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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

地震の後 

2018/04/10
Tue. 23:31

深夜の地震から、約12時間ほどは、絶え間なく余震が続いた。
その間に、これも絶え間なく電話やSNSなどでお見舞が届いた。
どちらかといえば友達の少ない我儘者のボクなのに、ありがたいご厚情が信じられないほどだった。皆さんの好意に助けられて活かさせていただいているのだと改めて痛感した。

日頃新聞もテレビも見ないで過ごしているから、「こういう時は、ちゃんとテレビとか見ないとダメよ!それ、常識よ!!」と、ワイフに厳しく叱られたから、一応テレビは付けておいたが、特に変わった情報があるわけでもなく、常に最新の情報が流れるわけでもなく、それよりは、ケーブルテレビ付属の防災有線放送の方が現状把握に適していると客観的にそう思った。
テレビのニュースとかワイドショー番組では、大田市の地震被害がもっとも重大な地域ばかりピンポイントで取材するから、そればかりの情報で全てを判断されてしまうと、とんでもなく大げさな大災害に錯覚される恐れを感じた。今回のように、地震災害地域に暮らす当事者として、情報の取捨選択の難しさを身をもって感じた。

それで、ご心配頂いた皆様へのご報告も兼ねて、少し詳しめに吉田オヤジの行動を時系列でまとめておきます。まぁ、特に参考になるとも思わないけど・・・
9日深夜1時30分過ぎに地鳴りが三瓶山方面から石見銀山へ近づいてきた。その直後にドーンと巨大ハンマーで地面を叩かれたように激震が走ってそれが結構長く続いて日本海方面へ去っていった。それに合わせて吉田家の食器棚とか台所のこまごました物が床へ次々に落ちてきてネコチャンズがものすごい勢いで土間へ飛び出ていった。
すぐに電気をつけてスリッパを探して床を確認しながら台所を確認した。水道も普通でガスの匂いも感じなかったが、灯油ボイラーの耐震装置が作動したらしく、その時は水がお湯になることはなかった。それから夜が明けるまで、地鳴りが止むことがなく3〜4回ドカンと地面から突き上げるような大きな揺れが来た。あとはお昼までの間に少しずつ余震が弱まって午後になると地鳴りも消えて揺れもほとんど無くなった。
万善寺のことも心配だから夕方になって寺へ出かけようと準備をしたが、ネコチャンズが何処かに潜り込んで見当たらないままで、それも心配だから、結局食料の買い出しをしてもう一晩吉田家で寝ることにした。大田市は、石見銀山より被害が大きくて、ブルーシートをかぶった屋根が点在し、アチコチで窓ガラスが割れて応急修理がされていた。余震もほぼ収まった夕方になって、吉田家のライフラインを確認した。灯油もスイッチのリセットで使えるようになって、日常の暮らしが復活した。
まだ何処かに隠れたままのネコチャンズが気にかかったが、寺のことも心配で早朝から吉田家を出発して銀山街道を登った。
万善寺は、台所のフライパンがずり落ちていたくらいで、灯籠もお位牌さんも仏具も花入れも倒れること無く無事だった。きっと、観音様が守ってくださったのだろう。
境内の日陰に、先日に3日間降り続いた雪が解けないで残っていた。

寺の用事を一つ済ませて、なんとなく緊張が緩んで炬燵に潜り込んだらいつの間にか寝てしまっていた。やはり、それなりに緊張が続いて疲れが溜まっていたのかもしれない。

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