何時までも綺麗なままだったら良いと思うが、そうなるともう彫刻を造ることもなくなるだろうし・・・まぁ、適度に乱雑な方がヤル気になれるような気もする。

坊主の修行では、毎日欠かすこと無く掃除をする。
修行の僧堂が違えばシステムも少しずつ違うと思う。私が修行させていただいた僧堂では幾つかの係を振り分けられて、それなりのスケジュールも決まっていて、毎日掃除ばかりをしていたわけでもなかったが、修行僧全体を均すと、誰かが何処かの掃除をしているということに変わりはなかった。
面白いもので、万善寺の暮らしを続けていると、1日のかなりの時間を掃除に使っていることに気付く。
草刈りやチョットした改修作業も含めると、寺にいる時で、お経を読んだり食事をしたり寺務のデスクワークをしたりする以外は殆どなにかしらどこかしらの掃除や営繕作業をしていたりする。
長い目で見ると、結局毎日だいたいそういう似たり寄ったりの生活をしていたら、極端に酷く汚れることも荒れることもない。やはり、修行暮らしの基本として掃除は重要で大事な作務のひとつだということだ。
そう考えると、日常的に自分一人で維持管理できる限界点が見えてきて、山寺万善寺は狭いながら少々手に余る程の規模になる。6畳チョットの工場と物置倉庫くらいがちょうどいい大きさといえる。
その工場で午前中かけて鉄板の裁断を8割方終わらせた。
あとは溶接をしながら細かい微調整をしつつ組み立てていくことになる。
頭の中ではおおよその図面も出来ていて、現物を見ながら具体的なかたちを造り込むことになる。
久しぶりにまとまった制作になって、心配していた集中力も比較的長持ちして、身体の動きもソコソコで体力も極度に衰えたふうでもなかった。
これから制作が長期化するし、自分の身体の様子を見ながら無理をしすぎない程度に工場通いを続けようと思っている。

午後から奥出雲の展覧会に向けて結界くんへ積めるだけの資材や備品を運んだ。
久しぶりの会場は未使用の期間が続いたせいか埃っぽい空気が停滞して、展覧会にはいらない什器がたくさんあって、それらを整理するだけで1日はかかりそうだ。
今回からは人手に頼ることも難しくなったから、会場整備の時間や体力も確保しておかなければいけない。
彫刻から遠ざかった坊主暮らしで鈍り切った身体や精神を鍛え直さないといけない。

家族のSNSに吉田家三姉妹が情報を流していた。キーポンは友達とJUMPのコンサート。なっちゃんの結婚式で造った掲示板がやっと使えてもらえたようだし、ハリケーンが心配なノッチは同僚と助け合ってたくましく暮らしているようだ。
こういう家族情報は私の鈍り切った気持ちを奮い立たせてくれて励みになる。

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残暑の1日 

2017/09/08
Fri. 23:19

早朝の銀山街道は濃い霧に包まれていた。
予報ではこれから晴れて残暑も厳しくなるようだ。

あまり体調の優れないワイフが夜中に咳をするようになった。
これから六本木の彫刻の制作もあるし、現代彫刻小品展もあるし、徳島の野外彫刻展もあるし、とみやまでは3年目を迎える彫刻アートワークもあるし、年末まで彫刻漬けの制作が続くから、身体には十分に気を使ってほしい。
石見銀山と万善寺の二重生活をしている間に、自分の身の回りのものが二箇所へ分散してしまった。その時々の都合のいいようにモノをアッチとコッチへ持ち運んでいたら、コッチで必要なモノがアッチにいっていたり、アッチで必要なものがコッチにあったり・・そんな暮らしが暫く続くと、最近衰えが加速する脳ミノのハードディスク系統がパニックを起こしてしまってクラッシュ寸前状態になっている。
ワイフに必要な風邪薬も、記憶の断片を手繰っていったら万善寺の寺務所にあったことを思い出して、朝飯前に早朝の銀山街道を走ることになった次第。

ワイフにはとにかく休息して風邪を早く直せと言い置いて、彫刻制作の工場へ出かけた。
前回その工場で彫刻を造ったのは、今年に入ってまだ母親が生きていた頃だった。
その後、彼岸明けに母親が死んでからあとは万善寺のことで手一杯になって彫刻制作の時間が消滅したままアッという間に半年が過ぎた。
鉄粉とガーネットが混ざった粉塵が工場の床一面に積もっている。
何時もなら制作が終わって彫刻を搬入して展覧会の用事が落ち着くとすぐに一斉清掃をして次の制作に向けて環境を整えておくのだが、今年はソレも出来ないまま春から秋になってしまった。
大作用に造り付けた鉄板の野外デッキには、早々と落ち葉が積もり始めている。

工場の2階は彫刻の展示台を保管する倉庫になっている。
自分のスケジュールをザックリと調整してみると、今のうちに小品展の展覧会用に展示台をプラットホームの近くまで移動しておいたほうが良いと判断して、掃除が終わってからその作業をはじめた。
今までは、何かにつけて作家仲間が作業を手伝ってくれていたが、今年から現代彫刻小品展の方は助成金が切れたからそれも頼みにくくなった。それでも作業を割愛することも出来ないから、気持ちを切り替えて約80個の展示台をすべて1階へ降ろした。
こういう作業は、時間があれば十分一人で出来ることでもあるし、はじめから誰かを頼ってしまうとそれだけで自分の気持ちが無駄に荒れる。調子の悪い膝をかばいながらだいたい1時間ほど1階と2階を往復した。

夕食はアジの刺身が出来ていた。アジはボクの大好物で、ワイフの気遣いが伝わって、疲れもいっきにとれて麦とホップが2カン空いた。
ノッチから巨大ハリケーンの情報が入った。
水の確保もなんとかできたらしい。少し安心した。

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それぞれの営み 

2017/09/07
Thu. 23:00

1日で3つも寺の仕事で出かけなければいけないのに、朝からものすごい雨が降って境内が池のようになって大変なことになっている。結界君のワダチに流れ込んだ雨水が川になって低い方へ流れている。こういう状態が1日続けば大事になるだろうと心配しながら西の空を見ると、空がかなり明るくなっていて少し安心した。

午前中は年回2つを1つにまとめた年回法事。
最近はこういうスタイルがどんどん増えてきた。坊主的にはあまり良いことではないのだが、いちいちそのわけを解説するのも疲れてしまって、そういう意向の施主さんには「ハイ!わかりました」のひと言を返して終わりにすることにしている。
そもそも、そういう申し出のある施主さんの気持ちそのものが本来の信心からソレて義務法事にしてしまっているわけだから、その考えを尊重してのことだと自分に言い聞かせているところもある。
坊主の仏事とか宗教心とか布教は俗な世間から遠く離れたところにあるのだ。
午後からは、2つの点眼(開眼)供養をした。
1つは、会社の工場増設に伴って敷地内に安座のお地蔵様を遷座することになって、その最終段階の供養法要を現場で行った。
その時間帯にはすでに雨が上がって小康状態であったが、施主さんはお地蔵様が濡れないように簡易テントまで用意して手厚い荘厳がされていた。
点眼のお経や回向が終わってから、遷座地の地鎮祭で使用した荘厳の灰を撥遣してすべて終わる頃になってまた雨が降り始めた。
「これで安心しました。この灰は自宅の横の川へ持っていって流させてもらいます・・」
ご主人の安堵の顔が心地よかった。
そのお地蔵様の現場から直接次の点眼へ移動した。
玄関先へ結界君を駐車する頃には、運良く雨が止んでくれた。
小さな簡易仏壇がパソコンデスクを再利用した祭壇に置かれて、大きな遺影が中央に飾られていた。位牌は、万善寺で安座の新帰元白木位牌を再利用する。まだそれなりに若い後家さんだから仕方のないことだが、どうも信心の方向が本尊様からソレているようで、亡くなったご主人もどこかしら居心地が悪そうな気もしたが、何もしないで粗末になるよりはずっと良いことだし、気持ちを込めて点眼のお経を読んで回向をさせてもらった。

ノッチの暮らすフロリダが厳戒態勢で大変なようだ。
最大級の超巨大ハリケーンがフロリダを直撃するかもしれない。
イチロー選手のマーリンズは、遠征試合に家族同伴を決めて家族の安全を確保することに決めたそうだ。
こういう緊急時の対応に慣れないノッチは、水の確保に失敗したようで結構心配だが、最悪スキなビールで乗り切ることが出来るかもしれない・・・
それにしても、天災の前には、ヒトの営みなど芥子粒以下にチッポケで木っ端微塵だ。
万善寺の豪雨など比べ物にもならない。
太陽では通常の千倍以上の大規模爆発が観測されたらしいし、地球レベルでない宇宙レベルで得体の知れない何か大きな変化が起きているのかもしれない。

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ささやかな夢 

2017/09/06
Wed. 23:17

万善寺の用事をしている間にワイフが土間の写真を送ってくれた。
何時もながら棟梁の仕事は早い。
クロにはかわいそうだが、これで脱走の確率がかなり減ったはずだ。
・・・と同時に、私のギャラリー再開の確率が少し上昇した。

ギャラリーというと、もうかれこれ10年ほど前になるだろうか?
石見銀山の町並みに面したひと部屋を彫刻やクラフトの展示ギャラリーにしたくて、仕事の合間を調整しながら少しずつ部屋の改修を始めた。
吉田家の半分は文化文政年間の建築だということが専門家の調査でわかっている。
残りの半分は大屋根で繋いだ別の建物になっていたようで、こちらの方は華奢な掘っ建てのような造りだったから、「たぶん何かの作業小屋として使っていたのでしょう・・」ということだった。
吉田家入居のための改築前は、ギャラリーにしようとしていた部屋の床を取り払って駐車ガレージになっていた。
まだ世界遺産登録前の頃だったが、伝統的建築群保存指定地域になっていたから、改修工事をするにあたって文化庁の調査が入った上、建設当初の様子に復元をするということが条件になっていた。
今思えば、床をとってガレージにする時、もっと使い勝手の良いように縦柱の場所をずらしたり出来たと思うが、当時の居住者はそこまで大げさに改修することもないと思っていたのだろう。私としては、そのままガレージに使いたくてそのままの状態を残してほしいと思っていたのだが、奈良県の方から専門家が来たり、行政建設課の一級建築士から街並み保存を優先した外観の図面を提示されたりして、家主の意向は軽くスルーされた。

今の吉田家に限らず、石見銀山の間歩まで続く約3kmの道筋に面した家並みは、こうしてことごとく国の指導に沿った改修をされて、今では電柱も取り払われて江戸時代を中心として昭和に続く時代の変遷を見ることの出来るテーマパークのような町に変わった。
実際、そういう所で日常の暮らしを続けている住民にとっては、暮らしが便利になるどころか益々不便になって、観光客の視線を避けるように町並みの建具が一年中締め切られたままになっていたりする。
私がギャラリー開設を計画したのも、自分の暮らしを出来るだけ開放して、風通しの良い住まいにしたかったからだ。土間玄関を開け放し、そのとなりのひと部屋の建具を取り払い、大小の彫刻や絵画などを展示して店番をしながら小物を造ることを約1年半続けた。
少しずつ常連さんも出来始め、クラフトの注文も入り始めた頃、前住職の病気が深刻になりはじめて、寺務の停滞で周辺寺院やお檀家さんへ迷惑が及ぶようになって・・・まぁ、そういう避けて通れない時の流れに我が身を委ねるしかないことになって、晋山式の大げさな仏事もしないまま密かに住職交代をすませた。通勤坊主が本格化したのもその頃からだったが、当時は万善寺の仏事より前住職通院のお伴の方が忙しいくらいだった。
ギャラリーをクローズすることに決めたのは、お客様に失礼をすることが増えたからだ。
今はあの頃に比べると自分のペースで動けるようになった。そろそろ自分の先行きも見えてきた気もするが、もう一度仕切り直しでささやかな夢を見てみたい気もしている。

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クロ対策 

2017/09/05
Tue. 23:14

限りなく透明に近いグレーな吉田家のコトをブログにしたら、ノッチがさっそく食いついてきた。
ボクは君の適度にゆるいところ良いと思うんだけどなぁ〜・・・
チョット短気で気に入らないとすぐにプンプンすることもあるけど、それは多分、よほど親しい関係にある人の前(たとえば吉田家の家族とか)でだけのことだろうから、それも愛嬌ということで・・・

クロがポーカーフェイスでしつこく脱走をあきらめないでいるから、私の留守の間にワイフが吉田家の玄関から土間のあたりを整備しはじめて、その最終段階でいつもの棟梁の手を借りることになった。
朝早くに現状を確認がてら棟梁がやってきて、お互いの知恵を出しながら打ち合わせを済ませた。
「それじゃぁ〜、昼からということで・・・」
「あっ、それだったら玄関入れるようにしておきます!吉田家は二人とも留守だと思うので・・・」
棟梁が土間で仕事がしやすいように、一度片付けてキレイになった部屋が結局物置に戻りそうになっていたところを再度午前中かけて本格的に片付けた。
あふれた荷物は持って行き場もないから、結界くんへビッシリと詰め込んで万善寺へ走った。
狭い山寺とはいえ、今の吉田家よりは広い。本堂の西側にある渡り廊下の空きスペースを少し片付けて結界君の荷物を積み上げた。

昼食の時期を過ぎてから空腹に気づいたが、いまさら昼ごはんをつくる気にもなれないし、ひとまず昼飯抜きで石見銀山へ向かうことにした。
空荷で帰るのもモッタイナイ気がして、寺のアチコチに積み上げられているダンボールなどの紙類をまとめてみたら、リヤデッキいっぱいのソコソコの量になった。
明日は坊主家業で法事があるから、荷物を積んでウロウロするのも坊主らしくないし、紙専門のリサイクルショップへ持ち込んだら150円になった。
「油代のほうが高くついたな?・・」
なんとなく、いやしい打算が脳味噌をよぎったが、「資源の有効活用に貢献したのだ!!」と、自分の身施善行に気持ちを切り替えた。

午前中に石見銀山を出発してひと回りして帰宅したら、土間から投光機の明かりが漏れていた。
棟梁の仕事は実に早い。
夕方までにフレームが組み上がり、たぶん、明日半日もあれば完成するだろう。
これでクロの脱走が激減するはずだ。
感の良いクロが、そういうことを察してか今日1日で2回も脱走を成功させて、現在まだ帰宅していない。
「フフフ・・・、君の散歩も今日で終了サ!」

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ノッチからのSNS 

2017/09/04
Mon. 23:13

ちょと思いついて国内観光をアチコチと・・・なんてネ♡!
のんびり旅行でもしてみたいな・・・などと、思う余裕もなく・・・

最近吉田家のSNSが賑わっている。
8月から1年契約の就職が決まってフロリダで暮らしているノッチが、職場エリアの写真を送ってきた。
詳しくは分からないが、巨大なディズニーリゾートの日本館エリアで働きはじめた。
数週間の座学や試験や研修などがあって、配属先が決まったらしい。
ノッチも私とワイフの娘だから、何もしないでダラダラしていると、全身がとろけてダレ切ってしまう性格なので、それを自分もわきまえて「一番忙しいところが良いです!!」と訴え続けていたら、見事にそういうエリアへ配属されたらしい。
今回同僚になった連中の殆どは、帰国後の就職に照準を当てて、そのためのスキルアップを狙っているらしい。
女性はキャビンアテンダント、男性は高級ホテルといったところの希望が多いそうだ。
それでノッチはどうかというと、「ウゥ〜〜ン・・・、あんまり考えてないノォ〜・・」という感じ。
まぁ、自分の目標をガッチリ固めてガツガツ暮らすよりは少々緩めに余裕を持っていたほうが「ツブシも効いて良いかな?」と思ったりしてしまう。
ノッチもまだ若いとはいえそろそろアラサーに近づいているし、外国暮らしは今回が最後だと、自分ではそういうふうに決めているようだが、彼女のことだからそれもどうなるのか定かではない。

吉田家の4人の子供たちは、それぞれ自分の思うように自分のやりたいことを自分で決めて働いているから、6人家族それぞれが見事にバラバラで暮らしている。それでも、全体を緩やかにグループ分けしてみると「先生」系が多いのかな?
ワイフは時間講師で3つの中学校を回っているし、じゅん君は海士町で音楽の先生をしているし、今年の四月から働き始めたキーポンは東京で保育士をしている。
私は坊主をしながら彫刻を造っているが、1年を均すと彫刻家が坊主をしているふうになって、まぁ、いずれにしてもとってもヒマな暮らしをしている。
一番忙しく働いているのはなっちゃんだと思う。先日も、島根へ出張と称して帰ってきてからあと、高松や宇都宮など毎日のように出張が続いていたらしいし、なっちゃんの旦那も平日は帰宅がかなり遅くなっているようだ。これで土日の休日がなかったらあの二人は過労で倒れているかもしれない。

私くらいの田舎育ちの年齢層は、「男は家の跡を継ぎ、女は嫁入りをして子を育て・・」などと、物心ついたときから呪文のように耳元で囁かれながら大きくなってきた。
そういう洗脳子育ての結果、自分で自分の出過ぎた杭を打ちながら敷かれたレールを大きく踏み外さないようにつつましく生きてきたようなところもある。
せめて、我が子や自分の家族くらいは、親の都合で子供が我慢しなければいけないようなことになってほしくないと思っていたつもりだが、さて、どのように育ったのか??

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それぞれの制作 

2017/09/03
Sun. 23:26

ご主人様を亡くして途方にくれていた犬が、このままだと保健所行きか万善寺へ一時預かりか、そのくらいしか選択肢が残されていない状態だったところへ、夕方になってやっと次の飼い主が決まりかけてきたと連絡が入って少しホッとしたところだ。
やはり、保健所よりはまだマシとはいえ、オヤジのわびしい一人暮らしの雪深い寺で震えながら寄り添って味気なく暮らすよりは、家族の温かい愛情に包まれて余生を送ったほうがその犬もずっと幸せだろう。
今年に入ってから今までになく忙しい毎日を送っていて、その上犬の事情も増えたりするとどうしようかとチキンオヤジは内心ビクついていたが、心配事の一つはなんとか回避できそうだ。

9月に入って、私の周囲では展覧会発表へ向けての制作が一気に本格化してきた。
ユキちゃんが万善寺の土蔵の前でクスノキと格闘を始めた。
土蔵の下屋を利用してチェーンブロックを取り付けて即席の制作場所を造って、エンジンチェンソーの使い方を教えておいた。
これから約10日間は昼の仕事が終わったら万善寺へ帰って、制作を続けながら寄宿生活が本格化する。

ワイフは最近少し体調不良が続いていてあまり元気がない。
それでも、彫刻制作に向けての気持ちは萎えることなく私へ色々支持を出してくる。
鉄の彫刻家としては自分の制作が無いわけでもないのだが、ワイフの指令に「ノォー!!」とは言えない。
徳島の野外彫刻へ出品する限りなくインスタレーション的彫刻を組み立てるために、20個のパーツと周辺の部品を結界くんへ詰め込んで万善寺の境内へ運んだ。
鉄の制作工場は地面が全面コンクリートで固められているから、彼女のセッティングをシミュレーション出来ない。それで、真砂土で固めた万善寺の境内が都合よく使われることになったわけだ。
ワイフは、かれこれ10年以上かけて少しずつ野外展示の工夫をしている。10日から1ヶ月位の期間を野外設置して耐候性のデータを集めながら根気よく素材研究を続けている。

鳥取のアヤノちゃんが県展の出品作品をデータで送ってきた。搬入の時は色々ドタバタがあって大変だったようだ。
絵を描く人は、発表歴の少ないはじめの頃、四角のフレームの中に自分のすべてがはまり込んで気持ちの方が先行してしまって、制作のスタートから完成までをクールに客観的スケジュールで管理することが不得意な気がする。
彫刻の場合は、かなり慎重に制作計画を練っておかないと作品が締め切りまでに完成しない恐れもあって、周囲の関係者に大迷惑をかけることになる。
アヤノちゃんは、まだ作家歴も若いから、今後も幾つかの失敗を繰り返すことになるだろうが、そういう過程の蓄積が確実に何かのカタチで証明されて次の制作に反映されることにもなるから、あせらないで自分を信じてその時々の難局を乗り切ってほしい。今は制作のベースで少しでも自分のボキャブラリーを広め深めることに専念する時期だと思う。

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畜生道 

2017/09/02
Sat. 23:37

午前中に江津で用事を済ませ、工場へ直行してワイフの彫刻パーツや道具など必要なモノを結界くんへ積み込んで万善寺へ向かった。
夕方には隣町まで4・7日の七日参りでお経と墓参に出かけ、ついでにスーパーで半額のお惣菜を買って、先頃遷化されて寂しくなった寺へ回って、帰らぬヌシを待っている柴犬のようすをみた。
夏の間は厳しい猛暑のためか、それともヌシがいなくなったせいか、瞳も虚ろで地面に張り付くように寝転がったまま尻尾も振らないでぐったりしていたが、秋風が吹いて涼しくなり始めたら急に元気を取り戻して、私の姿を見るとちぎれるように尻尾を振りながらリードの長さいっぱいまで走り寄ってきた。
もうあと10日くらいしたら寺の留守居を切り上げてしまうらしい娘さん(といっても、もうおばさんだけど・・)がいなくなったら、その柴犬は無住の寺に一匹残されてしまう。
「どなたか、面倒を見てくれる人見つかりましたか?」
「それが、まだ・・・・」
「あきらめないで、色々たずねてみてくださいね。ギリギリまで」
「そのつもりですが、ナカナカ見つからなくて・・・『可愛いぃ〜♡』とは言ってくださるのですが・・・ヒトが来てもぜんぜん鳴かないし、いい子なんですけど・・なかなか飼ってくれるまでにはいかなくて・・・」
どうも、歯切れの悪い返事がかえってきた。
ヒト(他人)の心など、だいたいそのようなものなのだろう。
「何歳ぐらいですか?」
「さぁ〜〜、よくわからないんですけど・・・」
それなりに老犬のようだし、最悪、保健所行きを覚悟するしかないことになると、まず引き取りもなくて殺処分になることだろう。
生前のご住職の話だと、血統書付きの柴犬だということだった。
そういう話題になると、目を細めてにやけた顔になっていたから、そっけない風を装いながら、内心はとても可愛がっていたのだと思う。
「引き取り手が見つからないようだったら、万善寺の番犬で引き受けることにしましょう。どうせ、あと1〜2年の命でしょうから、そのくらいならなんとかなるでしょう」
そう言い置いて、ご本尊の阿弥陀様に手を合わせて帰りかけたら、
「どうしてもの時は、預けさせてもらってもいいんですよね?」
私の背中に娘さんの念押しの声が乗ってきた。さて・・・これから数日間で飼い主が見つかるのだろうか?・・いや、飼い主を探す気があるのだろうか?
エサ代もかかるし、散歩も日課に加わるし、犬を飼うのもそれなりに腹をくくる必要があってのことだが、口のある生き物を粗末にすることは出来ない。
仏教六道で三悪道の一つといわれる「畜生道」は、本能のままに生き、自力で仏心を得ることの出来ない世界をいう。
犬はまさにその畜生道の世界に生まれて死んでいくことになるわけだが、一方で、悪意を持って嘘をついたり騙したりするようなことはしない正直者でもある。
腹黒い魑魅魍魎のうごめく「人間道」の世界よりすっとシンプルで潔い世界だとも思う。

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9月1日の一考察 

2017/09/01
Fri. 23:10

朝晩がめっきり寒くなって掛け布団が手放せなくなってきた。
私とワイフは、世間の夫婦並みに仲良く暮らしていると思う。
それでも、今年のように別居生活の一人暮らしが増えたり、自宅でも寝る部屋が別だったりして、四六時中ベタベタと一緒にいるわけでもない。
結婚生活が長くなると、だいたいどの家庭も似たり寄ったりなのではないかと勝手に自分でそう思っている。

万善寺には、とりあえず暮らしに困らないくらいの備品は整っているから、そのままで不自由はないのだが、それだからといって暮らしに潤いがあるわけでもない。
たとえば、味気ない家具もそうだし、貧乏を絵に描いたような継ぎ接ぎだらけの布団やカーテンもそうだし、セロテープやガムテープや絶縁テープまで使って補修をした建具もそうだし、あげればキリがないほど到ることころの到るものがボクの美的感覚の琴線に触れて、無駄に心がざわめいて落ち着かない。
この半年で、すぐ目に付くものから少しずつ廃棄したり更新したりしてきたが、まだまだその手を緩めるわけにいかないほどチープな遺物がたくさん残っている。
夏の間はそれらを取り外したり撤去したままでも気にならないし、むしろその開放感が心地よかったりして暮らしの不具合を感じることもなかったが、こうして、少しずつ秋の気配が漂いはじめてくると、撤去した家具や建具などが恋しくなって必要を感じるようになってきた。
そこで、ワイフを誘って出雲のニトリへ出かけた。
幾つかの安いインテリア用品を揃えて、ついでにワイフの椅子も買ったが、これが一番高くついた。その椅子は、わたしが万善寺の寺務所で使うために購入したものと同型の色違いで、もう1年以上使い続けて使用感は確認済みだ。
買い物をしている間に雨が本格的に降り始めていた。
せっかく久しぶりに出雲まで出かけたのだからそのまま帰るのも味気ないからと、昼食を食べ、大きな業務用スーパーへ寄って買い物もした。
それこそ、二人揃って遠出することなどだいたい1ヶ月ぶりで、前回はなっちゃんの結婚式の時くらいだったと思う。
吉田家のこととか、子供たちのこととか、ワイフの仕事先でのこととか、それに彫刻のこととか、会話が途切れることがなかった。

一人暮らしが増えてから、日常品も含めて自分で買い物をすることが増えた。
私が必要な特殊なものなど殆どをAmazonに頼っていて、ラップトップが一つあれば外出しなくても買い物が出来るし、普段田舎ではまず売っていないようなものも2〜3日待てばだいたい手に入る。私の買い物などせいぜいそのようなものだった。
こうしてワイフと仲良く日常品の買い物をしたりしていると、夫婦でいられることのありがたさが分かる気がする。やはりなんだかんだいっても、夫婦でいると自然にその家庭の暮らしの役割分担が出来上がっていて、それが過不足なく機能して、お互いの気配を身近に感じることの安心感もあったりする。
吉田家の場合、この適度な距離感があるから仲良しでいられるのかもしれない。

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2017-09