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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

おばあさんの正月 

2020/01/04
Sat. 23:02

飯南高原は正月4日の夕方になって令和2年の初雨が降った。
前日に引き続いて年始参りに欠席されたお檀家さんを巡ってお年始のカレンダーと年回のお知らせを配っていたら、そろそろ日が暮れる頃になって銀くんの窓ガラスにポツリポツリと雨が落ちてきた。
この時期に雪ではなくて初雨になることはとても珍しい・・というより、自分の記憶にはなかったと思う。
国道に撒かれた融雪剤は、雨や雪も降らないまま通り過ぎる車の轍に粉砕されてパウダーになって風に舞っている。国道沿いに暮らす人達は外に洗濯物も干せなくて大変だろう。いつものように雪でも降れば今度はシャーベット状に溶けて跳ね散った雪をかぶることになるし、いずれにしても過酷な冬の暮らしぶりにそれほど大差はないようだ。
すっかり暗くなって寺へ帰った頃には雨が本格的になって風も少し出てきた。

東京暮らしの吉田家三姉妹が、ワイフの実家でいつもは一人暮らしのおばあちゃん家へ集まってくれた。
あとになって家族LINEで送ってくれた写真は曾孫も一人増えてずいぶんとにぎやかで楽しそうな様子だ。私の親族でおばあちゃんだけが曾孫をダッコできた。
夕方のお経を終わって、庫裏や本堂の仏様へお供えをしていたお餅を下げたあと、固くなっていたお餅をゆで直して夕食にお下がりを頂いた。ワイフがつくってくれたお正月料理がまだたくさん冷蔵庫で眠っている。贅沢なことだが、オヤジの一人暮らしではなかなかすぐに消費できなくてそろそろ胃がもたれてきた。
自分は一人暮らしを特に寂しいとも思わないで気楽に過ごしているが、東京のおばあちゃんはどうなのだろう。高齢になって一人でいると家事のなにごとも面倒になって次第に生活が荒んでしまうことが多いらしい。保賀の谷でもこの近年で独居ぐらしが4軒に増えた。年末年始やお盆などのその家にとって特別な日の一人暮らしはどうなのだろう?・・・前住職の憲正さんが死んでから2年ほど万善寺で母親が一人暮らしを続けていた。今にして思えば、現在の自分の暮らしのようにあの頃から通勤坊主をはじめて、もう少し頻繁に寺との距離を縮めておけばよかった。

ブログを始めたのは確か2010年の1月だったはずだ。
早いもので気がつけばあれから10年が過ぎた。
10年前のあの頃は万善寺のネタが登場することなど1年で数えるほどしかなかった。
今はどうだろう・・・この4日間ほとんどすべてが寺絡みのこと。変われば変わるモノだ・・・昨年は、かなりの数の書くことと写真を捨てた。そもそもが毎日の備忘録になればいいと思って続けているようなところもあるから、日常のどうでもいい些細なことも含めて書き留めておいたほうが良いこともたくさんあったはずなのに、それを残すことができなかった。このブログもなにかコレといった目標があるわけでもないが、それでも、たとえば彫刻を造っているときとか銀くんで移動しているときとか寺の作務のときとか、もちろんワイフや家族やネコチャンズやグッピーたちや保賀のカラスやスズメや狸や境内の石垣で暮らすマムシとか、周囲を見渡せば気になることが尽きない。
表現の工夫は書くことも描くことも、そして彫刻を造ることも同じだと思う。

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2020年賀状写真 (1)

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