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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

如山林中花 

2018/05/06
Sun. 23:23

いつ雨が落ちても良いほどの曖昧な空模様が続く間に、通夜と葬儀が終わった。
飯南高原は田植えの真っ最中で、仮設テントのパイプ椅子も空席が目立った。

万善寺そのものはお檀家さんも少ないから、余程重要な外せない用事が重なることもほとんど無くて、喪主さんや地域の事情に併せた日程へ粛々と付き合っているのだが、副導師をお願いした方丈さんは、地域の社協に勤務の忙しい人だからスケジュールの変更で苦労されたようだ。私も、先代住職がまだ健在だった頃は公務員をしながら副住職を努めていたから、通夜はなんとかなるにしても、たった1日の葬儀を難なく務めることには結構苦労したことを思い出す。もうずいぶん昔で今のように融通が効かないわけでもなく比較的ゆるやかに拘束されていた頃のことであっても、周囲に迷惑をかけることがないわけでもないし、それなりに肩身の狭い思いをしながら努めていた。

まだ昭和の頃のこと・・・春の大型連休は、家々の親族帰省に併せて年回法事を計画する施主家が多かった。だから万善寺も、連休中は法事が重なって慌ただしく過ごして、「親子家族でチョット行楽を・・・」などという暮らしとは無縁だった。それに、先代住職夫婦もまだ若くて元気だったから今では考えられないほどの自給自足の暮らしを続けていて、極小規模ではあるが田んぼや畑もあって田植え稲刈りも近所との手間替えにすがりながら細々と続けていた。田の畦の草刈りは、和牛や酪農農家の男衆が牛の餌用に季節折々の草が伸びるのを待ち構えて朝夕草刈りに励んでいた。寺の夫婦が「寺の仕事」だからと参道の草刈りを先走ったりすると、「アレはうちの牛にやる草だから勝手に刈らんでくれ!」と隣のおじいさんに叱られたりしていた。
今は・・・寺の田畑も耕作放棄して荒れ地になってしまった上に、牛農家も廃業して草刈りが宙に浮いたまま少し気を抜くと伸び切った草が始末に負えなくて一気に原野になる。
子供も大きくなってワイフと二人暮らしになった連休は、行楽に忙しいのだろうお檀家さんの年回法事も無いし、空模様と相談しながらもっぱら境内の営繕や草刈りで過ごす。

葬儀を終わって、斎膳の頃になって、雨がポツリと落ち始めた。お手伝の自治会の皆さんが焦ってテントを畳んでいる様子を横目で見ながらご親族に挨拶を終わらせて銀くんへ飛び乗った。着物を雨で濡らすと厄介だ。
庫裏へ落ち着いて洗濯機を回してつなぎに着替えて草刈り機へ混合油を注いだ。雨が少しずつ強く降り始めてきたが、少しでも草刈りを進めておきたくて、それから日が暮れるまで草刈機を振り回した。
健在だった憲正おじいちゃんへ、まだ学生だったじゅん君が誕生日祝だと云って買ってあげていた花が今は荒れ地になって草の茂った畑の端で蕾を付けていた。憲正さんがいなくなってからあとは、それがじゅん君の花のように思えて、その花株だけは雑草の中で慎重に刈残すようにしている。半年ほど前にその花の近くへ私の彫刻を置いた。そして、連休が始まる少し前に彫刻の近くへ一本の木を植えた。「自道徳来者」は「如山林中花」という処世の気持ちを忘れないように・・・その木はまだじゅん君の花より小さい。うっかりすると、雑草の中に紛れるじゅん君の花も、それより細い一本の木も、目先の草刈り作業に気持ちが走って刈り倒してしまうかもしれない・・・アブナイアブナイ・・・

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2018-05