FC2ブログ

工房むうあと鉄の手仕事

鉄の彫刻家、吉田正純の手仕事、彫刻や展覧会の紹介、万善寺住職活動など、さまざまな日常を公開します。

大森小学校のこと 

2012/11/16
Fri. 05:38

彫刻でお世話になった兵庫県竹野町のイベントのもう一つの目玉は、地元小学校の子供たちが自由にペイントしたコウノトリの板絵。
ベニヤ板を、幾つかのフォルムで切り抜いたほぼ原寸大のコウノトリが、「三原谷の川の風まつり」のイベント期間中、田んぼミュージアムの会場を囲むように飛んでいます。

旧大森小学校2階の学校ギャラリーで受付の当番をしていると、その作者らしき子供たちが入れ替わりやってきて、教室の窓際から自分や友達の描いたコウノトリを探して、批評などしながら、しばし盛り上がっていました。
私の彫刻などチラミ程度。
チョット寂しい気もしましたが、自分の力作が大事なのはみんな同じこと。
うさんくさいオヤジの彫刻など、チラリとでも見てもらっただけでありがたいことです。

そのイベントのコアな実行部隊の一人でもある三輪さんが、facebookで学校の統廃合の話題を綴っていらっしゃいました。
地元住民としての地域への熱い思いと、子供の将来を思う学校保護者の一人としての親心の板挟みで思い悩む心情は、どこかしら共感するものがあって、気軽に「いいね」をポチッとするだけでは済まされないと思っていました。

実は、私の暮す石見銀山にも、「大森小学校」という耐震調査にもパスして未だに現役木造校舎の小学校があります。
吉田家の4人の子供たちは、全てこの大森小学校の卒業生。
吉田一家が石見銀山で暮すようになったそもそものきっかけの一つは、大森小学校の教員定数の問題を解消するためでもありました。
つまり、「1年生にあと1名入学したら、複式学級も解消されて、先生の人数が1名減にならないで済む」という、実に微妙で深刻な状況での引っ越しとじゅん君の入学が絡んでいたわけであります。

一方、何もなければじゅん君が入学するはずだった小学校は、新1年生の総数計算で1クラス減になり、先生も1名転出になりました。
たった一人の子供の存在が、地域の学校事情を動かすほどの大きな存在にもなるということを身をもって実感しました。

その後、その時の引っ越しまで隣の住宅で暮していたじゅん君と同い年の女の子の両親は、自分の子供はもっと大きな小学校に通わせたいからと、職場のある大田市から転出したそうです。
親の考えは実に様々です。
小学校の入学程度だと、子供本人には選択の意思は無いに等しいわけで、大人の考え一つで自分の身の振り方が決まってしまうところもあります。
石見銀山では大森小学校PTAのみなさんに大歓迎された吉田一家も、1クラス減った市内の小学校では、特に話題にもならなかったようです。

長女のなっちゃんが大森小学校へ入学した時は1年生男女2人ずつの4人で複式学級。
ノッチで若干持ち直すもののキーポンの同級生は女の子2人で常に複式学級。
キーポンが小学校を卒業してから、入学ゼロだったり卒業式がなかったりで推移していますが、地元の皆さんの努力で、IターンやUターンも増え、現在は少しずつ子供の数も増えています。

田舎の小さな小学校の卒業生でも、何の問題もなく大きくたくましく育っているのは、吉田家の実態で証明済み。
子供は大人の後ろ姿を見て育ちます。
だいじなのは、親の踏ん張りです。

何処かの国のように、偉ぶって詭弁ばかり操って肥え太っている我田引水の偽善者集団に騙されて操られてしまってばかりいると、そのうち痛い目を見るのは自分であったり、自分の子供であったりします。
デカイ学校で、付き合いの浅いPの仕事もろくにしないで、気楽に我が子だけと付き合って、自分の都合ばかりで子育てをするのも良いかも知れませんが・・・そんなオヤジの後ろ姿も、しっかり子供に見られています。
・・あぶない、あぶない・・

IMG_5949.jpg

[edit]

CM: 0
TB: 0

page top

この記事に対するコメント

page top

コメントの投稿

Secret

page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://tetujin29.blog31.fc2.com/tb.php/1055-5e376111
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

page top

2020-05