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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

網籠と花束 

2020/05/10
Sun. 23:06

母の日の朝、保賀の谷は濃い霧に包まれた。
境内から参道へ下るとすぐ其処にあるはずの六地蔵様のお堂が濃霧に隠れて見えない。
南に向いた庫裏玄関の柱に掛かる水銀温度計は13℃だった。
最近は毎日寒暖の差が激しい。その上、毎週末になると雨になって週明けまで続く変な天候の習慣ができてしまった。そのせいでもないだろうが、連休前にしろかきまで終わった保賀の水田は田植えを前にして農耕機の動きが止まったままになっている。
霧の向こうでうぐいすが鳴いている。
祈祷法要の準備で灯した蝋燭の芯が時々「ジジッ!」と鳴る。
いつになく静かな朝だ・・・

予定では、昨年の秋六本木の展覧会へ向けて造った六基の彫刻を石見銀山の町並みへ移動するように計画していた。
それが、前日には雨が降るとわかってしまったので直ぐに手伝いを頼んでいたT君へ連絡して取りやめにした。T君は、今年に入ってすぐ徳島へ彫刻移動をする時に手伝ってくれた。車の運転から彫刻の積み込みや搬入出まで随分とお世話になった。一方、1泊2日の二人旅で自分の体力が減退したことを具体に実感した。
秋に六基の彫刻を制作した時もなんとなく身体の限界を自覚したような気もしたが、そのときはそれほど強く実感したわけでもなかったから、それから約半年を過ぎて年が変わった頃になって「無理の限界も自覚しないと!」いけないふうにわかって自分を戒めた。それで、今回も無理に自分だけで無理をしないではじめからT君を頼ってしまうことにしたところだ。

かれこれ20〜30年くらい前は、彫刻の仲間も随分たくさんいたし、それに何より自分の体力もまだ十分に余裕があって、彫刻の制作から展覧会発表までなんの苦労も疲労も感じることがなかった。それから今に至る間に、彫刻仲間も一人二人と去って消えて、その上、自分の体力も限界が見えてきた。一方でしぶとく彫刻にしがみついて残ってきた仲間はそれぞれ自分の彫刻制作や発表に正面から向き合ってグングン伸びている真っ最中だ。
今、あらためて自分自身と自分周辺の彫刻事情を均して見るに、なかなか良い具合に作家性も彫刻の方向性も遺漏なく的確に成熟していると感じる。
20代から30代にかけて彫刻に目覚め彫刻にしがみついて没頭していた黎明期。
30代後半からの10年間は思いつく限りのテーマと一つずつ納得するまで正面から向き合った草創期。
それからは造形の想像と現実の整合性を確認するために実践創造期の10年間が過ぎ、少し前からは、かたちの無駄を自覚しじっくりと納得できるまで自分に向き合って取捨を選択する俯瞰期に入っている気がする。
これから先、体力減退を理由にして自分の意思で彫刻と縁を切るということは無いと思うが、一方で、今まで無意識に遥か遠くばかりをみつづけた彫刻になっていた気がしないでもないし、これからはもっと素直に丁寧に自分の足元を気遣うことも大事なのかと思う。

夕方、いつもの花屋へ駆け込んで、じゅん君の代わりに小さな花束を造ってもらった。
ワイフへは既に関東に住む娘たちから素敵な手さげの網カゴが届いていた・・・

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