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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

吉田タマ 

2017/12/01
Fri. 01:32

集団登校の子供たちの賑やかな声で目が覚めた。
出掛けにグッピーの水が少なくなっていることに気付いた。つい先日水を足したばかりだと思っていたが思い違いだったのだろうか?バケツに3杯ほど継ぎ足してご飯を蒔いた。
石見銀山の町並みは昨夜の雨で濡れていた。

とにかく、なんとかして11月中で富山小学校の校内をキレイにしておきたい。
結界君に校内の残りを全て積み込んで移動すれば、あとは、天候の状態を見て野外彫刻の周辺を草刈りなどして整備して、今年の彫刻絡みの企画事業全てが落ち着く。
事業報告作成や会計事務は石見銀山で篭ろうか万善寺で篭ろうか、まだ迷っている。
・・・そんなことを考えながら結界君を富山へ走らせた。

途中、まだ転勤族で働いていた時に暮らしていた町を通る。
三瓶川に沿って広がった町に今から20年ほど前まで住んでいて、町内で2回引っ越しをした。今でもバス通りのままなのか知らないが、当時は狭い道を路線バスが走っていた。1軒目は一部2階付きの一戸建てで、小さい子供を育てながら暮らすくらいの広さがあった。じゅん君となっちゃんが生まれていて、2階を寝室にして4人が並んで寝ていた。シャム猫系雑種の黒猫が同居していたが、野良猫から酷い皮膚病を移されて、病院へ連れて行ったら「これは、治すのが難しいから殺処分にした方がいい」と女医さんから冷たく見放された。当時はまだ猫嫌いを貫いていたワイフは、非情にも女医さんのいうことに納得して平然としていた。私はとにかく自分にできること全てを試して「それでもダメなら諦めるから」と冷淡な女医を説き伏せて強力なシャンプー系のチューブ薬を1本もらって帰った。それから約半年の間、1軒屋の一部屋を猫部屋にして子供やワイフを立ち入り禁止にして隔離しながら、嫌がる黒猫を毎晩無理やり風呂へ連れて行ってチューブ薬を使ってシャンプーした。3本くらい買い足した頃に元気な頃と同じようなツヤツヤの毛並みに戻って完治した。黒猫の世話は全て私が責任をもっていたから、他の家族は皮膚病の治った猫を抱こうともしないまま、ほぼ無視の状態がしばらく続いた。元気な頃は殆ど外猫同然で暮らしていたから、私が仕事で留守の間に吉田家を飛び出して行方知れずになった。私の強制的シャンプーは猫にとっては虐待されているようなものだったろうから、逃亡するのも仕方がないとあきらめつつ、それからしばらくして同じ町内の2階建て集合住宅へ引っ越した。その住宅は今は更地になって跡形もない。ノッチはその住宅の時に生まれたから黒猫を知らない。或る日、3人の子供が小さな裏庭で遊んでいる時に、はるか向こうの田の畦道をのんびりと歩く黒猫を観た。吉田家の猫ととても良く似ていたから、「タマァ~~!」と呼んだら、一瞬立ち止まってこちらを見た。「タマ」の名前を覚えていたのかもしれないと思ったが、タマタマだったのかもしれないとも思った。それから少しあと、近くの新しく建った立派な2✕4住宅の2階出窓にぬいぐるみの黒猫が置いてあった・・・と気付いて、見上げていたらその黒猫が動いてこちらを見た。「吉田タマに違いない!」と確信した。たぶん別の名前をもらったのだろう、幸せそうで良かった。

富山へ往復しているあいだに、少しずつあの頃のことを思い出している。
「吉田タマ」の正式名称は「タマJr Special 2」という。イケメンのオス猫だった。

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