FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

年賀状に関する一考察 

2019/01/07
Mon. 23:01

吉田家を基地にして万善寺へ出かけることは「通勤坊主である!」と言える。さてその逆で寺から吉田家へ向かうという状態はどう言えば良いのだろう?・・
普通だと「自宅へ帰る」ということなのだろうが、私の場合は万善寺も生家だからそれも自宅であるわけで、ということは「自宅から自宅へ帰る」ことになるわけでもあり・・・などと、どうでもいいわけもわからないことを布団の温もりから抜け出せないままボォ〜〜っと考えていたらワイフから電話がきた。
「昨夜、電話もらってたようで・・・ごめん、もう寝てた。何か用だった?」
用事があるから電話したんだけどネ・・・
「年賀状、急いでたんでしょ?印刷終わったから、そのこと・・・」

副住職が長かった時は、生活の拠点がほぼ100%吉田家にあったから、年賀状も吉田家に届くものをそのままチェックしていればよかった。
住職交代をしてからは寺と吉田家の両方の年賀状が混在するようになってデータベースの管理が急にややこしくなった。それで、毎年のように年末から年始にかけて年賀状の対応をどのようにすれば一番良いのか試行錯誤を繰り返しているが、まだ最善の策が見つかっていない。
個人的には、日頃から普通に親しく付き合っている友人知人とか、毎日仕事で顔を合わせている同僚とか、仕事の付き合いが外せない仕事仲間は、特に改まって年賀状のやりとりをするまでもないことのような気がしている。
日頃不義理をして疎遠になっている親族や、無視の出来ないほど大事な恩人や、気軽に逢うことの難しい遠方の友人知人が年賀状の対象であるくらいでいいような気がしている。
そうはいっても、こればかりはお互いに相手のあることだから、自分の身勝手な都合ばかりを優先するわけにもいかないし、相手に失礼のない気遣いも大事なことだから、それでいつも悶々と悩んでしまう。
この2〜3年の吉田家は前住職夫婦の他界で喪中も絡んだし、周辺の皆様も似たような状況らしく喪中はがきが増えていて、それも含めたデータベースの管理が年々複雑になっている。

万善寺オリジナルカレンダーや手摺り和紙のおふだなどを遠方のお檀家さんへ発送するためのデスクワークをしていたら、ワイフがお昼前に寺へ来て、早速彼女分の年賀状へ新年の挨拶や宛名書きをはじめた。
前住職の頃は、寺用の年賀状には出来るだけ「謹」の字を使うように気をつけていた。
「謹」には「うやまう」とか「かしこまる」とか相手に対して敬意を表する意味が込められているから「新年を飾る文字としては欠かさないほうが良い」と、前住職から聞かされていた。個人的には、かえって堅苦しく余所余所しく思えて、親しみの距離が遠ざかってしまうような印象もあったから、むしろ吉田家の年賀状へは「謹」絡みの文字とか言葉をあまり使用しないようにしていた。
そもそもの年賀状の意味というか意義はよくわからないが、どこかしら郵便局の営業戦略に思えなくもなく・・・まぁ、いろいろありますが新年のお知らせというか挨拶というか・・・ひとまず今週中には一段落するはずです。

2019正月状ますみ (1)

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2019-01