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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

スポーツばぁちゃんと自堕落親父 

2019/09/17
Tue. 11:31

怜子さんはワイフのお母さんである。
ワイフのお父さんで怜子さんのご主人の清さんは、何年も前に病気で亡くなっているから、今は自宅で一人暮らしをしている。
毎日のように午後から近所のスポーツクラブへ出かけて、夕方暗くなるまでジムで汗を流し、シャワーをつかって帰る。
だから、80歳を過ぎた今でも十分に体力もあるし、とても元気だ。

三連休の最終日は敬老の日だったから、関東で暮らす孫の(吉田家)3姉妹が怜子さん宅へ集合しておばあちゃんの敬老を祝ってくれた。
長女のなっちゃんが今年の4月に長男を生んだから怜子さんは曾孫を見ることが出来た。
日頃は一人暮らしで気楽にしていられるから、こうしてたまに孫たちが訪ねてくるとそれなりに気を使うようで数日前からワイフと色々何をしようか電話で相談していたようだ。
ワイフの助言もあって、自分の敬老をしてもらうのだから、孫たちに一切を任せておけばいいだろうと云うことで決着が着いたようだ。

私は毎年秋には東京で展覧会があるから、作品展示の作業などで上京する。
それに合わせてスポーツクラブで忙しい怜子さんの都合を問い合わせながら自宅を訪問しているのだが、やはり無骨な男が訪ねることが怜子さんの負担になっているようにも感じて、コチラの方も少し遠慮気味になる。
一人暮らしのマイペースな気楽さに慣れてしまうとそういうものなのかもしれない。

ノッチも最近ジムの会員になったと言っていたし、母親である怜子さんを見習ってか、先日からワイフまで自宅から車で30分は走った先にあるプールとジムを併設したスポーツランドへ「一週間に一回は通おうと思ってるの!」と言って通うようになった。
プールの中をウォーキングしているようだが、今の処、特に痩せてきたとか、身体が引き締まってきたとか、そういう変化も見た目ではわからない。見た目のことよりも健康でいられることを重視しているのかもしれない。

私は、だいたいに運動とか汗を流すとかが嫌いな方だから、行きつけの病院でドクターから運動を命令されたとしても、ノラリクラリと適当な言い訳などしながら誤魔化して、結局運動で汗を流すようなことはしないような気がする。
あんまり神経質になっているわけでもないが、強いて言えば炭水化物の過剰摂取だけは慎もうと注意している。
それでなくても坊主家業を続けていると、年間通してお餅が耐えることなく冷凍庫で眠っているし、お供えの素麺はもう夏が過ぎて秋になってもまだ一昨年のお盆でお供えした三輪素麺が手付かずでネズミのつまむ気配もないまま台所の冷暗所で眠っている。お米は古々米を小分けした袋がまだ3つ分ほど米びつ代わりの冷蔵庫でピクリとも動かないまま鎮座して、そろそろ古古古米になろうろしている。
もともと、そばとかスパゲッティとかピザとかパン類とか、そのあたりの炭水化物は好きな方だから、それを我慢することだけでも自分では上出来だと思っている。

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休日 

2019/09/15
Sun. 09:13

「謎の4連休なの!」
保育士をしているキーポンが電話でそう言っていた。
シフトのある仕事をしている人達はみんなそうやって休日が用意されているのだろうけど、そういう仕事に縁のないボクは世間で云うところの「休日」という感覚が具体的にイメージできない。

ノッチは週休2日の会社へ勤務するようになってあと少しで1年になる。
彼女のSNSを時々チェックすると、休日に併せてアチコチ国内旅行をしているようで、ある時は沖縄の海にいたり、ある時は横須賀の港へいたり、つい先頃は大坂にいた。
休日を有効に使って、なかなかアクティブに暮らしているようだ。

只今育児休暇中のなっちゃんは、ほぼ連日のようにワイフや私を目指して「ヒマデン」をしてユーシンくんの成長を報告してくれていて、少し前には寝返りが出来るようになったユーシンくんを動画で知らせてくれた。
彼女にとって育児ノイローゼとは無縁の育児休暇を満喫して毎日忙しくしている。

先日はじゅん君の誕生日だった。
昨年は1日前にフライングをしてしまって「ボクの誕生日明日だよ!」と、まだ海士町で暮らしていた彼から珍しくダメ出しの電話が来たから、今年はそういう失敗をしないようにドキドキしながら誕生日当日の朝を待っていた。
午前0時を少し過ぎるまでアメリカドラマを見ながら過ごして、日が変わったところで「お誕生日おめでとう!」とSNSを送っておいた。朝になってLINE電話もしてみたが相変わらず無反応のままで1日が過ぎた。
受話器マークを数えたら軽く10個以上返信のないまま溜まっていて、オヤジからの電話には全く出てくれていない。何か着信拒否されているようでちょっと寂しいと思っていたら、夜になって「調子は相変わらず良くないです・・・まぁこんなもんだと思ってがんばります・・」と文字の返信が届いた。
自分の誕生日で浮かれている余裕など無い様子だ。数年ぶりに本土へ帰ってきた地方公務員の彼にとって、休日らしい休日とは無縁の暮らしが続いているようだ。
言いたかないけど、島根の学校教育はブラック極まりない。こういうベーシックなところから教育システムを見直していかないと日本の教育はそのうちとんでもない方向へネジ曲がってしまいそうで不安になってしまう。

9月も2週目に入ったところで、少しずつ生活の拠点を万善寺から吉田家へ移した。それで少しはワイフとの会話も増えるかと思っていたが、彼女の方は前にも増して土日祭日関係なく朝早くから忙しくしていて、日中はほとんど自宅を留守にしている。昨日も昼は敬老会のお世話をし、夕方からフリースクールのお手伝いで出かけて夜遅くに帰ってきた。

まぁ、そうやって吉田家を見渡してみると、一見「休日」とは無関係に暮らしているボクが一番ヒマにたくさん休日を消化し続けているようだ。

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丑三時のJAZZ 

2019/09/14
Sat. 18:20

例のごとく、右の首から肩へかけての痛みと腕から指先にかけてのシビレが疼いて真夜中に目覚めた。
オシッコをしてからしばらくイジイジと寝返りを続けていたが逆に目が冴えるばかりになったからAppleMusicの回覧をしながら注目の新譜をチェックしていたらその流れでjazzの挾間美帆さんを見つけた。
2018年のアルバムが2枚あったので1時間位聴いていたらそのうち眠れるだろうと思っていたのに、1枚目は結構マニアックな楽曲が多くてさり気なく聴き流すことができなくなって、結局それから1時間本気になって聴き入ってしまった。なかなか良かった。
やはりこういうタイプのjazzは深夜の丑三時に聴くのが一番だ。
もう1枚の方はビッグバンドのライブアルバムで、コチラは普通に心地よく楽しめた。多分、コチラの1枚を先に聴いていたら知らない間に気持ちよく眠れていたかもしれない。

昔は結構好きでよく聴いていたビッグバンドから、もう長い間遠ざかっていた。
ビッグバンドはひとそれぞれ好き嫌いがあると思うけど、私は秋吉敏子とルータバキンが好きでよく聴いていた。もうカレコレ40年は前のことになると思う。
あの頃東京FMでアスペクト・イン・ジャズという深夜放送があって、受験勉強やデッサンをしながらよく聴いていた。
ある夜、油井正一さんが解説の後ジャズ・ガラ・ビッグバンド・オーケストラが流れた。
メンバー紹介を兼ねた最初の曲がなんともカッコよくて鳥肌が立った。
それから次の日、新宿に出て中央口から東口の新宿通りにあるレコード店をしらみつぶしに探してやっと見つけたアルバムのタイトルが「jazz gala concert/ Jazz Gala Big Band by Peter Herbolzheimer」
東京暮らしの間でレコードの溝が擦り切れるまで数え切れないほど聴いた。
島根に帰ることが決まって、そのレコードも大事に梱包して引っ越しの荷物にまとめて持って帰った。
5年くらい前に、踏ん切りをつけてレコードもDVDもCDも、それにカセットデッキやレコードプレーヤーなど一式すべて手放した。
自分にとってはある意味青春の歴史といっていいほどの宝物ではあるが、吉田家の家族にとっては後々始末に困るゴミにしかならないようなものだから、自分で責任を持って処分しておこうと決めた。
それで、音楽関係一式は知り合いの音響さんへすべてを託した。
彼なら、ソフトもハードも他の人よりは大事に取り扱ってくれるだろうと思ったからだ。

今は、こうして好きな音楽はすべてクラウドに保管してあるから、何時でも好きな時に好きな場所で好きなだけ聴くことが出来る。良い時代になったと思う一方で、アルバムのジャケットなどアナログの現物が手に取れない寂しさもある。
Powerbeatsを使うようになってそろそろ2週間が過ぎた。
音域の組み立てが自分によく合っていて長時間聴き続けても聴き疲れがない。
レコードの時代はパイオニアのヘッドフォンで、iPodからiPhoneはビクターJVCのイヤフォンを愛用していた。これからはPowerbeatsを大事に使い続けようと思う。

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木の香 

2019/09/13
Fri. 17:05

銀山街道をしばらく走った先の合流でチップを満載にした11tのすぐ後ろへ付いた。
まだ、早朝の空気は冷やりとして爽やかだ。
やっとエアコン無しで窓を全開にして開放感を味わえる季節になった。
銀山街道から出雲街道へ入るのに左へ曲がるところまで前を走る11tがまき散らすチップの香りに包まれながらのんびりと気持ちよく朝のドライブを満喫した。

ふと「木彫の彫刻家は制作が続く間、毎日木の香りに包まれながら過ごしているのだろうなぁ〜〜」と羨ましくなった。
鉄の彫刻家の私はと云うと、血なまぐさい鉄のイオン臭とグラインダーの砥石がまき散らす粉塵に包まれて鼻の穴を真っ黒にしながら制作を続けている。
素材に対する愛おしさなど微塵も湧いてこないまま、コレでもかと云うほどガンガンと鉄板を叩きまくり削りまくって、実にガサツ極まりない。
こういう制作からは、造形の美しさがドウノとか、素材の魅力がコウノとか、そういう形而上の美的状況を想起できる要素など湧くこともない・・・ナ!

・・と、ぼんやりそんなことを思いながら出雲街道を少し北上して万善寺へ着いた。
8月もそろそろ終わろうとしている頃から参道と駐車場の舗装の僅かな隙間へ根付いた百日紅の蕾が緩み始めて、それから1週間の間に次々とピンクの花を咲かせた。
この百日紅は、境内にある百日紅の枯木から種子が風に乗って根付いたもののようだ。
枯木の根本から出た幼木とだいたい同じような時期に蕾から花になる。
親木である枯木の方はそれからまた1週間ほど遅くに花を咲かせるが、秋になって親も子も同じ時期に花が終わる。
枯木は、根本の低いところから二股に分かれていて一方はすでに枯れ絶えたから、何年も前に私がチェンソーで切った。切り口を見るとすでに底が見えないくらいの虚が出来ていたから、ほんとうはブリキか何かでフタをしておくと雨が入らなくていいと思うのだが、なかなか実行に移せないまま今に至っている。
片方だけ残った幹も、もう生きる気力をなくして何時枯れ死んでもおかしくないほどに弱っていた。原因はわかっていて、ボクの母親で先代住職の内室おかみさんがセッセと何年も百日紅の周囲へ除草剤を撒き続けていたからだ。
ソレに気づいたのは、先代の通院が頻繁になって送迎のお供をするようになった頃だった。あれだけ見事に次々と絶え間なく小さなピンクの花を盛り上がるほど咲かせていた木が、花が咲かないまま秋を待たないで枯れ葉が散り落ちるようになった。
すでに、腰が大きく曲がって上を見上げることもないままの母親には、庭にはびこる雑草ばかりが目について気になって仕方がなかったのだろう。梅雨の頃から夏が終わるまでひと雨降ってそれが止む度に杖を片手にヨチヨチと除草剤入りのジョウロを持って境内の周囲をぐるりと歩いていた。その母親も体力が衰えて庭に出ることもなくなってから、少しずつ百日紅の枯木が生を取り戻し始めた。その頃に根本から幼木が伸び始め、同時に舗装の隙間からも百日紅の若木が成長をはじめて今に至った。

今、満開の百日紅には秋のミツバチが朝早くから絶え間なく次々と蜜を吸いに来ている。

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錻力店の鎚音は・・ 

2019/09/11
Wed. 12:05

ひところに比べると随分陽が短くなった。
吉田家前の駐車場へ着いた頃はもう銀くんのヘッドライトが無いと辺りの状況が見えないほど暗くなっていた。

ワイフとお隣さんの車が出船状態でならんで駐車してあれば、その隣の空きスペースに銀くんを横付けするのだが、どうもいつもと様子が違う。
吉田家前の駐車場へ黒塗りの大きなセダンが窮屈そうに停めてあるし、すぐ隣の駐車スペースにも見慣れないワンボックスやハッチバックや軽バンが窮屈に停めてあって、町並みの暗がりを数人の男女が慌ただしく行き来している。

吉田家から2軒ほど川下にある家は、古から錻力店だった。
石見銀山が閉山になって町並みの活気が絶えてゴーストタウンへ変わる頃に、ご主人が営業を大田市の駅前通りに移転してそちらへ生活の本拠地が変わってから後、石見銀山の錻力店はずいぶん長い間空き家のままだった。
吉田家が石見銀山へ転居した頃も空き家のままだったのだが、その後世界遺産登録の話が本格的になる頃に駅前通りで営業していた雨樋やトタン板金の錻力店を店仕舞して石見銀山の元の家へご主人夫婦が帰ってきた。
錻力店の町並みに面した二部屋から土間にかけての改修が終わると、ご主人が石見銀山の間歩(坑道)で使われていたカンテラを造りながら観光客相手の土産物店を始めた。
カンテラは、まだ銀の採掘が継続していた近世になってから間歩で使用される唯一の明かりとして製造されていたもので、間歩の奥深くで作業をする手元を照らすための明かりとして使われたのだが、同時に坑道の奥まで酸素がいきわたっているかを確認する命綱として重要な役割の一つになっていた。酸素が薄いとカンテラの火が消えるから、それが目安になって間歩の事故を未然に察知していたわけだ。

錻力店のご主人は、今どき珍しいほど昔ながらの職人気質の人で、ことの良し悪しの尺度がことごとく自分の常識で決まっていた。だいたい世間でいうところの定年退職に相当する歳になったから潔く駅前通りの錻力店を閉店して石見銀山の実家へ引き上げた。まだまだ十分元気で自治会の新年会などでは好きな酒もよく飲みよく語っていた。
お父さんから伝授されたカンテラ作りを再現したご主人は、世界遺産の登録とシンクロして観光客に大受けした。マスコミの取材も絶え間なく続き、独特の大田弁と毒舌でアッという間に石見銀山を代表する有名人になった。遠くから錻力店のカンテラを目的に訪ねてくるファンも制作注文も増えて、とにかく毎日ブリキの板を叩く鎚音が朝から夕方まで絶えなかった。
その忙しさが良くなかったのかある日軽い脳梗塞で倒れた。
リハビリの後、退院して錻力店を再開したが、鎚音は激減した。
その後少しずつ体力が弱り、数年前には店へ出ることも無くなって奥さんが土産物の店番をしながら夫婦で静かに暮す日々が続いていた。そしていよいよご主人の身体が動かなくなってから本格的な入院介護へ入って、ご主人の顔を見ることもなくなっていた。

久しぶりに自宅へ帰られた行年82才のご主人はとても穏やかなお顔だった・・合掌

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無事是貴人 

2019/09/10
Tue. 11:35

みなさまよくご存知のように、わたくしはチキンオヤジでありますから、色々な場面で遭遇するイザコザとかイサカイとかバトウとかドウカツとかボウリョクとか、そういうことがたまらなく嫌なので、とにかく事あるごとに避けて通っているわけでありますが、それでもソコソコいい歳を迎えてくると、どうしても避けられない事情というものが幾つかはあるわけで、なかなか厄介なことであります。

どちらかと云えば人嫌いな方の私の狭い付き合いでも、あまり親しくお付き合いしたくない人や、できるだけかかわらないでいたい人も、その気になって思い返すと結構何人か該当者がいたりして、幾つかの出来事を思い出したりするととたんに気持ちが滅入ってしまったりする。

広い世間のメジャーな情報社会でも日韓のことやあおり運転のことや子ども虐待や町内の迷惑オジサンや迷惑オバサンなどが、大衆の野次馬根性をくすぐって賑わっている。
そういう、自分にとっては比較的遠い世界の出来事は、情報の入り込みを上手に制限してカットすればなんとかなるが、寺の付き合いにしても自治会の付き合いにしても、避けて通れない身近な付き合いの中で気持ちのザワツクことが生じてしまうと辛い。
坊主をしていると、法事ででかけた先で何かの拍子にアチラの話題が出て、そのうち聞くに耐えない悪口で盛り上がり始めたりすると、もう何か適当な理由をつけてすぐに中座してしまいたくなる。別の日のコチラの法事でも似たようなかんじで聞きたくもないアチラの悪口が出始めると、もう自分の居場所が無くなって溶けて消えてしまいたくなる。

人間に限らず、犬や猫を見ていても、歳とともに温厚でおとなしくなるモノもいれば逆に怒りっぽくなって過激に走るモノもいる。
先日お地蔵さんの供養でお邪魔した家では、老夫婦が健在で息子夫婦が昼間仕事で留守の家をシッカリと守っていらっしゃる。もう随分長い付き合いで昔から1年に1回はお経を読みに出かけている。さすがにこの近年はお二人とも確実に毎年体力が落ちて老化が進んでいると分かる。自分の将来を見ているようで参考になっているのだが、その老夫婦のおばあさんの方が1年前からすると予測不能なほど口汚く怒りっぽくなっていた。おじいさんの方はそういうことが毎日繰り返されているだろう慣れのようなものがあって「またはじまったぞ・・」と苦笑いしながら一歩引いた当たり障りのない返事をしている。「なるほど、コレが夫婦円満のコツか!」と感心しつつも、明日は我が身のことと他人事で済まされないように思った。
実は、ボクのパパとママの二人暮らしはもっと厳しくて聞くに耐えないどころか見るに耐えないことも頻繁だった。よく憲正さんは耐え抜いたと頭が下がる。若い頃からの仏教の教えや修行が身に染み付いていたからニコニコとして耐えられたのだろうと私は本気で感心している。
今年の吉田家は、仲良し別居が倍増した。たまたま、そういうめぐり合わせなのだろうと自分を納得させていたが、その別居暮らしが増えたせいでワイフとの間に何かしら気持ちのズレが生じたようで、些細なことですれ違いが増えた。チキンオヤジとしては円満に物事が進むことを希望しているのだが、ヤブをツツイて自滅することが増えた・・ヤレヤレ・・・

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暑い秋 

2019/09/09
Mon. 16:51

歳のせいかもしれないが・・・今の時期になって気温30℃越えはキツイ・・
またも、寺の用事ができて早朝に吉田家を出発した。
途中、銀山街道の九日市にある温度計は午前八時前なのに、すでに32℃の2の字が1の字と交互にピコピコ点滅していた。

寺関係の書類を提出して一心地ついたので、いつもの材料屋さんのいつもの担当のOくんへダイレクト電話をしてみたら「9時位には工場へ行けますがどうですか?」と返事が帰った。そういえば、先週末の話では、金曜日に材料が入ったら「夕方にはお持ちできますが・・」というようなことになっていた。結局その日は件の寺の書類と格闘していて材料を受け取ることが出来ない旨の電話を入れておいたのをOくんは覚えていて気にしてくれていたようだ。土日の2日間が無駄になって週が変わってすぐのことだから、仕切り直しになった材料の納入を急がせてしまったふうになって少々心が傷んだが、また寺のことで無理を言うことになってしまった。
「10時にはなんとか工場へ行けそうなんだけど・・」
「ハイ、良いですよ、じゃぁその頃に待ってます!」
これでひとまずこれで鉄板も揃ったし、まだ頭の中でモヤモヤしているかたちを整理して早く制作にとりかかれるようにしなければいけない。

今年は制作のペースがかなり落ちている。
春先からの入院などがあったから仕方のないことだが、こういう時に気をつけなければいけないのは、無駄にかたちをこねくり回しすぎてしまうことだ。
実材に取り掛かる前の時間が長すぎると考えなくても良い余計なことを考えすぎてしまって、結局本当に大事なかたちの骨格が曖昧に崩れてしまうからだ。
今まで、何度もソレで失敗した。
私の場合、幾つかの仕事や用事が重なって少々気ぜわしく制作の余裕が無いくらいのほうが造形のシンプルを集中して追求できているような気がする。
もっとも、そういうことも自分で勝手に「ソレが良いのだ!」と思い込んでいるだけかもしれなくて、吉田彫刻に対しての周囲の評価判断はまた全然別のところにあったりするものだから、世間の客観的な評価基準とはかなり距離が離れているのかもしれない。
まぁ、それでも失敗成功含めて「自分が納得していられればそれで良いや・・・」と、そういうふうに割り切ってしまえる歳になった。

待ち合わせの時間を少し遅刻して工場へ到着したら、すでに材料を載せたトラックが工場前で待機していた。恐縮しながら鉄板を下ろして、それからすぐに制作へとりかかれるよう、道具を動かすなどして工場を整頓しておいた。
整形外科の薬が無くなったので工場から病院へ直行して診察を受けて寺へ引き返したら、九日市の温度計が37℃まで上昇していた。
台風が関東を直撃してアチコチに大きな被害が出た。首都圏の災害は想像以上に人々の混乱を誘発している。秋の六本木の展覧会はよく会期中に台風が通過する。強風で野外設置の彫刻が倒れたりしないような工夫をすることも制作上の大事なポイントだ。

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Powerbeats Proのおかげ 

2019/09/08
Sun. 10:48

寺関係の書類を作成して教区の事務局へ届けてから、そのまま石見銀山へ向かった。
西陽が目に入って眩しくてしょうがないから、銀くんへ常備してある年代物のレイバンをとりだした。手元の方はボケて見えないが遠くはよく見えて眩しさも気にならくて走りやすい。随分と日が短くなって、西陽の影が長くなってきた。

3日ほど前から残暑が厳しい。
秋の虫も賑やかになって、しばらく初秋の涼しさが続いていたから、身体のほうがソレに慣れてしまっていたところへ真夏のような暑さが戻って体調がすぐれない。
加えて、右半身を中心に首筋から肩を通って指先までのシビレがひどくてなかなか寝付けない。手術の時に神経の圧迫を軽減するだけで完治の期待は難しいと言われているから体調の改善へ特に大きな期待を持っているわけでもないが、それでも夜になって昼間のツケが首筋へ集まって一度気になり始めると寝不足が続くし、しだいに慢性化し始めてさすがに少々つらい。次の通院も近いし、ドクターへ相談してみようと思う。

オヤジの一人飯も気楽ではあるが、そのうち飽きてきてあまり長くはもたない。
ワイフ手作りの夕食が美味くて少々食べ過ぎた。
夕食が終わってからしばらくネコチャンズと無理矢理勝手に戯れた。
クロもシロも久しぶりに逢ったというのに、極めて素っ気ない。迷惑そうに尻尾を小刻みにパタパタと振っていたが、それでも「まぁ、久しぶりにオヤジのワガママへ付き合ってやるか」くらいには思ってくれていたのかもしれない・・・ソコソコ我慢しておとなしくボクのねちっこいスキンシップに耐えてくれた。

吉田家ではPowerbeats Proが重宝する。
ワイフは自宅で音楽を聴くことがない。テレビは垂れ流しで1日中つけっぱなしだったりするのに音楽の趣味は無い。そういうこともあって、スピーカーからボク好みの洋楽が流れていたりすると、台所の方から「チョット静かにして!」と文句が飛んでくる。
吉田家でPowerbeats Proを使うようになってから、そういうイザコザが減っただけでも良かったと思う半面、我が家で肩身の狭い窮屈な思いでいるのもどこかしら釈然としないところもあるし、なかなか複雑だ。
とにかく、いずれにしてもつまらないいさかいが絶えないで殺伐としているよりは平和な方が良いから、あまり深く考えないで耳からのダイレクトな刺激を堪能しつつ、シビレの不具合をしばし忘れることが出来ている。
そろそろ20年ぶりくらいになるだろう、あの頃よく聴いていたシェリル・クロウが新譜を出していた。これからはライブ活動を中心にしてアルバムの制作はコレで最後にするということらしい。Apple Musicで新譜の「THREADS」を検索すると彼女のアルバムに託した思いがなんとなく見えた気がしてそれからYouTubeに切り替えて3時間近く新旧取り混ぜてホームシアターライブを楽しんだ。Powerbeats Proはこういう時に都合が良い。
それにしても彼女の声はなんと可愛くてセクシーなんだろう・・・そろそろ60歳くらいだと思うけど全然変わらなくてカッコよくて可愛い・・・見事に素敵に歳をとったと思う。
もっとも、歌声以外はボクの好みのタイプではないけどね・・・

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風が強い 

2019/09/07
Sat. 09:59

風が強いのは台風のせいかもしれない・・

万善寺の庫裏は昔ながらの木枠製ガラス窓がそのまま雨戸兼用で使われている。それで、少し強い風が吹くと、それはそれは騒々しく彼方此方が賑やかになって、ソレになれないと夜も気になって寝不足になってしまう。
小さい頃は特に気にもしないでいたが、半世紀の間で密閉度の高い丈夫で静かなアルミサッシへ慣れてしまうと、昼のうちはなんとか過ぎてしまうが夜になると周囲のノイズが耳についてなかなか寝られない。
昨夜も夜中にオシッコで目が覚めてから、風の音(というよりガラス戸の音・・)が耳について眠れなくなったものだから、iPad miniのKindleを開いて「村上さんのところ」の続きを読みはじめた。しばらくするとそのうち眠くなるだろうと思っていたが、Kindleを閉じるとまた風の音が耳について目が冴えてくるし、結局眠れたのかどうなのかよくわからないうちに夜が明けた。

寺で暮らすときはだいたい似たような朝の用事を繰り返している。
本堂では太鼓をたたきながら般若心経などのお経を読む。
夏の猛暑が落ち着いた頃から秋雨前線や台風の影響で、湿度の高い日が続いていた。
そういう時は太鼓の革が伸び切ってポコポコと頼りなくたるんだ音になる。
明治後期の十九世代に万善寺什器として新調と記帳されているから、だいたい100年以上打ち続けていて、その長い歴史の間に数え切れないほどの伸び縮を繰り返しながら酷使されていることになる。
つい昨日までなんともだらしなくブヨブヨとして破れ太鼓のような音が続いていたし、お参りもなくてだれも太鼓を聞くこともないから少し加減して打ち続けていた。
今朝もその流れて一打ち叩いてみると、それまでのくたびれた音が見違えるように締まって、歯切れが良い。
先代住職の憲正さんは在職60年の間、コレでもかと云うほど力任せにガンガン叩き続けていたから、場所によっては何時破れてもおかしくないほど薄く消耗していることだろうし、少なくとも自分が在職中は大事にしなければいけない万善寺の歴史でもある。
久しぶりに太鼓らしい太鼓の音がして、気持ちよくお経が読めた。

朝の用事を一通りすませて、朝食代わりでにコップ一杯の野菜ジュースに、今朝は冷やしたそば茶。それに熱々のスープを飲みながらコーヒーを入れた。なっちゃんからのプレゼントで重宝しているネルドリップがくたびれてきた。深煎りのマメはアブラが多いからすぐにネルが目詰まりする。少々寝不足ではあるが、まぁまぁ、平和だ・・・

寺関係の提出書類作成や、継続中の七日つとめに、月が変わって初月忌も巡ってきたものだから、9月に入って1週間ほど寺暮らしが続いている。
お盆月も過ぎて、夏野菜などのお供えも耐えたから、近所のスーパーで広告の品を目当てに缶詰など日持ちのするものを中心に買い出しをした。あとしばらくは法事で頂いた冷凍庫のお餅や赤飯とか本堂から御下がりの素麺で食いつなぐ。

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気持ちの問題 

2019/09/03
Tue. 23:18

そろそろ彫刻の制作もあるし、寺をベース基地にして時々通勤坊主をはさみながら暮らしていた生活から、基地を吉田家にして工場と自宅の通勤彫刻家へ切り替えようと、寺暮らしで散らかっていた身の回りのモノを簡単に見苦しくない程度まで片付けたり、本堂や庫裏の掃除をしたりしていたら、隣町の寺の兼務住職さんから「3日のお葬式をお願いしたいんですが・・・10時始まりということで・・・」と電話が入った。
すでに何か予定が入っていたように思いつつ「大丈夫だと思うんですが、手帳が手元になくてすぐ確認できないものですから・・」と、ひとまず後ほどあらためてこちらから連絡し直すということにして電話を切った。
一段落して9月のスケジュールを確認したら、やはり七日つとめと日時が重なっていた。それでも、お葬式となるとはじめから予定を立てられるわけでもないし、菩提寺のご住職も「なにかとご心配のことだろう・・」から、なんとかしてお手伝いをさせてもらうことにした。
それが9月1日の日曜日のこと・・・
月曜日には工場の鉄板やグラインダーの砥石など、彫刻制作に絡む在庫を確認して足らない分を注文しようと思っていたが、お手伝いをするだけだといっても通夜から葬儀にかけて細々とした準備が無いわけでもないし、もうしばらくは仏事をメインに乗り切るしか無いことになった。

寺暮らしがもうしばらく続くことになったので、その前に一度吉田家へ帰宅しておこうと夕方には寺を出発した。
ワイフとは電話やSNSで情報交換程度の会話は成立しているから、だいたいの様子はわかっているつもりでいたが、彼女の方も日常の用事に忙殺されて、結構大事なコトを忘れていたりして幾つかの不具合が溜まっていた。
やはり、知らない間にお互いどこかしら相手をアテにして頼り切っているようなところもあって、しばらくぶりの会話の中でふと大事なコトを思い出してお願いしたりされたりすると、とたんに気持ちがザワツイて落ち着かなくなって、そして消沈した。

夕食が終わると早々と吉田家のロフトへ避難してラップトップを開いた。
最近は、SNSやWEBニュースもiPhoneやiPad miniで済ますことが増えて、ラップトップを起動することが減った。久しぶりの大きめの画面は、やはり色々と使い勝手が良い。AmazonのPrimeReadingあたりをメインにアレコレとチェックしていたら、珍しくKindleで「村上さんのところ」がコンプリート版になって見つかった。
少し前に「1Q84」の文庫を全巻セットで買ったばかりだったからか、AIが勝手に機能して「あなたへのおすすめ」なる項目が村上さん関連で賑わっていた。「村上さんのところ」はたしかボクの好きな安西水丸さんが急逝された頃に本になっていたはずだと思うが記憶が定かではない。
1Q84は、随分前に古本で安くなっていた単行本をとりあえず2冊ほど買って読み始めたのだが、本の大きさと重さに耐えられなくて途中で読書を挫折していた。
文庫本の1Q84は、デカくて重い単行本とは比べられないほど軽くて読みやすい。
Kindleの村上さんのところはiPad miniで何時でも何処でもお手軽に読める。
9月は彫刻制作と村上さんの本で終わりそうだ。

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Powerbeats Pro 

2019/09/02
Mon. 16:40

9月から11月にかけて旅へ出ることが増える。
その殆どは彫刻絡みの展覧会で搬入搬出や展示作業に出かける小旅行だが、寺関係の研修旅行などもあって結構長期に渡って吉田家を留守にする。

あれは確か今年の春先あたりだったと思うが、AppleからPowerbeats Proが出るというニュースが入った。
Powerbeatsはずいぶん前にノッチが何かのプレゼントでもらったと自慢げに話していて「いいなぁ〜〜〜・・・」と羨ましかったことを覚えている。それから、キーポンの就職が決まってボーナスらしきものが出た時に彼女が自分へのご褒美だと買った最新のBluetoothイヤホンもPowerbeatsだった。
キーポンが聞かせてくれたPowerbeatsは、ソレまで勝手に「どうせ派手な音造りだろう」と想像していたのが見事に裏切られて、とても爽やかで軽やかに透き通った感じの聴き疲れしなさそうな良い音に仕上がっていた。
食べ物の好みもそうだが、音の好き嫌いや自動車の乗り心地にしても人それぞれで受け取り方が違って、業界紙に大絶賛されているモノがそのまま自分の好みに合っているとは限らない。
スピーカーはまさにそういう音の好き嫌いが良く分かるから、購入についてはとても慎重に時間をタップリとかけてデーターを収集して十分に納得してからでないと手を出さないことにしている。
他人にはどうでも良いようなこだわりとしか思えないかもしれないが、自分にとってはそれなりに納得できるものであるから大事に長く使い続けることも出来るわけで、それだから買う時は少々高価なものであっても使用年数の減価償却が1円どころか0円になってもまだ飽きないで使い続けるくらいの愛着も湧けば、ソレはソレである種の個人的財産として付加価値も加わるというものだ。

それでそのPowerbeats Proだが、発売が当初の予定からどんどんずれ込んで、結局自分で決めていた「ネイビー」がAppleStoreで購入できるようになったのはお盆を過ぎて8月も終わろうとしている頃だった。
早速購入手続きを済ませて到着を待つこと1週間!
やっと先日Powerbeats Proの現物が吉田家へ届いた。
丁度その日は夕方からの法要がある日で、いつもならそのまま万善寺で一杯飲んで寝てしまうところだが、Powerbeatsの誘惑を無視するわけにいかないし、急いで寺の用事を済ませて吉田家へ帰った。

ハヤる心をジッと抑えて充電をしながら遅めの夕食をとった。
それからAppleMusicのライブラリから各種ジャンルの楽曲を選んで1つずつ音質を確認した。ボーカルも男女聴き分けたがなかなかボク好みでいい。アコースティック系統もいい感じだし、ボクくらいのジジイが好むような楽曲でも聴き飽きないで十分に違和感なく乗り切れる気がする。耳掛けがメガネのツルと重なってジャマになるかと思ったが、自然に装着できて一安心。これから2ヶ月余り・・良い旅のお供が1つ増えた。

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薔薇とネルドリップ 

2019/09/01
Sun. 11:52

ワイフが○○回目の誕生日を迎えた。
早いもので結婚してから35年になる。
今まで色々あったが、それなりに付かず離れず適度な距離感を維持しながらだいたい平和に暮らしていると自分では思っている。
趣味や主張や性格や嗜好など、一つ一つ細かに具体的にチェックし始めたら共通点など殆どなくなってしまうくらい別の世界を生きているのだが、それでも今までさり気なく見て見ぬふりをしながら夫婦を続けられていられるということは、お互いに自分では気のつかない何かしらの心地よさを共同生活に感じられているからかもしれない。

とにかく、彼女の誕生日であるということは吉田家にとって無視の出来ない重要な御縁日の一つでもあるから、毎年ほぼ変わりなく似たようなプレゼントを準備させてもらっている。
前記のように、お互い共通するモノが限りなく少ないから、自分の好き嫌いでプレゼントを決めたりすると、丸く収まるものもそうならなくなって後々の面倒臭いトラブルのタネになってしまう恐れもあるので、とにかくあまり大げさでなく無難で当たり障りなく「君の誕生日はちゃんと覚えていますよ!おめでとう!」的気持ちが伝わる程度のさり気なさをプレゼントに託すことにしている。

例年だと、そのワイフの誕生日あたりを区切りに万善寺のお盆の諸行事が一段落するのだが、今年は夏の期間にお檀家さんのお葬式が2つほど続いて、その流れの四十九日までの七日つとめが1週間に2日ほど巡ってくるものだから、仏事のスケジュールが微妙にずれ込んだりしてどうも落ち着かない。
七日つとめのお経は30分もあれば始まって終わるのだが、準備や往復もあるから結局半日はアッという間に過ぎてしまう。そういうコトをいちいち気にして坊主を続けていても仕方がないから「まぁ、そんなもんだ・・・」と割り切ってあまり深く考えないようにしている。
それで、その七日つとめがワイフの誕生日と重なった。
早朝に吉田家を出発して8時過ぎには寺へ到着した。
寺の朝の用事を一通りすませて少し落ち着いて七日つとめの準備を済ませたら、寺を出発するまでに少し余裕ができた。
いつものように朝のコーヒータイムには少し早いが、丁度新しいコーヒーが届いたところだし、久しぶりにネルドリップを試してみることにした。
コーヒーは好きな方だと思うが、あまり詳しい方でもないしたいしたこだわりがあるわけでもない。強いて言えば深煎りの「少々苦い方が好きかなぁ・・・」くらいのことだ。
袋の封を切ると、部屋中にコーヒーの香りが広がって癒やされる。
「お前、コーヒーにうるさいから、コレが良いかなと思って・・・」
同級生の親父さんが亡くなって1周忌の法事の引き物でケトルをもらった。
べつに彼が思っているほどうるさいわけでもないが、それからそのケトルがずいぶん重宝している。なによりお湯の温度が分かるところが良くて気に入っている。
ネルは85℃くらいまで温度を下げてからマメを蒸すと苦味にマロミが加わって良い。

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2019-09