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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

施食会荘厳の日 

2018/08/09
Thu. 23:16

おばあさんは子守をしながら朝夕は外に出て境内の草取り。
おかあさんは田や畑の世話で1日過ごす。
おとうさんは朝早くに自転車で出かけると夕方まで棚経。
少年は午前中の涼しい間に夏休みの宿題などを済ませ、午後は昼寝。
夕方におとうさんが帰宅するとみんなでお墓参り。

昭和の高度経済成長期直前の万善寺のひと夏は、だいたいこのような毎日が繰り返されていた。
寺は、お盆が1年でいちばん忙しい。
この夏の毎日のスケジュールは半世紀の間、大きな変化もなくだいたい同じように繰り返されている。
私が、寺を留守にしていたのは学生の頃の約10年間。
その間に、9日に決まっていた万善寺の施食会が18日の大般若経転読会へ日程移動した。
それと同時に、趣旨の違う2つの法要を午後からの半日へ詰め込むことになって、とても窮屈で慌ただしい法要が進行するようになった。

おばあさんが亡くなってから庭の草取りの1部が少年のボクの仕事になって、残ったところはおかあさんがセッセと除草剤をまいた。
おとうさんが50ccバイクの免許をとってから、それまで乗っていた自転車がおさがりで少年のボクにまわって、同時にボクの棚経範囲が一気に倍増した。
寺を留守にしている間におとうさんが病気になって、ひと夏ほど棚経をすべて一人で済ませた。
それが契機になって、その次の年の春に自動車免許を取得した。
ワイフと結婚して島根へ帰省してしばらくして、おとうさんはおじいちゃんになって棚経が趣味に変わった。その趣味の棚経専属ドライバーがワイフ。こころやすい家に上がり込んで、お経を終わって茶飲み話が終わるまで、ワイフはジッと車で待機していた。

やがておじいちゃんが寝たきりになって仏事全てがボクの仕事になって住職に昇格。
おかあさんはおばあちゃんに昇格して孫の相手がはじまり、ワイフは棚経専属ドライバーからおばあちゃんの家事助手に配置換えとなった。
子供たちが成長してワイフの子育てが本格化して忙しくなると、万善寺の掃除洗濯から、ジジババの食事や台所と日常家事がボクの仕事になった。

そして現在、万善寺の内外表裏一切合切の80%がボクの仕事になった。
残りの殆どをワイフが手伝ってくれて、ほんの少しだけじゅん君が助けてくれる。
9日は施食会が移動してから本堂荘厳の日になった。
今年は、じゅん君が数時間ほど手伝ってくれて、それからザッと境内の草刈りをして帰っていった。
猛暑が続いているから、じゅん君の手伝いがとても助かった。
綱渡りのような万善寺経営がこれから先何時まで続けられるか、年々不安が増している。

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2018-08