FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

サッパリ! 

2019/05/30
Thu. 15:18

手術から7回目の日曜日が過ぎた。
入院してから5週目に退院できた。
それから1週間かけて自宅近所にある内科へ通院した。
2箇所目の内科が終わったのが今からちょうど1週間前。
先週末は隣町のお寺で大般若経転読会へ手間替え随喜。
今週末は臨済宗のお寺で大般若経転読会があって手間替え随喜。
病院ごとで明け暮れた1ヶ月少々は、振り返るとアッという間に過ぎた感じだが、その後の1週間は入院中のシワ寄せで一瞬で過ぎた。1ヶ月検診の通院で経過が良ければ首のサポーター装具がとれる。
「装具を外すのはお風呂だけですよ。あとは寝るときくらいは良いですが、あまり勧めません。検診までは自己判断で勝手に取り外したりしないようにしてください・・いいですね!わかりましたね!!」
「・・・・」
伸びた頭髪を早く散髪したくてウズウズしていたが、その是非を問うこともはばかられて装具付きの首を申し訳程度に縦に振ってうなずくしかなかった・・・
「あのドクター、ドSですね・・・」
退院前の診察が終わってから馴染みの看護師さんへポロリと愚痴ったら、ニヤリと笑って
「そぉ〜ですかぁ〜、(ド!)が付きますかねぇ〜、どちらかといえば(S)だとは思いますけど・・」
退院の説明をしながら小声でそう言っていた。
どうもあのドクターさん、患者Y(ボクのこと)とは、上手くソリが合わないふうだ。

退院の当日はワイフが勤務先から直行してくれた。
ボクの相棒の銀くんは入院中吉田家前の駐車場でピクリとも動いていない。首の装具のこともあるし、退院してもしばらくは専属ドライバーのワイフだけが頼りだ。
吉田家に落ち着くと、日常の暮らしへ自分の勘が戻るまでかなり戸惑った。部屋の出入りや風呂トイレなど、病院と勝手が違って自分の周囲は障害ばかりだ。
溜まった郵便物や書類の整理など何かと気になることが山積しているので、まずはソレを片付けようと思っていたのだが、なかなか身体が思うように動かない。30分も起き上がっていると、肩から背中にかけてズシッと重くなってしまう。半日も起きていられないコトが2日ほど続いていたが、駐車場の銀くんも気になるし、まともにミッションを動かせるか心配だしするから、3日目の朝になって、これでもかと云うほど慎重に安全運転で万善寺へ向かった。
庫裏から本堂にかけてひんやりとした空気が淀んでいたので、すぐに換気した。
コーヒーを飲んで少し落ち着くと、伸びた頭髪が気になってたまらなくなった。一瞬ドクターの怖い顔が脳裏をかすめたが、散髪の誘惑に負けて近所の床屋へ予約した。
「ハイ!何時でもいいですよぉ〜・・お昼すぎにしましょぉ〜かぁ〜!」
その床屋は美容院も兼ねていて、万善寺の老夫婦が送迎付きでお世話になっていた。
バリカンをあて、カミソリで頭からひげまでまんべんなく剃り上げて約1時間半。
「あらまぁ〜!じょぉ〜ずぅ〜〜!傷口とってもキレイ!」
その間、首の装具は取り外したままだった。
ボクのコーヒー好きを知っているから、終わってコーヒーまでごちそうになって、おまけに、床屋代は病気見舞いに変わった。

IMG_0030_2019053015151821e.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

雨月物語 

2019/05/15
Wed. 09:15

「雨月物語」は2日かかって読み終わった。
いつものようにBook Offの100円コーナーで文庫本を物色していたら現代語略があったのですぐに仕入れておいたものだ。
それからしばらくはカバンへ忍ばせて持ち歩いていたのだが、なかなかまとまった暇が出来ないのでひとまず寺の本棚へ仕舞っておいた。今度の入院が決まったときにちょうどいい機会だから読み切ってしまおうと決めて病室へ持ち込んだ。

原作は江戸時代に書かれたもので、今で云うところの短編が9篇ほど集まっている。現代的に解釈するとSFホラー・サスペンス的ジャンルと云えるかも知れないが、ラブストーリーでもあったりして読む人の解釈はさまざまだ。
その、9篇の2番めにある「菊花の約」は現在の兵庫県加古川あたりが主な舞台になっている。吉田的にはニール・ジョーダン監督の「クライング・ゲーム」とかウイリアム・ハートがアカデミーの主演賞をとった「蜘蛛女のキス」あたりに通じる男どおしの友情を超えた情愛や敬愛を丁寧に描いて、そういう男のラブストーリーがけっこう好きだったりして、「菊花の約」もその系列に属したお話になっている。それに、もう一つの舞台が万善寺のある飯南高原から出雲にかけて一帯で、江戸の地名がそのまま現在に残っているから親近感もある。
「雨月物語」は、溝口さんの映画でも有名で、あの妖艶な京マチ子さんも出演されているから、上京してすぐの頃に池袋だったか新宿だったか飯田橋だったか、まぁ、そのあたりの名画座の3本立て溝口健二映画特集で観た。子供の頃に年末だったか月曜ロードショーだったかで白黒テレビで見たとき、京マチ子さんの妖しく潤んだ瞳と襟口から覗く吸い付くようなうなじにボクの粗チンがモゾモゾするのをはじめて意識したコトをかすかに覚えている。結局、大きくなって改めて観ると「菊花の約」の1編は映画のストーリーからそっくり削除されていることがわかって少しガッカリしたが、それでもやはり京マチ子さんはボク好みでキレイだった。
「羅生門」も「鍵」も色気ダダ漏れで、ほとんどソレが目的で今までに何度も観返している。

少年の頃の記憶が新鮮だったのか、いまだに昭和の女優さんが好きだ。特に、京マチ子さんは美しいと云うよりむしろエロスを強く感じる。山本富士子さんとか原節子さんあたりは素敵な女優さんだとは思うけど、どうもこぼれる程の色気を感じないのは、タダのボクの趣味の問題だけのことなのだろうか?・・・
上京してからしばらく谷ナオミさんにハマっていたことがある。団鬼六さん原作のSM映画は絶品だった。ふくよかな肉体にギリギリと食い込む縄との対比がとても美しかった。谷さんの芸名は谷崎さんから一文字頂いたそうだ。谷崎さんというと「鍵」の原作がそうだし、やはり一流の文学は映像になっても引き込まれてしまう。こうして過去を思い出していると、基本的にボクはポッチャリ系の女性が好きなのだろう・・・最近だとセクシー女優の白石さんはいいと思う。あのなんともだらしなく崩れた肉体は捨てがたい。

雨月物語を読み終わって1日経った夕方に、京マチ子さんの訃報を知った。

IMG_3906 (1)

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

口乃心之門 

2019/05/14
Tue. 17:11

三食昼寝付きに土日祭日無くリハビリ療法士さんが身体のアチコチをほぐしてくれる。
ボクの生涯でこんな贅沢な毎日を過ごすことなど二度と巡ってこないだろうと、しみじみそんなことを思いつつ、まだ陽の高いうちから風呂につかっている。

しばらく続いていたシャワー生活から「明日から首の装具をはずしてお風呂に入られていいですよ!くれぐれも足元とを気をつけてくださいね♡!」と、看護師さんから入浴許可を頂いたのはだいたい1週間ほど前のこと。ベッドにゴロンと横になってこわばった身体の関節や筋肉をほぐしながら文庫本を読むのが暇つぶしのようなものだから、もう、かれこれ10冊近くの小説や実用書などを読み終わった。周囲のざわめきが気になるときは、ウエブラジオをヘッドフォンから小さく垂れ流しておくと、もう、完全に自分の世界へ入り込んでしまう。

この数週間の入院で気づいたことがある。患者さんの独り言が絶えないということ。
バイクの交通事故で入院中の青年まで、とにかく世代を超えてまんべんなく独り言が出る。
そういえば、万善寺暮らしの憲正さんや俊江さんも独り言が多かった。だいたい老人はそういうものなのだろうと、その頃は特に気にすることもなかったが、こうして一つ病室で集団生活をしていると自分以外のみんながそれぞれ何かしらブツブツとつぶやいていて、ソレがアチコチから聞こえてくる。一度気になると、自分の耳が敏感に反応して聞くともなしに聞いてしまうようなことになって厄介なことだ。
少し意識して自分の1日を緊張しながらチェックしていると、何故か自分には独り言が出ていない。そんなものなのだろうか?自分で気づかないだけなのかも知れない・・・
「口乃心之門(くちすなわちこころのもんなり)」と、菜根譚にある。
まぁ、口は慎みなさいよ・・とでもいうことなのだろうが、改めて自覚すると自分の思っていることを知らない間に口走っているようなことも、けっこうあったりする。
場合によっては、些細な一言で相手を大きく傷つけてしまったり、取り返しのつかない誤解を生じたりなどなど、良いことは一つもない。

結局うまくスケジュールが合わなくて映画を見逃してしまった「散り椿」を読んだ。
葉室麟さんは藤沢周平さんが亡くなってからアレコレと系列の糸を手繰ってたどり着いた。「蜩ノ記」も良かったし「冬姫」も面白かったし・・・と、今までソコソコ読んできたが、この入院中に読んだ「蛍草」は、思わず嗚咽の声が漏れるほど泣いた。葉室麟さんはどちらかというと説教めいた堅苦しくて無骨な感じの時代小説が多いと思っているが、この蛍草は彼の作風には珍しく周五郎さんとか周平さんに近い娯楽色の強い読み物になっていて、楽しめた。
自分の身勝手な想像だが、葉室麟さんは中国の儒教道教や仏教キリスト教などの宗教をかなり読み込んでいらっしゃった気がする。儒教の建前と道教の本音を適度にミックスしながらブレのない禅の死生観が主軸に構成されている。
今から400年ほどは前だろうか?戦国から江戸にかけての日本は、東洋哲学や宗教が今よりもっと身近な学問のバイブルとして日々の暮らしに活用されていたのかもしれない。

IMG_6776.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

母の日 

2019/05/13
Mon. 11:33

特に何もしてないのに爪や髪は普通に伸びる。
むしろ、何もしていないからいつもより早く伸びるのかも知れない。
髪の毛は、久しぶりにココまで長く伸びた。記憶をたぐるとそろそろ数十年ぶりくらいかもしれない。
数年前に、まだ結界くんが元気だったときだと思うが、バリカンのタイミングを逃してかなり長く伸びた時があった。春の田植えか秋の稲刈りの頃だったと思う。窓を全開にして走っていたら頭がムズムズして気になるものだから窓からなにかゴミでも舞い込んで頭に引っかかったかと側頭部を探ってみると、自分の髪が風になびいてざわめいていただけのことだった。今はあのときよりもっと長く伸びてしまった。たぶん、この状態で病院の外へ出たら、きっと初夏のそよ風に吹かれて髪の端が耳の端をくすぐるかも知れない。白髪が増えてもっとごま塩状態になっているかと思ったら、想像以上に黒くてビックリした。口ひげも鼻毛も白髪が増えているのに頭の方は特に抜け毛が気になるわけでもない。だいたいが年中2mm程度までにしか伸びていないから、栄養が一本一本の毛髪の先まで十分にいき届いているのだろう。

もう半年は過ぎただろうか・・・
ワイフが思い切って白髪染めをヤメた。それと同時に気分一新のショートヘアーにした。
最初に知り合ったのは、まだ彼女が20歳頃だったと思う。
大学バスケット部の4番を背負って華々しく活躍していて、髪もショートヘアーだった。部活を引退してから彼女の髪が少しずつ長くなって、最長がセミロングくらいまでにはなっただろうか・・・それから、少し伸びては切り伸びては切りしていたが、そのうち白髪が出てき始めて染めるようになった。節目節目にはちゃんと美容院へ行っていたが、合間は自宅のお風呂や洗面所を使っていた。
男と女は見た目の気に仕方がずいぶん違っていると漠然に思っていたら、髪の毛に関しては、男もそれなりというかむしろ女以上に抜け毛や白髪を気にするようなところがあるということを知ったのは、自分が50歳を過ぎて、口ひげや顎ひげに白髪が混ざるようになってからだった。
「あなた、髭剃ったら・・・白髪混ざってジジ臭いわヨ!」
その頃になってワイフが幾度となく指摘してくるものだから、面倒になって顎ひげだけ剃り落とした。気づくと、数本しかない胸毛に白髪が混ざっていた。すね毛にも白髪を発見した。風呂に入って何気なく身体を洗っていたらチン毛にいっぱい白髪が混ざっていた。脇毛はどうかと確認したがよく見えなくてわからなかった。
だいたい、坊主は坊主頭が常識だから頭の髪の毛などはじめから生えていないほうが不便がなくて都合がいい。それに、まともにバーバーへ通っていたりすると年間の必要経費が床屋代だけで相当な額になる。
入院のときに、それこそ数十年ぶりで病院併設の床屋へ行った。〆て4000円也!

なっちゃんからマッチャンお婆さんの写真が届いた。
少し緊張気味なのだろうか?・・グレーのショートヘアーがよく似合っていて、上品なセレブおばあちゃんにみえる。イヤリングはキーポンから母の日プレゼントらしい。
ボクは病院の朝食が終わってから、入院後3回目の爪切りをした。

IMG_3904.jpg
IMG_3903.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

5回目の日曜日 

2019/05/12
Sun. 16:57

手術が終わって5回目の日曜日が来た。
まぁ、長くも感じ短くも感じ・・・いずれにしても「入院」そのものが初体験だからそれなりに発見の毎日が繰り返されて、1日がアッという間に過ぎる。
今日までに病室を3回変わった。今の病棟は、脊髄に関する手術が終わってリハビリ治療を続けている患者が集まっていて、基本みんなほぼ元気だから、なかなかに騒々しい。
他の病棟は人工関節や膝だったりと、症状に応じて患者さんが振り分けられている。

私は、今までに2回ほど血液検査があって、2回ほどリハビリ治療の経過検査があって、それらが、もう1回終わったあたりで退院日が決まりそうな様子だ。症状としては、手術後すぐに麻痺が現れた左肩の神経はほぼ日常生活ができるまでに回復した。今回の手術に直接絡んでいた右手指のシビレは、入院前とほぼ同等で今後の改善は難しそうな様子だ。
外来の診察ですでにそのコトが予測されていたから、現状維持を当面の目標にして、今後はソレに慣れながら付き合っていくように気持ちを切り替えつつある。こういう状態も、せいぜいあと20年付き合っていけばソレだけのことだから自分としてはあまり深刻になることもない。それでも、リハビリ療法士さんは身体の改善が少しでも進むように丁寧な治療を続けてくれていて、自分の身体の不具合を客観的に指摘してもらったりすると、過去の悪行でどれだけ長い間我が身を身勝手に酷使していたか、その要因が思い出されたりすることも多々あって、今更ながらに慎ましく反省の入院生活を続けている。それも、退院してしまえば、また目先の現実に向き合って以前と似たり寄ったり同じように毎日を過ごしてしまいそうな気もするが、ひとまず、今のところは自分の身体をいたわりながら無理のないようにおとなしく1日を過ごしている。

「ねじまき鳥クロニクル」を読み終わって少ししてから、ウエブニュースサイトに村上さんの対談記事を見つけた。彼のお父さんはお寺の次男坊だそうだ。戦争に徴兵されて過酷な中国戦線に従軍したときの日本兵の残虐な行為をリアルタイムで体験されたそうで、村上さんがまだ少年だった頃1度だけその時の様子を克明に話してくれたそうだ。ねじまき鳥クロニクルでの生々しく残酷な話は、僧侶でもある父から聞いたときの戦争追体験がベースにあったのではないかと、勝手にそう解釈した。
前回読んだときは、スプラッターホラーの要素が強すぎてほとんど飛ばし読みしていたのだが、どうせ今はベッド生活で時間も暇もたっぷりあったから、シッカリと隅から隅まで読んだ。戦争に徴兵されて従軍した人は、万善寺檀家さんでもたくさんあった。今はすべて彼岸ぐらしをされているが、まだ健在の頃はお酒がまわると喜々として講釈師のように戦争体験を少年のボク相手に話されていたおじいちゃんを思い出す。
吉田家の場合、先代の憲正さんは、山口のお寺で修行中に終戦を迎え、母親の俊江さんは親戚を広島の原爆で亡くし、本人は島根の実家で南から押し寄せる原爆の地鳴りを体験している。親戚が集まると繰り返しそのことを話していた。
今の地球社会が平和であるとは全く思ってもいない。
人間の残酷なエゴイズムはこれから先も薄まること無く続いていくだろうが、せめて心をこめた謝罪の気持ちを伝えることくらいはできるような気もするのだが、今の利己的な自由社会では過去の事実に向き合って謝罪の一線を超えるという勇気もわかないのだろう。

IMG_3899.jpg


[edit]

CM: 1
TB: 0

page top

2019-05