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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

不義理 

2018/06/25
Mon. 23:41

寺籍調査でいろいろな項目へ数字などを記入していたら、この10年間で絶縁や連絡先不明が5軒あって、万善寺の名簿から削除することになった。
絶縁は、ひとまず親族の連絡先も確認できていて、過去帳の移行処置とか離檀の手続きとか送付するのだが、回答の返事を待っても無反応にスルーされて返ってくることはない。
連絡先不明に関しては、こちらでどうすることも出来ないから、万善寺の位牌堂へ安座されている先祖代々の位牌を撤去しておくしか方法がない。
家庭の事情も色々あるのだろうが、自分の親のことでも死んでしまえば仏事一切放り出して菩提寺との付き合いを絶ってしまうような不義理が普通に行われるようになったのは残念なことだ。

一方で、自分のことはと云うと、彫刻家吉田正純は平然と周辺同業への不義理を続けていて、自分で言うのもどうかと思うが実に失礼なことだ。
これで立場が違えば、口も聞きたくない顔も見たくないほどの我儘者でしかない。
そういうことを十分にわかっていても、それでも自分ではどうしようもなく体制に迎合できなかったりするところもあって、それだからやはり自分の方から少し距離をおいたほうが都合良かったりするわけだ。
組織というのはある程度個人の都合や考えを犠牲にして付き合うことをしておかないと、円滑な運営は望めないところもある。しかし、それが彫刻家のような作家集団となると、ある程度作家性の相違を許容して付き合わないと組織運営はうまくいかなくなる。そういう常識はおおよそ理解できているとは思うのだが、どうしても彫刻家吉田正純個人の気持ちとか立ち位置を優先すると、組織的活動が負担になって自分の制作意欲とか方向性が矮小化してしまう。
彫刻家であってもそれなりに人の付き合いも大事なことだとはわかるが、いつの間にかそれが優先して制作が惰性になってしまったりすると、自分の本来あるべき姿を見失って制作の意欲まで希薄なものになることも無いわけではなく、そうなってしまう自分が怖い。
2010年から続けている島根県内での小品彫刻展は、実に緩やかな拘束のもとで運営している。それぞれの作家が出来ることをそれぞれの作家に託しておく程度でなんとか最低限の運営が出来ていればそれで十分だと思う。やはり大事なのは運営業務の負担が彫刻の制作意欲を阻害しないことにある。一人ひとりの彫刻家がその時々で最高の彫刻を制作して発表できる環境を確保することが大事なことだ。

菩提寺への不義理も、彫刻組織への不義理も、見た目はそれほど差はないことだとは思うが、その真意の清浄には大きな差があると思う。菩提寺の経営や住職の思想に抵抗しての離反であれば、まだお互いに会話もできて歩み寄れる余地も残されているかもしれない。彫刻組織についてもボクの気持ちの元はだいたい似たようなものだと思っているから、なにかしら会話の機会でもあれば停滞した現状を再構築できる妙案が浮かぶかもしれない。

寺泊が続くとキーポンが送ってくれたハーブエキスの瓶から、ビールに数滴継ぎ足して時々のカクテルもどきを楽しんでいる。見た目が同じでも味がかなり変わる。新鮮な味覚に誘われてついつい飲みすぎてしまうところは少々ヤバイが、たまにはそれも良い。

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2018-06