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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

雲が下りた 

2018/02/28
Wed. 23:30

1月末の葬儀で隣町の同宗寺院から副導師を頼まれて、はやいもので35日を迎えた。
万善寺の場合は、特に改まって喪主の都合が悪くない限り七日務めを続けるから、それに合わせて毎日のスケジュールを調整しながら49日を迎えることになる。
寺の都合はそのまま住職の都合とシンクロするから、副業で忙しかったり、お檀家さんが多い寺は、七日務めを割愛される所も多い。それで、副導師は特に菩提寺や喪主から依頼されなければそのまま何もしないで49日の法要を迎えることがほとんどだ。このたびの喪主さんは、少しほど万善寺とつながりがあってまんざら無視もできないから、せめて35日だけでもお経を読ませてもらおうと、午前中に出かけた。
このところ良い天気が続いて放射冷却現象が激しくて、早朝の参道は前日の雪解け水が見事なアイスバーンになっている。お地蔵さん横が特に厳しいから通勤坊主の最後の難所になっていて一瞬躊躇したが、荷物のこともあるし結界君のシフトチェンジとアクセル操作を信頼して思い切って参道を登ることにした。

改良衣に着替えてお経本などを準備して喪主家へ到着すると、そこはまだ万善寺以上に雪深くて別世界だった。聞いてみると、いちばんひどい時でマイナス15℃まで下がったそうだ。万善寺がマイナス10℃で大騒ぎしていたことなど、どってことない冷え込みだ。そんな厳しい毎日をたった一人で新亡のお骨とお位牌さんを守っていらした。
「菩提寺さんはお参りされますか?」と聞いたら、お葬式以来「一度も連絡がない・・」ということだった。市街地の楽な暮らしに慣れてしまうと、雪深い山里まで毎週出かけることも気おくれしてしまうだろうし、菩提寺の方丈さんの気持ちもわかる気がする。
私が久しぶりの訪問者だったようで、お経の間中落ち着き無くドタバタとお茶の支度をされて、「まぁまぁ、お茶でも一杯!」と引き止められるものだから、無下に断ることも出来なくてお茶飲み話に付き合った。
「ゆうべ、お母さんの夢をみたんですよぉ~・・お葬式からあと、何もなくて普通だったのに、はじめてお母さんが夢に出てきたんですよぉ~・・あれからずぅ~っと一人だし、なんだか怖いやら気持ち悪いやら、寝られませんでしたぁ~~」と、そんな話が絶え間なく続いて、せいぜい20分くらいで終わるはずの七日務めが1時間近くにまでなった。
坊主の私でも、死んだ身内のこととなると、時々フッと思い出すことがよくある。自分の気持の問題だから、それはそれでどうしようもないことだ。自分の心残りが多ければそれだけ思い出すことも増えるだろうと私は思っている。十分なことはできなかったかもしれないが、できるだけのことはしてきたつもりだとある程度納得できていれば、故人との辛かったり嫌だったりした思い出もそのうち懐かしい思い出に変わっていくはずだ。商売柄、法事の斎膳の席が故人の思い出で盛り上がることもよくあるし、そういうご法事はあとになってとても豊かな気持ちになれる。

しばらく続いた良い天気もそろそろ限界のようで、お昼すぎから急に雲が下がって、それからすぐ雨になった。
夕方、万善寺から石見銀山へ帰ろうと支度し始めたら、突然突風が吹いてきて、雨と一緒に縁側の窓ガラスを叩き始めた。すでに春一番は終わっているから、こんどの強風は春二番(ってあるの?)くらいになりそうだ。

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オヤジ鍋 

2018/02/27
Tue. 23:43

万善寺で一晩寝ることになったので、オヤジの一人鍋をつくることにした。
万善寺の冬は冷蔵庫がいらないほど冷え込むから、食材の保存がとても楽で助かる。

最近は野菜が高くてワイフも苦労しながら食事の支度をしていて、いつもだったらこの時期毎晩のように続く鍋も、野菜が無くて激減している。まったく身勝手なもので、毎日鍋ばかり続くと「また鍋かよぉ〜・・」と顔ではニコニコ笑顔をつくりつつ、心で舌打ちしていたものだが、それもたまのことになると「そろそろ鍋食べたいなぁ〜・・」と毎晩心待ちしていたりする。
何番目かの寒波襲来で寺へこもる前にワイフが持たせてくれた白菜が残っていたので、それをすべて使った。ほかにきのこ類や長ネギをどっさり入れて、冷凍してあった大社沖のあなごをメインに寄せ鍋にして完食した。
酒のツマミの一品は、鶏皮のポン酢あえにした。いつもだったら捨ててしまうゆで汁は、寒いこの時期はそのまま数日置いても問題なく平気なので、暇な時にブイヨンにでもしようと思っている。
一見すると、いつもいつも、マメにこんなことばかり続けているように思うかもしれないが、吉田家に居る時は食後に食器を下げることくらいしか台所に立つこともない。
好きで料理などの家事をしているわけではなく、万善寺暮らしで必要に迫られて粛々と乗り切っているだけのことだ。
台所の食卓を使ってデスクワークをしているから、コンロも水道もすぐそこにあって、チョットした仕事の合間にガスの火を調整したり気晴らしに洗い物をしたりできて、それはそれで都合がいい。

このところ結界君の調子が悪くなって、それが少し気になっている。
走行距離が20万kmを越えたあたりから4速の走りにパワーがなくなって、それまで普通に登っていた坂も辛くなってきはじめた。最初は重たい荷物のせいかなと、軽い気持ちでいたが、空荷のときも走りが思わしくなくてあまり変わらない。さり気なく車のディーラーをしている同級生に聞いてみたら、エンジンの音が気になるという。素人にはよくわからないが、そう云われてみると何処かにヒビが入ってそれがビリビリ震えているような音に聞こえなくもない。走行距離はどのくらいかと云うから、「21万くらい・・」だと云ったら、「そりゃぁ〜〜、ちょっと、もぉ〜〜中古で売ることも無理だわぁ〜〜」と見捨てられた。いつもお世話になっているメカニックの工場長さんは「最近は軽も良くなって、上手に乗れば30万kmは大丈夫ですよ!」と話してくれていたのだが、どうやら、ボクは上手に乗っていなかったようだ。重たい彫刻を乗せて長距離を走ったりもしていたし、無理に酷使しすぎてしまったのかもしれない。
あと少しで雪のシーズンが終わる。昨年夏の終わりからエアコンも使えなくなってそのままだし、そろそろ寿命が近づいているようだ。

つくり置きの冷凍ご飯がなくなったので3合ほど焚いていた土鍋から湯気が消えた。
少し蒸らして炊きあがりを確認すると、今度はちゃんと焦げも出来ていない。
せっかく炊きあがりの熱々ご飯だから、たまごかけご飯にでもしようかな・・・

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作務の一日 

2018/02/26
Mon. 23:30

風呂のカランは壊れたままだが、2~3日ほど良い天気が続いて万善寺暮らしも少し楽になった。何箇所か気になるところもあって、そのあたりの確認もしたいから久しぶりに夜を寺で過ごすことにした。
屋外の水道は一度凍らせてしまって心配したが、お湯をかけたりエアキャップで囲ったりして養生してしばらくしたら運良く奇跡的にパイプの凍結が緩んで復活した。それから1ヶ月以上蛇口を緩めて水を少しずつ流し続けていたのだが、そろそろ水を止めてもいいだろうと判断した。昼間はそれで良いが、夜になるといまだに氷点下まで気温が下がるから、まだ当分は気が抜けない。
灯油のストックが外の倉庫にしまってあって、降り積もった雪に塞がれてそこまで行くことが出来ないでいた。今年は冷え込みがきつくて雪が解けないまま氷のように固まってスコップの歯が立たなかったが、やっと今になって倉庫までのルートが確保できたので、庫裏の方へポリ容器を運び込んだ。これで春までの暖房は安心だ。
本堂東側に豊川稲荷の分社があって、その前にある一対の灯籠が屋根からのユキズリに押されて傾いてしまった。そのままにしておいたら雪が溶けて支えが無くなるとドミノの如く倒れてしまうから、古タイヤを積み上げたりして応急の倒れ止めにした。
昔、客殿で使っていた別棟は、前住職夫婦が高齢になってから庫裏で要らなくなったものを次々にと運び込んでアッという間に物置にしてしまった。しまい込むのもいいが、其処から運び出すには人力しか方法が無いので「それは後になって困るからヤメてくれ!」と再三に渡って頼み込んだが聞いてもらえないままだった。この冬にその別棟へ引いていた電線が庫裏の屋根からのユキズリで分断されて軒先からぶら下がったままになった。ブレーカーをチェックしてナントカならないか慎重につついてみたが素人には危険だと判断して、春を待つことにした。
もう長い間使っていた電気炬燵の電熱器が動かなくなった。炬燵は部屋の数ほどストックがあるから1基くらい処分しても大勢に影響ないのだが、その炬燵櫓のサイズが一人暮らしのテーブル代わりに重宝した絶妙の大きさだったものだから、どうも捨てるに忍びなくて板の間の隅へ片付けたままひと冬が過ぎようとしていた時、ホームセンターでたまたま取り換え用の電熱器だけ売っているのをみつけて「コレだ!!」と思った。もう少し値段が安かったら即買っていたのだが、本体の炬燵櫓込みの一式を新品で買うのと大差ない金額で躊躇した。それからも、なんとなく諦めきれないのでAmazonをチェックしたら、半額以下の安い電熱器があったので迷わずポチッとしておいたら、今日それが届いた。早速取り付けようと試したら、サイズが上手く合わないことがわかった。少し落ち着いて良い方法を考えたのだが、結局、本体の櫓フレームを削り落とすことが一番と結論が出た。それから夕方日が暮れるまで、ひたすら木彫用の丸ノミを叩き続けた。掘り下げた面を平らに整えて電熱器をセッティングして試運転したら、昔ながらの石英管赤外線がほんのりと赤く光はじめて正常に稼働することが確認できた。
寺の管理修繕も大事な作務と云えることだが、アチコチくたびれた年代物ばかりをダマシダマシ使いまわしてとりあえずの日常を保全出来るのもそろそろネタが尽きた気もする。
飯南高原には、宗派を越えて20ヵ寺ほどの寺院があるが、万善寺はその中でも一・二を争うほどのボロ寺になりつつある。まぁ、大災害か大地震でも無い限り、現住職(ボクのことです)の在職中に倒壊することもないだろうけどネ・・・

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昔話 

2018/02/25
Sun. 23:21

2月に入って二つ目の法事があった。
飯南高原の方はまだ雪深くてお参りのご親族も移動が難しくて、そういうこともあって始まりの時間がいつもより遅くなった。
いつもの法事は、長い長いお経を2つに分けて2時間ほどかかるところを、一つ通しでまとめて、30分ほど時間を短縮した。お墓参りも雪が多くて出来ないから、塔婆の方は春になって雪が消えてから改めて都合を決めることにした。
雪の時期の法事は、坊主も大変だが施主さんもそれに増していろいろな手配が大変なことになるから、お互いの連絡をこまめにしておかないと不具合が出る。結界君を本堂前まで乗り上げることが出来たのもつい先日のことで、いまだに改良衣に長靴を履いてウロウロしている。

お経が終わって斎膳が始まると、やはり雪のことが話題になった。
飯南町の寺のすぐ近くでも、高齢のおばあさんが除雪作業の事故で亡くなった。しばらく連絡が途絶えていたようで、近所の人が屋根の下で亡くなっていたおばあさんを発見されたそうだ。
三日市の町では、水道管の破裂で貯水槽が空になって断水が続いていたそうだ。空き家も多いし水漏れの場所が特定できなくて復旧までに時間がかかった上、貯水タンクが満水になるまで2日かかるそうで、その間は厳しい生活が続いたそうだ。町には県立高校もあって寮生活の生徒もいてそちらの対応に追われたりと、かなり深刻な状況だったようだ。
ちょうどその頃、私の方は雪に閉ざされた万善寺で茶色く濁った上水道とプロパンガスの燃料切れと井戸水の凍結に悩まされていた。

島根県は昭和38年の正月に大雪が降って、想像を絶するほどの豪雪被害があった。
法事に参列の皆さんはその時のことを鮮明に記憶されていて、唯一、施主さんの息子さんだけがまだ生まれていなくて話題についていけなくて困り顔だった。
当時小学生だった私も、あの豪雪のことはよく覚えているから、それに比べると最近の大雪は特に大騒ぎするほどのことでもないまま乗り切っていた。しかし、今年の場合は、今までに経験がないほどの冷え込みが続いて、それが大変だった。長く生きると、時々こういう未経験の出来事がやってきて、それが過ぎて収まって少し冷静になると「アレはアァ〜しておけばよかった」とか「今度からはまえもってコォ〜しておこう」とか、反省の知識になって次に引き継ぐことが出来る。
たとえば、今回の法事の後のように、みんなで昔話をすることも大事なことだと思う。
普段は、年寄りが集まって昔話に花が咲いたりすると「またアノ話がはじまったか・・」とついつい鬱陶しくなってさり気なく席を立ったりすることもあるが、こういう災害の記憶のように、当事者でないと知らない経験も昔話の中にはたくさん埋まっていて、それを知る高齢者はそういう厳しさに絶えて善後策を工夫しながら今に生き続けてきたわけだ。
世間が便利になれば、だれも気付かないうちにその裏で何か大事なものが失われていることもあるように思う。1年ほど前に母親が死んでから、少しずつ手直しを始めた万善寺のライフラインも、まだまだ至る所に手落ちがある。これから先、便利に頼らないで無駄を省いてシンプルに暮らせるまでにはしておきたいものだ。

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くされ縁 

2018/02/24
Sat. 23:19

一頃に比べたらずいぶん暖かくなった。
このまま春になってくれるといいのだが、まぁ、地球を相手にそんなに甘くはないだろう。

江津は東西に長い島根県のほぼ中央に位置していて、冬でも雪がほとんど降らない過ごしやすい地域なのだが、吉田的には二つほど気になることがある。一つは水道料金がやたらに高いこと。もう一つは韓国のラジオ放送が嫌になるほど鮮明に受信されること。これには、韓国のテレビ放送も付属についてきて、画像の乱れを少し我慢すれば普通に韓国番組を家庭で楽しめるレベルでもある。これらが改善できれば地域的な魅力もあるし、とても住み良いところだと思う。

数年前からその江津へ縁ができてひと月に2日ほど石見銀山や万善寺から出かけている。
今年度最後の美術活動講師で仏教の坊主がキリスト教系高校へ出かけた。その高校は全寮制で、全国から先生や生徒が集まってくる。規模はそれほど大きくないから、みんなで仲良くほぼ自給自足の共同生活をしながら暮らしている。今の校長先生は島根県の浜田出身で、昔私が学校の先生だった頃副担任をしてくれた。あの頃の彼はまだ独身だったから、ほぼ毎日夕方になると吉田家へやってきて夕食を食べながら一杯やっていた。吉田家もまだ子供が生まれていなかったし、ワイフも彼の訪問を特に気にしていなかったから、共同生活というか合宿というか、そんな感じの毎日を過ごしていた。
あの頃から彼は日曜日になると近くの教会の礼拝へ出かけるような熱心なキリスト教信者だった。その関係で、江津の今の場所を開墾した時も信者が集まってほとんど自力で学校を建てるところからそういう活動に参加していて、開校と同時にその学校の教職員になった。今にして思うと、限りなく違法建築に近い掘っ立て小屋が幾つか林立して、それが宿舎であったり美術室のような特別教室であったり、農作業の小屋であったりしていた。
それから30年ほど経過して彼が校長先生になった。昔からの付き合いでもあるし、吉田の家業のことは特に気にならないようだし、こちらも宗教的事情で特に固辞する理由も無いから、コトの成り行きで美術を引き受けたまま年数が更新されて今に至っている。

共同生活をしている高校生たちは、とても純粋で気持の良い子ばかりで居心地がいいから、年度替わりで校長先生から「来年度も一つよろしく・・・」と改まって依頼されると給料がどうとか待遇がどうとか全く気にしないで軽いノリで引き受けてしまう。
美術活動を選択する生徒はせいぜい2〜3人だから、子守のようでそれがまた楽しい。
東京に自宅のある2年生の男の子は、植田正治写真美術館の写真コンクールで受賞したりするほどの高校生らしからぬマニアックなカメラマンでなかなか良いセンスを持っている。彼の自作の写真アルバムは完成度が高くて感動した。そういうセンスはムダにしないほうが良いと思うから、「写真の個展をしてみないか?」と誘ったらやってみたいと言うので、それから後、時々連絡をとりあいながら、学校とも調整しつつ、少しずつ内容が具体的になってきた。たぶん、今年の秋には彼の写真展を島根で開くことが出来るはずだ。3月には彫刻のグループ展で東京へ行くし、帰省中の彼を誘って打ち合わせがてら飯でも食べようとたくらんでいる。

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冬のネコチャンズ 

2018/02/23
Fri. 23:51

クロの調子が悪くなってから、2回ほど通院して、抗生剤などの薬をもらって、食べるキャットフードもドラックストアの安い徳用のものから、アメリカ製の超高級品に変えて、それなりに手厚く至れり尽くせりの3ヶ月が過ぎた。
治療や薬や高級猫飯の効果か、最近になって体調が回復してオシッコも難なく出来るようになってきたようだ。
ひと頃は、睡眠も途切れがちで、深夜の2〜3時間ほど延々と鳴きながら辛そうに吉田家のアチコチをウロウロしていたが、しばらく前からそれもなくなって人間が騒がしくしていてもピクリとも動かないで爆睡するようになった。あまりにも無反応なものだからかえってそれが心配で時々クロのぬくもりと呼吸の具合をソッと確かめたりしている。
今では布団のフミフミカミカミも再開して、お気に入りの玩具やクッションをくわえて家中アチコチ持ち歩いたりするようにもなった。
フミフミカミカミは、生まれてすぐに母親から離れて乳離までのいろいろな猫社会のルールを経験しないまま大きくなった猫が時々赤ちゃん返りをしているらしく、気持ちが落ち着いてリラックスしている時によくそういうことをするのだそうだ。
野良猫だったシロは、それなりに苦労もしたろうが、ちゃんと乳離するまでお母さん猫に育ててもらっていたようで、クロのようにフミフミやカミカミをしたところを見たことがない。それでも、野良猫時代の悪癖というか、空腹のトラウマはいつまでたっても忘れないで続いているようで、人間の目を盗んでは家中の食べ物を漁ってしまう。吉田家にやってきてすぐの頃は、目の病気に感染していて、しばらく病院や抗生剤のお世話になっていた。シロは今でも目が弱くて、知らない間に目ヤニを貯めていたり涙目になって片目を閉じていたりする。

吉田家のネコチャンズは、不幸な星の下に生まれて育った方かもしれないが、その後縁あって家猫になって、飯の心配も無くなったし暑さ寒さもそれなりに楽に乗り切って、世間の野良猫よりは随分贅沢に暮らすことが出来ている方だと思う。あれで野良猫のままだったら今頃はもう生きていないかもしれない。

今度の冬シーズンは、とにかく今まで経験がないほど気温が低くて厳しかった。
気温の変化に敏感なネコチャンズもさすがにこの冬は寒かったらしく、吉田家の一番暖かいところを探しては、二匹ベッタリ寄り添って丸くなっていることが多かった。特にシロは寒がりで、ストーブを焚いていると毛が自然発火するくらい近くに陣取って寝ている事が多かった。
クロは寒さに強くて、火の気の消えた深夜でも土間の方をうろついているし、寝る時もシロのように布団へ潜り込むことがない。石見銀山は5つ目の寒波が去ってから一気に暖かくなって、日によっては昼間ストーブを焚かなくても難なく過ごせるほどの時も増えてきた。ネコチャンズは正直者で人間のように嘘をつかない。少し暖かくなった日にはちゃんとそれなりの距離を置いて付かず離れずそれぞれの居場所を決めて、ベタベタとくっついて居ることがなくなった。今はまだどちらかといえば寒い方だからクロはオヤジと、シロはワイフとくっついて寝ている。クロの調子も良くなったことだし、そろそろ自分に都合の良い場所を探して移動してほしい。はやくアイツを気にしないでゆっくり寝たい。

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針仕事 

2018/02/22
Thu. 23:36

まだ氷点下の万善寺で雪と凍結に悩まされながら冬のサバイバルを乗り切っている頃、石見銀山の近所に暮らす友人が、「珍しい酒もらったから・・・結構美味しいらしいよ!」と、初搾りの大吟醸を持ってきてくれた。
代わりにワイフが受け取ってくれたので、前後の経緯はよくわからないものの、めったに飲めない高級品なのでそれからしばらく大事にボトルを眺めていたのだが、少し気温も緩んで春めいた今頃になってどうも我慢ができなくなってきたものだから、日頃の通勤坊主のご褒美と自分で勝手に決めて晩酌の時に封を切った。
昔は3日で一升空けるほどのペースだった日本酒とか焼酎が、最近はどこかしら高級品に感じるようになって、飲む機会も随分減ってきた。たまにしか飲まない・・というより飲めないから、美味いのか不味いのか味の善し悪しもわからないほど鈍くなっていたのに、久しぶりに飲んでみるとやはり美味い!調子に乗ってチビチビやっていたら、いつもより酒のまわりがよくて程よく酔っ払ってしまった。
いつもネコチャンズが占領してゴロゴロしているソファーベッドへゴロリと横になってくつろいでいたら、隣町の同宗のご住職から電話が入った。夜の電話はあまり良いことで掛かってこないから、それで一気に正気になった。
「○○寺の先代住職の内室さんが亡くなられたのご存知ですか?」と、問い合わせだったが、自分は「まるで知らない!」と云うと、「新聞に載っていたんですけど、気付かれませんでしたか?」とまた問いかけられた。
「すみません・・・もう何年も新聞読まないものですから?」
「あぁ〜、そぉ〜ですかぁ〜・・・、多分、あの町にある同宗は○○寺だけですから間違いないと思うんですけど・・・奥さんも新聞読まれないんですか?」
・・・ムウウゥ〜そうきたか・・・という感じ。ワイフは新聞読んでるけど、お寺の付き合いは全く知らないから、私に変わってマメに訃報欄のチェックをすることもない。とにかく、葬儀日程はどうなのか聞き返したら、「あぁ〜、今夜が通夜になってますねぇ〜〜、もうはじまってますねぇ〜〜・・、ドォ〜しましょう??・・・」
電話しながら二人でしばし悩んだ。結局、葬儀に参列することを約束して、香典の額も相談して、待ち合わせなどの打ち合わせをして電話を切った。それから、大吟醸の酔もスッカリ冷めて、いろいろなことが気になって熟睡できないまま朝になった。

いつもより1時間ほど早く石見銀山を出発した。寺へ到着すると、香典の表書きをして黒衣など葬儀衣装一式を用意して、すこし余裕を持って出かけた。
お昼前に出棺前の差定がすべて修了して、随喜の方丈さんは解散になった。
昨年も春にかけて寺院絡みの葬儀が多発した。今年もそうなれなければよいのだが・・・
寺へ帰って法衣を片付けていたら、ビリッ!と袖の縫い目がほころびておもいっきり大きく破れた。何年も着続けて黒い糸が日焼けして茶色くなっている。貧乏寺で、替えの黒衣も無いから、すぐに修繕しておかないと次の使用に困る。簡単に昼食を済ませて、それからチクチクと針仕事をすることになった。こういう時にメガネの度が合わないと何も出来ない。乱視も進んでいて、針の先が何本にも見えるし、そもそも糸が針に通らない。常設のハズキルーペが随分役に立ったものの、結局針仕事終了まで1時間半を要した。
手先は器用な方だと思うが、針仕事は向かない。彫刻制作のほうがずっと楽で楽しい・・

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只今仕込み中 

2018/02/21
Wed. 23:11

毎日の通勤坊主も、やっと少し楽になった。
街道の両脇には除雪された雪が解けないまま山のように盛り上がってはいるが、毎日散布される融雪剤のおかげで路面の凍結がなくなっただけでかなり走りやすくなった。2年位続いていた拡幅の工事区域がまだ5つ目の寒波が居座っていた頃に完了して片側交互通行が解除された。
吉田家前の駐車場で2・3分暖機運転をする間に、40分から50分のアルバムをMacMusicから引き出して再生する。今までは、飯南高原の三日市の町のあたりでそのアルバムが終わっていたが、工事が終わってから後は万善寺の境内へ結界君を乗り上げてもまだ最後の1曲くらい再生が残っていたりする。ヨレヨレガタガタの結界君でも、45分前後で通勤坊主の移動ができるようになったわけだ。道に雪が残っていた時は1時間以上かかっていたからそれだけでも移動中の気持ちが楽になった。

体調が思わしくなくて薬とか定期的な通院が続いているワイフは、雪の心配が去って気候も緩んで春めいてくると、今度は花粉症がひどくなってきて、最近は年々体力が衰えて辛そうにしている。性格的に、なんでも他人に任せることを嫌うところがあって、こちらが何も言わなければ以前と変わらないように家事を仕切ってしまう。あまり先走って手をかけすぎてしまうと余計イライラしてきはじめてそのあたりのさじ加減が難しい。薬のせいらしいが、料理の味付けが上手くいかなくて、そのこともストレスになって生来ののんびりとした性格が少しずつ刺々しく変わった。頼みの綱はネコチャンズの癒やしで、吉田家での私は出来るだけ自分の存在を消して波風を立てないようにしているつもりだ。
そういう彼女のことも思って、最近は少し意識して外食を増やすようにしている。費用がかかるが、彼女の家事の負担が少しは軽減できるし味付けのことも自分の責任を気にしないで「おいしい!」とか「まずい!」とか、普通に言えるようになるから、それが良いと思っている。それから、寺ではオヤジの一人飯で食事の支度は自分で出来ているから、気が向けば朝の内から食材を少し多めに仕込んで夕方までに1品くらいオヤジのナンチャッテ料理を造って持って帰る。基本的に塩辛いよりスパイス辛い方が好きなので、自分で造るものはなんでもそういう方に偏ってしまうから、辛いことを好まない彼女にとってはあまり喜ばしいことではないのだが、まぁ、一口二口くらいは我慢して食べてくれるから、何もしないより少しくらい自分の気持が伝わればそれで良い。

今度の何回かの寒波で、ライフラインのありがたみが十分身にしみてわかった。何事も、我慢がすぎるのはよくないことだが、無ければ無いなりに工夫することを覚えておくことも大事だと痛感した。しばらく途絶えていた井戸水にしても、日頃のメンテナンスを怠けてはいけないとあたらめてわかった。灯油ストーブの暖房もイザという時はとても重宝するし、マングローブのバーベキュー炭は冬の蓄えでいくらでも便利に使うことが出来る。ライターやマッチも寺のことだけではない生活の一部で欠かせない道具だ。
ボタン一つでなんでも出来ることも増えたが、多少の手間ひまかけてナントカ出来ることもいっぱいある。石見銀山と万善寺の往復で通勤坊主をしていることも、燃料の無駄遣いだと思わなくもないが、生活の拠点が二つあるだけで日常の暮らしがどれだけ楽にできるか改めて気づいた。どんな面倒なこともそれなりに意味も価値もあることだ。

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氷塊の時 

2018/02/20
Tue. 23:41

5つ目の寒波が去って、時折思い出したようにパラリと雪が落ちてくるものの、曇り空から日差しが見え隠れする時間も増えて、少しずつ気温が上昇してきた。
それでも普通なら、これで一気に雪が溶けて参道は川のように雪解け水が流れるのだが、今はそれもなくて雪の溶ける気配がない。
まだ、それだけいつもより気温が低いということなのだろう。
井戸水がいまだに凍結したままで緩めた蛇口から1滴も出なくなってもう10日近くになる。「やはり汲み上げのポンプが壊れてしまったのかもしれない」と気にしていたら、お昼を過ぎた1日で一番気温が上昇する頃、突然「ボボッ、ジュボッ、バババッ!!」と蛇口から大きな音がして、それからしばらくしてドバッ!と勢い良くキレイで透明な水が出始めた。
ちょうど、昼食を済ませて食卓を片付けて仕事の書類を広げているところだったから、一瞬何事かとびっくりしたが、井戸水復活とわかって思わず一人で拍手してしまった!これで、ペットボトルの水を使わないで済む。

境内の端に設置した彫刻が、冬の積雪量の定規代わりになっている。
自分で造ったものだから、地上○○cmのあたりにあのかたちがあって、○○cmの場所があの辺で・・・と、だいたいわかっているから、今年の積雪がそれ程でもないということは客観的に推測された。今は、50cmくらいにまで雪も溶けて少しずつ地面の起伏形状が把握できるまでになっている。
石見銀山の田んぼで農閑期のシーズンに個展をしてからあと、2年ほど前までの数年間は、極端に背が低くて地面に張り付いたような形状の彫刻を造り続けていた。
それはそれで、時代に問いかける自分の造形感を具体的に証明するための重要なテーマであって形状であったのだが、その限りなく背の低い彫刻も、制作を続けていくうちに少しずつ先の展開が予測できるようになってきたので、ひとまず、一区切りつけて再考の時を用意するのも良いと考えるようになった。
それが、制作の変化の直接の要因でもあるが、もうひとつに、万善寺の立地環境のことも外せない大事な条件に加わっている。
先代住職の内室であった母親が死んで、名実ともに現住職である自分に世代交代した今、生活の本拠地こそ石見銀山に置いているものの、実質的公的日常の拠点は飯南高原の万善寺へ移ったことになった。そうなると、彫刻も常時自分の身近で存在の条件を具体的に確認することになるから、それまでの、制作テーマを引きずった背の低いばかりの彫刻のままではオールシーズンの鑑賞に耐えられなくなってしまう。自分の造形感の長い流れの中で連続する形状の変化が、今になって少しずつ上へ伸び上がりはじめたというわけだ。
この、少しずつ背が高くなり始めた彫刻にも実は2つの方向性があって、それを自分なりに造り別けながらこれから先の造形のことをじっくりと丁寧にしばらく時間をかけて見つめてみようと思っている。
たぶん、これから造り続けていく幾つかの形状の先には、自分の生涯の最終の着地点が用意されることになるだろう。別段大げさに考えているわけでもないが、それでもそれなりに、今の時代に対する自己表現を彫刻の制作という形状表現をかりて問いかけるくらいのことはしておいても良いかなと思っている。

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伝統の醍醐味 

2018/02/19
Mon. 23:30

しばらく前から右の奥歯というか歯茎というか顎というか、ハッキリと「ココだ!」と限定できないままなんとなく「痛いなぁ・・」と気になっていて、いつもは忘れているのだが食事の時に少し硬いものを食べるとそのことをまた思い出してしまうということが続いている。
そもそも、自分はすきっ歯で歯並びも悪いから、小学校の時はよく歯医者さんのお世話になっていて、今は亡きドクターから「あなたは歯の数が普通より少ない上に歯並びも悪いから歯磨き怠けるとすぐ虫歯になりますよ!」と治療の度・・とまではいかないものの、それに近いくらいリューターでウインウインやりながら耳元でささやかれ続けてきた。そのトラウマが功を奏してか、こう見えても歯のことは大事に思っていて、その小学校の時にあのドクターに銀歯をかぶせてもらってから後は虫歯知らずで今に至っている。
歯磨きをしながら大口開けて見える範囲のチェックはしているのだが、痛みの元が特定できないまましばらくするとまたモヤァ〜っと疼きはじめてそれが気になる。
このままだと「歯医者へ行くしかない」とその気になり始めた時、そう云えば近年お世話になっているF歯科のドクター(現在の歯医者さん)が一本抜いた歯は「根本の方で折れていてそれが周囲の神経を刺激していたのだった!」ことを思い出した。レントゲンでそのことがわかった時に、「あなた、歯ぎしりしませんか?」と聞かれたが、夜に寝ているときのことはよくわからないのでなんとも答えようがなかったものの、歯が折れた原因は「たぶんその歯ぎしりかそれに等しいなにか歯を食いしばるような行為というか癖のようなことがあるからだろう」ということだった。
今回の歯痛も、なんとなくあの時の症状に似ているようなところがあったので、通勤坊主の道中で、結界君を運転しながら「何かの原因があるはずだ!」と思い巡らせていたら・・・「ありました!!」
銀山街道から出雲街道の往復で毎日のように雪道のアイスバーンを走る緊張感は並大抵のことでない。常に心身ともに力んでいて疲労が激しい。
今朝も、お地蔵さん横の参道を登ろうとしたら後輪がスリップしてアクセルを踏み込んでいるのに後ろへ下がってしまった。お地蔵さんの真ん前で結界君と一緒にフリーズしたまま一瞬パニックになったのだが、その時に、右の奥歯にズキリと衝撃が走った。
気がつくと、無意識のうちに右の歯を思いっきり強くグイグイ噛み締めていた。
歯痛の原因はまさにコレだった。F歯科のドクターはなかなかの名医だ。

最近、お寺に到着しただけでぐったり疲れて、暫らく何もする気になれないでいる。一杯の珈琲をゆっくり飲みながら、その間メールチエックをしたりウエブニュースを読んだりiTunesのアルバムを垂れ流したりして少しずつ気持ちを切り替える。
冬の間気持ちの滅入ることが続くから、無条件に楽しめる音楽を本気で探していた。
幾つか見つかった中で、今は日本のビッグバンドGENTLE FOREST JAZZ BANDと、ニューヨーク拠点のAVALON JAZZ BANDが気にっている。どちらのバンドも、1940〜50年台を中心とした色々なタイプのJAZZ文化研究をベースにリスペクトされたオリジナルの楽曲をライブ構成しながら活動を続けている若いミュージシャンたちだ。
時代の変化の中で世代を超えて絶えることなく常に新しく紡がれ続ける伝統の醍醐味というか、そういうダイナミックな娯楽性に感動して元気をもらっている。

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甘いささやき 

2018/02/18
Sun. 23:03

もう半年は過ぎたかもしれない、万善寺の単身赴任が続いていた頃、吉田家のリビングに新しくソファーベッドが加わった。それは、ワイフが思いついて買ったもので、昼寝とかチョット休憩の場所が欲しかったと云う。若干思うところもあったが、既に彼女が便利に使っていたし、今更波風立てることもないかと、そのまま受け入れることにした。
ある日帰宅してみると突然リビングが一気に狭くなって、わずかに見えるフローリングが部屋と台所を結ぶ通路になっていたわけだから、当初は少々戸惑ったものの、そのうち慣れた。
あれから、子どもたちが時々帰省するとその場所が数日のあいだ即席のベッドになる。
昔の吉田家は親子6人で暮らしていたわけだし、おじいさんやおばあさんが生きていた頃は退院した後しばらく療養の部屋を用意できるほどの空き部屋もあったから、片付ければそれなりに広々とした部屋が無いわけではないのだが、子どもたちがいなくなって昔のように頻繁にお客も来ることがなくなって、現在に至って、私の通勤坊主とか単身赴任とかが当たり前になってくると、1日の殆どをワイフ一人で過ごすことになって、彼女の導線が極端に狭まってきた。そういう現状で、彼女の使い勝手の良いストレスの少ない生活ができればそれはそれで大事なことでもある。

このところ、冬の万善寺の維持管理のことで少しずつ疲労が溜まっていたようで、いつものように夕方に帰宅して夕食が終わって、寝る前のひと時をそのソファーベッドで過ごしていたら、いつの間にか寝てしまっていて気がつくと朝になっていた。
連休の時にじゅん君が帰省して使ったままの状態だから、寝ようと思えば何時でもそのままベッドになってしまう。それに、昼のうちはワイフも留守でネコチャンズがその場所を都合よく自由に使って、それがしだいに普通になってきた。
不覚にも一晩ネコチャンズの憩いの場を占領して寝落ちしてしまっている間に、クロが例のごとくオヤジの股間の真上で丸くなっていて、その重さの息苦しさで目が覚めると朝だったというわけだ。
いつもは薄っぺらいせんべい布団で寝ているから、ソファーのフカフカが身体に馴染めなかったようで節々に溜まった疲労が全く改善されまいまま思うように動けない。
「どうせ今日は日曜日なんだから休みなさいよ、そのまま・・・」
クロを股間の上に載せたままウンウン唸っていると、ワイフが魔女の如きひと言をささやいてきた。それで結局見事にコロッと彼女の甘いささやきに屈してしまった。

1日の予期せぬ休日は、それこそ予定外のことだから、そのままワイフの予定に付き合うことにした。
お昼前に自宅を出て、ワイフに付き合ってメガネ屋さんへ行った。前からメガネが合わなくて見え難くて苦労しているようだったし、この際だからと更新を勧めた。
「あなたがいなかったら絶対アレに決めなかったわよ!」
帰りの車でワイフがそう云った。
全体が落ち着いた感じのピンクがかっていてツルの金属もピンクゴールドっぽくて、彼女のiPhoneにも合うし、それに、見た目婆臭くない。本人はこれから婆さんになっていくばかりだから、メガネくらいそれに逆行してもいいだろう。

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おこげ 

2018/02/17
Sat. 23:45

週末からはじまった5つ目の寒波は今までより随分楽で石見銀山は雨だった。
それでも飯南高原は朝から気温も下がって雪が舞っている。
どちらかというと雪には慣れていて相当の積雪でもあまり気にならないで普通でいられるのだが、こんどの冬シーズンはとにかく常に気温が低くて、氷点下がすぐに二桁にまで下がって、それが連日になって、こういうことは今までに経験が無いことだから、毎日の暮らしの対応が行届かなくて、ストレスも溜まるし流石にバテた。
まだ2月の半ばのことだからこれからあと1ヶ月位は断続的に積雪も続くし、まだ春は当分先のことになる。こうして、キーボードを叩いていても、いつも同じことの繰り返しで変換率のレベルがかなり上って、比較的長めの文節が簡単に変換できてしまったりする。

寺では、どうせオヤジのひとりメシだから土鍋で3合ばかり焚いてそれを茶碗5杯分くらいに小分けして冷凍しておく。その小分けの冷凍ご飯がなくなった。
水道水の濁りを点検してもらってから、1日経つ間に少し水質が良くなっていつもの状態に戻りつつある気がする。それでも、飲水や料理に使うにはまだ不安が残るのでご飯を炊くにも最後はペットボトルの水を使った。米をといでガス代に土鍋を乗せて火の加減を調整して軽めのバックミュージックを流してから身の回りの家事をしていたら、ツイツイ土鍋のことを忘れてしまっていて、気がつくとおこげの匂いが漂ってきた。シマッタと思ってガス台を確認すると、土鍋の蓋からは水分が消えていて、かすかに立ち昇っている水蒸気が焦げ臭い。これほどの炊飯の失敗は久しぶりのことだ。水道水の凍結以来、どうも台所仕事が上手く回らなくなっている。

「除雪が国道に偏りすぎていると思うよ。今年は保賀の町道なんて1日に1回除雪が入ったら良いほうだもの・・・」とか、「凍結するから水を出せとか、上水が減ってるから節水しろとか、夜は冷えるから元栓を止めておけとか、そんなアレもコレも一緒に出来るわけ無いだろ・・・」とか、「(○○地区の停電は復旧の目処がたっていなくてご迷惑をおかけしています!)なんて防災放送流されてもそれでどうなるわけでも無いだろ・・・」とか、ワイフに向かって愚痴のような1日の報告のような世間話をしていたら、「あなたが今更そんなこと云ってもどうこうなるわけでもないでしょう!」と一括されてしまった。確かにその通りのことで一人の町民にどうなることでもないから、この事態の改善を待つしか無いことはわかっているのだが、やはり、気持ちの何処かで納得出来ないこともあって、思ってはいても他では言えないこともあるし、身内で云いやすいワイフに甘えてしまっているのかもしれない。
「オール電化住宅大変らしいですわぁ〜」と、役場の代行で水道をみてくれた業者さんが蛇口を点検しながら云っていた。停電で暖房器具使えないし、真っ暗だから仏壇のロウソクつけようと思ったらマッチもライターも無くて、息子の携帯電話の灯りが頼りだったとか・・・「何しろ、あのあたりはマイナス17℃まで下がったらしいですけぇ〜」って、想像を絶する過酷な数日を過ごしたところもあったらしい。
万善寺の場合、暖房はエアコンと電気炬燵と灯油ストーブとガスストーブと火鉢にマングローブの炭を使い分け、ロウソクやマッチやライターは必需品の常設で線香まである。それでも、ガス給湯器と水道凍結で苦労した。便利も程々にしないと先が大変だね・・・

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週末の万善寺 

2018/02/16
Fri. 23:18

1週間がすぎるのが早い。
今までに経験のない氷点下の寒さが続いて、万善寺の上水道から鉄水が出はじめて、それがそのまま1週間たってもまだ収まらないから、もうこのままにしておくのも限界だと思っていたところへガス屋さんがメーターの確認にやってきた。
この1ヶ月の間、ガスの方も色々不具合があったから使用量が跳ね上がって大変なことになっているだろうとビクビクしていたのだが、「この時期にしては、このくらいの使用量は仕方ないと思いますよ」と、手渡ししてくれた検診のレシートを見ると、たしかに思っていたほどの請求額ではなかったので一安心した。ガスに関しては、このくらいの出費は仕方がないだろう。
万善寺の場合、上水道のことはガス給湯器と連動しているし、こんどの寒波で「アレがコォーなってコレがアァーなってドォーのコォーの・・・」と、ガス屋さんに話したら、「1週間も水が濁るのはおかしいんじゃないですか?・・・やっぱり、そういうことは役場に伝えたほうが良いですよ!」と心配してくれた。濁り水が給湯器を経由して蛇口から出てしまうのも故障の原因になって良いことではないと、説明というか、脅しというか、親切というか、話を曖昧なまま済まされたものだから、それからあと、どうも水道のことが気になってきた。
このままペットボトルの水を春まで使うことにでもなったらそれこそ大変だし、これから土・日が入るとコトが先延ばしになってしまいそうだし、とにかく早いうちに役場へ今の状況を伝えておくだけでもしておこうと、お昼前に電話をしてみた。
代表窓口で「上水道のことで相談が・・・」と切り出したら、最後まで話しが終わらないうちに「担当へ切り替えますので少々お待ち下さい」と次に回された。それから次の窓口では「今担当が席を外していますので・・」と切り出されて、そこから会話が先に進まなくなった。「じゃぁ、どうしましょうか?またかけ直しましょうか?」と聞いてみたら、どういう状況なのか、それだけでも聞いてもらえることになった。
役場の担当も大忙しのようだ。
思うように水が使えないと云うだけでも何やら気持ちが滅入ってしまって、お昼ごはんもつくる気がしないし、腹も減っているかどうかわからない感じでいたら、庫裏玄関のチャイムが鳴った。
「役場から連絡をもらって来てみたんですが?」
・・どうやら、電話で少しばかり食い下がったのが良かったらしい。
「連日の水道凍結で担当さんダウンらしいですわぁ〜。症状だけでも確認してこいと頼まれましたんですがぁ〜」と、役場の代行業者さんが来てくれた。
それから、元栓を止めて蛇口を外して分解掃除をして幾つかの対策を教えてくれた。
「とにかく、いまのところ濁りの原因がハッキリとつかめない状態ですから、もう少し様子を見るしかなさそうですね。これから役場へ用事があるんで、その時に今のこと伝えておきますんで・・・とりあえず浴槽に水をためて濁り具合を確認してみてください」ということになった。
週末の金曜日が水道のことで始まって終わった。せっかく浴槽を使うのなら「少々濁ったお湯でも良いや!」と風呂に入ることにした。夕方になって外の様子をみると、俊ちゃんがユンボで境内まで上がってくれていた。こういう時は親切が身にしみて応える。

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クロ脱走する 

2018/02/15
Thu. 23:15

4つ目の寒波が島根県上空から徐々に遠ざかって、石見銀山へ薄っすらと積もった雪も春一番で一気に消えた。裏庭には、早々と水仙がアチコチで芽を出している。

ワイフが8時前には仕事にでかけるというので、それにあわせて通勤坊主の準備をして土間へ下りると、玄関横の雨戸が10cmほど開いていて外の光が眩しい。
「アレッ??どうして雨戸が開いてるんだろぉ〜??」
一瞬その状況がよく理解できないでいたが、「そぉ〜いえば、今朝はクロを見ない!?」ことに気付いた。
「マッチャン(ワイフのこと)クロ見た?」と、慌ただしく朝の用事をしているワイフへ聞いてみると知らないという。
それから狭い吉田家中探し回ったが、やはりクロがいない。
土間へアイツのためだけに脱走防止柵の格子戸設置で投資までしたのに、それから半年と経たない間に用を成さなくなってしまった。アイツの執念はすごい。
「アタシ、今日は早く出ないといけないから、あなたクロのこと頼むわよ!」
「えぇ〜、だって通勤坊主がぁ〜・・・」
「そんなこと云ったって、じゃぁ、クロどうするのよ?アタシ、帰りは夕方よ!」
「・・・」
結局、脱走したクロのおかげで通勤坊主を断念することになった。

それから、結界君へ積み込んであった寺の荷物を降ろして、裏口や勝手口などをクロの帰りに備えて、ストーブを焚いた。時々石見銀山の町並みや裏庭に向かって「くろぉ〜!」と呼んでみたが返事はなかった。そういうことを繰り返して何度目かに裏口を覗いたらクロが反省の様子など微塵もないポーカーフェイスでヒョッコリと現れた。「コノヤロウ!」とクロのために一日の予定が狂ったことにムッときたが、それをぐっと抑えて無視していると、自分から土間に入り込んできた。ドアを締めている間に足元をすり抜けてご飯のところへすっ飛んでいってガツガツ食べて水を飲んだ。それから、ストーブの前の一番暖かいところを陣取って丸くなって一件落着。

クロは、やっと目があいて、ヨチヨチ歩きがはじまって、まだ乳離もしない頃に、じゅん君が石見銀山の間歩に登る町外れで拾ってきた。老犬のシェパくんが大往生した年の春のことだった。近くに親らしい猫もいなかったし、野生動物も多いし、たぶんそのまま放置していたら生きながらえること無く死んでいただろう。自力でウンコもシッコも出来ないから、ワイフと二人で親代わりになってお尻やオチンチンを刺激して排泄の世話をするところから育て始めたのだが、どうもオシッコの出が悪くて様子が思わしくないから病院へ連れて行ったら、尿道が細くて膀胱に溜まった尿がうまく排泄できないでいることがわかった。手術というほどでもないが、飼い主の承諾をとって管を膀胱まで通したりしてそれなりに手間ひまかけて生還した過去がある。彼にとっては泌尿器系の不具合が持病のようなもので昨年末からそれが悪化して慢性になってあまり思わしくない。
体調不良で少々辛いこともあるだろうが、人間の心配を無視して我儘放題比較的自由に生きている。それも彼の寿命だと思うようにしている。

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春一番だったらしい 

2018/02/14
Wed. 23:11

14日のバレンタインデーは春一番になったらしい・・・
吉田家は夫婦の二人暮らしに猫とグッピーが同居しているだけだからいつもと変わらない朝になった。
ちょうどワイフの通院の日だったので、万善寺の通勤坊主を休んで付き添いをした。
出雲にある総合病院の玄関アプローチにワイフを降ろして、そのままコメダ珈琲へ向かった。
「診察終わったらとりあえず電話してくれよ。あとのことはそれから決めよう・・」
そう云って別れたのだが、車を走らせていたら助手席の横のシートの隙間に充電中の彼女のiPhoneが滑り落ちているところを発見した。よほどのことがあったら「公衆電話でも使うだろう?」と、彼女からの連絡を待たないことにした。彼女の場合、携帯電話を持っていても電話に出る確率が極端に低いから最初から電話での会話をほとんど期待しないで諦めているところがある。

珈琲にモーニングを添えて、それにサラダを付けて朝食にした。
若い頃一人暮らしをはじめてから朝食をとらないことが当たり前になって、目覚めて1〜2時間は自分の身体というか胃袋が食べ物を欲しがらない。ワイフは几帳面に3度の食事を欠かさないから、結婚してはじめのうちは朝食に付き合っていたが、それでイッキに10kg太ってしまった。それが30歳前のことで、それから今に至るまで20代前半の体重に戻ったことがない。朝食が原因で体重が増えたとは言えないしそう思っているわけでもないが、約1年前からはじまった通勤坊主の日常が定着してからは、約1時間位の移動時間が朝食までの胃袋覚醒に丁度良い加減で、寺に到着してからモーニングコーヒーと一緒に軽めの朝食をとることが出来るようになった。寺と出雲はだいたい似たような距離だし、コメダ珈琲での朝食は普通にいつもと変わらないことになって都合が良かった。

「電話忘れたからタクシー使ったわよ。ここまで1500円って高いわよね!」って云われてもボクは困ってしまう。彼女の場合は、もう少し電話への依存度をレベルアップしてもらいたといつも思っていることだが、こういう時には特にそう思う。結局ワイフもコーヒーを飲んでケーキも頼んだりして、なかなかの出費になった。
出雲の市街地は先日の大雪がいまだに残っていて、幹線道路や大きな駐車場くらいしかまともに平常の機能が回復していない。万善寺の参道の1本道もそれはそれで大変であるが、今ほどの積雪で除雪の処理に悩むほどでは無いから、かえって市街地の雪事情は積雪地帯より苦労が多いように見える。
雪が残ったワダチを気にしながらスーパーまで慎重に走って買い物を済ませた。
お昼過ぎに帰宅したらワイフも一緒に買い物の荷物を運び込んだりして賑やかしているのに珍しくネコチャンズの出迎えがない。連休中に帰省していたじゅん君のこともあってソファーベットの寝具をそのままにしていたら、ネコチャンズ仲良く布団の真ん中でスヤスヤと寝ていらっしゃいましたよ!
・・・そして、夕食の前にワイフがチョコレートを手渡ししてくれた。きっと、スーパーの買物と一緒に仕入れたものだろう。出資元はボクの財布だから自分で買ったようなものだけど・・・そのことは深く考えないことにした。

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万善寺ライフ 

2018/02/13
Tue. 23:05

さすがに、2月の雪は上質だ。
連休明けの早朝に万善寺のお地蔵さん下まで帰ると20cmくらいの新雪が積もっていた。
一晩でその程度だったら良しとしなければいけない。
その朝は4つ目の寒波が去ろうとしていたが、結界君から出ると冷たい風が真横から頬をなでた。
これから約1時間かけて一本道を開けながら参道を境内まで登っていく。

お風呂のカランが壊れているので、参道の中ほどで道開けの休憩がてら業者さんへ電話した。
「今から伺って、寺まで行けますか?」
業者さんも万善寺の立地条件を心得ていて、故障の症状を伝えたら、まずはじめにそう質問された。確かにこの時期、参道へ道があるかどうかは業者さんにとって営業を左右する大事なことだ。
「そぉ〜ですねぇ〜、あと30分もすれば道が寺まで開通します。一本道ですけど・・」
そう答えておいた。

万善寺の庫裏へ到着すると、結界君へ残してある荷物をとりにもう1往復した。それで一本道が少しは歩きやすくなるほどまでになる。カランの方は相変わらず水が垂れ流し状態だった。ガスの元栓を開けるとガス給湯器が反応して垂れ流しの水が垂れ流しのお湯になってしまうのでさすがにそれはもったいないから、業者さんが来るまでプロパンガスは使わないことにした。
吉田家の在庫から2Lの水を2本ばかりもらって来た。上水道の濁りが無くなるまではペットボトルの水でなんとか凌がなければいけない。早速ホーローのケトルに水を別けて、カセットコンロでお湯に沸かした。
九州のIさんからいただいた浅煎りの珈琲をミルに移して、ガリガリと挽いた。
冷え切った台所にケトルの蒸気が充満し、窓ガラスがくもる。
ミルから香ばしい珈琲の香りが立ち上がる。
そのあたりのところで、やっとひと心地ついた。

しばらくしていつもの業者さんが工具を一式担いで重装備で来てくれた。勝手知った様子で長靴を脱いで、風呂のカランを点検して、専用のマイナスドライバーで水漏れが無くなるまでキッチリと閉めて「こりゃぁ〜、もう使えませんけぇ〜、メーーカーへ確認してみますけぇ〜、春までこのまんまで使っとってください」と、説明してくれた。シャワーが使えなくなった。

お昼前に「お寺上がれますか?雪がすごいでしょう?」と、宅急便から電話があった。
「2tは国道から入れないと思いますんで、こちらから出かけます」と打ち合わせして、農協のスーパーまで出かけた。荷物を受け取って、ついでに牛乳とかトマトジュースとか飲み物を中心に食料を買い込んだ。
この荷物を持って一本道を上がらないといけないな・・・1日で一本道3往復はつらい。

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氷点下の憂鬱 

2018/02/12
Mon. 23:39

北陸程ではないものの、飯南高原に点在する町は水道を中心にライフラインが大きなダメージを受けている。
上水道の貯蔵タンクは水量が激減していて、これからも寒波が長引くと給水制限に踏み切ることになりそうだ。

万善寺の水道は、井戸水が機能しなくなった。
ポンプアップしているから、そのポンプそのものがオーバーヒートしてしまったのかもしれない。春になって雪の心配がなくなってから修理することになるだろう。
石見銀山の用事で寺を留守にしている間に、お風呂のカランが凍結で壊れた。水が止まらなくなって、ガス給湯器が反応して、一晩中誰もいないお寺の風呂でお湯が出続けていた。次の朝、お寺に帰ってそのことに気付いて、すぐにガスの元栓を閉めたが、ガスの消費もかなり無駄遣いになったことだろう。風呂のカランレバーを動かしても水が止まらなくて、仕方がないからマイナスのドライバーを探し出して蛇口の元栓を締め上げたのだがそれも限界で3連休の間無駄に水の垂れ流しが続いた。
連休が明けたらすぐに業者さんへ連絡をしようと思っているが、さて、万善寺の参道を登ってくれるかどうか?こういう時期のことだから少し不安になる。

台所の上水道からは茶色の水が出て洗い物ぐらいにしか使えそうにない。
洗濯物も少しずつ溜まってきてそろそろ洗濯機を動かしたいのだが、茶色い水で白衣や白足袋を洗うのもどうかと思うし、寺の暮らしが一気に停滞してきた。
留守にするのも、それはそれで寺のことが気になって落ち着かない。本当は寺暮らしを続けたほうが良いとは思うが、今のこういう状態ではそれも難しいから早めに石見銀山の吉田家へ帰ることにした。

連休の始まった日の深夜にじゅん君が隠岐の海士町から帰ってきた。
隠岐の方は、学校が休校になってナニもすることがないから船が動いている間に本土へ帰っておくことにしたのだそうだ。彼の場合は、吉田家に帰ることが主たる目的ではなくて、松江や出雲や大田に散らばっている友達と逢うことを優先しているから、吉田家へは家中寝静まった頃に帰宅する。昼の間は飯も食べないで寝ていて、夕方になるとまたどこかへ出かけてしまう。ワイフとは会話があるようだが、オヤジとは接点がないから会話にもならない。
連休も最終日になって、珍しくじゅん君の方から「昼ごはんでも食べよう!」と言いはじめた。
家族3人でじゅん君の友達が経営している蕎麦屋へ行った。本格的な手打ちそばで上品な味の美味しい蕎麦だった。じゅん君はどちらかというと何かにつけてお母さんに似ているようなところがある。お父さんに似ているというと、蕎麦好きなところくらいかな?
蕎麦屋から解散して、彼は隠岐の海士町へ帰っていった。
ワイフと二人で夕食の買い物をして帰宅すると、ネコチャンズがワイフ目当てに出迎えてくれた。彼等のご飯茶碗がからっぽだった。
あぁ〜〜、飯南高原の大雪が憂鬱だ・・・明日も万善寺へ通勤坊主かぁ〜〜・・

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極寒の三連休 

2018/02/11
Sun. 23:07

今年になって2つ目で、2月唯一の法事を待っていたように4つ目の寒波が始まった。
島根県の方は、例年2月が一番寒くなる頃で、冬シーズンでもっとも雪深くなるから、それなりに心の準備も雪対策も出来ているのだが、今年の場合は今までの常識が全く通用しないくらい寒さが厳しくて対策が間に合わない。
「まぁまぁ、大変な法事になりましてぇ〜〜」
「いやぁ〜〜、少々まいりましたねぇ〜。先程も、改良衣に長靴はいて本堂のユキズリの山を越えたところですがぁ〜」
「まぁまぁ、大変なときに法事をすることになりましてぇ〜〜」
「いやぁいやぁ〜〜、祥月命日のことですけぇ〜ねぇ〜、だいじなことですけぇ〜」
「まぁまぁ、ゆうべはマイナス12度まで下がっとりましたがねぇ〜〜」
「いやぁいやぁいやぁ〜〜、万善寺はマイナス10度でしたが、まだ良いほうですがねぇ〜」
・・・なんていう挨拶代わりの会話が延々と続いていたら、
「おかあさん、もう時間がきとりますよ」
と息子さんに耳打ちされて、
「まぁまぁまぁ〜、それわそれわ・・」
「いやぁいやぁ~、それわそれわ・・」
と、あわてて法事がスタートした。
あいにくの天気だったが、たまたまの三連休でもあったので、遠方は岡山県の方から、島根県内でも松江や斐川の方から故人のご親戚やご親族が1周忌の法事へお集まりだった。
近年は、1周忌と云っても、アレコレ生き残っているものの都合で集まりも少ない寂しい法事になることがほとんどなのに、久しぶりに親子孫まで3代が揃って賑やかな法事になった。

万善寺のほうは、かろうじて水道水は流れているものの、水道管の何処かに不具合でもあるのだろう、サビの混ざった鉄水が絶えなくて、風呂をためると温泉のような茶褐色のお湯へ浸かることになった。
とてもそのような水を飲む気にもなれなくて、この際だからと、買い置きの麦とホップを飲料水代わりにしていつも以上に大量に消費してしまった。
夕食の方は、たまたまワイフが幾つかの作りおきを持たせてくれていたので、それをおかずに、冷凍庫で眠っている正月の餅を食べてしのいだ。
こんどの1ヶ月分の光熱水費のことが恐ろしくて不安になってなかなか寝付けないものだからチビチビと文庫本を読み進めたのだが、どうも内容がうまく頭に入らないで気が紛れないので、久しぶり・・・といっても、ほぼ正月ぶりくらいにテレビを付けてみた。そうすると、そこでもニュースで大雪のことが話題になっているし、島根の地方版のケーブル放送では天気情報がしつこく流れているし、もう、今更そんな情報はどうでも良いくらい厳しい現実に直面しているわけで、なにか、寝たのか寝れなかったのかよくわからないまま夜が明けた。
少しでも寺の光熱水費節約になるかもしれないと、石見銀山へ一次避難を決めた。
吉田家のワイフとネコチャンズとグッピーズと薪ストーブのぬくもりが身にしみた。

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万善寺ライフライン 

2018/02/10
Sat. 23:56

江津から益田へ移動した。
朝から雨で、路面に雪が残っているところは無かった。同じ島根県でもこういうところで暮らしているひとは雪の心配もしないで済むだろう。そう思ってみると、家屋の造りも屋根がやたらと複雑で、雪が積もったら身動きできなくなりそうだ。
アレコレ飯南高原と比較しながら結界君を走らせていると、いつの間にか益田へついていた。昨年に山陰道が西へ少し伸びて、三隅の石正美術館近くで国道へ合流した。浜田からの所要時間も20分位は縮んだのではないだろうか?

毎年この時期に益田東高校の美術部展が開催される。
律儀に高校生の美術部員からDMが届くから、時間の調整が可能なら出来るだけ観に行くようにしている。県内各地の高校美術部もそれなりに部展をしているとは思うが、吉田のところまでその情報が流れてこないからよくわからない。島大の卒業制作展や各公募団体も同じで、展覧会広報の難しさを感じる・・・というより、島根県において彫刻家の吉田正純の認知と存在レベルがやたらと低いということなのだと思う。
さて、その益田東高校の展覧会だが、立体ゼロで平面の作品のみの展覧会である。顧問の先生が絵画専門だから仕方のないことだが、吉田としてはチョット寂しい。それでも、30号Sサイズくらいの大作がずらりと並んでいて描き込みもシッカリしているし、ナカナカ魅力的な作品が多い。全体の7割ちかくが3年生の作品で、それがこの学校の特徴に思える。顧問の先生に聞くと、3年生になって他の部活を辞めたり、帰りの公共交通機関の時間待ちだったり、それに、受験で美術の進路希望だったりする生徒が入部して、少しずつ部員が増えていくのだそうだ。結局は、自分から絵を描きたいと思うような子は基本的にそういうことが好きなわけで、好きであれば本気になって絵を描き始めると飲み込みもノビも早いし、面白い絵に仕上がる・・・ということなのだろう。
だいたい30分位で会場を一巡し、若い感性を堪能させてもらった。その間、地域のみなさんが絶え間なく来場され、活気のある良い展覧会だった。

石見銀山の吉田家経由で万善寺へ移動して夕方少し明るさが残っているうちに到着した。
本堂の雪吊りで境内の一本道がふさがっていた。人の靴跡が雪吊りの山を登って下りていた。こういう時は欠かさず持ち歩いている雪スコップで雪の山に階段を作りながら私も登って下りて庫裏玄関へ向かった。
水道やガスや電気と生活のライフラインをひと通りチェックしたら、機能していたのは電気だけであとはすごいことになっていた。
風呂のカランが壊れて水が垂れ流し状態になっていて、その関係でガス湯沸かし器が作動してガス欠になるまでお湯が出っぱなしだったようだ。もちろん、台所のガスコンロもガスストーブもガス欠で火がつかない。水道の元栓を閉めたら全ての水が使えなくなるから風呂のカランの元栓を探してドライバで締めるのだが、それもうまくいかないで完全に水を止めることはできなかった。ガスは、かろうじて残っているガスボンベに切り替えて、風呂焚きに使った。これからしばらくはカセットボンベの使用で煮炊きを凌ぐしかない。
一晩一日留守にした間の出来事だった。今年のような−10℃クラスの氷点下が続くことはいまだかつて経験がない。3連休が明けるまで寺を放棄することになりそうだ。

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寺が冷凍庫 

2018/02/09
Fri. 23:41

最近の万善寺は、台所以外、どこもかしこも冷蔵庫というより冷凍庫になっている。
昼のうちも気温が上がらなくて、井戸水は出る気配もないまま日が暮れた。
買い物の食材も、板の間に出しっぱなしで全く問題がない・・というより、トマトなど水気の多い野菜は水分が凍みて包丁を入れるとシャリシャリ音がする。
風呂に入ろうと思ったら、流しっぱなしの水道の水が凍って湯船の底に張り付いて層になっている。
家の中でこの状態だから、もうこれ以上打つ手がない。
2月いっぱいはこういう状態がしばらく続くだろうし、気長に気候の緩むのを待つしかない。
明日は江津で午前中用事をして、そのまま益田へ向かうつもりだ。
島根県も西の方は少しは暖かくて寺よりは随分マシだと思う。

3連休は法事が入っているので通勤坊主から万善寺の単身赴任に切り替える。
彫刻のこともそろそろ始めようと思っているが、これだけ寒いとどうもやる気が出ない。
カタチはもう決まっているから、制作の順番を見直して付属のパーツから造り始めようかと思っている。ひとまずは台所の食卓があればそれを作業台代わりに使えるだろう。
ワイフは最近彫刻の制作シーズンになると夜な夜な夜更かしをして食卓に彫刻の店を広げている。そういう公私が入り乱れた制作環境はあまり良いとは思わないし、どちらかといえばきちんと工房を構えて気持ちを切り替えてから制作に取り組むほうが良いと思っていて、ワイフにもそのようなことを言い続けていたこともあった。まさか、今になって自分までワイフと似たようなことになろうとは・・・不甲斐ないことだ。

ワイフというと、もうかれこれ1年くらい前からあまり体調が良くない。
定期的に通院を続けているし、時々短期間の入院になったりすることもある。
本人は元気そうにしているが、やはりひと頃にくらべると体力も落ちて、握力も弱くなって、疲れも溜まりやすくなっているし、無理をすると身体のアチコチが傷んで夜もなかなか眠れないほどだと云う。
少しでも彼女の助けになればと、それなりに気を使っているつもりだが、彼女のペースと思うように上手く噛み合わなくて、それが少々しんどかったりする。
寺の一人暮らしは何から何までひとを当てにしないで自分の思うようにコトを決めて進めてしまうから、知らない間に1日の行動パターンが出来上がっていて、過不足なくその繰り返しで毎日が過ぎていればそのうちそれが当たり前のようになっている。食事のことも掃除洗濯のことも、その他家事や寺務や作務も、そんなもんだと思えば特にわずらわしくもなく事が過ぎていく。
多分、ワイフにはワイフなりに長い吉田家の生活の中でそういう自分だけの都合の良い行動パターンが出来上がっていて、そういうことをあまり大きく変更すること無く守って維持しておいたほうが気楽でいられるのかもしれない。
私が彼女の日常に介入することで暮らしのペースが狂ってしまうことのほうが彼女にとってはつらくて嫌なことになるとそれも良くない。今のところ風呂のこととストーブの焚き付けくらいかな?・・吉田家のオヤジがワイフに叱られないで出来ていることは・・・

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吉田家雪事情 

2018/02/08
Thu. 23:49

万善寺がついに氷点下を更新した。
−10℃は、物心ついて以来記憶にない。
上水の凍結は免れたが、ついに井戸水の水道管が凍ってしまった。井戸水が凍ることなど過去に例がない。多分、地下水も凍って、その上連日流しっぱなしだったから井戸に溜まる水量が底をついたのだと思う。
飯南高原の公式記録温度は−12℃だったそうだ。万善寺のお檀家さんはもっと過酷な地域で生活していらっしゃるから、あのあたりはそれ以上に気温が下がっていたと思う。
このところ、日中でも氷点下のまま気温が上がらない日が続いていたが、2日間ほどは久しぶりに太陽も出て降り積もった雪が一気に緩んだ。寒いことは確かに寒いのだが、身体の方は連日の氷点下に慣れてきたようで特に寒さを感じないでいた。それが、太陽が出て一気に気温も上がったせいか、逆に日差しが肌に突き刺さるようで「暖かい」というより「熱い」という感じで、あの夏の「暑い」とは体感が違ってなにか不思議な感じだ。この二晩は夜も晴れていたせいで放射冷却がひどかったから、こうして氷点下を更新してしまったのだと思う。

島根県で今回3回目の強力寒気襲来になったが、飯南高原上空は雪雲のわるさが比較的少なくて大雪になるほどではなかった。
一方、松江や出雲、大田の日本海沿岸の平野部で大雪になって、主要国道や幹線道路の交通が麻痺した。山陰本線も止まったので通学の足が奪われた高校生を中心に休校が増えたらしい。ワイフの通う三瓶山周辺の中学校は、沿岸部の平地とは比べ物にならないほどの大雪になっていても休校にはならなかった。
私だったら、「アッチの学校休みなのにぃ〜・・」とか、「コッチの方が何倍も雪が多いだろぉ〜〜」などと、すぐに愚痴が飛び出して、適当な理由をセッセと考えてすぐにズル休みの対策を講じてしまうだろうが、時間講師のワイフは全く文句も言わない平常心で、いつもより1時間近く早くから粛々と通勤の準備をはじめていたりする。
だいたい彼女には何かにつけてそういうところがあって、ほんとうに根っからの教育者なのだろう。きちんと定期的に免許証の更新もしているし、律儀に年に数回の研修も欠かさないし、どうせだったら、「採用試験を受けて正教員になればいいのに」と、一時期そういうことをよく云っていたが、「それはイヤ!」と、いつもは「どっちでもいいよ」とか、「どうでもいいよ」とか、曖昧な対応ばかりの彼女にしては珍しいほどハッキリと断ってくる。まぁ、彼女の働きにすがって三度のメシを食べさせてもらっている立場でもあるから、あまりしつこく同じ話題を蒸し返すのも気が引けて、結局は自分の方から黙り込んでしまって今に至っている。
彼女の助けになればと、夕方少し早めに石見銀山へ帰ってストーブをつけた。私が帰宅しても無反応のネコチャンズが、部屋が暖まり始める頃になって何処かから湧き出て、「メシくれよお〜!ニャァ〜!」と騒ぎはじめて始末が悪い。ひとしきりメシをガッツイていたが、そのうち静かになって何処かにいなくなった。
気がつくとベッドメイキングのど真ん中で仲良くぬくぬくと丸くなっていたが、突然「フニャァ〜〜♡!」と甘え鳴きし始めた。
玄関がガラガラと開いて、「ただいまぁ〜〜」とワイフの疲れた声が聞こえた。

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3冊ゲット 

2018/02/07
Wed. 23:37

ちょうど3つ目の大寒波が島根県上空へかかりはじめの時、雪も多いし、車の運転も心配なので、出雲に用事があるワイフへ付き合うことにした・・・といっても、オヤジと一緒でヨレヨレのポンコツ結界君もあまり信用できないし、丁度ワイフの車が給油しないと燃料切れになると云うから、ひとまず、彼女の赤い(車種はよく覚えられない)普通車で出かけることにした。
オートマチックのFF車なのだが、私が運転するほとんどの車は貨物車だったり商用車だったりでだいたい5速から7速くらいのミッションばかりだから、どうもオートマチックの感覚が読めなくてメチャクチャ緊張して肩がこった。
雪が残ったアイスバーンで信号に捕まったりすると、チョットしたアクセルの踏込みですぐに前輪が空回りしてスリップするし、どうも自分の思うように車が動いてくれない。
そういう難しい車で三瓶山の麓まで往復している彼女は、ナカナカの根性と度胸があって感心する。大雪が降ったりするとチキンオヤジはビビリ上がってすぐにズル休みしてしまうだろう。

出雲にはBOOK OFFがあるから、用事が終わって帰りに寄った。
たぶん、半年ぶりぐらいだと思う。
雪が降って天気も悪いからお客はほとんどいなくて店員さんの人数が多いくらいだった。
だいたいいつも100円コーナーで物色して、そこが思わしくなければ300円以上の棚へ回る。別にケチっているわけでもないが、最近は文庫本でも新刊は1000円近いから、そこまでして本を買う気にもなれない。
先頃死んだ葉室麟さんの本がないか、まずは、今回の狙い目がそれだった。
葉室さんのコーナーにはだいたい既に読んでしまったものばかり並んでいて、唯一1冊だけ未読があったからまずはそれをゲットした。
あと少しで読み終わるAmazonで買ったカーヴァーなんてマニアック(失礼!)な洋書の翻訳本など出雲のBOOK OFFに期待できないとあきらめつつ、それでもと思って一巡したがやはり見当たらなかった。
珍しく100円コーナーの「ま行」に村上春樹さんと三浦しおんさんがズラリと並んでいた。どちらかといえば売れっ子の二人だから、いつもは5冊も揃っていれば御の字だ。物色すると、それぞれ1冊ずつ未読があったので、迷わずソレもゲット。初版は古い本だが、特にお目当ての作家を追いかけて読み漁るほど熱心な読書家でもないから、今の自分には気長に未読本をチェックし続けるくらいで十分だ。
三浦さんの「風が強く吹いている」は映画にもなって、小出恵介さんが抑えた演技でなかなかいい味を出していた。小出さんは「Nのために」もとても良かった。彼は不祥事で現在活動休止中だが、日本のマスコミは芸能人にしつこいほど厳しすぎる気がする。それよりむしろ、そういうことに軽く乗っかるSNS愛好家も少し偏りすぎてわずらわしい。彼の不祥事を弁護するわけではないが、それはそれとして役者は役者の生業で良い仕事を全うすれば、それでいいと思う。人間、丁度いい加減に多少の清濁併せ持つくらいのほうが良い。「清水に魚棲まず」というやつだ。
まぁ、色々あるが、ひとまず3冊の文庫本があればお彼岸くらいまでは雪に埋もれた万善寺の暮らしをストレス無く維持できそうだ。

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なにもしない 

2018/02/06
Tue. 23:12

早朝の石見銀山は−3℃でいつになく寒い。
ワイフが、三瓶山の中腹にある中学校へ行く日だから、彼女の送迎で7時過ぎに自宅を出発した。
土間から町並みへ出ると雪はあまり積もっていない。それでも、路面が完全に凍結していて、長靴の溝が使い物にならないでツルツル滑る。三瓶山は飯南高原ほど雪は多くないが、路面凍結と圧雪で厳しい通勤になった。
ワイフを送ってから銀山街道を経由して飯南高原へ向かった。途中、酒谷地区を過ぎた街道最大の難所で結界くんがかなり苦戦した。ミッションを3ギヤから2ギヤに入れ直しててかろうじてピンチを切り抜けた。こんどの寒波はとにかく気温が低くて、連日昼も夜も氷点下のまま推移いしている。

ホワイトアウトの飯南高原を慎重に突っ切って、節分の日から3日ぶりに万善寺へ帰ってきた。万善寺の方も、雪はそれほど積もっていなくて少し安心したが、それでも石見銀山と比べるまでもなく多い。お地蔵さん横から1時間半かけて参道に1本道を開けながら庫裏玄関へ到着した。
水道の凍結が心配でビクビクしながらまず最初にそれを確認したら、家の中は大丈夫だった。屋外の水道と別棟の水洗トイレのことも心配だが、今更そこまで手が回らない。今度のシーズンが落ち着いてから水道の業者さんと善後策を相談して都合のいいように改修するしかないと思っている。

万善寺の台所は−2℃で、お昼前の屋外は−6℃だった。
まずはエアコンのスイッチをONして、ガスストーブを点火して、灯油ストーブも点火して、井戸水をホーローのケトルに注いで、それからコーヒー豆をミルで挽いた。
サッシが少しずつケトルからの蒸気で曇った頃、台所が氷点下を脱した。
一杯のコーヒーでやっとひと心地ついて、デスクトップでメールチェックなど始めた。
そして・・・
チラリと垂れ流し光熱水費のコトが脳みそをかすめて、ゾクリと寒気が蘇った。

それにしても、今回の寒波は島根県生まれの私が今まで経験がないほど寒い。
積雪はそれほどでもないので助かっているが、毎日朝夕の道開けがつらい。
気がつけばもうお昼を過ぎていたから、寺のアレコレを片付けて水道の確認をして参道の一本道を下りて結界くんへ急いだ。
ワイフを迎えに行く時間が迫っていて少々焦った。
結界くんの踏ん張りでかろうじて待ち合わせの時間に間に合った。

ボクは今日の1日、いったいナニをやっていたのだろう??
結界君と一緒にひたすら雪道を走り、三瓶山を往復し、万善寺の参道を道開けし・・・
ナニもしていないのにイヤに疲れた。
万善寺ほどではないが、石見銀山の火の気のない吉田家もかなり寒い。
すぐにストーブを焚いて、風呂を沸かして、ジレットの5枚刃を交換した。

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猫のこと 

2018/02/05
Mon. 22:01

節分の夕方に石見銀山へ帰ってから、寒波の飯南高原を気にしながら吉田家に居続けている。漏水のこともあるし、すぐにでも万善寺へ帰ろうと思いつつ、やはり暮らしの楽な方へ気持ちが動いてしまうあたりが自分の軟弱なところだ。

先日から吉田家で寝るようになってクロが一緒に寝てくれるようになった。彼は毎年冬の寒い時期は掛け布団のど真ん中を陣取って、そのあたりで丸くなっている。彼のために昼間も布団を敷いているようなところもあって、そうしておくと、ほぼ1日中そこを寝場所にしている。夜行性でもあるから、夜はだいたい私のほうが先に寝ていて、夜中にうなされて目を覚ますと、いつの間にか私の太腿や股間の上で丸くなっている。重たくて寝返りをしてもクロは動こうとしない。目は覚めていると思うのだが、はじめから人間を無視しているようだ。とにかくマイペースに自分の思い通りの毎日を図太く生き続けている。そういうところに私の父性本能がくすぐられて可愛くなって思わず頬ずりしてしまったりすると、しばらく面倒臭そうに我慢しているが、限界を超えると建前上フギャー!と鳴いてシャァー!と威嚇してくるものの別に本気で怒っているわけでもなく、絶妙のサジ加減でそういうポーズをとりながら一定の距離を挟んで私との付き合いが続いている。

猫というと・・・
昔、寺のすぐ隣の家で三毛猫が飼われていて、その家の娘と同級生だったから猫が目当てでよく遊びに行っていた。同級生の娘のお母さんで三毛猫の飼い主のカネさんは「ネコイラズ代わりに飼っとるんよぉ〜」とよくいっていた。メス猫は家について遠くへ行って行方知れずにならないし、ネズミをはじめとして家の中の害虫も捕獲してくれるから色々と都合がいいと教えてくれた。他所の人にはあまりなつかないで、少年の私を見るとサッと何処かへ隠れてなかなか姿を見せてくれなかったが、犬とは違った可愛さがあった。
万善寺の先住夫婦はとにかく猫嫌いで、本堂の近くで野良猫を見かけると目の色を変えて石を投げつけるような人たちだった。いつだったか、本堂の座の下で野良猫が子供を産んだことがあって、その時は近所の檀家さんを呼んだりして本堂の座の下から境内中追いかけ回して大捕り物になった。結局、野良猫が一枚も二枚もウワテで、上手に人間をかわしながら小さな子猫を一匹ずつくわえて、もう一軒の方の隣の農家の納屋へ移住してそこで子育てをすませた。その家の奥さんのフミエさんは、寺から移住した猫の親子をしばらく飼うでもなく養ってくれていたようだが、それから先のことは覚えていない。親猫を捕獲するには、まず子猫の方を捕まえてしまうと楽だったろうに、猫嫌いの先住夫婦はそのことに気づかないままお檀家さんと一緒にセッセと親猫ばかり追い回していた。子供ながらに、「坊主にあるまじき行為だろう!?!」と、呆れながら猫の賢さに心のなかで拍手していたことを思い出す。上京してデッサンなどの美術系の勉強をしていた頃、東京の西部をアチコチ点々と引っ越した後、しばらくの間明大前の六畳一間トイレ台所付き元お屋敷付属の書生部屋だった離れの一軒家で暮らしていた。箒ゴミの掃き出し窓が畳と面位置にあって、いつの間にか一匹のメス猫が其処から出入りするようになって、ご飯もあげないのに同居が始まってしばらく住み着いた。その間に3匹の子猫を電気コタツの中で産んで育てて、いつの間にかいなくなった。野良猫とはいえ、上品で頭脳明晰の美人ーイヤ、美猫!だった。あの時は彼女の処女を奪って妊ませた野良猫野郎にチョットだけ嫉妬した。

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立春の朝 

2018/02/04
Sun. 23:01

立春の朝は雪で始まった。
ワイフの勤務先では保護者参加の行事振替で日曜出勤になった。
「チョット車の雪みておいてくれない?」とワイフからお願いされた。
早朝の石見銀山町並みは一面白くなっていたが、飯南高原とは比べ物にならないほど楽な雪だ。それでも次の寒波が島根県上空へ下りて来たせいかやたらと寒い。
結界君を変に駐車していたから、ワイフの車が出やすいようにエンジンをかけた。
窓ガラスに薄く積もった雪をワイパーで払い落として暖機運転をしていたら、燃料が無いことに気づいた。寺へ移動するには足らないから、そのままついでにガソリンスタンドまで走ることにした。
走り始めはルームミラーにチラチラとワイフの車が見えていたが、そのうち見えなくなった。

燃料を満タンにして帰宅すると、クロがソファーのど真ん中で丸くなっていた。
ソファーは、私が万善寺で留守がちになってからあとしばらくしてワイフが買ったものだ。なっちゃんが本社出張で帰省した時はそれがベッド代わりになっている。
ワイフの仕事は午前中で終わるらしいから、帰宅したときのために部屋を暖めておくことにした。
クロはストーブの準備で騒がしくしている間も、ピクリとも動かないで丸くなっている。
彼は小さい時から泌尿器系が弱くて、それが慢性化して持病になりつつある。一般的に猫は尿毒症になりやすくて、飼い主がそれを見過ごして早死することも多い。クロはオスだからおちんちんのぶんだけ尿道も長いし、余計にオシッコの出が悪くなったりして病気が悪化する確率が高い。今は抗生剤を飲み続けて泌尿器系の病気に特化したキャットフードに切り替えたりして対策を工夫しているが、それが彼にとって効果があるのかはわからない。とにかく、今の吉田家は圧倒的に留守が多いから人の目の届かないところでストレスを溜めてしまわないように気をつけいるつもりだ。
その点、シロはワイフに上手に擦り寄ってベッタリと甘えきった日常を送っているから、それほど気にする必要もない。猫の世界も、男より女のほうが丈夫にできているようだ。

ストーブの薪に火が回って少しずつ部屋が暖まって皮膚に突き刺さるような寒さが抜けてき始めた頃、クロが目覚めた。あくびを一つして背中を高く突き出してノビをして身体のアチコチをペロペロとナメてしばらく身づくろいをしてから一声鳴いて吉田家の巡回をはじめた。ストーブの前にいる私に気付いているのに、それを完全に無視して椅子の下を潜ってテーブルに飛び乗ってまたすぐ下りて土間へ消えていって、それから、ガサガサと猫砂をかき混ぜる音がし始めた。ウンコかオシッコが終わったようだ。
あとで土間のトイレを確認すると、正常なウンコが転がっていて、親指と人差指でつくった輪っかほどのオシッコをしていた。量は少ないが、尿管が詰まって苦しんでいる様子でも無いようだ。
土間へ下りたついでに玄関の引き戸を開けて町並みの様子をみると、朝の雪は溶けて消えていたが、空からは断続的に雪が舞い降りていた。明日もワイフの通院につきあって寺を留守にする。万善寺はこの程度ですまないな・・・水道が凍結している気がする・・・

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あわただしい節分 

2018/02/03
Sat. 23:14

なんといいましょうか・・・あわただしい節分になった。
約1年前に母親が死んでから、名実ともに正純一人で万善寺を切り盛りすることになった。
万善寺の年中行事も幾つかあって、そのうち片手くらいはワイフの助けを借りて乗り切っている。これは、両親がまだ健在であった頃から変わらないことだったが、それ以外にもワイフの手助けに頼らないでナントカ出来ることも幾つかあって、節分もその1つ。
節分のような節目の行事は昔から引き継がれた習慣のようなものでもある。
万善寺の場合は特別節分法要にお参りがあるわけでもないし、近所のみんなが集まって大げさに豆まきをするわけでもない。正月を過ぎた本堂や庫裏のお供えを更新し、風呂に入って身を清め、その日に汲み貯めた天然水をお湯に沸かしてお供えし、線香蝋燭を灯し祈念のお経を読むくらいのことだ。
そういう規模の小さいささやかな法要であっても、いろいろ支度をして始まって終わると普通に半日は使ってしまう。
最後に豆まきをして節分のご馳走を食べつつ慰労を兼ねた晩酌をして、あとは寝るだけ・・といった具合なのだが、今年からは、それを飯南高原と石見銀山の二箇所で行うことになったから、そのぶん気ぜわしくなって落ち着かない一日になったという次第。

節分の支度をしている途中から3番目の寒波がみるみるやってきて本格的に雪が降りはじめた。水分をたっぷり含んだ重たい雪が、自分の靴跡がかろうじて確認できるまで一気に積もっていた。シャーベット状の路面をお尻をフリフリ走り続けて石見銀山へ帰ったのは夕方日が暮れる少し前だった。それから今度は吉田家の節分豆まきが始まって終わった。
やはり、一人で寂しくお経を読むよりは、ワイフやネコチャンズもいっしょに賑やかに豆まきをしたほうが気も晴れる。思わず豆を食べすぎてしまって、寝る前になってから胃の具合が悪くなって胸焼けが始まった。少々浮かれすぎてしまった。

万善寺では、1日に何度も役場建設課から節水の呼びかけが放送されている。
早く水道管の損傷をみつけて業者に依頼して修理してくれとお願いばかりだ。その上、凍結防止に水を流し続けるようにしてくれと、これもお願いされる。先日からは上水の水不足が深刻になってきたから節水してくれと、地域住民へのお願いがまた一つ増えた。それって、普通に全部真面目に聞いていたら、「だから結局、ナニをどうすればいいの?」という、矛盾のカオスワールドに迷い込んで、夜も眠れなくなってしまう。保賀の谷の近所のことだけでも、万善寺の右や左は雪に埋もれた空き家状態で、その家の前まで行くにも道が無い。水道の元栓が閉められていればよいが、それがなければ、延々と春になって雪が消えるまで漏水のままだろう。2つほど先の小さな町にある無住になった同宗寺院では、冬の2ヶ月ほど漏水が続いて数十万円の水道代が請求されたそうだ。役場の当事者は額に汗してこの難曲を必死で乗り切っていらっしゃるのだろうが、防災の告知放送を何日も続けて改善が見られないのはどうしてか?その答えを具体的に見つけるまでの労を成すのも住民の公僕として大事な公務と思うのだ。後になって水道代を金で回収できれば良いという、単純なことでもないだろう。人口流出に歯止めの効かない過疎地住民が、冬の光熱水費をどれだけ無駄に使い続けていることか、具体的に実態を直視してほしいものだ。

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節分前夜 

2018/02/02
Fri. 23:18

二つ目の寒波が去って、それでも2〜3日は穏やかな日が続いただろうか・・・
万善寺の水道凍結と格闘しながらの1週間は緊張の連続で夜もなかなか眠れなかった。

前住職夫婦は、半世紀以上に渡ってこういう冬の日常を暮らしていたのかと思うと、彼等の想像を絶する忍耐力にはとても太刀打ち出来ないと頭が下がる。小さい頃は、またかと思って聞き流していた戦時中や広島のピカドンの地鳴りの話を思い出すと、激動の昭和を生き抜いた彼等の底知れない生活力や精神力が今日の日本を支えてきたのだと納得できる。ヘナチョコオヤジなど、たった1週間とか1ヶ月くらいの雪との付き合い程度で顎出してヒーヒー肩で息してヨレヨレになっていたりして、我ながら実に不甲斐ない。
今年のような寒波襲来は自分の人生で4回目くらいだから、どちらかといえば珍しい方だ。過去の3回ほどはとにかく大雪に悩まされてきた。今度の寒波は島根県では珍しいほど気温が下がりっぱなしで、とにかく寒い。
島根県の飯南高原あたりでは、例年2月の節分から立春にかけて本格的な強力寒波がめぐって、そのあたりから積雪量も増えてその後2月いっぱい冬が本格化する。今度も、どうやらそういうめぐり合わせになっているようで、夕方になって通勤坊主の帰宅途中から雨が降りはじめ、石見銀山へ着くころはみぞれに変わっていた。吉田家では、ワイフが少し前に帰っていてまだストーブもついていなかった。夕食を食べ終わる頃から雨音が本格的になってきたから、きっと万善寺の方は雪に変わっているだろう。3番目の寒波はかなり厳しいらしいが、節分だけは万善寺と吉田家のどちらでも年中行事としてひと通り抑えておこうと思っている。

夜に目が覚めて眠れなくなったり、朝早くに目覚めてしまったりした時は、幾つかのウエブニュースの見出しを一巡して、気になった記事を流し読みすることにしている。ラップトップのときもあればiPadのときもある。最近、iPadの調子がすごく悪くてストレスが増していて、そういうこともあって少しずつウエブニュースから遠ざかった。夜の眠れない時間を暇につぶすことに変わりはないから、深夜の読書が復活していたのだが、それも未読の在庫が底をついてしまって、結局インターネットラジオの垂れ流しくらいしか暇つぶしが出来なくなってしまった。数年前はPodcastをよく利用していたので、久しぶりに幾つかの配信番組をチョイスして同期を再開した。既に閉鎖している番組もあったが、ほとんどがいまだに存続していて地道な運営がされていることに少し感動した。
どこかしら自分の彫刻のことや展覧会のことに通じるような気もして、やはり、相互通行というか意思の疎通というか、お互いの関係が継続の力になっているということを改めて確認できた気がした。

たまたま調子の悪いiPadでNewsweek日本版を見ていたら、なにかと話題の相撲で優勝した栃ノ心の出身地ジョージアの写真家ナテラ・グリガラシュヴィリの記事を見つけた。彼女は、自分の故郷の山村風景を写真に記録し続けている。ジョージアは、2年間で200の村が消滅したらしい。限界集落が増え続ける日本の現状の未来が予測できる。たった数センチの雪で機能しなくなるような都市へ一極集中の施策は果たして正しいのだろうか?それでどれだけ多くの地方の暮らし文化が失われるのだろう。

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おだやかな一日 

2018/02/01
Thu. 23:16

やっと気温が緩んで凍結の心配が薄らいだので、ワイフと連絡をとりあって石見銀山へ帰ることにした。
一晩寺を空けることになるから、その支度をして保賀の上組を一廻りして会費の集金などしようと玄関へ出たら、参道の方から重機の音がする。
雪で見通しが悪くなっているから、少し背伸びしてそちらの方を見ると、俊ちゃんがユンボで道開けをしてくれていた。いつも彼のおかげでとても助かっている。久しぶりに一本道が拡幅になってボクの結界くんが本堂下の駐車場まで上がれるくらいになった。先日の「饅頭のお礼が良かったのかもしれない」とも思ったが、たまたま天気も回復して重機を動かすのに都合が良かっただけかもしれない。

隣町のお寺は、住職が遷化された昨年から無住になった。
日頃の付き合いの広いご住職が健在だった時はお檀家さんをはじめとして人の出入りも多くて賑やかなお寺だったが、雪の降りしきる中、用事でそのお寺の下を往復した時は、参道の道開けも無いままひっそりと雪に埋もれていた。万善寺もそのうちそうなるのかもしれないが、私が動けるうちは出来るだけ日常の暮らしの絶えない寺で維持できるようにしておきたいと思っている。

俊ちゃんに頭を下げてお礼して、それからお地蔵さん横の結界君を動かした。
国道へ出るまでの町道は、車のワダチの圧雪で白い状態が続いているが、国道は融雪剤の効果もあって、普通に難なく走ることが出来ている。出雲街道から銀山街道へ抜けて石見銀山までの道中、2・3箇所ほど雪が消えない難所を除けば、久しぶりに緊張のないのんびりとした普通のドライブが出来た。
石見銀山の町並みは所々屋根から落ちた雪が消えないで残っているものの、通行に支障がある程でもない。飯南高原の雪風景とあまりに差がありすぎる。
「隣のミネちゃんが吉田家の前も雪かきしておいてくれたの」
吉田家の前もキレイに除雪されていて、帰宅するとワイフがそう教えてくれた。
彼女も毎日仕事があって朝から夕方まで家を留守にするから、なかなか町並みの除雪が出来るほど手が回らない。
万善寺といい、石見銀山の吉田家といい、近所の助けの御陰で楽に暮らさせてもらっている。ありがたいことだ。

ノッチの手料理写真が刺激になったのか、このところ吉田家のFamilyLINEがひとりメシで賑わっている。なっちゃんが造っている旦那の弁当はなかなか手が込んでいて、ちゃんと嫁さんをやっているようだし、少し安心した。そういえば、昔々はワイフも毎日ボクのために弁当をつくってくれていた頃があった。
吉田家の夕食には手の込んだ洋風の見慣れないおしゃれな鍋が出た。とろけたチーズが食欲をそそって、それだけでワインが1本空いてしまった。ワイフの鍋は一手間違う。
体調不良のクロは、見た目は普通に変わりなくポーカーフェイスのままだった。嫌がるクロを抱き上げると、少し軽くなったように思ったが気のせいかもしれない。シロは相変わらずワイフにベタベタ甘えっぱなしでボクには寄り付こうとしないままだった。

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2018-02