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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

単身赴任坊主の1日 

2018/03/17
Sat. 23:37

万善寺の庫裏は、少し変形した田の字になっていて、南側に狭い前庭が広がる。
その前庭に面した床のある奥の間と庫裏玄関につながる前の間の2部屋が俗に云う(檀信徒会館)の役目を担う。
奥の間の北側に納戸を兼ねた方丈の間があるが、そこに床はない。その部屋から縁側が続いていて、その外は申し訳程度の狭い裏庭があってすぐ裏山になる。
田の字の残った一枠が俗に云う家族の居間になっていて、そこから韋駄天さんのお祀りしてある3畳間と典座寮配膳室を兼ねる板の間があって勝手口につながる。
板の間の並びに一段下がって約15畳の典座寮(台所)がある。
その台所には昔、裏庭に面して細長い畳4枚分の板の間があって、そこが食事の場所になっていた。私も小学生の頃は夏も冬もほぼ1年中その狭い板の間で食事をしていた。
残り3分の2のスペースは叩き土間になっていて、中央に調理台を兼ねた四角い板テーブルがあって、その端には4畳に面して小さなへっついがあった。しばらくして叩き土間をコンクリートに改修する時にそのへっついとそこから出ていた煙突を撤去した。
板の間と反対側の窓際には向かって右から順に間歩水を貯める水槽、流し、3連のへっついが続いて、そのほぼ中央から屋根を突き抜けて煙突が出ていてまだ上水道は無かった。
私がそういう状態の万善寺で過ごしていたのは中学校を卒業するまでで、それから後は下宿やアパートを転々とする一人暮らしになった。その間に、何度目かの典座寮改修工事が入って、土間が古いタイプのフローリングに変わり、へっついがシステムキッチンとガスコンロになり、煙突がなくなって天井が張られ、間歩水を引いた水槽がステンレスに変わって、簡易水道が引かれた。
昨年まで約40年の間、台所は改修の手が入ることなく老朽化が進んだ。
万善寺の行事でお参りも減ってお斎料理のふるまいもワイフの強力な手伝いもあって家族身内でなんとかなるようになって、まかないのお手伝いも台所へ入ることがなくなったから、特に体裁よく改修をする必要も無くなったわけだ。
合板フローリングの床がブクブクしはじめて、歩くたびにフニャリとたわみ始めるようになってからずいぶん経つが、そろそろそれも限界になって何時床を踏み抜くか分からない状態になった頃、なんと、となりの板の間の床板を3枚踏み抜いてしまった。それで一気にヤバイと性根が入って、急いで近くのホームセンターへコンパネを買いに走った。全部で15枚位買ったから、それで台所が約15畳だとわかった次第。
今の万善寺財力で改修工事が頼めるわけもなく、フニャフニャのフローリングの上へ2日かけて一気にコンパネを貼った。見た目は悪いが、お檀家衆が台所へ入ることもないし、自分が生きているうちはコレで凌げるだろうから、それで十分だ。
寒くなる前に、その台所を簡易パーテーションで2部屋にした。
田の字の部屋はオープンスペースにして公私を使い分けられるようにして、私の私的居住区は台所一部屋に絞った。あとは、仏事絡みで納戸兼用の方丈の間を使い、檀信徒会館用の二部屋を、特に仏事で使わない時は彫刻の展示をしたり若い作家に制作のドローイングスペースで提供したりしている。
雨模様の半日を使ってそういう庫裏の模様替えをしつつ、ザックリと掃除を終わらせた。
今朝は放射冷却で霜も降りて冷え込んだが、その分天気も良くなったので、裏庭の雪が溶けた所だけでも落ち葉を集めて庭掃除をした。まぁ、お彼岸はこれでOKでしょう!

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2018-03