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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

思いの場所 

2020/05/23
Sat. 19:09

飯南高原の朝はまだ9時前だというのに23℃まで気温が上昇していた。
昨日から一気に10℃も暖かくなった。そのせいでもないだろうが、ネズミが寺のアチコチへ出没するようになった。ピンクの毒エサを置いても、彼らはソレを別の所へ運んで隠しためてしまうから手に負えない。せっかく大衣や改良衣や袷の着物など洗濯して和箪笥に仕舞っておいても、奴らは箪笥にまで毒エサを持ち込んで着物の間へ溜め込んだりするからアイツラの活動が一段落するまでは衣替えを終わらせることが出来ない。
境内では猫が消えて帰ってきたスズメたちが朝も早くからやかましいほどに大騒ぎしている。草刈り機を使っていても気にする様子もない。彼らも水田の多い農村地帯で暮らしていると色々な農耕機のエンジン音に慣れているのだろう。

まだ雨の降る前、連休が始まる頃に、保賀のお檀家さんが寺の耕作放棄地へユンボを持ち込んで荒れ放題の低木や雑草や蔓かずらを根こそぎ引き抜いてくれた。
先代の憲正さんは何度かの手術をして無理ができなくなってから外の仕事は一切しなくなって、内室の母親が一人で畑を耕したり草刈りをしたりしていた。元気で身体の動くうちはツツジやサツキなどの低木を挿し木したり紫陽花の苗木をたくさん注文して畑の周辺に植栽したりして楽しんでいたのだが、そのうち身体も思うように動かなくなって毎年の剪定ができなくなった頃から、それらの木々や葛が自由に伸び放題に伸びて手がつけられなくなってしまった。
それからだいたい20年近く経って、ユンボが2日ほど動いてやっと昔の様子が蘇った。毎年のようにチマチマと切ったり刈ったりしていたのが、ほんの2日で更地に戻った。
数十年ぶりに全貌が蘇った石垣のあまりの荒れ様に心が痛んだ。昔、あの石垣にはオランダイチゴが根付いていて、シーズンになると赤く色づいた甘酸っぱいイチゴを石垣に張り付いて飽きること無く食べ続けていた・・・そんなことを思い出しながらノコとカマと剪定バサミを持ち替えながら荒れた石垣を掃除した。あの頃からすると、石積みの隙間が広がって全体が膨らんで張り出しているように思えた。

その石垣が庫裏の勝手口側へ回り込んだ先の土蔵脇へLandscapeシリーズで造っている彫刻を設置した。
その彫刻は、いずれは万善寺の境内地へ置くことを念頭に徳島の野外彫刻展用に造ったもので、制作してから約3年の間アチコチ彫刻の旅をしてやっと今年の春になって思いの場所へ落ち着いた。
徳島に向けて造る彫刻は、徳島市民の誰もが気軽に集う中央公園の環境を考慮して、大きなシリーズのククリの中でも比較的具象よりでわかり易いかたちを用意するようにしている。野外設置の彫刻であるから、全天候型で様々な気象条件に耐えられるだけの丈夫な彫刻であることが何より大事なことだから構造上の工夫は慎重に丁寧に造り込んでいる。それと「万善寺には雪が降る!」という環境を忘れてはいけない。雪が降ることを魅力に変えるほどの造形上の付加価値の可能性を確かめるという密かな狙いも含まれている。
国道から保賀の谷へ入ると、田んぼの向こうに見える四季折々の万善寺の様子にLandscapeシリーズの彫刻がさりげなく寄り添ってチラチラと見え隠れするくらいに溶け込んでくれるといいなぁと思っている。

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2020-05