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工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

ナンチャッテ人生 

2020/07/08
Wed. 20:55

万善寺の大般若経転読会を境にして五月雨に仏事の問い合わせの連絡が増えはじめ、6月のはじめには5つと無かった7月の1ヶ月メモが月末には7月どころか8月9月までスケジュールが入ってきて、ウカウカしていると棚経と日程が重なったりして「身動きできないことになったらどうしよう・・・」と、だんだん焦って不安になってきた。
ほんの1ヶ月ほど前のメモ帳は7月がほぼ真っ白だったから、パーツまで造って溜め込んでいた彫刻をやっと落ち着いて組み立てられると2週間ばかり矢印線で囲って「工場!」と書き込んでおいたのに、今はその線も点線や破線になって切れ切れになってしまった。その上梅雨前線の集中豪雨でお墓の撥遣仏事がずれ込んだりして、施主さんや墓石屋さんとの調整も難しくなって気苦労が増えるし、なかなか思うようにいかないものだ。

強風がやっとおさまって周囲が静かになったと思っていたら深夜から大雨に変わった。それでなくてもガタピシ隙間だらけの万善寺庫裏で寝ていると、東西南北四方八方があまりにうるさくて目が冴えてまともに寝ることが出来ないまま朝になってしまった。
最近は陽が長くなって夜明けが早い。ウツラウツラしているとスズメやカラスが鳴き始めた。どうやら数日降り続いていた雨がやっと峠を越えた感じだ。朝寝しようとしていたらオシッコが出たくなってトイレに立った。「歳はとりたくないものだ・・・」こういう状況になると我が身の現実に直面して気が滅入る。
トイレのついでに玄関の鍵を開け、くたびれてリタイヤした坊主雪駄をつっかけて境内をぐるりと一回り様子を確かめた。巣立って間もないのだろう春の子スズメが人間との距離を測りながら境内を飛び回って大騒ぎをしている。

集中豪雨の止み間を狙って撥遣をした。
撥遣の墓地は施主家裏山の斜面を平らに削り取って整地してあって、たぶん明治の時代に造成されたものだろう。
ヤブ蚊と格闘しながら「こういう時の殺生は自粛しなければ・・・」と肝に銘じて口伝の咒を唱え続けた。
「古武士さんのお墓はどのようにすれば・・・」と心配されるものだから、「三界萬霊で供養されてお祀りされるとよろしいのでは・・」と伝えておいた。
「三界萬霊」は先代曰く「この世に生きるものすべての精霊である!」から有縁無縁古墳一切は三界萬霊として供養すれば間違いがないということだった。
そもそもナンチャッテ坊主の始まりは門前でなく門内の小僧からスタートしているから、一応は僧堂で修行をかじってはいるものの、いわば我流修行で坊主になったようなものだ。彫刻の基礎も殆ど我流で乗り切ってきたから、今の坊主家業と似たようなものだ。結局、ボクの人生はナンチャッテ人生で始まって終わるように決められているのかもしれない。

サツキの花と前後して咲き始めた境内のギボウシもそろそろシーズンの終わりが近づいてきた。ギボウシは食べられると聞いたことがある。が、本当なのか知らない。
小スズメが一斉に境内脇にある中国菩提樹の葉陰へ隠れ込んだ。その菩提樹の花も時期が過ぎて、万善寺の境内はこれからしばらくすると百日紅が咲き始める。

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今を生きる 

2020/07/02
Thu. 23:59

万善寺の大般若経転読会法要は、先代住職憲正さんの三回忌が終わってから祥月命日の追善供養を兼ねて6月16日を縁日にして移動した。
連日通勤坊主をしながら荘厳などの準備を続け、前日になって仏花を活けかえ少しでも瑞々しく鮮度のある状態で法要に望んだ。

荘厳の心得として「仏花はお釈迦様の慈悲、灯明はお釈迦様の智慧、香はお釈迦様の功徳だから、どんなに忙しくても暇がなくても、この3つのコトだけは絶対に遺漏の無いようにしなければいけない!」と、小さい頃から法要行事が近づくとそれこそ耳にタコができるくらい毎度毎度憲正さんから言われ続けていた。
当時はその言われ方が指令とか命令とかくらいにしか思えなくてイライラとめんどくさいばかりに感じていた。慈悲だとか智慧だとか功徳だとか、なんとも曖昧で実態のない抽象的な言い回しのモノが何を意味しているのか生涯理解などできるものでないと思っていたのだが、今は、花はやがて枯れ腐り、蝋燭は溶けて流れて燃え尽き、線香は煙と灰になってかたちが消える・・・という、実体が消滅する様子を具体的に五感で感じとることで生死の実体を平静に受け入れられるように工夫された死生観の教えであるのだろうと思うようにしている。

死生観は一方で「如何に生きるべきか!」という人生観であるといえる。
地球上のあらゆる生き物はすべて生から死へ向かって一度しか無い一方通行の生涯を通して今を生き続けている。
過去のことは思い返すことはできても修正はきかない。
未来のことは理想を夢見ても現実にどうなるかはわからない。
結局、今を大切にして自分に正直に生きていくしかない。

衣替えに合わせて、シキビをメインに流儀も流派もないナンチャッテ活花で庫裏の装いを変えた。
ドクダミの花はそろそろシーズンのひと山を越えたようだが、それでもしぶとく咲き続けている。
ユキノシタも随分前から花を咲かせていて切り花にしても結構長持ちしてくれる。
ムラサキツユクサは水の吸い上げが早いから、それを気づかってやれば切り花の後も次々に花を咲かせてくれる。
ちょっとしたことだが、冬の間シキビで済ませていたところへ庭の花を切り花にして活け添えただけでどこかしら庫裏が華やいで感じる。

「私はあなたの娘じゃなくて妻なんだけどネ!」
ワイフが父の日にわかりきって言わなくてもいい一言を添えて携帯の扇風機をくれた。
なにか「組み立てキットのおもちゃみたいだなぁ〜」と思いつつUSBで充電を済ませて首にかけてみると、なかなかどうして思った以上に快適で意外だった。さすがに改良衣で首へ掛けてお盆の棚経に回るわけにはいかないものの、寺の荘厳や整備作務には十分に活躍してくれそうだ。

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シキビのポプリ 

2020/07/01
Wed. 18:06

ツツジの花が終わって菖蒲に変わった頃から剪定が追いつかなくて手つかずのままになっていたサツキが満開になった。
大般若経転読法要の厳修を目指して梅雨の雨と相談しながら境内の整備を進めていたのだが、結局今年も中途半端にその日を迎えてしまった。

飯南高原を中心に手間替え随喜でお付き合いをさせてもらっている寺院では、すでに二カ寺がコロナウイルス蔓延を受けて法要中止を決めた。
例年だと4月から始まっている弘法大師さんの供養法要も二つのお大師講が法要取りやめとなった。
いずれにしても法要の主催母体が判断して決めたことで、決定に従うことも大事な義務だと分かってはいるものの、一方で宗教信仰の根本となにかしらのズレが生じているようにも思えてしまうのは自分だけのことなのだろうか?
現代社会の世間常識がコロナに向けて世界規模である一定の方向へ舵を切っているような状況だから、一個人の宗教的思想などどうでもいいようなことなのだろうが、私個人としては現在の日本寺院は「まず檀信徒お参り在りき!」というところから各種宗教行事がスタートしているというのも何処かおかしな気がするのだけど・・・
それぞれの寺院でお祀りの御本尊様はじめ各種仏様の功徳に感謝し檀信徒お一人お一人の身体安全を祈念し、各家先祖代々を追善供養し、それに何より人類の平和や国家の安寧を祈念するというような宗教信心は、檀信徒のお参りが有ろうが無かろうが日々粛々とおつとめを続けていくということこそ宗教家の本来あるべき姿であるように思う。
私のように「チョット彫刻制作があって・・」とか「1週間ほど展覧会があるもんで・・」とか言いつつ住職が平気で無住職になってしまうような超いい加減なナンチャッテ坊主は、毎日同じように日々のおつとめを続けることなど出来ているわけもなく、だからこそせめて寺の年中行事で厳修される法要くらいは体力の続く限り休まないで続けていくことくらいしか出来ないと思っている。

法要厳修に向けて境内の整備作業しながらいつものようにお寺からの法要案内のお知らせを配布して回った。お参りもゼロでは無いだろうと思っていたら法要の当日は15人ものお参りがあった。例年でもお参りはせいぜい20人足らずのことだから、飯南高原の皆さんは日頃から十二分なコロナ対策が出来ていて「感染の恐れなし!」と自信を持っていらっしゃるのだろうと感心した。各種メディアで連日のように具体的な予防対策が流れているからすでに皆さん周知のことで、皆さんそれぞれそれを実践されながらのお参りとなったのだろう。
今年は接待を自粛してペットボトルのお持ち帰りを用意した。それに、少しでもお役に立てばと思って、いつもの大般若経守護札に加え、乾燥させたシキビをポプリにして携行用守護札を造った。当日午前中に別途祈念して香に勲じたものをお参りの皆さんへ持ち帰っていただいた。日頃気忙しい暮らしの毎日に、シキビのほのかな香りを身近に意識することで万善寺の大般若経転読会の祈念守護を思い浮かべていただければ良い。

アチコチで栗の花が終わり、今は合歓木が花を咲かせている。

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2020大般若案内

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2020-07