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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

おがむこと 

2020/05/24
Sun. 17:23

自然の再生や成長のスピードに万善寺境内の整備作務が追いつかない。
人力の手間にエンジンの草刈機やチェンソーくらいでは太刀打ちできない。
あれもこれも理想や完成度ばかり追いかけていても、現実の実態に許容量が伴っていなければどうしょうもない。今の自分にできることをコツコツと続けていくしかないことだ。

「いつもお世話になります!長谷の○○ですが・・・今年のお大師さんのことなんですけど・・・」
万善寺の大般若経転読会まですでに1ヶ月を切って、弘法大師さんの月縁日もチョット前に過ぎたところだから、そろそろ問い合わせがあるかもしれないと思っていた。
万善寺から出雲街道を北上して出雲大社参詣道の一つへ合流してしばらく行った先にある集落が長谷になる。名前でわかるように保賀の集落とは比べ物にならないほど端から端までが長い。小学校までかなりの距離があって子供の足で通学が難しいということで昔は長谷分校があった。今の長谷お大師講メンバーの半分はその分校卒業生で残りの半分くらいは分校が廃校になった後の本校卒業生で私より若い。
長谷お大師講は集会所に改修した分校へ各家にお祀りのお大師様を集めて供養法要と先祖代々や古墳一切の塔婆回向がされる。電話はそのお伺いだった。

この近年はどの地域も代替わりが進んで、お大師講をはじめ、昔ながらの観音講とか薬師講などの民間信仰が廃れてきた。住職坊主の方も同じように代替わりが続いて、それを契機にお寺の方から御講の廃止を勧められたりされてジワジワと衰退が進んでいる。
万善寺はお寺の開基が天台宗絡みの曹洞宗だったりした関係からか、代々の住職口伝で祈祷法要が大事にされてきた。私も副住職のころから先代の侍者で各地域の御講法要へ出かけていたから、毎年の慣習として先代を引き継いで絶えること無く今に至っている。
電話は、コロナ渦の影響で世話人さんが開催の有無を悩みつつの相談だった。
「万善寺の法要はお参りの自粛があってもお寺での法要中止はありませんが、それでコロナを軽く考えているわけではありません。外出や三密集合の自粛もそろそろ2ヶ月になりますし、それだけの間に皆さんの自覚の気持ちも身についていらっしゃるでしょうから、それぞれのお考えで行動されても良いようにも思いますけど・・・お寺としては、むしろこういう状況の時であるから、余計にみんなでシッカリとコロナ終息への念を込めておがむことも大事なことと思っていますので・・・」
「お寺さんの方からそう云っていただくとこちらも少し気が楽になります。実は自分も中止する必要はないだろうと考えていたものですから。今度集まりがありますので、お寺さんのお考えもお話ししてどうするか決めさせていただこうと思いますので・・」改めてどうなったか連絡していただくことになった。話し合いが上手くまとまるといいけど・・

人の気持や考えは頭の数だけ人それぞれだから、ことの善し悪しとか正解不正解とか成功失敗とか、それぞれ条件とか環境によって判断が変わるだろう。これほど世間にコロナ渦が周知されると、個々人の軽率な行動はその人の責任に委ねるということも、人それぞれの人間力を高める方策に思う。お互いの自覚の深さや重さがコロナ渦終息に向けての支えになると、私個人はそう思っている。

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2020-05