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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

オヤジ彫刻家その1 

2018/04/04
Wed. 23:25

お釈迦様の誕生日と豊川稲荷二の午祭が近づいてきた。
飯南高原に点在するお檀家さんと万善寺がお世話になっている保賀地区の各家に簡単なお知らせのチラシを配布して歩いた。
ぐるりと一周すると2時間ほどかかる。

保賀地区が終わりかけたところで電話が入って、そちらの用事を優先することにした。
そのまま54号を北上して三刀屋で用事を済ませて斐伊川土手を出雲へ向かった。
このところ、雨降りの絶えないぐずついた天気が続いている。
島根の各地は桜が満開で何処へいっても街道筋や河川敷の桜並木が綺麗だ。
ほんとうなら、もう少し気持ちも華やいで浮かれても良いはずなのだが、どうもそういう気になれない。島根に帰ってから体調不良が続いていて、遂に健康のバロメーターになっていた飲酒を休むまでになった。食欲もないので1日の食事もまともに出来ていない。こういうことは久しぶりだ。そろそろ、身体の何処かで体質の大きな改変が進行しているのかもしれない。それでもと思って、スーパーで買い置き用の食材をいくつか買ったが、ひょっとしたらそれも冷蔵庫で眠ったままダメにしてしまうかもしれない。
気持ちは坊主も彫刻も前向きでいられているはずだが、自分の身体のほうが無理を拒否している気もする。

銀座の彫刻展のオヤジ彫刻家たちは、圧倒的に具象系の作家が増えた。
もう、数年前からそれとなく気付いていたのだが、最近の二紀会は抽象の作品が減ってきたように思う。
もう、30年以上も前は、色々なタイプの色々な切り口の抽象彫刻がたくさんあって、駆け出し彫刻家の吉田は大いに勉強できたし、たくさんの刺激を受けた。あの時期があったから今の吉田があると思っている。
まだ学生で勉強していた頃、研究室の先生が「一流の師匠のビリ弟子でも、二流の師匠の1番弟子より上だ!」と言っていたことを今でも時々思い出す。吉田自身がビリ弟子だったからさりげない慰めの言葉だったかもしれないが、なんとなくわかるような気もして、その一言が自分の心にスッと入って納得できた気がする。あの先生は一流だった。

周藤さんは、私が島根に帰って30代の頃に出会った。
最初は、石膏に置き換えた具象の塑像彫刻を見せてもらったが、それは、彫刻というよりお人形さんのような造形力の弱いものだった。機会を見つけては彫刻の話をするうちに金属の勉強がしたいと云い始めたので吉田家に招待して自分の溶接機などの道具を貸してあげることにした。
早いもので、それからすでに30年近く経った。
今では、立派な金属彫刻の作家に成長して、具象抽象の枠を超えた見ごたえのある面白い彫刻を精力的に造っている。幾つかの大賞展にも積極的に出品しているし、波に乗っている。
島根在住の彫刻家に金属彫刻の作家が少ない中で、周藤さんは島根彫刻界の将来を開拓してくれる作家の一人だと思っている。

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