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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

消耗の時代 

2020/04/16
Thu. 23:04

吉田家裏庭の草刈りがおおよそ片付いて、あとは草焼きが楽になるまで刈払った草が少し乾燥するのを待つことにした。
しばらく万善寺のことがほったらかしになっていたので気になって朝から寺へ移動していたら材料屋のお兄さんから着信が入った。
折り返すと「工場のわかるところへ置かせてもらいました」ということだった。いつものように勝手知った様子でアングルを搬入しておいてくれた。
寺の用事を少し早めに切り上げてパーツの裁断だけでもしておくことにした。
小学校の草取り機は思った以上に消耗がひどくて、どうせならそのまま廃棄して造り直した方が早い気もするが、一応修理するということで引き受けたことだから材料も修理に必要なだけしか頼んでいなかった。夕方まだ明るいうちにパーツの裁断が終わったので、補修溶接はあと半日もあれば終わるはずだ。

1月に永眠された檀家のおばあさんが百ヵ日を迎える。
百ヵ日は別に卒哭忌ともいって、まだ喪中ではあるが「そろそろ残されたご親族の皆さんも日常の暮らしに戻ることにしてください・・」という、気持ちの切り替えに向けた法事になる。
昔のように三世代が普通に同居暮らしをしているような時代でもなくなったから、最近の百ヵ日は風習の形骸化が進んで法事と云っても散らばった親族が一同に集まることもないまま留守番の誰かと二人で寂しくお仏壇へむかってお経をあげる程度の簡単なものになったが、それでも一周忌までの大事な節目の一つでもあるから万善寺は施主さんの都合に添いながらきちんと法事のお勤めをするようにしている。
コロナ肺炎が蔓延する一方のこういう時期でもあるし、このたびの法事はお茶もいただかないで極めて小規模に絞ってお経を済ませお墓参りをしてそのまま終わらせた。
お墓の脇にある二本の桜が見事な満開で、寂しい法事もそれなりに華やいで気持ちが少し救われた。
今年は4月に入ってから雪が降ったりして気温の上昇がゆっくりになったから、桜の花も満開が長続きしている。

法事を済ませてお昼前に寺へ帰ることが出来たから、すぐに着替えて直接工場へ移動した。
草取り機の消耗して使えなくなったパーツを取り外して補修の溶接をした。
全体の形は似たような感じに完成したが、やはり精度はかなり下がった。まぁ、材料代だけで引き受けた修繕だからこの程度で納得してもらうしかない。所詮草を取るための便利な道具だけのことだが、もう少し丁寧に使えばもう少しは長持ちしただろうに・・
納品は少しでも早いほうがいいだろうと、そのまますぐに銀くんのリヤデッキへ積み込んで小学校へ行ったら、職員の皆さんはまだ授業中だったから校庭の隅にあった櫛パーツの隣へ下ろしておいた。誰かが気づけばなんとか云ってくるだろう。
小学校もコロナ肺炎の対策で何時臨時休校になるかわからない。島根県は今の所感染者が16人で止まっているが全国規模では感染が日に日に増加している。

目に見えない微細な病原菌に対して、人々の抵抗知力はあまりにも脆弱だ。現代社会の経済依存に特化傾倒した人間の慢心おごりへの警鐘がこういう形で現れたのかもしれない。

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3月24日ー展覧会3日目:蕎麦と焼き鳥追加しました!

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春先の裏庭 

2020/04/15
Wed. 23:24

しばらく晴れの日が続いていたので吉田家裏庭の整備をした。

もうかれこれ30年前に石見銀山の今の吉田家へ引っ越したのだが、その時は裏庭に枯れかかった桃の木と、芯が腐れ落ちてウロになってかろうじて外皮だけを頼りに生き残っていた梅の枯木が2本だけ残っていて、あとは畑になっていた。
吉田家の勝手口を出ると、すぐにそういう畑地が銀山川まで広がって川向うの田んぼから杉や檜の植林までなんの障害もなくスッキリと見渡せていた。
その畑地は、昔々はいくつかの小さな民家が建っていた痕跡が残っていて、キレイに方形に石組みされた基礎石が隣り合っていて、脇には井戸まであった。
畑は、その方形の基礎石を境界代わりにしてそれぞれの借り主がそれぞれ思い思いに各種野菜を育てていた。
銀山川には適当な間隔をおいて畑地から石の階段が出来ていて、川まで降りられた。
その階段もすでに幾つかは銀山川へ崩れ落ちて川の流れをアチコチで堰き止めていて、吉田家裏庭の2つだけがかろうじて使用に耐えられる状態だった。

今の吉田家を家族が日常不自由なく暮らせるまでに増改築した時に、家屋の下の土地だけは一括して吉田家へ繰り入れることが出来たのだが、裏の畑地の方は所有者が複雑すぎて書類の手続きが厄介だったのでそのまま手を付けないことにした。その後、過去からの所有経緯が少しずつ分かってきたのだが、結局譲渡の手続きやハンコのことなどがヤヤコシイままになったので、隣近所の暗黙の了解で土地の面倒を棚上げしたまま維持管理だけは吉田家が続けている。
それで、年に数回の裏庭整備が続いているわけだが、ワイフの好きが高じて30年前から年々各種果木と花木の庭木が増え続け、数年のあいだにアッという間に畑が消えて鬱蒼と木々が茂って森になった。実の成る木は収穫しながら剪定もできるが、花木は少し邪魔だからと気軽に好意で剪定すると、それに気づいたワイフからしこたま叱られたりしてどうも釈然としないものだから、わざわざセッセと汗を流して「叱られるのもバカラシイな!」と数年間手付かずにほったらかしていたのがいけなかった。
春先のピーピー豆から始まって、菜の花が繁茂してクローバーがはびこり、葛のツタが庭木に巻き付いて締め上げるようになると、もう手がつけられないほどの荒れ地ジャングル状態になってしまった。
このままにしておくと、どんどん整備がしにくくなることは分かっているので、彼女の顔色を伺いながら草刈りだけは徹底的に3日ほどかけた。おかげでチョットした里山風の趣が感じられるまでに回復したが、刈払った草の山が2つほど出来た。ソレと草に隠れた石段の崩壊具合がハッキリした。
数年前の水害で銀山川が増水した時、崩れて1つは完全に使えなくなっていた。残った1つも、階段脇の石垣の淵が川の方へ崩れ落ちて石段の半分が土に埋まっていた。それで、この際だからと工場の彫刻制作を早めに切り上げて階段を埋めていた土砂を少しずつ取り払ってなんとか前のように使えるまでにした。
裏庭は少しキレイになって気持ちが少し晴れた・・・が、右半身の痺れが増した。
なかなかすべてうまくはいかないものだ・・・ 

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アングルが来た 

2020/04/14
Tue. 17:43

飯南高原は昼間でも6℃までしか気温が上がらないまま、冷たい雨が終日降り続いた。
本堂の北側へ夜のうちに積もった雪は雨に変わっても消えないでそのまま残った。
昭和の昔は5月の連休に入っても境内の裏庭で消え残った雪吊りの山が少年のボクの遊び場になっていたからこの時期の雪も大騒ぎするほど珍しいわけでもないのだが、そろそろ近年の暖冬に慣れてきた老体のほうがこの2〜3日の寒さについていけなくて悲鳴を上げている。
何もする気になれなくて炬燵へ潜り込んでiPadをつついていたらいつもの材料屋の担当さんから電話に着信が入った。
「吉田さんの携帯でよろしいですか?あのぉ〜ご注文のアングルが入ったんですが・・いつお持ちすればいいかと思いましてぇ〜・・」

銀座のグループ展の搬出を終わって次の日に島根へ帰ってすぐに石見銀山にある小学校から連絡が来た。
もう随分前「今の保護者で一番暇なのはお前だから」と、都合の良い動機で一方的に振られたPTA会長をしている時、その流れで気軽に引き受けて造った校庭の草取り機が使えなくなったから「どうにかならないか?」という教頭さんから修繕の依頼だった。
その草取り機は、数年前にも同じ依頼で修繕したことがあるので、今回で2回目になる。
雑草の伸びた校庭を軽トラとか軽自動車で牽引してグルグル何周も回っているうちに雑草がその草取り機に絡みついて引き抜かれてキレイになるという、吉田考案の草取り機を最初に造ってあげたのが石見銀山の小学校だった。
それから、転勤族の学校の先生たちのクチコミネットワークでその草取り機のことが小学校を中心にアチコチ広まって、今までに4機ほど造ってきた。
それに使うのが炭素の入った鋼材とアングルバーになる。
炭素鋼材で造った櫛を使って校庭の雑草を引き抜き、アングルバーのフレームで平らに均すというシンプルな構造なのだが、アングルバーの方は炭素の入らない普通の生鉄だから長石や珪石の多い校庭の土の硬さに負けてグルグル引き回しているうちにすり減ってチビて使えなくなってしまうわけだ。結局は消耗品だから使用の頻度に応じて修繕の回数も増えるということになるが、それにしても消耗が早すぎる。
「たしか何年か前に修繕したはずですが?」
「あぁ〜、そうなんですかぁ〜・・困ってるんですけど無理ですか?修繕??・・今度陸上大会があって、その練習ができると良いんですけど・・」
「そんなにすぐ草が伸びるんですか?」
「いやぁ〜、実は中学校へも貸し出したりしてまして・・・」
「あれ?確か中学校はもっと立派で頑丈なのがあったはずですけど??」
「それが、大きいばかりでどうも上手く草が取れないみたいで・・ソレに、軽自動車で引くにはチョット厳しいようで・・」
つまり、小学校の草取り機は中学校まで何度も出張していたと分かった。消耗が早いはずだ・・・今までの経緯もあって材料代で引き受けるしか無い。
「どうせなら、中学校も別に工房むうあへ制作依頼してほしいな!」と、一瞬そう思ったのだが、そういえばその中学校はもうすぐ廃校が決まっていたっけ・・トホホ・・

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映画と薪ストーブ 

2020/04/13
Mon. 16:13

しばらく晴れの日が続いていて桜もそろそろ最後かなと思っていたら、週末から急に寒くなって気温が一気に10℃も下がった。

通勤坊主で往復している銀山街道は街道沿いの桜並木もきれいだが遠くの山並みや渓流に点在する山桜がとてもきれいだ。その山桜が散り始めるころになると周囲の山々へ様々な色合いの萌黄が一気に広がる。それからしばらくしてヤマツツジがあちこちで咲き始め、自生のシャクナゲが咲く。渓流脇の桂の枯木には緑の若葉が湧き上がって瑞々しく蘇る。

近年は彼岸明け前後から街道沿いに「桜まつり」の桃太郎旗が林立して列をつくる。
はためく桃太郎旗がやたらと視界に飛び込んで、満開の桜並木を愛でるという風流からは程遠くなった。
地域有志の皆さんの地元活性に向けた前向きな取り組みの一環であるのだろうが、私個人としては、一昔前のように桜並木の蕾が何気なく満開になってやがて時期が来てさくらふぶきに変わって散った花びらが街道を淡いピンクに染める移り変わりをさり気なく感じていられる方が好きだった。

銀座のグループ展の会期が始まった頃からコロナ肺炎の流行が急速に加速した。
会場受付で往復の公共交通機関も日に日に利用客が減少した。
10代後半から20代の殆どを東京で暮らした私でも、記憶にないほど閑散とした光景が毎日続いていた。
潜伏期間を考慮して2週間は外出を自粛して人混みでの接触を避けて過ごしている。
幸い、万善寺の法事仏事も無く好天も続いているから、何年ぶりかで本格的に万善寺石垣と吉田家裏庭の整備を始めた。
毎日通勤坊主を繰り返しながら石垣に根付いた低木を切り倒し裏庭の草刈りに3日ほどかけて、週末に一段落ついたところで雨になった。夕方から雨脚が強まって風も出てきた。
これで風がなければ桜の花ももう少し長持ちしたかもしれないが、石見銀山はソレも期待できないほどの強風が吹き荒れた。
飯南高原の方が気になっていつもの天気アプリを確認したら雪マークになっていた。
暖冬のままシーズンが終わったばかりだったのに、桜が散る頃になって冬が戻ってきた。
冬の枯葉が雨で流されて雨樋のどこかに集まって溜まってしまったのかもしれない、滝のようになって溢れた雨水がすごい勢いでアルミサッシの窓をたたき続けている。
寺のことが心配ではあるが、無理にジタバタしてもしょぉ〜がないから、雨の降る間はおとなしく休養することに決めた。

荒れ地に変わった裏庭の草に埋もれて半分腐りかけていた建材の柱を刻んで薪に替えた。
やはりエアコンのフル稼働より薪ストーブはずっと暖かい。
久しぶりに温もったリビングで久しぶりにワイフと二人で「蜂蜜と遠雷」を見た。
「小説とは随分違ったね。いっぱいカットされてた・・・あの馬何だったのかしら??」
2時間の映画で小説の再現には少々無理があるということだけは確かなことだ。同じ「表現」領域でも「映画と小説は別物だと思ったほうが良い・・・」と、私は思う。

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2020-04