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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

万善寺お盆事情 

2018/08/12
Sun. 23:02

脳溢血で延命処置中のおばあさんが亡くなったと訃報が入った。
棚経へ出かける前だったので、枕経でお伺いするのはお昼を過ぎることを伝えた。
電話口で日程の相談事が始まりそうだったから、こまかな打ち合わせは枕経が済んでからにしようということにさせてもらった。

万善寺の場合、お檀家さん以外で浄土真宗のお門徒さんも棚経をつとめる。
仏教の長い歴史の中で、自然と当たり前のようにそういうふうなことになって、住職の代替わりの時もそのまま先代を引き継いで継承されてきたことだ。
近年は、浄土真宗門徒さんの方も代替わりが進んで、棚経でお伺いすると施錠されてお仏壇の前に座れないお宅が少しずつ増えた。
「もう、次の代に譲りましたので・・・」と、棚経は今年で最後にしてくれと云われるお宅も増えた。
それに、独居暮らしから施設の入所で空き家になり、やがて絶縁のお宅も増えた。
そういうことが毎年のように続いて、10年足らずの間に100軒は棚経の軒数が減って、歳をとるばかりの我が身としては楽になったと云えなくもない。

飯南高原でお盆の入は、14日が大勢を占めるが、一部地域は13日からお盆が始まる。
そういう事情もあって、昔から万善寺では1日早いお盆の入りになる地域を中心に浄土真宗門徒さん宅を集中してぐるりと棚経廻りするのが12日に定まっていた。
まだ副住職時代に、棚経でお経が終わってお茶飲み話の時、そういう地域の古くから残る事情を古老から聞くことが時々あった。
12日の棚経も、実は昔々、何時の頃かまでその地域の中心の山際にあったお寺が火災か災害かで消失して、菩提寺を失った周辺の集落がお盆の供養をどうしようか困っていたところへ、谷を一つ越えた隣の集落にある万善寺のお盆供養の法要で塔婆の供養回向会があるから、当面はとりあえずそれにお参りして乗り切ろうというあたりのところから縁が始まったらしい。それに併せて万善寺の方でも、寺の法要仏事へお参りの皆様に台所のまかない事までお願いするのは不本意だからということで、周辺地域から他宗派のお宅へまかない事のお手伝いを依頼することが仏事信心の習慣になって、その名残が先代住職まで引き継がれてきた。
その後消失した寺周辺の集落でも世代交代が進み、その信心習慣も絶えて久しいし、無理してまかない事のお願いしてもお礼のヤリクリ算段が厳しくなって、今は万善寺仏事の一切を家内身内でまかなうことになった。ワイフも、このことだけは文句も言わないで粛々とナンチャッテ住職のボクに付き合ってくれている。

日頃はヒマにノンビリと続く万善寺暮らしも、盆月の時期はスケジュールが立て込んで融通がききにくくなる。
いろいろ作務の日取りを決めてあることが、訃報一つで泡のごとく消える。
だいたいが住職一人で切り盛りしている万善寺のことだから、いまさらジタバタしてどうなることでもないし、周辺の成り行きに身を委ねるしか無い。
棚経が終わってから、その足で枕経を読みに向かった。また、昼食抜きになった・・・

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2018-08