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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

玉造病院 

2019/04/02
Tue. 23:52

山陰本線の踏切を渡って上り坂の途中から右折すると、正面に患者用の駐車場へ誘導する看板があった。
車道脇の植え込みには立派なイチョウとカエデの木が並んでいる。
新芽がかろうじて確認できるほどに伸び始めているが、全体の様子は秋から冬にかけて枯れ葉を落としたそのままに成長が止まって見える。

「玉造病院」という名前だけは昔から知っていた。
高齢者の間では病院長が整形外科の名医で有名だと噂で、若い人にも、ヘルニアの手術が信頼できると情報が広がっていた。
まさか自分の人生で、そういう整形外科に特化した病院のお世話になるとは予想もしていなかったから世間のうわさ話も他人事で「自分とは関係がないことだ」と、普通に無関心でいた・・・その病院へ紹介状が回った。
イチョウやカエデの成長具合から、そこそこ古い歴史のある病院だとわかる。外壁のタイルも昭和のデザインが残っていてどこかしら昔懐かしい。少々くたびれた雰囲気はそれなりに風格を感じるが、銀座の煉瓦亭やライオンほどの歴史の重みはない。

1階の外来待合はゆったりと広い。そこから受付の手続きをして整形外科へまわって順番を待っていると「よしださぁ〜ん、どぉ〜したんですか??」と、中学生くらいの女の子を連れたおかあさんが声をかけてきた。
「おひさしぶりですぅ〜・・どうしたんですかぁ〜・・どこかわるいんですかぁ〜??」
・・・そのおねえさん・・いや、おかあさんは、昔まだ高校で美術の先生をしていた頃の美術部員で、それと野球部のマネージャーを掛け持ちもしていた。確か、ヘルニアを患っていて、学生時代は苦労していたようだが社会人になったかどうかのところで思い切っって手術に踏み切ったという話を聞いたか、年賀状で知ったか、どちらかだったと思う。
その日は、骨折をした娘さんの治療通院だった。
奇遇といえばそれまでだが、縁のあることだ。
旦那さんとは入院中に仲良くなって結婚に至ったらしい。そのご主人が先程ボクの首をレントゲン撮影してくれた。
「アレが旦那ですぅ〜」と奥さんが教えてくれた。旦那の視線は別のところにあったから、たぶん彼は気づかなかっただろう。
とにかく、大きな娘さんもいて幸せそうだと思っていたら「今は違うけど、あの頃、旦那の実家まだ五右衛門風呂だったんですぅ〜・・・親と同居だったしぃ〜・・・」
短時間だったが、久しぶりの会話からはなかなか過酷な新婚生活が想像された。まぁ、それでも結局子供も恵まれて暮らしも安定しているようだし、なによりなにより・・・
それからしばらくして次の検査で呼び出されて、会話はそこで途切れたままになった。

主治医に決まったドクターからの詳しい話が聞けたのは、午後の2時を過ぎた頃だった。
昼食抜きになったが特に空腹は感じなかった。たぶん、ドクターの方も昼食はまだだっただろう・・・真面目というか熱心というか・・だいたいが自堕落な自分とは比べられないなと、変なところで感心しながら症状の現状を聞いていた。結構重症のようらしい・・・

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2019-04