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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

両忘 

2017/12/23
Sat. 20:08

両忘~りょうぼう~
この世には、数え切れないほどの相対がある
富と貧、生と死、美と醜、多と少、濃と希、有と無・・・
YES!があってNO!があって・・
気づかないまま相対を用意して自分を慰めている自分がいる
どちらでもない難しさ厳しさ、そしてその素晴らしさに気づきましょう
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
例のごとく、石見銀山の自宅を出発する時に、
「まちづくりセンターでクリスマス会だから・・」
ワイフにそう云われて、「もうクリスマスのシーズンなんだ」と気づいた。
欧米では、最近クリスマスと言わないで「HAPPY HOLIDAYS」と言うことが多いらしい。
元々は、異人種の集合体であるUSAで宗教を限定したような言い回しは避けようということで言い換えられたようだが、良いことだと思う。
この言い回しは、ある映画を見ていて教わった・・というより気付かされた。

宗門というより、万善寺ではクリスマスシーズンになると宗教の違いがドォーのコォーのとめんどくさいことは一切言わないで、憲正さんが裏山へ柊を取りに出かけたり、イチゴのショートケーキを買ってくれたり、もちろんサンタさんもやってきてクリスマスプレゼントを置いていってくれたりした。
結局は万善寺の山風だということだったのかもしれないが、そもそも仏教には普通に拡大解釈をして上手に諸々飲みこんでしまうようなところもあるから、私も師匠の教えに従って都合よくこのシーズンを乗り切っている。
近所の別宗派の寺院では、家族一家揃ってクリスマス行事を一切無視している生粋の仏教宗教家もいらっしゃるから、どちらが良いとか悪いとか、白黒はっきりさせようなどとは思ってもいない。

仏教の坊主をしていると、殆ど漢字で書かれたお経を読みながら、仏教的意味合いとは全く違ったところで現代社会の常識で使われている一句に遭遇することがよくある。
仏教はお釈迦様以来2600年近くの長い間継承されてきた宗教であるから、その時時やその土地土地の一般の常識とか解釈に都合よく転化されて今に至ったためであろう。

両忘とは、両方を忘れると解釈すればいいと思っている。
「両方」は、時と場合に応じてさまざまに置き換えることが出来るだろう。要するに中道であることを自覚し意識することであり、日常の暮らしの中で常にそういう立場を維持し、さり気なく両方へ伝えることを務めとすると言っていいだろう。これは、なかなか出来ることではなくてとてもむずかしいことだと思う。特に私のようにいつもフラフラと適当に生きているチキンオヤジにとっては死ぬまで越えることのできない高い壁のようなものだ。そういうことを解っていて、それでも「やっぱり、大事なことだよなぁ・・」と思っている・・・オット!その「大事」も「仏教的大事!」がありましたよ・・・

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