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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

地獄の夏 

2018/08/03
Fri. 23:58

盆月に入った。
飯南高原では8月中頃のだいたい13日から16日がお盆になる。
万善寺の場合は、昔、17日の観音様ご縁日にあわせて法要をしていた関係で14日からお盆がはじまる。17日のお盆最終日の夜に観音様の供養法要と塔婆回向があって、地域の皆さんがお寺参りをされて各家のご先祖様とか古墓一切の供養塔婆をお坊さんに読み上げてもらうことで、お盆行事の締めくくりをしたあと、導師さんのお説教を聞いたり境内で盆踊りをしたりして夜遅くまで賑やかに過ごし、次の18日は大般若経転読会の法要にお参りして大般若経典の風を全身に受けて身体安全を祈念するという、お墓やお仏壇の掃除や準備からお供え物や荘厳の後片付けまでほぼ1週間のお盆行事を毎年繰り返していた。

盆月は、棚経の月でもある。
棚経とはどういうことかと云うと、諸説諸々、地域や宗派の違いでまた違ったりと、定説が決まっているわけではないが、万善寺的棚経は、歴代住職からの口伝を引き継いでの解釈として自分の代まで言い継ぎがされている。
嘘か真か、そのあたりの万善寺的定説の真意まではわからないが、私がまだ小学生だった頃に前住職の憲正さんが聞かせてくれたことを薄っすらと思えていて、おおよそ聞いた話の大事なところだけは忘れないように引き継いでいるつもりだ。
簡単に云えば、坊主的立場での解釈と在家的立場での解釈があって、それぞれの都合が程よく絡み合うように気をつけておけば、宗教的摩擦も起きない上、気持ちのすり合わせが出来て平和でいられる・・・というようなものだから、それぞれお邪魔した先では、「こんちもさいなら」で簡単にお経を読んで「サッサと帰ってしまうようなことが無いように!」することが大事だと云われていた。
そんなことを云われても、小学生の子供が大人相手に流暢に世間話など出来るわけもなく、行く先々で出されたお菓子やお茶やジュースなどを食べたり飲んだりするくらいのことしか出来なかった。だから、棚経がはじまって3日もすると腹具合が悪くなって、体調が悪いままお盆が過ぎるまでそれが続くという、地獄の夏休みになっていた。そんなことが、中学校になっても高校生になっても、大学生になっても、ひたすら毎年繰り返されて、この歳になるまで地獄の夏が絶え間なく続いている。
高校生の時はそれなりの反抗期も加わって、棚経の先にかなり不快な思いをさせたと思う。上京してアルバイトをしながら10年一人暮らしを続ける間に、少しずつ世間の厳しさもわかるようになって、気持ちが少し丸くなって、棚経のお茶飲み話も前よりは間が保てるようになった。Uターンからあとは、前住職の持者を兼ねた棚経に変わって、それからしばらくして、副住職の役目になって、それがそのまま住職になってからあとも変わらないまま続いている。今は宗派を超えて一夏で100軒ほど棚経をつとめている。昔、中学生になって通学で自転車へ乗れるようになってからは、憲正さんと手分けしながら200軒以上を回っていた。だいたい半世紀の間に棚経が半減するまで過疎化が進んだことになる。

毎年8月3日は、広島の原爆で家族を亡くした施主家へ伺う。その日が広島で被災されて亡くなったご本人の誕生日なのだそうだ。

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