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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

それぞれの日々 

2018/05/07
Mon. 23:04

「じゅん君まだ寝てるの?」
「もう、帰っていったわよ!」
・・・知らない間に、連休で吉田家へ帰省していたじゅん君がいなくなっていた・・・

結局、彼が吉田家に居る間、会話は無かった。
男というものは、そんなものなのだろう。自分のことを振り返ってみると、親子の会話はじゅん君以上に少なかった気がする。
両親のことを特に強く嫌っているわけでもないし、絶縁であるわけでも無かったが、とにかく、父親とはお互いに強いて会話の糸口を探すこともしなかったし、坊主家業で必要最小限の事務的なやり取りができていればそれで支障もなかった。母親の方は「何か話すことをしてちょぉ~だいや」とか、「少しは外であったことを聞かせてぇ~や」とか、くどいほどに絡んできていたが、彼女はひとの話を聞くことが不得意で、自分のことばかりを繰り返し繰り返し延々と語り続けるばかりの独り言と小言に終始して、だいたいいつも同じネタが話されるばかりだから、それを聞き続けることも苦痛になって早々と自室へこもったりしていたものだ。
まぁ、自分の場合はそういう感じで親子の会話にもならない親子付き合いが続いていた。
私とじゅん君の関係も、それに近い状態といえる。たぶん、彼が少年の頃から私の親子関係をすぐ隣で見聞きしていたから自然と今のようになってきたのだと思う。時々フッとじゅん君のことを思い出すことがあって少しさびしい気持ちになるが、彼の場合は、ワイフとの母子関係が良好で、羨ましくなるほどお母さんとの会話はよく出来ているからそれでいいと思っている。

それからしばらくして、連休の最終日に、キーポンが高速バスで東京へ帰っていった。
ほぼ1年ぶりの帰省だったから学生時代の友人が訪ねてきてくれたりして、それなりに楽しく過ごせたようだ。
私の方は昼の間通勤坊主で石見銀山の自宅を留守にばかりしていたが、彼女はじゅん君とちがって夜に出かけることが無かったし、久しぶりのお母さんの手厚い手料理を堪能して、私もそのオコボレに預かることも出来て、晩酌の一杯もすすむし、親子の会話もそれなりにあった。
連休後半の島根は雨がひどくて寺の仕事も石見銀山の行楽も消化不良気味に終わったが、吉田家の連休は何気なく華やいだふうに過ぎた。

ネコチャンズは・・・というと、これはなかなかストレスの溜まる毎日だった。
いつもは、昼の間面倒臭いオヤジもいないし、大好きなワイフに甘えてばかりの暮らしが続いていたところへ、ある日突然吉田家に人間が二人も増えて、その上、ネコの都合を無視して無理矢理ダッコされたり、自分たちの寝場所を奪われたりして、それがたった数日だけのことなのに、完全に平和のペースを狂わされてしまった。
少し前の地震でも、緊張の日々がしばらく続き、それが少し収まったかと思ったら今度は人間の容赦ない振る舞いに耐えることになり・・・色々あった彼等にとって、いつもの心穏やかな平和の日々が戻るのは、もう少し先のことになりそうだ・・・

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