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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

井形彫刻搬送の旅 

2017/12/03
Sun. 23:29

日頃アラームをセットすることなど無いから、かえってそれで緊張して眠れなくなって、結局、きちんと眠れたのかどうかよくわからないまま、出発予定の午前1時より30分ほど前には完全に目覚めた。

大牟田の井形さんの彫刻は、すでに吉田家駐車場のワンボックスに収まっている。
石見銀山の夜は、冷え込んで入るが空には星も見えて晴れている。外灯も少ない町並みがなんとなく明るいから、きっとどこかで月も出ているのだろう。
大牟田までのルートを検索したら、3つほど出てきた。そのうち2つは九州行きでよく使っていたもので、徳山から竹田津へわたるフェリーにも何度か乗ったことがあるし、昔、宇品港から別府までのフェリーがあった頃には、それもよく利用していた。延々と車を運転するより、フェリーに乗っている間はゴロリと寝転んで休息もとれるし、体力の温存にはもってこいだから、彫刻の搬入出がらみの移動ではよく利用していた。宇品港からのルートは随分前に廃船になって、今は徳山港のルートしか残っていない。

エンジンをかけてiPhoneのナビを起動させてから、少し迷ったが今回は萩を経由して中国道に乗って関門海峡を渡って九州道へ入るルートにした。
途中、休憩を挟んで6時間ぐらいだろうと予測して、早朝には井形家の下の道に横付けして仮眠して、適当な時に電話で彼女を起こせばよいだろうと、運転しながらだいたいのスケジュールを決めた。
中国道へ入った頃には、進行方向にお月さまが大きく見えてキレイだった。夜が白むまで付かず離れず月が一緒に移動してくれて気が紛れた。
九州道へ入って、古賀のサービスエリヤで休憩しながら時間調整をして、井形家へ横付けしたのは早朝6時過ぎだった。ほぼ予定通り休憩も含めて移動に5時間半かかった。やはり、夜に走るとストレスも少なくて楽だ。

8時まで仮眠してから電話で彼女を呼び出した。
二人で彫刻をワンボックスから倉庫まで移動して、それから井形家で朝食をごちそうになった。お母さんはすでに80歳を越えていらっしゃるが、お元気そうでなかなかの博学であるふうに思えた。幾つかの質問を受けたり、自らの知識と照合したりして上手に私から話題を引き出していらっしゃるふうに感じた。母娘が仲良く慎ましく暮らしている様子が伺えて気持ちが和んだ。井形さんの趣味の器を幾つか拝見しつつ、旨い朝食や珈琲などをいただいて、10時過ぎに大牟田を出発し、帰りは萩に暮らす陶芸家の友人を久しぶりに訪ね、休憩がてら小一時間ほど喋り、彼と彼の息子さんのつくった器を買って、日本海を左に見ながら東進した。石見銀山まで帰った時はすでに日が暮れて、荷物の移動は結界君のヘッドライトを頼った。帰宅すると、クロは私の椅子で爆睡中。シロはワイフに擦り寄って甘え鳴きを続けていて、ワイフは夕食をつくっていて、ストーブからは杉ヤニの焼ける匂いが漂っていた。萩で買った徳利でお燗した酒を、これも買った大ぶりのぐい呑に手酌して、井形さんにもらったアレコレをつまみに飲んだ。

この日、石見銀山駒の足自治会は、年に1度の妙見さん祈祷法要のお祭りだった。

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