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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

それぞれの1週間 

2020/06/05
Fri. 23:52

本堂や庫裏で仏花に使っているシキビが次々と落葉をはじめて花器の水を吸い上げた透明感のある美しいライトグリーンの若芽がしだいに大きくなり始めた。
昔、まだ絵を描いている頃は、このライトグリーンの透明感を表現することが難しくて随分苦労したものだ。花器の水を替えながらボンヤリとそんなことを思い出していた。
もうすぐ季節は梅雨を迎える。
半年の間、仏様やご先祖様の御慈悲を目に見えるかたちに置き換えて世俗の欲に浸りきった在家坊主を見守っていただいたことへの感謝を込めて、梅雨の雨をタップリ吸い込んだ境内の土へ下ろして挿し木にさせてもらおうと考えている。彼らのどれだけが根付いて仏花に成長してくれるかわからないが、随分と丈夫な木だから何本かは根を出して生き延びてくれるだろう。
今度の大般若経転読会は、世間ではコロナ自粛が続いてまだ従来の日常生活を取り戻すことが出来ていない中で法要を厳修することになってしまった。いつもと同じような法要にはならないだろうと思っていて、なにか記憶に残る大般若経転読会になれば良いと考えて、以前から捨てないで貯めていた落葉のシキビをシッカリ乾燥させて砕いてポプリに替えてみることにした。うまくいくかどうかわからないが、その砕いたシキビの葉に添えて携行できるほどの小さな大般若守護札を造って祈念してお参りの皆さんへお持ち帰り頂けると良い。これから1周間はそのための祈念と作務が続きそうだ。

今年の万善寺環境整備作務はかなり苦戦している。
自業自得と云ってしまえばソレまでだが、昨年の春先から5週間の手術入院とその後の自主療養とで、春の境内整備がまるまる手付かずのまま終わったことが原因だ。
一度でも人の手が入った植物は、手入れをサボると一気にだらしなくはびこったり病気が入ったりで収集つかなくなる。特に、各種庭木の剪定と土の下で繁茂して広がる蔦や笹や竹などの根茎が厄介だ。
銀座の彫刻グループ展を無事に閉会してひと晩かけて島根に帰ってきた。春彼岸の法要を済ませてその日の夕方寺を出発してからほぼ1週間ぶりの万善寺になった。
用水路脇の斜面では天狗巣病から蘇った桜が満開だった。まだ病気は完全に根絶できていないが、それでも数年かけてここまで回復してくれれば良いほうだと思う。
昨年の吉田正純鉄の彫刻展で造ったLandscape traceシリーズの彫刻の鉄サビが半年の間に少しほど落ち着いてくれた。これから赤サビへ変わらないように気をつけながら養生していけば年々バーントアンバーが深まって良いサビに変わってくれるだろう。こうして、彫刻のサビが概ね安定するまではできるだけ自分の生活圏の近くに置いて様子を見ながら何かあればすぐに養生できるようにしておく。おおよそ安定して責任が持てるようになってから最終の設置場所へ移動する。この箱型彫刻は自分の歴代彫刻群の中で、どちらかといえば好きな方の彫刻である。自分ではいつまで観ていても飽きない。手放すことができそうにないようにも思っている。彫刻ばかりか平面立体問わず3日も観れば飽きてきて、1週間もすれば観るのも嫌になるような、作品とも言えないようなモノをどれだけ乱作してきたことか・・・身体もしだいに重くなってきたし、集中の持続も前のように長くは続かなくなってきたし、これからは制作の基本をおさえてジックリと丁寧に造形の緊張を大事にしていこうと思う。

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彫刻展最終日:美しいということ 

2020/06/04
Thu. 23:51

6月に入ってコロナの自粛意識が少し和らいだのか、年回法事の問い合わせがチラホラと増えてきた。
俗なことになるが、在家坊主の住職業としては、4〜5月の2ヶ月間はほぼ無収入状態が続いていたので、この調子で法事が2つくらい入ると今月は寺の光熱水費が「なんとかまかなえるかもしれない・・」と、少し気持ちが楽になった。
幾つかの寺務が重なったので久しぶりに寺で泊まった。
昼のうちはあいも変わらず境内地の整備作務が続いているからデスクワークは夜になる。
寺務書類がある寺のデスクトップを起動してデータの書類を開いているあいだに世間のニュース動画を一巡した。最近は地上波のニュースに限らず世界各地の種々の出来事がいつでも回覧できるから世の中の情報に取り残されないですむ。便利になったものだ。
東京の方は自粛解除があってからまたコロナ患者が増えている。そろそろ平常業務に戻りつつあった関東で暮らす娘たちのこともまだ心配が続く。
何気なく動画を見ていたらテロップに「コロナ禍」とあった。「禍」とはどう発音するのだろう?・・・「コロナワザワイ??」「コロナカ??」・・そんな言い回しがあったのをはじめて知った。たまにはテレビとか週刊誌とか新聞とか見たほうが良いのかなぁ??
自分ではこのたびのコロナウイルス世界蔓延を地球全体規模の異常気象や自然災害に類するようなものだと思っている。人々の傲慢な驕りや自然の正常な営みを人間の都合で強引に捻じ曲げた経済活動の行き過ぎへ地球が抵抗を具体的に行使し始めたように思える。
「なんて美しい星なのだろう!熾烈なる生命の戦いが極めて少ない!」・・・宇宙の遥か彼方から地球の砂漠へ降り立った宇宙人がそう感嘆した・・・ように地球の美しさを表現した半村良さんの小説を思い出した。また半村さんは「青々と自然豊かな山海に満ち溢れた生命が生き残りをかけて殺し合い淘汰しあう悍ましく醜い世界!」と宇宙人目線で言わせている。
なんて小説だったかなぁ〜?・・「産霊山秘録」「太陽の世界」「妖星伝」・・何だったかなぁ〜?・・随分昔に読んだから、細かいことまでは思い出せないが、とにかく「そういう見方もある気がするなぁ〜」と、印象深かったことはよく覚えている。あれから数十年の間に地球はどんどん温暖化が進行し、地球規模で砂漠化が進んで、半村さんの小説の世界が現実になりつつある。ある意味で、地球が本来の美しい星を取り戻しつつあるのかもしれない。

展覧会最終日は、彫刻の搬出があるから関東圏から出品者が来るだろうし、搬出時間ギリギリに会場へ居ればいいだろう。搬出作業はキーポンが手伝ってくれることになった。
会場へ到着すると「吉田さんのレリーフお買い上げです!」と実行委員長が教えてくれた。最終日に見に来てくれた彫刻仲間のKさんが買ってくれた。コロナのことで集客も厳しいだろうしまさか売れるとは思っていなかった。石見銀山のアートイベントで古民家へ展示しようと思っていたから若干予定変更になってしまったが、同業の彫刻家からそれなりの評価を頂いたことは嬉しかったし、自分の表現に間違いがないことを客観的に証明してもらえたように感じた。
彫刻の梱包をしていたら、ギリギリになって飛び込みの一般客さんが周藤さんの彫刻を買って行った。
周藤さんは数年前から現代彫刻の作家や作品を丁寧に研究している。その成果が少しずつ彼の彫刻へ現れているように思う。

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彫刻展6日目:複雑な心境 

2020/06/03
Wed. 19:05

銀山街道を沢谷から酒谷をぬけて飯南高原へ登りきった辺りから正面に瀬戸山城跡が見える。城跡は尼子に組みして毛利と戦った赤穴氏の山城で、年に何回か地元の保存会有志のみなさんが登山口から下草を刈りながら登山道を登って城跡の石垣や堀郭跡などが遠望できるまでキレイに整備される。
昔は瀬戸山城全体がスッキリと雄大に見渡せていたが、植林の檜や杉が成長して伸びて年々見晴らしが悪くなって、その上5年くらい前に銀山街道の古道近くへJA農協の巨大なプラントが出来ていよいよ見通しが悪くなった。地元の様子を知った住民でないと車で走りながらほんの一瞬くらいしか見えなくなった山城跡を確認することは難しいと思う。
銀山街道はもう何年もの間拡張工事が続いているが、いまだに中央ラインを引くことが出来ないほど道幅の狭い急カーブの連続する場所が数kmほど残っている。最近はほぼ毎日往復して、もう走り慣れてカーブの様子が頭に入っているから、特に緊張するでもなく銀くんの窓を開けて四季折々の自然の変化を五感で楽しんでいる。

ワイフが定期検診の通院日だったから出雲の病院まで送った。幾つかの検査があるのでお昼は過ぎるだろうと思ってコメダ珈琲でのんびりとコーヒーでも飲みながらワイフを待つことにした。コロナで外出自粛が続いていたから出雲もコメダ珈琲も随分久しぶりだ。
いつも山ばかり見ているから久しぶりに見る日本海に感動した。
彫刻制作で工場へ通っている時は時々お昼休みに海を見ながら休憩することもあるのだが、今は寺の営繕作務が終わらないから海も2ヶ月以上ご無沙汰になっていた。
日本海と云うと、運良く刺し身でも大丈夫という立派な島根沖産真鯛をゲットした。たまには、スーパーのハシゴをするのも良い。

展覧会6日目は会場がオープンしてすぐに、飛び込みのお客さんがあった。
美術鑑賞が趣味であるようで、コロナの蔓延で「上野も休館、六本木も休み、銀座を歩いてもギャラリーほとんど開いてなくて・・・」やっと見つけたのが彫刻のグループ展だったと、一つ一つ一点一点とても丁寧にじっくり見てもらえた。受付のカウンター越しに美術絡みの話が盛り上がっていつまでも続いて終わらなくなって、結局お昼ごはんはギャラリーの近くで見つけたお蕎麦屋さんを楽しみにしていたのに食べそこねてしまった。
帰り際に「あなた、とても話題が豊富ですねぇ〜、なにかお話のお仕事でもされると良いんじゃないですか?とっても楽しかったなぁ〜」と褒めて??頂いた。ボクの彫刻も褒めてほしかったけど・・・なにか、複雑な心境でドッと疲れた。
それからしばらくして知り合いのOさんが来てくれた。
彼女は、生活するための仕事をしながらスケジュールを調整してテラコッタの具象彫刻を造っている。もう何年も前に結婚して東京暮らしが始まった当時は気持ちも暮らしの余裕もなくてなかなか彫刻制作をすることが出来ないでいたが、それでも毎年島根の小品彫刻展だけは休まないで出品を続けてくれていた。今思うとそれが良かったのかもしれない、小さな彫刻を造り続けていたことで制作へのモチベーションが途切れないでいられたのかもしれない。彼女の最近の彫刻を見ると少しずつ自分なりのテーマを掴みかけてきた気がする。
色々あった1日だったが、こういうこともあるから受付業務も大事なことだと思う。

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周期的に晴れと雨が繰り返されて、ひと雨降るごとに暑くなっていく。
万善寺はやっと孟宗の筍が落ち着いて真竹に変わりつつある。
6月に入っていつ青梅を収穫しようか悩みながら毎朝梅の枯木を見上げている。

石見銀山の吉田家では、2~3日連続で朝早くから大屋根を猿の群れが移動して目が覚めた。裏庭へ出てみると銀山川脇にある夏みかんを食べ散らかして皮が散乱していた。
飯南高原では、1日に何回と無くクマの目撃情報が防災放送で流れる。寺の裏山はクマの通り道になっているから外仕事も気をつけなければいけない。
万善寺では、野良猫が消えて半月の間にネズミが出没をし始め、スズメの群れが境内へ戻り、山鳩が寺の裏山から蔵の屋根裏へ移動してきて1日中ホーホーと鳴いて耳につく。保賀の谷で暮らすつがいのカラスは野良猫がいようがいまいが関係なしに寺の上空を飛び回っている。そうそう・・ナント!先日は田植えが終わったばかりの水田で二羽のカモメを見た。島根半島にはうみねこの生息地もあるが、あれは間違いなくカモメだった。中国山地の県境まで北の日本海か南の瀬戸内海かどっちからやってきたのだろう?
巨大台風並みに発達したコロナウイルスの大渦巻にすっぽりと包み込まれてしまった日本列島は、日常的に続く人々の自粛生活と反対にこれから夏に向かって益々自然の動植物の活動が活性していきそうだ。

3月にあった彫刻のグループ展は、5日目も受付で銀座へ出かけた。
まだコロナ対策の政治判断が模索中であったから、人々の不安は高まる一方で、飲食業を中心に営業自粛や休業が日に日に増えていった。
SNSで展覧会情報を送付しておいた友人知人から少しずつ返信が届いている。
早くに「○○日に仕事終わったら会場へ行きますね。時間がおおよそハッキリしたらまた連絡します!」と返信のあったKさんから、「会社が自宅待機に変わったので、残念ですが・・・」この度は家でおとなしくしているとSNSの着信があった。懸命な判断だと思うし「お気遣いなく!気にしないでください」と返しておいた。
会期中は部屋代替わりの夕食をおごりながらキーポン宅でお世話になっている。
彼女は保育士をしているから、不要不急の自粛要請であっても在宅勤務になることもなくて、今のところシフトの変更もなく「早番だ」とか「遅番だ」とか言いながら毎日変わりなく出勤を続けている。
私の方は会場のオープンが11時だから、あまり早くから出かけてもしょぉ〜がないし、できるだけ三密は避けたほうがいいしするので、電車の空いた時間帯を工夫して最寄り駅から銀座まで移動している。
最寄り駅までの途中、歩行者専用の路地が何本かあって、道の両側に居酒屋などの小さな店が隣り合って長屋のように続く飲食店街がある。その一角に荼枳尼天さまをお祭りされた小さな祠がある。赤い鳥居が結界になっていて阿吽のお狐様のむこうのお堂にはしめ縄に半鐘ほどの大きさの鐘がぶら下がってお賽銭箱と昔ながらの神仏習合が残っている。
荼枳尼天さまは五穀豊穣商売繁盛のご利益が強力なので、このたびのコロナウイルス大渦巻終息身体安全祈願からは少しずれるかもしれないが、巡り巡った先で商売繁盛と縁がないわけでもないし、鳥居の前では一歩の足を止めてしばし手を合わせている。

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展覧会4日目:世田谷のSさん 

2020/06/01
Mon. 16:41

展覧会4日目・・・とは、3月のグループ展のこと。
6月になった今頃になって3月のことを云うのもどうかと思うが、最近は常飲している薬のこともあって夜がすぐに眠くなる。
そろそろ頭の方もボケることが多くなって、前の日の夕食に何を食べたか直ぐに思い出せなかったり、銀くんへ乗っていても「アレッ?今何処へ行ってるんだったっけ??」などと用事を忘れていたり、必要なものがあってホームセンターへ出かけても何が必要だったのか思い出せなくて結局ドォーでもいいものを無駄に買って帰ってしまったり、なんとなく脳みその何処かのネジが緩んだかして緊張感の無い毎日を過ごしている。
だからというわけでもないが、その日の出来事を忘れる前にMacBookやiPadにメモで残しておくようになった。時々使っているボイスメモも文字変換の精度が向上して前に比べたら随分便利になったが、昔から使い慣れているキーボードの方が性に合っているようでストレスが無くていい。そうやって、毎日というわけでもないが何かに付けてメモに変えていたら、気がつくと昨年のメモまで山のように溜まっていて収集がつかなくなっていた。今になって昨年のお盆の○○日の「予定変更電話あり10:00→9:30」なんてメモを読み返しても、なんの予定かなんて今更覚えているわけもなくてチンプンカンプンどうしょうもないまま、気づけば「きっと大事なことだったんだろうなぁ〜」と悶々と考え込んでしまっていたりする。

大げさに断捨離というほどでもないが、ちょっと休憩のコーヒータイムなどに一括選択してdeleteボタンをポンポン押し続けていたらメモがかなり見やすくなった。
それで、3月のグループ展のことだが、メモを見ると3月25日からブログ記事になっていなかったので今更ながらその様子を書き起こしておくことにした。
小品の彫刻であっても出品は全国規模だが、会場の当番はやはりどうしても関東在住の作家にお願いすることになってしまう。私のような万年会員は隔年開催のグループ展も初期から参加していておおよそ業務負担の偏りに気づいてしまっているから、作品出品が可能な場合は、せめて会期中の会場受付当番くらいは出来るようにと数ヶ月前から寺のことの日程調整をして会期の1週間位を空けるようにしておく。
すでにコロナのことで世間が大騒ぎになっていたが、だから当番不在で乗り切れるわけでもなく自分のことは自分で責任がもてるように注意しながら会期を乗り切ることにした。
4日目のお昼過ぎに世田谷のSさんが来てくれた。
まだ学生の頃お世話になっていたアパートの大家さんの息子さんの嫁さん(ややこしいけど・・)で、大家のおばあちゃんにはいつも何かに付けて叱られてばかりだったが、その嫁さんはそんなダメ学生のボクにとっても優しく接してくれた。旦那さんとは小さい頃から同級生で、長い付き合いのまま結婚するに至ったらしい。とても多趣味な文化人でもあって何処かのご令嬢がそのままお嫁に行って子供を生んで育てて孫もできていつの間にかおばあちゃんになっていた万年お嬢様のような人だ。
今回の展覧会のご案内はSNSでさり気なく済ませておいたのだが、コロナで出かけにくいところを律儀にもお土産持参で会場を訪ねてくれた。湯茶の接待もできないままずいぶん長い時間立ち話になってしまって恐縮だから、後日改めて展示作品と同じテーマで造った彫刻をプレゼントすることにした。夏のお中元代わりに届けようと思う。

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2020-06