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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

執着 

2018/07/17
Tue. 23:21

吉田家裏庭の清掃作業が本格的にスタートした・・・とはいっても、連日の猛暑でお昼前には30℃を超えているし、夕方になっても涼しくなる気配がないから、せいぜい実働時間は3〜4時間位にしかならない。

通勤坊主に切り替えて銀山街道を登っていたら、途中にある九日市の集落にある温度計が37℃になっていた。
丁度その日は、午前中の用事を済ませて昼の一番暑くなる頃にその温度計の下を通過したから、たぶん一日の最高温度くらいだっただろうが、それにしても中国山地の山間部にはめったにないほどのことだ。

猛暑と云うと、今から10年位近く前の、まだ石見銀山が世界遺産登録になって間もない頃に一度あったと思う。あの時は、7月の夏休みが始まる直前から現代彫刻小品展を石見銀山の町内でスタートさせた直後で、昔農協の倉庫に使っていた広いスペースを借りて彫刻の小品だけを集めた展覧会をした。
開催資金は彫刻出品者からの出品料と、自分の彫刻材料代で備蓄していたお金を当てた。
何をもって成功とするか失敗とするか・・・そういう基準もハッキリと定まっていたわけでもなく、とにかく、今のうちにナニカしなければ彫刻家としての自分の立ち位置を見失ってしまいそうだ・・・という、曖昧な状態でいた時期だったことは確かで、その「ナニカ」が小品の彫刻展だったというわけだ。
今にして思えば、一つ一つの事務的な作業が後から後から増えてきて、いつになっても落ち着く先が見えないままいつの間にか展覧会が始まって終わっていた・・という感じだった。出品作家も何人か会期中訪ねてきてくれて、中には展覧会の展示を手伝ってくれる作家もいた。
とにかく、「暑さ!」というと、気温だけのことでなくて、自分の気持の方も結構熱く燃えた夏だった。
万善寺の維持管理は、まだ元気だった前住職夫婦にすべて丸投げ状態で任せっきりにしていた。ずいぶんと薄情で非常識な副住職だったと思うが、彼らもまだまだ現役でやる気満々だったから、無理して「手出し口出しするのもどうか・・・」という気もあって、昔ながらの万善寺運営に粛々と従っていたところもある。

私の場合、彫刻にしても寺にしても、自分のヤルことは自分で決めないと気がすまないようなところがあるようで、自分の行為に何かしらの問題意識を持ち続けることがモチベーションの持続になっているような気がする。
吉田家裏庭の草刈り清掃は、一方でワイフの常識や意志との協調も大事だから、自分としてはとてもやりにくいところがある。日常のさりげない会話の中に、少しずつ彼女にとって大事な裏庭の条件を聞き出しながら取捨選択をして自分が受け持つ仕事を決めているわけだが、そういう意思疎通が少しばかり乱れたりすると後のイザコザの元になって収集がつかなくなる。少なくても裏庭のアレコレに関しての主導権はワイフにあって、私はその手先の立場を守るしか無い。
俗な執着は、仏教的に云うと修行の妨げになると云われている。どうせなら、ワイフの場合、執着は裏庭に向けるより、もっと彫刻に向けてもらいたい気もするのだけどね・・・

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