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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

縁が切れた 

2018/07/15
Sun. 23:19

唐突に「明日お寺へお伺いしますので・・だいたい、お昼すぎの2時か3時くらいになると思います・・」と、寺参りの電話が入った。

坊主家業の90%は受動的にスケジュールが決まっていくから、そういう突然の電話にも出来る限り誠意を持って対応しているつもりだが、それにしても、『今日の明日』というのは、あまりにも突然で・・・というわけで、せっかくの3連休はジワジワ潰れていく。

朝から日差しが容赦なく強い。
寺参りの内容もよくわからないまま、とにかく掃除機だけでも掛けておこうと本堂の窓を開けたら、外から一気に熱気が侵入した。
厚手のカーテンを閉めて暗くしてある本堂は、想像以上に涼しいものだ。
いつもは、何もしないでジッとしておくことが諸々の仏具や荘厳が長持ちして都合が良い。朝のお供え線香の香りが1日中本堂に漂って、それが毎日のように続いて少しずつ柱や壁や天井や畳や座板などに染み込んでいくことが、五感に伝わる聖域の最低条件のようなものだ。
私は、自分の性格なのだろうか、常に締め切ったままの鬱陶しさが性に合わないから、寺暮らしの時はだいたいその日の天気と相談しながら窓を全開にして外の風を通してしまう。
前住職の憲正さんはそれを極度に嫌がって、まだ身体の動くうちは「仏様の功徳が逃げる・・」と云って私が全開にしていたアチコチの窓や引き戸などを片端から締めて回っていた。燭台の灯明は『仏様の智慧』。お供えの花は『仏様の慈悲』。そして香のかおりは『仏様の功徳』だと、三具足の意味を特に大事にしていた。
気持ちはわかるが、崖っぷち在家坊主のボクとしては、どうしても信心の気持ちが自分の暮らしの楽な方へ傾いてしまう。

本堂の荘厳を調整して、お参りの施主家の位牌を整えて、番茶を沸かしてお供えして、着物に着替えて帯を締めて・・・いろいろ滞りなくお参りの準備を整えて一休みしていたら、庫裏の玄関先で訪問の声が聞こえた。
急いで出てみると、電話があったお宅の娘さんが玄関先に立っておられた。
「お母さんがヨロシクとのことでしたので・・それじゃぁ~、先がありますので、これで・・・」
取り付く島もないまま、玄関先で立ったままお供えらしきものを受け取ってそれで終わった。
本堂の準備がすべて意味のないことになった。

もう、その施主家とは「縁が切れたことになったのだろう・・・」と、ボンヤリ確信できた気がする。
こちらから強く引き止める気もない。信心は自発的能動的行為の先にある。
本堂を元に復元して、戸締まりを確認して、万善寺をあとにした。
あの、やたらに暑い吉田家とワイフの小言と無視を決込むネコチャンズが恋しくなった。

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2018-07