FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

平成最後の・・・ 

2019/03/24
Sun. 23:23

毎年変わる万善寺初午の日が今年はちょうど3月10日の日曜日に重なった。
約10日後には春分の日が巡ってきて春彼岸の法要になる。
こういう、日が近い休日や祭日と法要が重なってしまうと、万善寺の場合はお参りが確実に半減する。
「たまの休みにはゆっくりとしていたい」
「休みに合わせて家族の予定が入っている」
「10日も経たない間に2回もお参りするのは少々面倒だ」
「日が近いからお参りはどちらか一つで済ませてしまおう」
「雨でも降ったら出かけるのも面倒だからお参りはやめよう」
「せっかくの休日でいい天気だったりするとお寺参りで1日潰すのももったいない」
「家族がみんな出かけてお寺参りの足がないからお休みしよう」
・・・などなど、さまざまな事情でお寺参りの行事が次々と後に回って、やがてそのうち「まぁ、今年もいろいろとあるから寺参りはやめよう!」ということになって、万善寺としては在家坊主の生活の糧であるところの布施収入が目減りして年々暮らしが厳しくなっていくという悪循環が繰り返されているという実態が浮き彫りになる。

だいたいの予測は大きく外れることもなく当たる確率だけが虚しく引き上げられている今日このごろであるが、特にだからといって恒例の年中行事で現在まで継続している万善寺の春の法要を「お参りが少ないから」という理由だけで廃止しようとは考えていない。
そもそも、法要厳修の意味とお参りの数とはまったく目的の違うことであって連動の接点を無理強いして行事廃止を正当化しようとすることもおかしなことだ。それはソレでこれはコレと気持ちを分けて乗り切らなければ「ボクの坊主としてのプライドが許さない!!」・・・のだ!・・・などと、一見かっこよさげに思ってはみるものの、こういうささやかな年中行事をとりおこなうにあたっては、どうしてもワイフの助けなしでは乗り切れないところもあって、むしろそちらの方が弱小運営の山寺末寺としては気がかりなことで申し訳ない気持ちにもなって素直に晴れ晴れとなれないところでもある。

10日の初午祭は、お寺の近所の保賀集落を中心にお参りがあった。1年に1回だけの法要だが、毎年お参りされるメンバーはだいたい決まっているから、お茶席のお茶口も毎年同じものというわけにいかなくてワイフが悩む。定番をいくつか用意して、あとはその時々の旬のものをからめる。今まではこの数年りんごのケーキが定番になっていたが、今年はそれがさつまいものケーキに変わった。吉田家では数日前から何度か試作が繰り返されてその都度味見が待っていた。糖尿病予備群としては、酒を飲みながら甘いものを食べるというのも若干罪の意識を感じるし、ドキドキしながらワイフの努力に付き合った。
まぁ、そんなふうな様子が春彼岸の法要まで続いた。
2つ続いた法要は、当初の予想通りお参りが減った。

昼過ぎに東京のぐっちゃんから写真付きのSNSが入った。上野都美術館で春季展の展示が終わったところだ。直前まで自分も陳列に行くことになっていたのだが、急きょ予定が変わった。それで、平成最後の上野の花見はできなくなった。

IMG_3825.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

法事の日 

2019/03/23
Sat. 23:21

俊光禅尼大祥忌(前住職内室俊江さん三回忌)の朝は雪になった。

法要の準備のこともあって前の日から万善寺暮らしをしていたのだが、いつもより朝晩の冷え込みが厳しくてこの時期としては肌寒く感じていた。
自分ひとりだとエアコンと灯油ストーブで乗り切るくらいのことだが、標高が200mは低い平野からお参りの親戚方は万善寺の寒さに耐えられそうもない。
春彼岸も過ぎたし、庫裏の障子や襖の建具を取り払ってサマーシーズン用に模様替えをしたばかりなのに、また電気コタツを引っ張り出すことになった。

春の雪が降る中、お参りの準備を整えていたらワイフが到着した。
石見銀山もいつもより寒い朝になったようだが、雪が降るまでにはならなかったらしい。
それからしばらくして、親戚のみなさんが揃い、法要のお手伝いにお願いした隣町の方丈さんが到着された。
お昼前には法事を済ませてお墓参りの後お斎の食事会になる。

はやいもので、前住職の憲正さんが遷化してから5年がすぎる。その間に、内室の俊江さんも相次いで亡くなってその後の年回法事が毎年のように続いた。
人の生死は予め予測できないから、自分の都合でどうこうできるものでもない。
それは十分にわかっていることなのだが、実際我が身の暮らしとなると、毎日がそういう予測不能の事態に備えて過ごしているわけでもないから、結局何かコトが起こるとそのコトでジタバタと焦って慌てて予定していたスケジュールがもろく崩れる。
避けて通れない通過点のようなものだからイザというときのために心の準備をしておくしかないことなのだということを改めて具体に感じた気がする。

法要の間に雪が雨に変わってお墓参りの頃にはそれもやんだ。
親族が集まるのもこれでしばらく間が空く。そのあいだにそれぞれが同じように歳をとって今よりは身体も動かなくなって老化が進んでいることだろう。こうしてみんなが元気な顔を揃えられるのも年々難しくなっていくかもしれない。
万善寺のお檀家さんだけのことかもしれないが、この近年、年回法事の依頼が減っていて、もう何年も音沙汰なくて途絶えた施主家もある。1年の間に盆正月と家族親族が集まる機会はあるのだろう、それで年回の先祖供養を兼ねているのかもしれない。
宗教の信心も形骸化した今、葬式請負人と化した坊主がどれだけ多いことか・・・
かく言う私自身もその一人なのだが、だからといっていまの世間で坊主の宗教観を切切と語るという機会も場所もなかなかみつからないし、それなりの説得力ある語りもできない。まぁ、現状を受け入れて自分でできることをできるように慎ましくコツコツと積み重ねていくしかないことなのだろう。

法事の日、ご参集の親族の皆様はどのような思いだったのだろう・・・
クリント・イーストウッドの「グラン・トリノ」を久しぶりに観た。以前に観たときとはまったく印象が違って思えた。家族の周辺の事情があの頃とは違ったからかもしれない。

IMG_6739.jpg
IMG_6746.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

彫刻家Hさん 

2019/03/08
Fri. 21:46

3月3日の桃の節句は前日からの雨がまだ残っていて、ロフトの天窓から入り込む朝の日差しはいつもよりずいぶんと弱々しかった。

最近ほぼ毎晩のように私の近くで寝ているクロが、まだ夜の明けきらない早朝から起き出して「メシくれよぉ〜!」と催促鳴きを繰り返しながら周囲をぐるぐる回り始める。
ご飯係はワイフの仕事になっているし、ダイニングテーブルの脇にあるネコチャンズのお食事コーナーはワイフの寝室が近いから「メシくれよぉ〜!」の催促は彼女の方へ回ってもらいたいのだが、何故かわざわざロフトで寝ているボクを起こしに来る。
しばらくは無視して寝ているが結局根負けしてゴソゴソと起き出して、まだおぼつかない足元を気にしながらゆっくりと階段を降りて土間にある踏み板をまたいでリビングの隅にあるお食事コーナーへたどり着いて一握りのご飯をネコ茶碗へ放り込んでからトイレに入って焦点の定まらないままブックスタンドの文庫本の文字を追いかけながらオシッコを済ませる。
いつもなら、そうこうするうちにワイフが起きてきてお互いに軽く朝の挨拶を交わして、私はまたロフトの布団へ潜り込んで二度寝を決め込む・・・という恒例のパターンが繰り返されるのだが、今年の桃の節句は特別なスケジュールが決まっているので、ベッドメーキングを済ませると、少し無理をしてそのまま起きておくことにした。

わがままで身勝手な彫刻家吉田正純の何処がいいのか、もうずいぶんと長い間上京のたびに面倒がらずに付き合ってくれている彫刻仲間のHさんが、わざわざ吉田正純鉄の彫刻展を見に来てくれる。
彼は埼玉に在住で、具象彫刻の作家。素材は主に粘土や石。だから普通なら主に鉄ばかり使ってどちらかといえば抽象彫刻の吉田と表現上の接点があるわけでもないのだが、なにかしらどこかしら気持ちの通ずるものがあるようで、大勢の彫刻家の中では、裏表のない一歩踏み込んだ会話が成立する唯一の彫刻家であり友人であると私は思っている。
さて、彼の方は吉田のことをどういうふうに思って付き合ってくれているのかわからないが、彫刻界での友人知人の少ない吉田からすると、Hさんのブレのない造形観や表現上の技工に流されない彫刻に対する真摯な姿勢がとても素敵にみえる。それに、だいたいが自己主張の強い協調性の欠けた彫刻家どもの組織にあって、とりまとめの政治力や事務能力の優秀さには頭が下がる。
まぁ、結局なんだかんだ云っても彼は優秀な彫刻家であるということだ。その彼が年度末の忙しい中、わざわざ島根まで来てくれるということが実に嬉しいことなのだ。

「おはようございますぅ〜〜とうふやですぅ〜〜」
朝のうちにデスクワークを少しでも先に進めようとデスクトップをつついていたら、玄関の引き戸が開いて聞き覚えのある声がした。まさか彼がこんなに早く石見銀山入りするとは思ってもいなかったから少々焦った。すぐに土間へ降りて久しぶりの再会となった。
町並みや田んぼにある吉田の彫刻を案内して、一緒に昼食をとって、それからそれぞれに別れた。時間にするとせいぜい3時間程度のこと。それでもとても濃密なひとときになった。

IMG_0986 (1)

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

動静両忘 

2019/03/07
Thu. 10:05

気づけばすでに3月に入って1週間!
毎日がアッという間に過ぎてしまっている今日このごろ・・・
このところ、春めいて穏やかな日が続いていましたが、本日は朝から冷たい雨が降っています・・・
デスクワークに使っている吉田家ロフトのマイルームにある炬燵の中ではシロがマッタリと丸まっていて、ときどき足がぶつかると挨拶がわりにザラザラの舌でペロリとボクの足の裏を舐めてくる。

このブログも、約1ヶ月の間休みが続いている。
ネタがないわけでもなく、むしろ次々と想定外の出来事が押し寄せて、それらのことがうまく回らないまま山積してオーバーフロー気味の状態になっている。
昨年に愛用のラップトップが壊れてから、急にワープロ仕事が停滞しはじめた。
最初の頃は面倒臭いと思いつつ吉田家と万善寺にあるデスクトップをこまめに使いわけていたが、それだと、とにかく何をするにも1日の一定時間はその前で過ごさなければいけなくて非常に非効率で時間のムダも出て使い勝手が悪い。
日々溜まり続けるネタの数々は、そのうち宗門手帳の味気ない箇条書きの覚書メモに変わってきて、最近はそういう時代に逆行したアナログ環境に慣れてきた。
やはり使い勝手や仕事の回転率を総合するとラップトップを使い倒している方が良い。アナログ環境ではいくら脳みそをフル回転させても忘却の彼方に過ぎ去った漢字を引き戻すこともできないし、簡単な足し算ひとつとっても脳みその回転がすこぶる悪くてドタバタとiPhoneを引っ張り出して電卓を起動したりと、自分の思考力の退化に憮然と落ち込む。
そういえば、初代のiBookから数えるとすでに30年近くAppleラップトップのお世話になっているわけで、知らぬ間に自分の道具の一つであり相棒のような存在になっていた。
ちょうど1年前の今頃、もうひとりの相棒だった結界くんが前代未聞の異常大寒波でダウンして、想定外の出費にお先真っ暗で息も絶え絶えだったところを、旧知のカーディーラー同級生くんが奔走してくれて今の銀くんへ更新したばかり。それだけでほぼ1年分の収入が消えて酸欠状態だったところへ半年後にラップトップのクラッシュが追い打ちをかけた。とにかく、先立つものがなくてどうしょうもないからこのままなんとかこの難局を乗り切るしかないのだが、人生が一巡して間もない今の頃になかなかの試練だ。

個展の彫刻展もあと数週間で終了となる。期間としては長かったが、自分ではとても短く感じた。たぶん、会期中にもコツコツ絶え間なく制作を続け、彫刻のことを考え続けていたからだと思う。昔のように、ギラギラとした好戦的我欲がずいぶんと消沈した。日々更新する造形表現で、そういう我欲の消沈が良いのかどうかわからないが、一方で、表現の淘汰が進んで迷いの無駄が減ったような気がしないでもない。
最終章のお知らせ代わりに簡単なDMを造った。
やはり、それなりにクリエイティブな作業はデスクトップに限る。
菜根譚では、「動静両忘」の前に「人我一視」の四文字がある。「両忘」は禅語でよく使われる。
今の自分の彫刻表現の目標でもある。

動静両忘 (1)

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

2019-03