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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

22万km突破 

2018/03/23
Fri. 23:28

ボクの結界君がいよいよ調子悪くなって、脇道から本線に右折するときなど急にフラッとハンドルが揺れて血の気が引くことがある。それでなくても歩く成人病の高血圧症を持っているボクは、「あぁ〜〜、ついに脳みその何処かの血管が切れたのかもしれないぃぃ〜〜〜」と、一瞬クラリとしてお陀仏を覚悟しながらしばらく本線を走らせていると、それがハンドルというか、サスペンションというか、とにかく結界君の足回りの具合でふらついているのだとわかる。こういう症状が頻繁になると、それはそれで「こんなもんだ・・」とか、「また来たな・・」とか、慣れてしまって気にならなくなるのだろうが、前回の似たような症状から相当に日時がたったあとだったりすると、前のことなどスッカリ忘れているからメチャクチャ焦ってしまうのだ。信号待ちで停まってクラッチを踏んでニュートラにすると、途端に結界君がブルブル震えはじめて「エンジンが止まるかもしれない!」と、またまた焦ってしまう。

とにかくそういう状態が冬の間中続いて、近所の町の同級生のカーディーラーへ寄って、コーヒーをズリズリすすりながら世間話の合間にポロリと愚痴をこぼしたら、それじゃぁ、チョット見せてみろと、ハンドルを据え切りしたりエンジンをかけてアクセルを踏み込んでみたりして、感触を確かめてくれた。
今の結界くんは、その前のダットサンが潰れて乗り換えたはじめての中古軽自動車だったから、ダットサンの馬力で慣れていたところで、パワー不足にがっかりしたこともあった。それでも、地道にそんなもんだと思って乗り回していると、ダットサンでは苦労していた幾つかがすんなりと解消できて、それはそれで気楽に使い倒すことも出来るし、知らない間に無くてはならない大事な相棒になっていた。
東京の往復も何度かして、新名神や新東名を走ることもできた。九州や四国も彫刻と一緒に出かけたし、自作のフックを造って100号の油絵を運んだこともあった。もちろん、薪ストーブの燃料を山のように積んでフラフラしながら吉田家まで運んだことも数え切れない。助手席をフルフラットにして、180cm✕45cmの自作ベットをはめ込んだりした。シュラフはシーズンごとに積み替えて、遠出の時はカセットコンロやポットを積み込んだりと、とにかく、都合の良いように使っている。
平均すると1年で3万kmくらいは走っている。オイル交換は出来るだけ3000〜5000でするようにしてきた。仕事の流れでアチコチぶつけたりこすったりしてはいるが、特に大きな故障も無いまま22万kmチョットまで走っている。なんとなく「調子が悪いなぁ〜」と気付いたのが21万kmくらいの頃で、夏の猛暑が続く四国へ出かけていた時、ついにエアコンが壊れた。
ダットサンは24万km、その前のハイラックスが28万kmで潰れた。軽貨物車の結界くんは22万kmだから、そろそろ限界も近いだろうと覚悟をしつつ、それなりに大事に乗っていたのだが、「こりゃぁ〜、もぉ〜、やれんでぇ〜、あんまり遠くへ行かんほうがえぇ〜でぇ〜」という、カーディーラー君の話でした・・・
スズキの代理店で元々は自転車屋だった。中学校は自転車通学をしていて、父親の御下りを使っていた。その自転車のパンク修理は彼のおじいちゃんがしてくれた。彼のお父さんがスズキのバイクを取り扱うようになって、それから、自動車を販売するようになった。
ボクの寺暮らしも本格的になったから、そろそろ、次の車は彼に頼もうと思っている。

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2018-03