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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

交流会の朝 

2019/12/22
Sun. 20:27

小品彫刻展交流会の朝は空に月が残っていた。早いものでそれから1週間が過ぎた。
年末の慌ただしい時期に日程の都合を決めてしまったから、参加も少ないだろうと勝手に5人も集まればいいだろう位に予測していたら、結果、その2倍以上の参加になった。
4~5人程度だったらいつもの「まっちゃん食堂」でなんとかすればいいと事前にワイフへ相談やらお願いやらしていたのだが、彼女も昼となく夜となく用事が詰まっていてなかなか良い返事がもらえないまま日が過ぎた。
そうこうしている間に、ある日の早朝、万善寺のお檀家さんから着信が入った。
ちょうど運悪く直ぐに電話へ出られない事情が重なっていたので、少し落ち着いてから返信をすると「今朝早くにお母さんが亡くなりまして・・」と、またも訃報が入った。
お母さんといっても、すでに90歳にはなるだろうご高齢のおばあさんで「春くらいから急に弱ってきて・・」とか「起き上がることもやっとのようで・・」とか周辺からチラホラと漏れ聞こえる話は、あまり良いことでないものが増えていた。とにかく、まずは枕経を急ぐことになって交流会のことを後回しにするしか無いことになってしまった。
飯南高原の行政区では、この1年で死亡による人口の自然減がすでに200を超えたらしい。一方、出生の方は20人以下で「今後人口増加に好転することはまず無いだろう・・」と、保賀の山王さんの秋祭りで話題になったばかりだった。
万善寺では、結局この1年でお檀家さんのお葬式が6つになって、檀家軒数の1割を超えた。寺の維持管理も日頃は別段忙しいわけでもないのだが、だからといって余裕があるわけでもなく、実に曖昧でその場しのぎのいい加減ゆるいスケジュールでやりくりしてなんとか1年間の辻褄を合わせているのだが、今年ばかりはそうもいかなくて流石に疲労の回復が間に合わなくて弱った。

交流会は、徳島の松永さん、三木さん、武田さんが沢山の徳島名産持参で参加してくれた。島根県の作家は私も含めて4人。あとは彫刻の展示会場を提供してくれたショップのスタッフ有志。それに、埼玉の本多さんや高橋さんは参加できないからと差し入れして気遣ってくれた。他にもなにかの縁でもあったのかグッド・タイミングで其処此処からの差し入れも重なって贅沢な交流会になった。
今年の小品彫刻展は、久しぶりに抽象彫刻が増えた。
この近年というか、かれこれ20年位は前からのことになるのだろうか、時代の流行もあるのだろう、少しずつ彫刻表現が具象に偏ってきて抽象彫刻が減り続けている。若い作家の嗜好にそういう流れができあがっているのかもしれない。
抽象彫刻というと、ある日突然にフッとひらめいて湧いて出てくるようなものでもないし、それなりにデッサン力の裏付けも大事だし、造形の理屈も心得る必要がある。それに何より制作上の客観的なコンセプトがしっかりとしていないと、彫刻としての構造物へ昇華還元するまでにならない。
たまたまだったのだろうが、この度の交流会は作家歴は違うものの、みんなそれぞれが自分の抽象を追いかけ続けている彫刻家が集まった。飲み食いで忙しかったから抽象の突っ込んだ話をするまでには至らなかったが、それでもお互いに次の制作へ向けてそれなりに刺激を受け合うことはできた気がする。みんな春には次の展覧会が決まっている。小品彫刻展が少しでも次のステップアップに繋がってくれるといいのだが・・・

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