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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

トネさんの樒 

2018/08/20
Mon. 23:20

詳しくはないが、新潟県というか、石川とか福井や富山も一緒に北陸地方は日本でも有数の職人密集地帯であったらしい。
職人集団は、良質の原材料が豊富に集まる場所を探し当ててソコに住み着いて自らの腕を頼りに生活へ密着した機能を創意工夫しながら生産性を高め工業や産業に昇華させる。
美術学生ではあっても、まだ右も左も何もわからないまま、脳みそだけは根拠のないプライドや我欲に支配されていた陳腐極まりない頃、その、北陸地帯を旅したことがある。
1度は学生仲間と一緒の研修旅行で、もう1度は仲の良い連中と一緒の青春無計画行き当たりばったり珍道中。
それから、あっという間に20年が過ぎた頃、僧籍の資格取得でお世話になったのが新潟の永平寺系列僧堂。それからまた10年ほどしてから特注で造った鉄のテーブルを搬入したのが新潟の魚沼。
自分の人生の節目に、何故か新潟とか北陸が絡んでくる。

年に数回の荘厳の頃になると、仏花のお供えで樒を用意する。
樒は、シキビとかシキミと読まれている。
この樒を「しょうじゅんさんは、和尚さんでもあるから、樒があるといいでしょぉ〜。こんど、もう少し株が大きくなったら送ってあげるよ・・・」と約束してくれた木彫の彫刻家がいて、その約束を忘れないで今から20年チョット前に石見銀山の吉田家宛に苗が届いた。
早速、裏庭の適当なところへ地植えしてそれから枯れないように気をつけながら丁寧に育てていたものが、やっと、私の住職交代で万善寺を前住職から引き継いだ頃になって仏様のお供花に使うことが出来るようになった。
樒は日本のほぼ全国で自生しているようだから、地域の事情によっていろいろと仏前木の伝承解釈も違っているだろうが、とにかく、石見銀山の樒は丁度今頃に可愛らしい乳白色の花を咲かせて香りがひときわ際立ってくる。
基本的に仏事に合った香木として機能しているようだから、その苗木をくれた木彫の作家にはとても感謝していて、剪定する度に思い出すし、彼のことは忘れることがない。

お酒の好きな人で、木彫を制作しながら、実は宮大工の棟梁でもあった。出身は新潟県で、確か出雲崎のあたりだと聞いたような気がするが定かではない。
その彼は、もう10年程は前になるだろうか?持病が悪化して体調を崩したまま木彫の制作をあきらめた。元々が職人気質の強い人だったから、病気を言い訳にして適当に流すような彫刻になってしまうことが我慢ならなかったのかも知れない。これで、病気の束縛がなければ、今はトップクラスの木彫作家になっていたと思う。
「アトリエの庭にいっぱい樒が己生えしているのよ・・」と云っていた。
今頃あのアトリエはどうなったのだろう?
ひと頃は、展覧会で上京する度にアトリエを定宿代わりに使わせてもらっていた。
まだ死んではいないで生きているだろうけど、完全に音信が絶えた。

次の朝、本堂へ入ると樒の香りが狭い本堂いっぱいに充満して清々しい。

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