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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

処世の道 

2020/02/18
Tue. 21:04

節分を少し過ぎた頃にちょっとした寒波が北から島根県上空へ降りて雪が少し降った。
それが過ぎると、冬とは思えないほど穏やかな小春日和が続いた。
通勤坊主を続けてもいいと思っていたが、法事の準備や塔婆書きもあるし朝夕の移動が面倒になったので単身赴任坊主に気持ちを切り替えた。
寺暮らしが続くと、炊事とか洗濯とか家事がついて回る。それに、せっかくの良い天気に外仕事の作務をしないのももったいない気がして、庭木の剪定などをした。気がつくと通勤坊主で往復に使う時間とドッコイくらい、いやむしろそれ以上に家事でドタバタしている。本当に改めて心からワイフのありがたさを噛み締めている。

週末になって冬には珍しい大風が吹き始めてそれから土砂降りになった。
1周忌法事の当日は朝から生憎の風雨になって気温も一気に下がった・・・といっても、いつもだとこの時期風雪が当たり前だから寒いと云っても随分と温かい。
1月から続いている七日努めがまだ残っているから、とにかく1週間が落ち着かない。連日のように銀くんを乗り回して飯南高原のアチコチへでかけていると、国道の補修や脇道の拡張とか、神戸川支流にかかる橋の架替とか、とにかく公共工事がやたらと多くて片側とか交互通行で足止めされる。どこへ行くにも迂回路が無いから赤信号で捕まる度にジッと我慢して青信号を待つしか無い。
そもそも、2月のこの時期にこれほどたくさんの仏事が続いたり重なることも極めて珍しいことだが、例年だと除雪作業くらいの仕事で重機を動かす程度の土建業の方も公共工事でフル稼働していてまた珍しい。

塔婆の裏書きに「一月在天 影印衆水 (いちげつてんにあり かげはしゅうすいにうつす)」と書いた。この禅語は好きで、時々塔婆に書かせてもらっている。坊主解釈はその筋の書物に詳しく解説されているからソレをチェックする方が間違いない。
私は坊主的立場で好きな言葉というより、一個人としてこの言葉を大事にしている。大げさに言えば自分が毎日の暮らしの中で忘れないようにしておきたい処世の道とでも云っていいかも知れない。
自分の何気ない言動は、時として周囲の人達にとても重たい影響を与えてしまっている可能性がある。それが常識的に正しいことであれば特に大きな問題にならないかも知れないが、一方、限りなく個人的で主観的な言動が自分の気づかないまま周囲に良くも悪くも何かしらの影響を与えてしまうということもあり得る訳で、そのことの責任の自覚がないと自分の真意を正しく伝達する道が絶える可能性もある。自分が伝えたいことであったり託したいことであったりするものは一つでも、それを受ける側の解釈は種々様々である。

まだ学生の頃、師匠であるY教授から「守破離」の話を聞いた。前後の経緯は全く記憶にないがなぜかその言葉が強く印象に残って脳みその片隅に張り付いた。道元禅師様は「喜心老心大心」の重要を説法された。僧堂老師のお話でその言葉を知った時、自然とY教授の守破離とつながった。坊主であり彫刻家である自分の環境がたまたまその2つの言葉を結びつけて意識させてくれたことだと思う。心身が両輪になって蛇行しないでいられるのもそろそろ先が見えている。周囲を整理したシンプルを探すのもかなり難しいことだ。

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