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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ヨレヨレオヤジの日常 

2017/09/10
Sun. 23:11

工場での彫刻制作も2日目が終わって、それなりに集中力も維持できている。
2日といっても実質10時間くらいしか制作時間の確保ができていない。
1日は半日ほど奥出雲でつぶれ、1日は現代彫刻小品展の事務が思ったより長引いてしまった。
それでも、大きなパーツの1つは仮溶接で立体が見えてきた。

今回の彫刻は、幾つかある手持ちのテーマの中では、比較的具象に近い分かり易いものになっている。
設置場所が大きな公園の敷地内に決まっていて、不特定多数の鑑賞者が対象であると思われるからだ。
こういう場所へ、個人の主観的造形の緊張を押し売りしても迷惑なことだろうと思っていて、そういう彫刻は、むしろきちんとした美術館の閉鎖された空間で先端的刺激を共有する方が面白いと考えているからだ。

彫刻のスケールは、自分にとってとても重要な要素になっている。
それぞれのテーマが違えば、それに最適のサイズがおおよそ見えてくるし、設置空間の条件によっても最適な空間の共有を得るためのスケールが決まる。
小さいサイズであるから緊張感の増す彫刻になることもあるし、そのかたちをそのままスケールアップしてもただ茫洋とした掴みどころのない彫刻にしかならないこともある。逆に彫刻のスケールが大きいから空間の広がりに説得力が加わって楽しめることもある。
私の場合は、どうも自分の眼で確かめて自分で汗を流さないと気がすまないようなところがあって、時々そういう融通のきかない自分の性格が自分の首を絞めて彫刻の広がりを捨てているような気がすることもあるが、今更無理してそれをどうこうする気にもなれないし、まぁ、まともに納得できる制作の継続もあと10年位だろうと予測していたりもして、自分に残された制作時間を有意義に楽しめればソレでいいと思っている。
とにかく、彫刻の大小関係なく、それが彫刻でなくてクラフトであっても、何か手を動かして少しずつかたちになって、制作の痕跡が納得できていれば、それが一番いい。誰のためでもない自分のために良い汗を流せればそれで十分なのだ。

先日万善寺の境内で鉄にディスクグラインダーを使っていたのだが、改めてその場所を見るとホワイトグレーの真砂土が一面茶色く変色していた。
庫裏の軒先の踏み石に腰掛けて、ほんの20〜30分鉄を削っていただけのことだが、仕事の痕跡が正直に残っている。
土蔵の軒先ではユキちゃんがエンジンチェンソーをふるっていて、クスノキのチップが散乱している。
禅寺末寺万善寺も、今年の春から少しずつ彫刻の要素が加わりはじめて、近所の目や耳を刺激し始めた。
石見銀山の吉田家では、ワイフの一手間で町並みに面した軒先が秋仕様に模様替えされて観光客の目をなごませている。
こういう造形表現のさりげない変化や継続がヨレヨレオヤジの日常の励みになっている。

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2017-09